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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
20/60

框矢という少年 side.鮫島

全国から募集したSPの採用試験。特に年齢制限は掛けて無くて、約100人程が集まったって聞いていた。


ビルを見たてた木材の壁を乗り越える障害物や、機敏性の高さと言った、脚力や腕力等、身体能力を問う実技試験。

そんな試験に応募した中に、たった一人、18、9歳の少年が混じってるって耳にした。


他は全員、30代前半から。そして試験が始まって試験官は愕いたらしい。それはその成人前の少年が、ダントツで高成績を修めたから。

機敏性も腕力も脚力も。細身なのに障害を軽々と乗り越え、総合タイムも二位とは数分以上引き離した。


他の受験者はともかく、彼だけは合格が即決したのだと試験官から聞いたんだ。


「あの体格であのスピードと正確さは信じられない。過去最高記録だよ」


「へぇ、そんなに高成績だったんですか」


一体どんな少年なのか。

俺はその少年を試験の時に見てないから、凄く興味が湧いたんだ。あわよくば、その少年を自分のチームに入れたいと考えていた。


そうして班とチーム分けで合格者が一同に会した日、俺は初めてその少年を見ることが出来た。


170cm程の細身の少年。短めの黒髪が僅かに掛かる眼は、成人前とは思えない冷めた色をしていた。


本当に細身だったとは。


試験のコースは、結構ハードに作られていたんだ。だからそれなりの筋力が無いと完走は出来ない。他の合格者は筋骨隆々とはいかなくても、普段から鍛えてるってわかる様な身体つきが多い。

自分の眼が信じられなかった。どう見たってあのコースをダントツ一位で完走した様には思えなかったから。


「第一班。框矢」


「はい」


高成績順に名前を呼ばれる班分けで、框矢と言う名に返事したのは彼。少し戸惑った様に辺りを見回し、俺のバインダーに気付くとこちらに近寄って来た。

近くで見れば見る程、やっぱり鍛えてる様には見えない。


「鮫島武司だ。よろしく」


彼に手を差し出せば、少しビビりながら握手を交わしてくれた。そしてチーム分け。もちろん彼は、俺のチームに入ってもらった。


試験官が見たと言う、見かけからは想像もつかない身体能力。それをどうしても見たくなったんだ。


その後、所持拳銃の事を話す間も実物を腰から出して見せた時も。框矢は一言も喋らず、眉一つ動かす事もなかった。

まるで能面を見てるみたいだ。


多分、框矢と会ったら真っ先に目が行くのは、あの冷めた眼なんじゃないかって思う。その細身な体躯よりも、色白な肌よりも。

俺がそうだったみたいにさ。


帰って良い、と伝えると、チームメンバーの最後に付いて帰ろうとする框矢。会議室から出る寸前の彼を呼び止めれば、その場で立ち止まって俺を見てくる。


「はい、何でしょうか」


声変わりしたその声はとても静かで、何の感情も汲み取れなかった。


「ちょっと俺と話さないか」


ちょいちょいと手招きすれば班分けの時と同じようにゆっくり近付いて来る。近頃の若者みたいに、軽くオロオロする様子も無く俺を見てくる框矢。


「君は、何歳なんだ?未成年だろ?」


手始めに歳から聞いてみる。


「今は18ですが、もう少しで19です」


「両親は?一緒に暮らしてる人は居るのか、聞いて大丈夫かな。SPは命に危険が及ぶ事もある職だ、理解は得てるのか?」


その瞬間、彼の眼に怪訝な色が現れた。


「俺には両親は居ません。……友人と暮らしています。渋々だとは思いますが、理解は得てるつもりです」


俺は施設育ちですから、と付け加えるその口調には何故そんな事を聞くのか、と言う雰囲気があって。


「採用試験の中では、君がダントツで一位だったそうだ。二位とは数分以上、引き離していたと聞いてるよ」


「そうなんですか」


話題を変えてもどうでも良いと言うかの様に、静かに返して来る。框矢は、自分がやってのけた事の凄さが分からないんだろうか。

そう思わずにはいられなくなる程、抑揚の変わらない声音。


「本物の拳銃を扱う事に抵抗は?」


「特には。銃口を向けられた事もありますから」


銃口?銃口って本物の拳銃のか?まさか。


「本物の拳銃の、じゃないよな?」


「玩具であればこんな事言いません」


一体どんな生活してるんだ?この子は。


だってまさか、高卒程度の年の少年が本物を向けられた事があるなんて、誰が想像出来る?平和なこの日本で、犯罪者でも無ければそんな事あるはず無いんだ。海外ならまだ分かるが。



「……あの」


ただびっくりするしか無い俺に、相変わらずの静かな声を掛けてきた彼。


「ん?あぁ。何だ?」


ハッとして応えれば、先程の言葉は本当ですか、と聞いてきた。


「使いたい武器があるなら言え、と言われましたよね。言っても良いんですか」


「もちろん。物にもよるけどな」


何を使いたいと言うのか。俺の想像を全部超えてくる框矢の次の言葉が、もう想像つかない。


「日本刀を。ただ、友人が言うには、持ち歩けば法に引っかかるだろう、と」


こりゃまた、物騒な物を言ったな。


「まあ確かに、な」


日本は銃刀法がある。日本刀は刃渡りが長い物が殆どだから、持ち歩くとなれば確実にアウトだろう。


「刃渡りは?」


「75cmです」


またえらい長いな。

許可が下りるか分からない。内心、唸りながら分かったと答える。


「刀の名前、特徴だけ教えてくれ。上に掛け合ってみよう」


「ありがとうございます」


瀧宗と言う名、細直刃、互の目大乱れ刃紋と言う特徴を聞き、その後も幾つか框矢の事、彼の友人の事について質問攻めにした。


「途中まで送ろう。俺の質問攻めに付き合わせてしまったからな」


結構ですと断わる彼を押し切り、彼の住まいから一番近い駅まで送って行った。本当は彼が何処に住んで居るのか、どんな生活をしてるのか。頑なに話してはくれない彼の友人がどんな少年なのかが知りたくて、ついて行けば知れるかと思ったからなんだ。


何でこの少年に、こんなにも興味が湧くのか自分でも分からない。そもそもは彼とは職場の上司と部下の関係にある。他人の私生活に首を突っ込むなんて良くない事も、重々承知。


「ここまでで結構です。ありがとうございました」


駅舎で俺の車を降りた框矢は、一つお辞儀をして駅から遠ざかって行く。框矢の希望によって人目のつかない裏手に車を停めて彼を降ろした。が、やっぱり気になって仕方が無い。


框矢がギリ見えるくらいまで小さくなった時、俺も車を降りた。尾行なんて警察の俺がやるべきじゃない。彼は容疑者でもなんでも無いのだから。


ところが、俺が車から離れて数m歩き始めた時。遠くに歩いていた框矢がパタッと歩みを止めたんだ。


そしてスッと振り向き俺を見た。通行人も疎らだけど居る、なのにも関わらず彼の眼は俺をしっかり捉えていた。そして俺の方に戻って来たんだ。どれだけ愕いた事か!


「鮫島さん。あなたは何がしたいんですか。あなたは俺の上司、だけどこんな事をする理由は無いはずだ」


その声には、僅かに苛立ちとも怒りとも取れる響きが混じっていた。確かに彼の言う通りだ。容疑者でも無い彼を尾行するなんて有り得ない。


「いや、済まなかった。君が試験で一位になった事が信じられなくてね。その鱗片が見れないかと思ったんだ」


「……」


彼は俺を黙って見続け、怪訝そうな表情は崩してくれない。そうして少し経って。


「見ない方が良いです。あなたも多分、他と同じだから」


“他と同じ”


どういう意味だ?


聞き返す間も無く、框矢はまた俺に背を向けて遠ざかり始めた。慌てて路地に入った彼を追い掛け、視界に捉えたと思った刹那。


「?!」


歩いてると思っていた框矢の姿が霞んだ瞬間消えたんだ。走って去ったわけじゃない。急に物陰に隠れたわけでも無い。

その場から、唐突に消えたんだ。


「ど、何処に……?!」


建物の陰や屋根、路地の先まで姿を捜したけど、もう框矢の姿は何処にも無かった。


何故、姿が消えたのか。


何故、俺が“他と同じ”なのか。


何故、あれ程に友人の事を話すのを拒むのか。


疑問はたくさんある。だけどその日、俺が框矢ともう一度会うことは無かった。


俺は警視庁に戻ると、彼の言う瀧宗と言う名の長刀の所持許可を上に掛け合って、そして許可を得た。ちゃんと残る様に書類にしてもらって。

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