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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
17/60

情報屋 side.幹部

「 」:日本語、『 』:外国語全般

その情報屋の存在を聞いたのは、手を組んでいる日本人組織の幹部との会合の時。


“影人と言う名の、凄腕の情報屋が居る”


その時は日本にもそんな奴が居るのか、と思うくらいだった。特にそういう者を頼るような状況でも無かったからな。


地元の香港には情報屋を名乗る奴が点在する。だが大半が似非(えせ)者。手に入れられるものは、本当に欲しい情報では無い事が殆ど。

だから情報屋は信用はしていない。


しかしその“影人”と言う情報屋の噂はどれもが核をついている、と称賛するものばかり。


頭の隅に留めてだけ置いた。まさか数ヶ月後、頼る事になろうとは思ってもみなかった。



***



しゅうさん、またやられました!』


『何、またか?拠点の特定は?!』


『まだ出来てません……』


自分の名を呼ばれ告げられた事に内心舌打を打つ。


黒白龍(俺達)の敵対組織が、度々本拠地を襲っている。何度も抗争を繰り広げ、その度に撃退して来た。

だが一向に勢力が衰えない。


こういった場合、敵対組織にも本拠地があるはずなのだ。根城とし幹部やトップが集まる本拠地が。


黒白龍の情報網を最大限に広げ駆使するものの、有力な情報は得られないでいた。


そしてそんな俺ら黒白龍を嘲笑うかのように、敵対組織は真っ向からでは無く、奇襲を繰り返して来るようになったのだ。


何とか対抗する。が、いつ来るかわからない奇襲に部下も疲労が隠し切れずにいる様になった。


部下を守るのは幹部である自分の役目。そして黒白龍と言う己の組織を守る為でもあるのだ。だから奇襲を繰り返して来る度に、何とか情報を得ようとする。

今だって奇襲を受けたと部下の報告を受けたばかりだ。


白燕(はくえん)の奴ら、一体何処から……?」


結局の所、判ったのは白燕と言う名だけ。本拠地も人数も判らないまま。

このままでは黒白龍がやられるだけ。


そんな考えが頭中を過った時、日本人組織の幹部から聞いた“影人”と言う情報屋の事が浮かんだ。信用して居なかった情報屋と言う存在。


だがこのままでは部下がやられていくだけだ。


決心し、日本人組織の幹部に連絡を取った。以前話した、“影人”と言う情報屋の事を教えてくれないか、と。


ところが、話を切り出すと口を噤んでしまった。


“幾ら周さんでも、悪いがこればかりは口が裂けても話せない。下手をするとこちらがやられる(殺される)


どういう事だ?たかが情報屋ではないか。更に聞くと、渋々だが少しだけ話してくれた。


彼、影人と言う情報屋と取引をする際にはある事を誓わされるのだ、と。


影人と言う名以上の事の一切を詮索しない。


根城の場所、影人に関する一切を外部に漏らさない。


そして依頼する者は身元を明かす事。


依頼者側には不利な契約。それでも依頼者は絶えないらしい。


「随分と不利な条件を付ける情報屋だな。年は?」


“話せない”


「なら居場所は?」


“もっと無理だ”


「幾らなんでも関する事全てが話せないなんて、どういう事だ?例えバラしても全てをその情報屋が知り得るなんて不可能だ」


“周さん、あんたは彼を舐めてかかっている。その不可能を、彼は可能にするんだ。誓いを破った者がどうなったか……あんたは知らないから言えるんだよ”


どこか、怖気を振るう様な声。いつもならこんな声音では無いのに。


どういう事だ?確かに知らないが、俺が相手を舐めてかかっているだと?


“他県の、結構デカめの組織……そこも、影人と言う情報屋に依頼したって聞いたんだ。何かしらトラブルでもあったんだろうな、それで頼って結果解決したらしい”


解決した、それは喜ばしい事だろうと思う。けど、“らしい”って事は噂なのか?


「噂なのか?“らしい”と言う事は」


“問題はその後だ”


いつに無く歯切れが悪い口調で、一つ息を吐くとゆっくり口を開いた。


“解決した後、固く誓わされたにも関わらず、奴ら、彼の事を周囲に漏らしやがったんだ。それからひと月もしない内に、奴らの組織、彼の事を知った奴らも……殲滅されたよ。一人残らずな”


殲 滅(滅んだ)



殲滅って、皆殺しと言う意味の殲滅か?


「冗談じゃ無いのか」


“冗談なものか。誓いを破った者には容赦はしてくれないんだよ、彼は。だけどな、誓いさえ守れば何度でも依頼を受けてくれる。だからこそ信用が置けるんだ”


半ば俺に呆れた様な口調で、影人と言う情報屋を評価する。


“……悪いが、教えてやれるのはここまでだ。こちらも身の危険は冒したく(死にたくは)無いからな。彼の居場所は日本の都市部を探せ、としか言えん。

幸運を祈るよ”


立て続けにそう告げると、プツッと通話が切れてしまった。……情報屋の居場所は自分で探せ、見つけろと言う事か。


スーツの内ポケットに携帯をしまい、奇襲で疲労気味の部下に日本の都市部を洗い出せと命じた。

極秘に、影人と言う情報屋を探せと伝えたのだ。



ひと月後。

東京に程近い、郊外の街の古ビルの一室に“影人”が居ると判った。


部下達は本当に良くやってくれた。奇襲に対抗しながら、僅かひと月で日本の大都市部から全てを洗い出したのだから。


聞けば、彼は表の仕事として便利屋をしていると言う。携帯は持って居るものの、表の顧客とのやり取りでしか使わないらしい。


裏、情報屋では連絡手段は無いのか。

答は否。部下に更に聞けば、雄の隼を同居として彼を連絡手段としているのだとか。


ならばその隼を使うしか無い。そう考えに行き着き、俺も部下に混じり隼を探した。


『周さん、あの隼を……』


古ビルの近くの電柱に停まっていた一羽の隼。部下の声にその隼を見上げ、脚に何か付いているのを確認する。

小型の双眼鏡で見れば、それは小さな銀筒だった。


近くの廃ビルの屋上に上がり再度確認しようと、屋上の扉を開けた。ハッとし、眼を疑ったさ。屋上の柵にその隼が停まって俺と部下をジッと見ていたんだから。


まるで、自分に用があるんだろう?と言っているかの様だった。近付いても逃げもしない。静かに俺達を見つめるだけ。


「“影人”に依頼がある」


自分でも可笑しいと思ったが、その隼に声を掛けていた。俺の顔をジッと見て、銀筒の付いた脚を差し出してくる。中身は空。


用件を書いて入れろと言う事か。


ポケットからメモを取り出す。ペンで組織名と時間帯を書いて、銀筒に入れて蓋を閉めると、バサッと飛び立っていった。


一時間程経っただろうか。暫くして、何処からか戻って来た隼の銀筒の中には俺の入れたメモが入っていた。


まさか違うのか。この隼こそ、“影人”と言う情報屋に繋がると思っていたのに。

少しがっくりしながら、ふと裏面を見る。


“お受けします。三日後、17時以降にお越し下さい”


そう、短く書かれていた。

丁寧な言葉で書かれた返事。


『引き上げるぞ』


部下に伝え、その日は本拠地に戻った。



そして三日後。


17時を少し過ぎた頃、スキンヘッドの部下を一人だけ連れて古ビルの前に降り立った。


運転手の部下には違う所で待機してろと伝え、車が動き出したのを確認してビルの階段を上っていく。


“影人”と言う情報屋。一体どんな奴なのか。一抹の不安もあったが、腰に隠す様に付けたトカレフに触れ少し安堵する。


拳銃に触って安心するなんてな。


フッと内心で自分を嗤い、ドアに手を掛けた。


電気の通ってない部屋。高い位置に付いた窓からの夕日に近い光が部屋を照らしていて、古いソファやテーブル、ここで暮らしているのだと思わせる生活感を醸し出している。


その窓を背にソファに座っているのは、まだ未成年の少年。そしてその後ろには、同年齢くらいの黒髪の少年が、丸椅子に座ってこちらを見ていた。


ソファに座っている少年に関しては明るい髪色、動きが良さそうな瞳と言う所謂可愛い系の容姿。後ろの少年は年の割に冷めた目つきをし、漆黒の木刀の様なものを抱える様に持っていた。


まさか、情報屋と言うのは……この二人のどちらかなのか?!


噂からせめてでも成人だと想像していただけに、驚きも大きかった。


「依頼してきたのはあなたですよね?ようこそ、俺が影人(情報屋)です」


明るい髪色の少年がスッとソファから立ち上がり、テーブルを挟んだソファに俺達を勧める。


「信じられませんか、自分の眼が。情報屋(取引相手)が未成年だったことに」


薄く笑みを浮かべ、俺を見てくる目の前の少年。問題は年ではない、その情報の濃さだ。


「情報が確かであればそれ以外はどうでも良い事だ」


そう返すと、それならきっと満足して貰えると思いますよ、と笑みを濃くする。


「多分、鳳亦(ほうえき)の幹部から俺の事を耳にしたのでしょう?彼らから聞いたのなら、“誓い”の事も知っているはずだ」


違いますか?と尋ねられ、サァッと身体中の汗が引いたような寒さを感じた。鳳亦は手を組んでいる日本人組織の名。自分が電話で彼、影人の事を教えてくれと頼んだのも鳳亦の幹部だったのだから。


「俺の事の一切を詮索しない、漏らさない。そしてあなた方の身元を明かす事。

そしてもしバラした場合、その組織が辿る末路……」


静かに紡がれる彼の言葉に、鳳亦の幹部から聞いた漏らした奴らの末路が脳裏を過った。


殲滅(皆殺し)


そんな事だけにはなりたく無い。


「もちろん一切を漏らすつもりは無い。俺は、情報を買いに(取引をしに)来ただけだからな」


その言葉に、(影人)はにっこりと微笑むと言葉を継いだ。


「あなたは日本語が上手いですね、とても助かります。俺は英語は話せるがどうも苦手なんですよ。中国語は聞き取りすら出来ない」


そこまで言って、スッと表情を改める。


「さて、用件を聞きましょう。黒白龍の幹部の方。何の情報が知りたいですか?」


漸く本題に入って、一応黒白龍の幹部である事と本拠地は香港である事を告げる。そして敵対組織の本拠地や内部情報が知りたい、と依頼した。


わざわざ白燕の名を出さなかったのは、影人の力量を計りたかったからだ。


「……俺の力量を計りたいんですか、組織名を言わないのは」


彼の眼に瞬間的に冷たい色が映ったが、すぐに消えた。


「知りたいのは、白燕の事ですね?もし、この情報があなた方の本当に得たい情報()であったなら、それなりの料金を頂きます。忍び込むのにかなりのセキュリティが掛かってましたからね」


「良いだろう。だが核で無かったら一円たりとも金は払わないが、それでも良いんだな?」


もちろんです、とフッと微笑みを見せる影人。余裕まである様に見える。


「白燕は資本金六千万の組織。

バックにはTXSという上海の大企業が付いてます。総人数は三千九百人で、あなた方黒白龍には、真っ向を避けて奇襲を掛けている。その方が彼らにとって有利に戦力を削れるからです。本拠地は上海。大きめの廃ビルの地下を改装し、根城にしています」


ペラッと一枚の紙をテーブルに置いて、俺に見せてくる。そこには上海の詳細な地図、そして一つの建物にバツ印が付けてあった。


「加えてあなた方の方も調べさせて頂きました。香港を本拠地とする黒白龍、資本金は一億で総人数五千人。あなたを筆頭に他四人、幹部が居ますね?あなたはその中で特に部下の信頼を得ている。バックは居ません。黒白龍自体が表でホテル業を営んでいるからです」


この自分より年下の少年が、すらすらと白燕、そして黒白龍(俺達)の詳細を口にした事に只々驚きを隠せなかった。


黒白龍の詳細を口にしたのは情報屋としての自分を信頼させる為だろうが、こうまで詳しく告げられると信じないわけにはいかない。


「あなた方は、あなた方の敵である白燕の詳細……人数や本拠地の場所が知りたかったのではありませんか?もし違うのであれば、本当に知りたい情報は何なのか教えて下さい。三日以内に調べあげ、お教えします」


「……」


ソファに座り直し俺を見てくる影人。その眼は少年の眼では無く、大人の情報屋の深みを滲ませる仕事人の色をしていた。


情報は確かに核をついていた。

人数や本拠地だけで無く、バックや資本金といった熨斗のしまで付けて来た。十分過ぎる程だ。


「いや、確かに俺達が欲しい情報だ。噂は真実(本当)だった様だな」


「そうですか、安心しました。では料金請求をさせて頂きます」


影人の眼がフッと瞳の色が和らぎ、少年の様な光が見えた。


83,300人民元(百万円)頂きます」


『83,300元だと?!』


ソファの後ろで騒ついた部下を瞬時に制し、影人を見やる。


瞳の色が、冗談で言っているのではないと告げていた。何より、影人の後ろに居た少年が木刀らしい物を構えこちらを臨戦態勢で睨んで来たからだ。


その威圧感は黒白龍の中でもトップに入る程の鋭さ。


83,300元(百万)払えば良いんだな?」


「そうです。もちろん誓いも守って頂きますよ。破った際にはあなた方の敵対組織に情報を売りますのでご注意下さい」


日本円にして百万円。影人はにっこり笑った。


「資本金一億円のあなた方には、百万円など端金(はしたがね)でしょう。一括で払えとは言いません。前金五十万、残りは白燕とのいざこざが終結したらで構いません」


あ、日本円で下さいね、と明るく笑う彼に得体の知れない薄ら寒さを感じた。

部下を残して銀行へ元を円に替えに行き、部屋に戻るとテーブルに五十万の札束を分割した封筒を二つ置いた。


「五十万だ。白燕との事が終わり次第、残りを持ってくる」


「良いですよ」


こちらは差し上げます、と地図を渡され、貰ってビルを出た。


『……』


『どうした。そんなに押し黙るなんてお前らしく無い』


いつもなら車中で話しかけてくる事が多い部下が一言も発しない。


隣を見やり話し掛ければ周さん、とポツリと呟いた。


『あの少年は恐ろしいです。私は、あの少年には近付きたく無い……』


あの少年?情報屋(影人)の事か?


『確かにあの情報屋は凄腕だったな。誓いを破れば情報を売ると明言した』


『情報屋の方ではありません。……その後ろにいた黒髪の少年です』


度胸が据わっていて、並大抵の事には動じないはずの部下の眼に、(おのの)きの色が浮かんでいた。


聞けば俺が席を外した後、黒髪の少年が何者なのかが気になり話しかけたが全く返事をしなかったと言う。


何度話しかけても一言も発しない。とうとう忍耐が切れてしまい、トカレフを向けた。

もちろん威嚇だけで発砲するつもりは無かった。ところが。


トカレフを向けたと思った瞬間、気付いた時には床に押さえつけられていたらしい。


『全く反応出来ませんでした。少年がいつ動いたのかさえ分からなかった。気付いた時には利き手を背中に押さえ付けられ、顔のすぐそばに刀が刺さっていました』


『刀だと?何処にも刀なんて……』


言いかけてハッとした。


まさか、少年が持っていた木刀らしい物。あれが真剣だったのか?


『あの、漆黒の木刀らしい物。あれは真剣だったんです。動こうにも動きようが無かったし、何とか顔を彼に向ける事は出来ましたが……ぞっとしました。

情なんて一切無い、とても未成年とは思えない眼で私を見下ろしていたんです』


その後、俺が階段を上がっていく音が聞こえるとスッと自分を放して丸椅子に腰掛けたのだと言う部下に、信じられない思いで一杯だった。

本拠地に戻り、部下には休息する様に伝える。


その数日後。


黒白龍は白燕を殲滅近い状態まで追い込む事に成功し、残り五十万を影人に届けに行ったのだった。

中国人名が出てきますが、日本読みでいきます。中国語全く知らないので。


83,300人民元=百万円は本作を書いた当時に調べた相場ですので、現在は違うと思います。


トカレフについての補足を。


正式名称:トカレフTT-33

口径は7.62mm、装弾数が8発。

弾倉有りで重量854g、弾倉無しでは815g。有効射程距離は50m程。


元々はソビエト連邦時代に軍用の自動拳銃として開発されたものらしいですが、その後中国でも量産されたそう。日本の暴力団とかが使用し有名になったのは中国産の方なのだとか。


必須な筈の安全装置を省略した、徹底した単純化設計。過酷な環境でも耐久性が高く、弾丸の貫通力にも優れている代物です。


現在流通、使用されているかは不明です。

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