新たな生活
カナダ、アルバータ州ジャスパー。
『やあ影人。昨日は助かったよ。良かったら皆で食べてくれ』
『良いのか?こんなに貰っても』
『もちろんさ!俺とお袋の感謝の印さ、受け取ってくれ』
『有難う。有難く頂くよ』
近所に住む知人から野菜を貰い、笑って別れた影人。その籠を持って家に入っていった。
「ただいま」
彼の声に、玄関へ顔を見せたのは朔。
「ああ、お帰り。どうしたんだい影人。その野菜は」
「昨日のお礼だ、ってウィルから貰ったんだ」
朔に野菜籠を渡して笑うと、腕時計を見やった。
もうそろそろかな、と思った刹那、家の奥から出て来たのは鮫島だった。
「迎えですか?」
「ああ。行って来る」
カナダ国籍を取得後。
清洞夫婦、影人と框矢、そして鮫島はアルバータ州ジャスパーに移住した。
鮫島と影人は英会話可能な為、二人して不動産へ赴いては五人で暮らせる家を探す。
そして、漸く見つけた家屋の半額を即金で支払ったのだった。
朔と翠は息子、框矢と暮らせるだけで無く、鮫島と影人を加え賑やかに生活出来る事を喜んでいた。
英語は出来ないが、地区の住民も優しい。それに、買い物には影人か鮫島が必ず付き添ってくれるので、大して困ることも無い。
框矢の罪は消えるわけでは無いものの、陸自長官、鍵重の取り計らいのお陰で、彼は自分達と暮らしている。
幸せ?と聞かれたなら、迷うこと無くはい、と答えただろう。
鮫島はカナダ入国後、真っ先に国際免許を取得した。それは、運転出来れば何かと便利だからと言うのも一理ある。
が、一番は框矢の送迎用の為。
鮫島にとっても、長官からの特別任務は天に感謝する程嬉しいものだった。
監視とは言え、実際、框矢は逃げようとする事は皆無。寧ろ自ら服役するとまで言っていた程なのだ。
長官の命令は名ばかりに等しく、框矢と暮らしたい、と願っていた鮫島の嘆願を叶えたのと同様だった。
「お帰り!丁度、お昼出来たところなのよ」
「ただいま」
玄関へ迎えに出た翠に笑顔で迎えられ、釣られて框矢も小さく笑みを零した。
「影人がね、ウィルから野菜を貰って来たのよ」
その声に、影人を見やった。
「……また?」
「また?とは失礼だな。良いじゃねーか、家計が助かるんだしよ」
「そりゃまあ、そうかもしれないけどさ」
「出来たてなの。早く来てね」
嬉しそうに踵を返す彼女を見てから、框矢と鮫島も靴を脱いだのだった。
そののち、数年後。
ジャスパーの町の一角に、ある店が出来た。
三十路過ぎながら、凡ゆる作業を素早く、丁寧にこなす。
電化製品の修理から買物代行まで、滅多な事では依頼を断らない上、その仕事ぶりは精確で信頼が置ける、と人気店になったと言う。
その店主の親友は、何故か町の子供達の人気者となったらしい。
子供に人気の、日本の忍者漫画の主人公が居る!と。
框矢も満更でもない様で、時々学校へふらっと現れては学童達と遊び、時に運動を教えている。
彼の身軽さ、身体能力は未だ健在。速度は落ちたものの、それでも伸びて居ると言う。
fin.




