準備 二
「……彼らは一体何者なんだ?
お前は平然としていたが、容易に相手を畏怖させる事が出来る人間に会ったのは初めてだ」
向かい側の席に移動した彼の手は、じっとりと汗が滲んでいた。
緩慢にその手を開閉しながら、俺を見据えて来る。
「……」
框矢達の過去を、話して良いものか。
迷った挙句、影人に電話すると“どこまで話すかは、鮫島さんに一任します”と短く告げられた。
「鮫島」
俺を再度呼ぶ彼に、目を合わせる。
「框矢の過去は、本人が話した通りだ。……物心ついた時には既に実験台として数日置きにワクチンを打たれた。毎日、目の前で他の子供達が悶え苦しんで死ぬのを見て育った。生き延びた同じ実験台の仲間は、その殆どがGBPに捕まり殺された。
だから人らしい明るい感情を知り、覚えたのはたった数年前の事なんだ。おまけにワクチンの所為で、アスリートすらも遠く及ばない高過ぎる身体能力を持ってる。
親は居ない。能力が露呈すればマガイモノと忌み嫌われる。
……人から離れ、遠ざけて暮らすしかなかったんだ」
「……なら、影人は?」
「影人は框矢とは違い、両親は居たんだ。だが彼が14歳の時、死んだ」
「死んだ?」
新しく頼んだ、三杯目になるコーヒーを啜る。その黒い水面に自分の顔が映るのを数秒見やった。
「信号無視の車に轢き逃げされて、即死だったそうだ。しかも相手が国会議員だと判ると、当時の担当者達は有耶無耶に事件を隠蔽した。
だから彼は今でも警察を恨み、憎んでる」
榊原の眼に、明らかな動揺が浮かぶのを感じたけれど、俺はそのまま口を継いだ。
「それまで寄り付きもしなかった親戚達は、彼の両親が息子の為に、と遺した貯金の額を知るや否や、我先に影人を引き取ろうとしたのだと聞いた。
一千万に届こうとしていたその遺産を手に入れたがったんだ。通帳の名義が影人だったから」
話しながらも、心臓に触られているような嫌な痛みが広がる。
一つ唾を飲み込んだ。
「彼は遺産目当ての親戚達から逃れる為に、生家を知り合いの不動産に売り払った。それも両親を失い、その四十九日も明けない内に。
中学に通い続けていたら、きっと親戚達が学校にまで来て騒ぐ。逃げ場が無くなる、と判断したのだと話してくれたんだ。
今は自身の器用さを生かして、便利屋をやってる。同じ人間で初めて出来た親友、框矢と暮らしてるよ」
「ハッカーの話は?」
「本当だ。影人は二面の顔を持ち、使い分けてる。表は便利屋、裏は……情報屋として」
「!」
「榊原、お前だって聞いていただろう?政府の最重要機密を影人が調べたと。彼の腕は一流だよ、超が付く程のな。決してハッキングの痕跡を残さない上、相手が知りたがる真の情報を手に入れる。
学歴を持たない彼らが、自分達に出来る事で生計を立てた結果なんだ」
「……」
「……俺だって、初めて框矢達の本当の姿を見た時は恐ろしかったさ。でもどうしようも無かったんだと、暮らして行く為に生計を立てた副産物だったんだと判ったら、ストンと収まりが付いたよ」
お前だって人間なんだ、と受け入れた時に見せてくれた、框矢の笑顔。
前向きで、一番彼の近くで共に過ごして来た影人。
決して俺より弱いわけじゃ無い。寧ろ、精神も体力も、その判断力だって俺よりも上。
だけど二人を知れば知る程、強く思ったんだ。
色んなものを相手に回しても、彼らの近くで……見方で居たい、と。
この日の後、影人達から俺と榊原に連絡が来たのは宣言通り、半月経った頃だった。




