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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
12/60

別れ side.下請会社社長

框矢を雇用してから早一年が経とうとしている。巨大な機器の操作を担う社員達が立て続けに身体を痛めてしまって、これではノルマが達成出来ない、と焦り始めた頃に現れた彼。僅か16歳。なのに年不相応の目つき、高校にも行っていない。けれど何故か彼に賭けてみたくなったんだ。


ハードな仕事なのに文句一つも言わず、誰よりも重い物を運べる。そんな框矢のお陰でノルマも達成出来たし、倒産も免れたと言ってもおかしくない。


作業場の隣の仮眠室で帳簿を付けながら、彼に何かしてやりたい、と考えていた。そんな時、ある女の子が浮かんで小さく笑みが零れた。


最近空き巣が多発してるんだ、と框矢にも教えてから暫くした頃。夜の作業場に忍び込んで来たその子を、框矢が捕まえたと私の元に連れて来たんだ。


“親の居ない、孤児みたいです。まだここでは何も盗んではいませんが、何日も何も食べて居ないようで”


表情には何の変化も無く静かなまま。不意に私に財布以外を預けるとコンビニに行って来ます、とその子を連れて出掛けて行ってしまった。

暫くして、彼女の手を引いて戻って来た框矢の手には携帯食や飲み物、お菓子が結構入った袋があったんだ。


6、7歳くらいの子を仮眠室の隅に座らせ、その隣に自身も座ってペットボトルを開けてやったり、食品の封を切ってやったり。ゆっくり食べろ、喉に詰まるぞ?と静かな声で言いながら面倒を見る。


框矢にも人間らしさがあるんだな、と分かった瞬間だった。でも多分、それは子供限定だろう。私の問にもゆっくり答える彼女が、根はとても良い子なのだと分かって、今では養子として私達夫婦の娘になっている。

私と妻には子供が出来なかったから。


そして今、彼女はピカピカのランドセルを背に嬉しそうに編入した小学校へ通っている。私達と框矢を慕ってくれ、社員達とも仲が良い。


色んな事を考えているうちにウトウトして来て、仮眠室のソファで寝る事にした。


横になった途端、あっという間に深い眠りに落ちていった。


ダンッ


突如、大きな音が外から響いて来て目が覚めた。部屋の電気を付けるのも忘れ、そっと窓際に近寄る。そんな時だった。



“お前は最低だな。たかが俺の為だけに、何人もの人を巻き込んで”



ガラス越しでも低く、良く通る声。その声音には怒りが滲み出ているのが良く分かる。


紛れもない、框矢の声。何故……?!


誰かと話しているのか?それにしてはどこにも彼の姿が見えない。


“何とでも言いなさい。僕は、君を手に入れたいだけです”


別の大人の男の声も聞こえてくる。


「……框矢を手に入れたがっている?」


良く探せば、隣の廃ビルの屋上に誰かが立っている。が、満月を背にしていてシルエットしか分からない。

作業場の屋根から物音がしたと思った瞬間、廃ビルの屋上に立つ三体のシルエットの内二体が崩れ落ちた。


残ったシルエットは二体。一人は框矢の形だった。


「まさか……」


屋根から屋上に飛び移ったのか?そもそもどうやって作業場の屋根に?!


何が何だか分からないまま、茫然と見つめる。


“素晴らしい……!元自衛隊員の部下を瞬殺するとは。益々君が気に入りました”


元自衛隊員。そして瞬殺?

殺してはいない、お前も気絶したいかと言う框矢の声は恐ろしい程静か。


もう一人のシルエットの男が何か言うと、怒りを称えた声が私の所まで届いた。


消えろ。二度と現れるな、と。


いつも物静かで感情表現の薄い彼からは想像もつかない雰囲気、声。


無意識に腕を摩っていた。見れば鳥肌が立っている。一回りもニ回りも年が離れている框矢に、恐怖が芽生えたのかもしれない。

……そうは思いたくなかったが。


そのうち屋上のシルエットは框矢一人だけになり、彼がスッと屋上の縁に立った。


まさか。まさか、飛び降りる気か?低めとは言え、三階のビルから?


そんな直感がして、そしてそれは当たってしまった。まるでたかが数十cmの段差を飛び降りるみたいに、トン、と縁を軽く蹴った框矢。


「ーー!!」


息を飲むことしか出来ずに、暗い室内で固まって見つめた。


一瞬のうちに、片立て膝でしゃがむ様に着地。何事も無かったように背筋を伸ばし、漆黒の木刀らしい物を丹念に調べる。


一体あれは何だ?


そう思った刹那。框矢が不意に私の方を見た。そしてハッとした様に僅かに目を見開くと、その眼に明らかな諦めの色が滲んだ。


暗い室内に居る自分が見えるはずは無い。なのに彼の眼はしっかりと私を捉えているようだった。迷うこと無く歩みをこちらに向け、仮眠室のドアを開けて入って来た框矢。


パチッと電気を付けると、いつも通りの物静かな眼で私を見た。


「社長……最初から、見ていらしたんですか」


“いつ起きたのか”では無く、“どこまで見ていたのか”と前置きは無しに核心を聞いて来る。


「君が、廃ビルの屋上の男に最低だと言った所から」


「そうですか」


何の感情も読み取れない静かな声。目も伏せているから表情も良く分からない。


「あの男、俺を部下にしたいと言ってきました。夜間工事のバイトで俺を辞めさせたのもあいつです。どうやって調べたのかは知りませんが、俺がこの会社で働いている事も、俺の年も、過去も知っていました」


一つ息を吐き、もう一度こちらを見た彼の眼には諦めの中に微かな憂いがあった。


「親身になってもらい、仕事まで頂いたのに何も返せなくてすみません。……俺は、ここを離れます」


頭垂し作業場へ去ろうとする彼の腕を、気付いたら掴んで引き留めていた。


「君の過去……それは施設での事なのか?」


「まぁ、そんな感じです」


「教えてくれないか。それにその手にある刀の様な物の事も、何でさっきのような事が起きたのかを」


「……」


途端に無表情に戻る框矢。少しの間押し黙っていた。


「孤児院FARM。聞いた事はありませんか」


やがて彼は、そんな言葉で語り出した。


全国の孤児を集め、教育を施している孤児院。だが実は、違法な人体実験を裏で行っていた施設だという事。自分は物心ついた時からその施設で実験台にされ、能力を持たされ生き延びた成功例である事。そして突如として火事に見舞われ逃げ出したものの、成功例として生き延びてきた仲間は次々にGBPと言う者達に捕まえられて行った事。

与えられた身体能力を駆使し、逃げ切った先である老人が助けてくれた事。その(恩師)が生きて行く為に知識を、知恵をくれた事。そして餞別としてくれた瀧宗という長刀と村雨という短剣。


「彼の名前は言えません。約束しましたから。本当なら、あなたにも俺の能力は見られたく無かった。俺の身体能力はプロスポーツ選手を軽く凌駕するそうです。バレれば人間では無いと怖れられるだろうから、と」


GBPという組織は聞いた事も無ければ、見た事も無い。それにスポーツ選手を軽く凌駕する程の身体能力。

違法な人体実験とその被害者。特異な能力を持たされてしまった子供達。


どれもが現実離れした話。それでも、目の前の框矢が、嘘を言っている様にはとても思えなかった。


「君は、施設に居た時から框矢と言う名前だったのかい?」


私の問いに彼は小さく首を振った。


「33番と呼ばれていました。他の仲間も皆、番号でした。1番から始まり、確か70番まで居たと思います」


33番?


「名前ですら無いじゃないか」


「そうです。でも当時は、それが自分の名前だと思っていました。逃げる術さえ無くて……どうしようも無かったんです」


そして、彼を助けたその老人(恩師)が、框矢と言う名を与えてくれたことを話してくれた。


「あの男は俺がここで働いている事で部下にならないのなら、この会社を潰すと言ってきました。世話になっているのに、恩を仇で返す訳にはいきません。俺は、表に出て来てはいけなかった存在ですから」


ソファに向かい合わせで座り、そう淡々と言った彼の眼。自分の存在は人間以下だと諦めていたのだ、と口で語るよりも雄弁に語っていた。


「助けてくれた老人は俺に生きろと言ってくれました。どの国でも良い、生き延びて見せろと」


それ以降、框矢は口を閉ざしてしまった。


「これからどうするつもりだい?」


「……」


長い長い沈黙の後、彼は一言、分かりませんと答えた。


框矢のお陰で倒産を免れたし、自分達夫婦に娘が出来た。何かしてやりたいと思っていたのに、何も思い付かないなんて。


「今、話した事は全て忘れて下さい。あなたに、この会社で働く先輩達にも迷惑は掛けたく無い」


すっと立ち上がると瀧宗をケースにしまい、荷物をまとめてリュックサックを担いだ彼。


「また、会いに来てくれるかい?娘も寂しがる」


「もうお会いする事は無いと思います。危険ですから」


一つ頭を軽く下げ、框矢が外に向かった。


それにハッとして、今月働いた分の給料を、と金庫から封筒を取り出し慌てて框矢を追って外に出た。が、もう彼の姿は何処にも見えず消えてしまっていた。

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