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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
55/60

特別任務 side.鮫島

「私達が自衛隊の鍵重長官に……」


驚き、奥さんと顔を見合わせる清洞さん。框矢と言えば、影人から聞いてとっくに腹を据えたのか、何の感情も示さなかった。




***************




「久し振りだな、框矢」


「お久しぶりです長官。何度もご迷惑をおかけし申し訳ありません」


「何を言う。さあ、座りたまえ。皆さんもお座り下さい」


穏やかに柔かに微笑みながらソファを勧められ、清洞さんはおずおずと、影人と榊原は少し硬い表情で座る。



メンタルで一番ゆとりがあるのは框矢だろうな。



「君が公安の榊原浩輔だな?……先ずは礼を言う」


「俺は何もしておりません。その様な言葉をお受けするのは筋違いです」


そんな台詞に、長官はフッと笑うと清洞夫婦へと目を向けた。


「清洞さん。私が陸上自衛隊長官、鍵重治信(はるのぶ)です。……短期間で様々な事を知り、大変だったとか。どうぞ気を楽にして下さい」


「そんな……もったいないお言葉を……」


すっかり恐縮して、框矢とは正反対。


「君は?」


そう聞いたのは、影人に対してだ。


「俺は法鴉影人です。框矢とは親友の間柄にあります。お見知り置きを」


幾分落ち着いたのは、きっと框矢が長官に対して物怖じしていないから。


一通り全員と言葉を交わし、長官は框矢へ目線を戻した。


「鮫島君から話は聞いた。あの男とまた接触したそうだな」


「はい」


「君にご両親が居ると判明したのは、実に喜ばしい事だ。あの男は今頃、逮捕されているだろう。私とて大事にしたいわけでは無いからな、私服警官に覆面車両で向かわせた。あやつの社員も、その周りも逮捕されたとは思わないはずだ」


「ご配慮有難うございます。……長官は警察にツテがあるのですか。無いものかと思っていましたが」


「ああ、まあここ最近だかな。それなりの地位に居る男だ……何、心配は要らんよ。信用が置けるのは私が保証する」


そうですか、と警戒心を瞬時に消した框矢の隣で、清洞さんが目を白黒していた。


まさか息子が、長官と親しげに会話するなんて思ってもみなかったんだろう。


「慶、長官に失礼じゃ……」


朔さんが框矢を咎めようとした時、それを長官が遮った。


「良いのです。框矢とは知らない仲では無い」


やんわりと彼を掌を向けて抑え、また框矢と話し出す。


「あの男は勿論だが、君も有罪は免れまい。だが、榊原君と影人君が居るのは、それをさせない為であろう?」


「……」


「正直、君は彼の部下を倒し過ぎた。峰打ちに抑える事も、当時は考えられなかったのだとは想像も付く」


その声は咎めるのでは無く、ただ淡々としていた。



長官は、框矢をどうするつもりなんだろうか。



彼を罰するのであれば、框矢だけを呼べば良い。影人や榊原達までこの場に呼び寄せる必要は無いのに。


「俺は、終身刑だろうと服すつもりで居ました。この手で瀧宗を振るい、それだけの事をして来ましたから。

でも。親が見つかり、こんな事になった今は……どうしたら良いのか、分からなくなりました」


少し俯き、息を漏らすかのような低い声。框矢を少し見ていた長官は、不意に影人へと顔を向けた。


「影人君」


「はい。……どうぞ呼び捨てでお願い出来ますか」


柄じゃありません、と続ける影人にふっと笑う。


「では影人。君はどうするつもりかね?」


「逃げます。海外へ」


きっぱり、はっきりと。影人はそう言い切った。


「逃げる?框矢を連れてか?」


「はい」



数秒の沈黙、そして。


「ふふ……アッハッハッハッ」



「……え?」


「ち、長官……?」


長官は笑っていた。それも心底楽しそうに。


「逃げる……そうか、逃げるか。だがこの国の警察は甘くないぞ。国際手配でもされたら、地球の裏側であろうと追われるだろう。それでも逃げるか?」


笑いを抑えきれないまま、愉しそうに影人へ問い掛ける。


影人は真剣に言ったつもりだったんだろうが、笑われてポカンとしていた。


「榊原君。君も彼らと逃げるかね?」


「俺は警察官です。本来は彼らを追わなければならない職です。……日本に、残らなくては」


「本来は、か。君の本心は違うと言っているようなものだぞ」


「……」


長官がじっと彼を見つめると、ぽつりと漏らしたんだ。


「俺も警察官である前に、感情ある人間です。彼らの過去を知り、夫婦のあの喜び様を見てしまって尚、捕らえる気には到底なれませんでした」


「ほう」


「そもそも、公安は框矢のような者を捕らえられる課ではありません。社長の件で俺は動いていましたら」


ふむ、と顎を撫で、暫く考える素振りを見せると、清洞さん夫婦へ声を掛けたんだ。


「清洞さん、貴方はどうなさりたいですか。率直な考えをお聞きしたい」


「……」


翠さんと顔を見合わせ、少しして朔さんが長官へと顔を向けた。


「私達は、二十数年……息子見つけられず、いつか会える事だけを希望に生きて来ました。会えた今、二度と離れたくはありません。

……しかし、殺人は恐ろしい罪です。償って欲しいのも本心です」


彼の言葉に確かに殺人罪は重い、とゆったりと頷く。けれど出てきたのは、框矢を擁護するものだった。



「框矢は知っての通り、違法な人体実験に晒されて来ました。他人と違う感情があるのも事実。だが、私は彼をそこいらの殺人犯とは違うと見ておるのです」


「それは……どういう意味でしょうか」


「通常、その類いの犯罪者は自分を正当化します。何かしら、己の欲求を満たしたいが為の理由が存在するのですよ。遊ぶ金が欲しかった、腹が立って殺人欲求が抑えきれなかった、という様に。

框矢にはそれが無い。ただあの男から身を守る為、それだけです」


「しかし……」


「勿論、彼がして来た事は仕方が無かったとは言え、法的にも許される事では無い。一度だけなら正当防衛と認められるでしょうが、三度四度と繰り返せば過剰防衛、殺人罪になってしまいます」


「……」


「だが、本心を言えば、私も彼を刑務所に行かせたくは無いのですよ」


「?!」


その言葉に驚いたのは俺だけじゃない。清洞さん夫婦も、影人や榊原も。框矢も驚愕に目を見開き、長官を凝視していた。


「彼の身体能力は素晴らしいものです。しかも未だに伸び続けている。私は、彼に自衛官の能力向上を手伝って貰いたいのです」


長官は茫然としている清洞さん達に、柔らかな笑みを投げかけたんだ。


「框矢」


「はい」


スッと真顔に戻り、框矢を見据える。


「私の命を受けるつもりはあるかね?」


「どういう命令かにもよります。親に都合が悪くなるものであれば、お受けは出来ません」



こんな立場では拒否は出来ない。それでも、はっきりと意見を述べるのは框矢の良い所。



俺は、そう思うんだ。普通なら、恐縮してしまい何も言えない事が殆どだから。



「それは問題無い。無論、影人も榊原君もだ」


「分かりました。お受けします」


親友や親に支障が出ないと分かった瞬間、彼は即答した。どんな命令が下されるのかも不明確なのにも関わらず。


「框矢……良いのか?どんな命令なのかも判らないのに」


思わず聞いていたんだ。


もし、それでとんでもない内容だったらどうするんだ。



けれど框矢は。


「俺一人で背負って済むなら、それで良いんです」


穏やかに笑ったんだ。


長官はうむ、と一つ頷くと、框矢を呼んだ。


「君は先ず海外で生活する事になる。国内では、匿うには無理があるのだ。君はずっと、框矢として生きて来た。“清洞慶”は既に行方不明者となって久しい。

国内では未だ行方不明者として登録されたままだが、框矢として国籍を取りたまえ」


「はい」


「だが、日本国籍を取得してはならん。外国国籍を取るように。影人」


「何でしょうか」


不意に影人へと視線を向けた長官。


「君は先程、框矢を連れて海外へ逃げると言ったな。その決意は変わらないのかね?」


そんな言葉に、影人は迷い無く首肯する。すると長官は、満足気な笑みを浮かべたんだ。


「宜しい。では君は、今後も框矢と生活したまえ。国籍も框矢と同国に変えると良い。詳しくは鮫島君に任せる」


「はい、お任せ下さい」


一つ礼をする。


さて、と……とひと息吐いて、長官の表情が引き締まったのに釣られ、框矢の面持ちも真剣味を帯びた。


「框矢。君には半年に一度、一ヶ月間陸自駐屯地に滞在し、自衛官の実技相手をして貰うつもりだ」


「実技……相手ですか?」


真剣味を醸していた彼の表情に、困惑の色が混じる。


「まあ、戦闘技術だな。今日まで自衛隊は、国内では自衛の為の組織として認識されているが、海外では軍隊としての見方が強いのだ。現に災害救助や自衛だけを行っている訳では無い。

軍事力とは言われ兼ねんが、それなりに力を付けておかねば実際に役には立たんのだよ」


「はあ……」


「間違ってはならんのは、これは君の義務だという事だ。協力要請しているのではないし、慈善活動でも無い。半年に一度、それも君が現役を退くまで一生続き、負わねばならん義務を君に課する。これには一切の手当、支給は付かぬ。

良いかね?君が犯した罪は、その一生を掛けて国に尽くす事で償いとなる」


「……」


「刑務所内で淡々と服すか、国の為に尽くす事で服すかの違いだ。

一年の内の二ヶ月以外は何の制約も課さない。アルバイトなり、趣味なり好きに過ごしたまえ」


「分かりました」


そうして暫く、長官は框矢と瀧宗所持の持続や、清洞さん夫婦との事を話し合うと俺に目を向けた。


俺も框矢達と暮らしたいが……役目上、難しいだろうな。


そう思っていたんだ。



「鮫島君」


「はい」


「十日内に、五人の国籍の取得変更手続きを終わらせられるかね?」


「は……五人、ですか?」



外国籍を取るのは、清洞さん夫婦と框矢、影人だけのはずじゃ無かったか?


残り一人は誰だ?



「君もだ、鮫島君。どうかね、出来るか?」


「はい、可能です」


「宜しい」


何故俺まで国籍変更しなきゃいけない?


そんな疑問は残るものの、 それが長官命令なら従うのみ。

出来る、と言い切った俺に、長官が次に継いだ言葉。


「では君に、表立ちの直属部下として最後の特別任務を下す。君は框矢達と共に、日本を出て暮らす様に。

彼の監視役を申し渡す。何か起きた場合は報告するように」


「は、はい。承知致しました」



監視役……?



命令を受けたものの、首を傾げる俺に長官がニヤッと笑った。


「何、監視と言っても名ばかりの役目。彼らの住所と生存が分かれば良いのだ。引越す時などに報告してくれば良い。

鮫島君が抜けた後は榊原君、君に直属部下として働いて貰う」


「え?……あ、はい。精一杯務めさせて頂きます」


榊原が目を白黒させながらそう答え、長官は穏やかに笑っていた。

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