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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
15/60

相棒 side.影人

父さんと母さんが死んで、古いビルの一室を借りてから一年。15歳になったある日、路地の片隅に一羽の鳥がもがいてるのを見つけた。

烏よりでかいし、鋭い嘴や爪。猛禽類だって分かった。


それが、俺とラプターの出会いだったんだ。


「お前、何でこんな所でもがいてるんだ?怪我でも……」


そう、近付いて鳥のそばに腰を下ろす。昔から母さんは良く庭に来る鳥を可愛がっていた。


“お母さんね、鳥と話が出来るのよ”


そう言って。

まさかそんな、冗談だろうって思ってたんだ。だけど母さんが小鳥に何か言うと、その小鳥も母さんの言葉が分かるように顔を見上げていた。


“影人もなろうと思えば、鳥と友達になれるわよ。あなたは優しい子だもの。困ってる様に見える鳥には、手を差し伸べてあげてね”


そんな母さんの言葉を思い出したんだ。

ピィ、と弱く鳴く猛禽類をよく見ると、脚や翼のあちこちに掠り傷や、何かをぶつけられたような出血があって。


飛ぶ事も出来ず、歩く事もままならないみたいだった。根城にしてる部屋から、慌ててバスタオルを持ってきてその猛禽類を包む。それで診察時間ギリギリだったけど、開業したての小さな動物病院に駆け込んで、そいつを見てもらった。


「あちゃあ、こりゃ誰かに石でも投げられたんだな」


若い獣医は丁寧に視てくれて、処置すると俺に傷に塗る軟膏を渡してくれた。


「僕は開業したてなんだ。まだあまりお客も居ないし、君は学生みたいだからね。今回はお金を取らないよ。五日後に薬が切れるだろうから、その時にまた彼を連れて来てくれるかな」


「ありがとうございます」


次回は5000円程持って来てくれたら足りると思うからと笑って、玄関まで見送ってくれた。


部屋に戻って、照明代わりの大きめのランプを点けて軟膏の箱を開ける。


「大人しくしててくれよ?薬、塗ってやるから」


そっと翼や頭、脚の傷に軟膏を塗り込んでいく間、そいつは俺の言葉が分かった様にじっとしていた。


バスタオルを何枚か大きめに畳んで重ね、彼をその上に乗せる。じっと俺をしばらく見ていたけど、そのうち眠ってしまったのを見て、俺もランプを消した。


三日、五日と経つにつれ、軟膏が減るのに比例する様に元気になっていく。


ぎこちなかった羽ばたきも、滑らかに出来る様になっていくのが分かって、俺も嬉しくなった。


「やぁ、ちゃんと来てくれたね」


六日経って軟膏が無くなった日、あの動物病院に連れて行くと、先生が明るく迎えてくれた。


「野生だと回復も速いな。君の看病の賜物かもしれないね」


「先生。こいつ、何の鳥ですか?猛禽類ってくらいしか分からなくて」


「隼だよ。鷹や鷲と同じ、生態系の頂点に立つ鳥なんだ」


へぇ、隼。頂点の鳥なのか……どうりでかっこいいわけだ。


「だけどね。この隼は飼育されて来た鳥じゃないだろう?完治したら、野生に返してあげた方が良いと思うよ」


「……」


そりゃ元々野生なんだし、とは思う。でも短期間でも世話したら、やっぱり少し寂しいんだよな。


少し俯いた俺に、柔らかく笑った先生。


「まあ、完治したら考えると良いんじゃないかな。彼自身に任せたら良い」


「はい」


先生は困ったらまたおいで、と名刺と病院の診察券をくれた。数日分の軟膏を処方してもらい、部屋に戻ると隼に早速塗り込む。


何を食べるか分からなくて、調べた挙句。スーパーで生肉を買い込んで食べさせる事にしたんだ。ポイッと投げると上手く咥える。俺も夕飯を食べながらまた投げると、器用に嘴で肉を捉えてそれを食べる。


「お前、もうそろそろ完治だよなぁ」


“何?”


俺を見つめるそいつに、そんな風に言われた気がした。



***



数日後、完治したそいつを連れて屋上に上がる。


「今度はちゃんと石も避けろよ?」


ピィ、と羽ばたきを繰り返して俺の腕から離れたそいつ。あっという間に青空に小さくなって消えて行った。


翌日。その日も快晴で昼寝がてら屋上で寝転んでいたんだ。


ピィー…


聞き慣れた鳴き声が聞こえた気がして、ムクッと起き上がる。


まさか、な。

そう思いながら空を見上げると、小さな黒い点が浮かんで、あっという間に鳥の姿へと形を変えていく。


「うそ、だろ……」


俺の直ぐそばに翼を畳んで居たのは、昨日、この場所で空に返してやったはずの隼。


「何で戻って来たんだよ。お前、野生に戻ったんじゃ無かったのかよ」


そんな俺の声には知らん顔の隼は、その後何度空に返してやってもまた俺の所へ戻って来てしまう。


自分で餌を取って来て食べては、俺の所へ。


「猛禽類が人に懐くなんて聞いた事が無いけどなぁ」


動物病院のあの先生にも相談するけど、首を捻るだけで。野生に返さなきゃいけない、そう分かってはいても、やっぱり嬉しかったんだ。家族が居ない俺のそばに居てくれるって事が。


「お前、俺と暮らすか?」


そんな問にピィ、と一声。

“その為に戻って来たんだ”って言ってくれたみたいだった。


それから、俺と隼の生活が始まった。

ラプターって言うのは、猛禽類を英訳した単語。単純だとは思ったけど、それ以外に名前が思いつかなかったんだ。


ラプター、って呼べば必ず反応する。まるで俺の言葉を理解してるみたいに。そうして過ごしていくうち、俺にとってラプターは無くてはならない、家族で相棒になっていったんだ。



一年二年と過ぎ、17歳になった頃。俺は表では便利屋、裏じゃ情報屋という顔であらかた通る様になって居た。


そしてある日、いきなりラプターが居なくなってしまって必死にあちこち探したら、路地に居た奴三人が、ラプターを捕まえてるのが見えたんだ。


返してくれ、って頼んだけど、あいつらはまた明日来たら考えてやるよ、って嗤って言った。


丸腰で来たらな、って。


俺はどうしてもラプターを返して欲しくて、翌日、丸腰であいつらの所へ向かった。


「約束通り、丸腰で来ただろ!俺のダチを返せっ」


だけど意地悪く嗤うだけで、中々返してはくれない。そんな時だったんだ。三人のうちの一人が、道路に居るらしい奴を呼び止めたのは。


隣に立った奴は俺と同じくらいの身長と年で、随分と冷めた眼をしていた。


淡々と三人に言葉を返していたそいつが、三人がバカにした様な笑い声をあげた時に俺に微かに目線を流して来た。


「お前、仲間を盗られたのか」


そうだ、と答えれば、尚も言葉少なに言葉を返して来る。その後も三人の奴らと対峙しながら隣の奴を見てて、思ったんだ。


もしかしたら、こいつは腕が立つんじゃないかって。もちろん確信は無くて、直感だった。


ラプターを取り戻すのを手伝ってくれ、と頼めば、眉を顰めた。何で手伝わなきゃいけないんだ、って。俺はバイト探しの途中だったのに、と渋るそいつに更に頼み込んだ。


「そんな事言うなよ。な、頼む!早くここを離れられれば、あんただってバイト探しにすぐ戻れるだろ?俺だってラプターを取り戻せるしよ、一石二鳥じゃないか」


これこそ、藁にも縋る思いってやつだ。


暫くしてハァ、と溜息を吐いたそいつ。素手の腕は?と聞かれて無いと答えたら、ポイッと荷物を俺に投げて来た。


「お前、絶対盗るなよ。詮索もするな」


有無を言わせない口調。


まさか一人で対峙するつもりか?!


慌てて止めようとしたんだ。だけど。

そいつはスッと右足を踏み込んだと思った瞬間、真ん中の奴を回し蹴りで瞬殺してしまった。間髪置かずに左右の奴にも顎と鳩尾に拳を叩き込んで、構えを解いた。


それも僅か数十秒で。


「口程にもない。お前ら弱過ぎだ」


吐き捨てる様に三人を見下ろし言うと、柱の下に俺を呼んだ。ラプターを呼べ、と言われて、瞬殺に茫然としてた俺はハッとして柱に近寄った。


「ラプター!」


あっという間に腕に停まったラプターを撫でて、怪我は無いと判るとホッとしたさ。だけど本当に鎖がラプターの脚についていて……柱に巻きつく形で繋がれていたんだ。


超合金みたいな素材でも無いし、手で握れる細さ。これなら、とも思ったさ、もちろん。だけど生憎、丸腰で来てしまった俺にはこの鎖を外してやる術が無い。


「お前。柱から少し離れろ」


俺を見ていた冷めた眼をしたそいつが、唐突に俺にそんな言葉を掛けてきた。


「鎖が柱から分断されれば良いんだろ。壊す」


一瞬、何を言ったのか分からなかった。だってそうだろ?そいつだって丸腰で、刃物なんて持って無い様にしか見えないんだ。


「……は?!」


壊す、だって?!まさか引きちぎるわけじゃ無いよな?


一応鎖持っとけ、と告げられ、どうしたら良いのか分からないままそいつの言う通りに鎖を持って柱から離れた。


そこからは本当に一瞬の事で。


そいつの姿が霞んだと思った瞬間、二重に横に伸びていた鎖がぷらんとラプターの脚にぶら下がっていたんだ。


今……何が起きた?こいつは、一体何をしたんだ?!


「これで良いだろ」


状況把握が出来ないうちに、そいつは短くそう言って路地から出て行ってしまった。手伝ってもらうどころか、ラプターは名前も知らない彼に助けてもらったのと同じ。


礼をしなきゃいけないのに、と慌てて追ったけど、もうそいつはかなり小さくなって、街の角を曲がって消えてしまったんだ。

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