誘い side.ダナニス
漸く、見つけた。
思わず笑みが浮かんでしまう。この数ヶ月、情報網を駆使して捜し回った。全ては君を、仲間にする為に。
部品製造をしている古い下請会社で、働いていると知った時は思わずガッツポーズを作った程だ。
そして今。二人の忠実な部下を引き連れてどこに居るかというと、路地にあるその下請会社の隣のビルの屋上に立っている。ビルとは言っても低めの三階建て。それでも高い場所から見下ろすのは気持ちが良い。
「では、手に入れに行きましょうか」
「はい」
部下に告げた時、作業場の方から誰かが出てきた。それは紛れも無く捜していた33番。
「これは……良いところに来てくれましたね」
「お前ら、誰だ」
僕の問には応えず、冷めた鋭い目つきで見上げてくる彼。手には何やら黒い木刀の様な物があった。
「ダナニス様、お気を付けを。あれは木刀などでは無く真剣です」
部下の一人が僕に耳打ちした。だけど、どう見てもそうには見えないんだが。
「もう一度聞く。お前らは一体何だ?」
決して声を張り上げているわけではない。だが静かな、声変わりし終わった後の声は良く聞こえた。
と言うか、“一体何だ?”ってなんだ?
問いかけの言い方が最早、対人では無くなっているではないか。まるで対物の問いかけだ。
「これは失礼しました。僕はダナニス・青馬衣と申します。僕はずっと君を捜していたんですよ、33番」
「……俺は33番じゃない。人違いだ」
空き巣じゃないのか、と少しホッとした様に彼の眼から鋭さが薄れた。
誰がそんな空き巣なんぞ、小さな事に手を染めるものか!
内心はっと嘲笑う。僕のやりたい事はもっとスケールが大きいんだからな。
「君は間違い無く33番ですよ。FARMの成功例にして見事GBPから逃げ果せた一人。国内全ての17歳の中から君を捜し出すのに、数ヶ月も掛かってしまいましたが」
ばさっとフードを外す。それでも眩しい程の満月を背にした、僕の顔は彼には分からないはずだ。
「その顔だな、憶えたぞ。
お前、逆光で俺には見えないと思ったのか?悪いが俺は夜目が利くんでね、お前の顔が良く見えるんだ」
う、嘘だろ?!
てっきり見えないと思っていたのに!
でも良く考えれば、仲間にすれば顔はバレるのだし、今、彼の利用価値が垣間見えただけでも収穫と言える。
「まぁ、名前までは憶えて無いけどな」
その声に更に瞠目してしまった。
「お前が誰であろうと俺には関係無いし」
「関係ありますよ」
即座に言い返す。ここで何処かに消えられては困るからな。
「僕の名前はダナニス・青馬衣です」
路上の33番は、暫く考える様なそぶりをしていたが、ポツリと漏らす様に言葉を発した。
「あ、おうぎ?……変な名前だな」
変な名前、だって?!初めて言われたぞ!
「失敬な!変な名じゃないぞっ。珍しいだけだ!」
敬語を外してしまっている事にも気付かず、思わず言い返していた。
「珍しい名前=変な名前だろう」
「何でそうなる?!そんな事を言えば、この世は変な名前だらけになるだろうが!」
「……ダナニス様」
部下の声にハッとして、気まずさから数回咳払いするともう一度目下の彼を見る。
「私とした事が……。失礼しました。さて、33番。僕は君を誘いに来たのですよ」
「何度言えば分かる。俺は33番じゃない。そんな呼び名はとうに無いんだ」
「では何と呼べば良いですか?」
「俺は框矢だ」
框矢、か。由来は何であれ、部下にも伝えておかなければ。33番では無く框矢と言う少年だと。
「分かりました。では框矢。私と共に来ませんか。君に、私の夢の手伝いをして頂きたいのですよ」
「……」
怪訝そうに見上げてくる彼は、ジッと僕を見るとあっ、と微かに目を見開いた。
「まさかお前か?夜間工事のバイトで俺をクビにしたのは」
「その通りです。ですが言葉が良くありませんよ。解雇、若しくは引き抜いたと言うべきです」
クビなんて言葉はもう古いし、イメージ的に良く無い。僕は君を手に入れるが為に、あの夜間工事の職場から解雇させたのだから。
「意味は同じ、クビはクビだ。せっかく信用されてきてたっつうのに、それを奪いやがって」
彼の眼にキツい色が現れ、濃くなったのを感じて背筋に寒いものが伝った。
なんて事だ。僕ともあろう者が、一回り以上も年下の少年に気圧されようとは。
「まぁ、僕の夢を聞けば考えも変わると思いますよ」
框矢にゆったり笑い自身の夢を語ることにした。
「僕は某食品事業を立ち上げ、経営しています。現在では日本有数の大企業です。様々な分野に知り合いも出来ましたし、世界にも何店か出店するまでになりました」
「……」
「ある日、僕は思ったんです。僕一代でこれだけの大企業に成長させられる腕と頭脳を持っているのに、それを国内社会だけで終わらせて良いものか、と。
僕の手腕があれば国さえ動かせるのではないか、そう考える様になりました」
目下の彼は微動だにせず僕を睨んだまま。とても成人前の少年の眼とは思えない鋭さだ。
「この日本は、祈りの象徴である天皇皇后両陛下がいらっしゃいますから難しい。が、近隣の諸外国ではどうでしょう?
僕が代わりに治めることが出来れば、必ずその国は今よりも治安、生活水準、人民も良くなる筈なのですよ」
「……」
「どうでしょう。これで僕の夢を分かって頂けたと思うのです。共に来て頂けますか?」
つい興奮気味になってしまったが、僕の夢は全て伝えた。要は、国の実質支配をしてみたいんだ。
僕の頭脳、手腕でなら絶対出来る筈。集めた部下だって、それを知っても尚、僕の下にいるのだから。
「……阿呆らしい。俺は別にそんな野望には興味が無い」
「な、何?!」
阿呆らしいだと?このスケールの大きい夢を?!しかも野望って一言で片付けるなよ!
「要件はそれだけか?空き巣だと思って用心したけど……必要無かったな」
本気で呆れた様な溜息を付き、僕らに背を向けようとする框矢。だが逃がしはしない。
君を手に入れる為に、ここまで来たのだから。
「逃がしませんよ、框矢。私は君を何としても仲間に引き入れたい。その為には少々荒い手段を行使する事も辞さないつもりです」
その瞬間、ピタッと動きを止めて僕らを再度見上げてくる。
「何をするつもりだ?」
「そうですね……」
少し考え、ある事を思い付く。そして目下の彼に小さく微笑んだ。
「君が働いているそこの下請会社。閉鎖に追い込んで差し上げましょうか」
「何だと」
一段と低くなった声。眼の鋭さも更に増した。
「言ったでしょう。君を手に入れる為ならば、荒い手段を行使する事も辞さない、と」
それに会社を辞めた後ならば手に入れ易いだろう。僕にはそんな思惑があった。
数秒間が置いた、次の瞬間。
ダンッと壁を蹴ったような音が響いたと思った刹那、目下の路上に居た筈の框矢の姿は無く、彼は作業場の屋根の上に立っていた。
いつの間に移動したのか。その瞬間技に目を見開いてしまった。
「お前は最低だな。たかが俺の為だけに、何人もの人を巻き込んで」
「何とでも言いなさい。僕は君を手に入れたいだけです」
低く良く通る声。その声音には怒りが滲み出ているのが良く分かる。僕が框矢に目を付けていたのは、何年も前の話だ。
孤児院FARM。全国の孤児を保護し、教育を受けさせる施設。当初はそれだけしか知らなかったし、特に関心も無かった。
ところがある日、政界のツテから漏れ伝わってきた極秘情報で一気に興味が湧いたんだ。
戦時中、日本政府が行ってきた兵器の実験。ワクチンやウイルスを人体に打ち、それによって驚異的な能力を持たせた生物兵器を創り出した。現代社会では明らかな違法だが、それに魅せられた者達が居るのだ、と。
政府によって管理されている、生物兵器となってしまったが戦後も生きていた彼らと、その子孫達の名簿。
彼らは既に全員死んでいるが、その子孫達はまだ多々に生存している。
子孫達の子孫……要は生物兵器だった彼らの孫やひ孫、玄孫に当たる子供達もデータ内に記録され、管理されていると言う。
その玄孫やそれ以降の子孫に当たる子供達が、死亡したり拉致されて行方不明になっている件が急増しているらしい。
そして死体すらも一体も発見出来て居ない。
僕は、その話を聞いて俄然興味が湧いて調べてみようと思いたったんだ。そして、あの孤児院FARMに突き当たった。
表向きは孤児院、だが裏では生物兵器の子孫達を掻き集め人体実験してるってね。
もしかしたら、僕の夢の為に役に立つ能力を持つ子供が出来るかもしれない。
そう考えて、僕はFARMの幹部達と取引をした。
出資してやる代わりに、僕が気に入った能力を持った子供が出たらその子供は貰う、と。
そうして見つけたのが33番と呼ばれ、また、“駿”と言う能力名を付けられた少年だった。
幾度にも渡る実験全てを耐え抜き、驚異的身体能力を持つ事になった成功例。
僕自身は、彼の身体能力がどれ程のものなのかは全く知らないが、幹部とはあとひと月後に彼を引き渡すと連絡を付けていた。
だが、僕がFARMと関係を持っているとバレるのはまずい。だからバックボーンになっていたGBPに密告した。FARMと言う孤児院がどうも怪しい、と。
GBPに33番の特徴を伝え、僕の下に連れてきて欲しいと言ったのだ。
だがしかし彼らは框矢を取り逃がし、それを機にGBPからは手を引いた。結局は使えないと分かったからだ。
GBPがしくじった所為で僕が動く事になってしまったのだが、今、目の前には框矢が居る。
後は彼を部下に引き入れるまでだ。
「さあ、どうしますか?」
素直に部下になれば良し、そうで無ければそこの下請会社を潰すまで。
「……」
一瞬苦虫を噛み潰したような表情を見せたが、直ぐに無表情になる。
納刀したままらしい刀を構え、ダンッと屋根を蹴った瞬間。框矢の姿が目の前から消えた。
「ど、何処へ消えた?!」
部下達がざわめいたと思った刹那、グエッと呻き声と同時に背後で何かが崩れ落ちた音が響く。
「俺はここだけど?」
そんな静か過ぎる低い声。ぱっと振り向くと、連れて来ていた二人の部下が卒倒していた。
その二人の間に立ち、鐺を僕に向けて見据えて来る彼。
いつの間に?!
目の前の路地を挟んだ屋根から飛び移り、僕らの背後に回り込んで部下を倒したというのか。それも僅か十秒足らずで。
ゾッとした。が、同時に身体能力の高さが分かった事で、益々手に入れたくなった。
「素晴らしい……!元自衛隊員の部下を瞬殺するとは。益々君が気に入りました」
「殺してない。殺人は違法なんだろ?……お前も気絶したいか?」
瞬殺と言うのは、そういう意味合いではないんだが。框矢の言葉にフッと薄い笑みが零れた。
「まさか。どうやら、そちらの会社を潰すしか無いようですね」
仕方が無い。框矢を手に入れる為ならば。
そう思った瞬間。さっきよりも濃く重い声が耳に届いた。
「消えろ。二度と現れるな」
その眼は対峙してから最も凍てつき、怒りの色も濃くなっていた。とても17歳の眼とは思えない。框矢の眼に、彼の全身から感じ取れる程の怒りに思わず一歩後退りしてしまう。
「ダ、ダナニス様……」
部下が気付き、よろよろと立ち上がる。これなら彼を捕らえるくらいは出来るかもしれない、そんな淡い希望が芽生えた。が、そんな考えは甘かった。
「……!!」
框矢は彼よりも体躯の良い部下の一人を掴み、遠心力でもう一人の部下にぶつけて再度気絶させてしまった。
眉一つ動かさずに。
投げられた部下もぶつけられた方も、その速さに呻き声すらあげられず、伸びてしまったのだ。
「あとはお前一人だけだ。どうする?」
それは僕が框矢に掛けた問い。まさか立場が逆転するなんて想像出来なかった。部下は二人とも意識が戻る様子も無い。そして、僕自身は特に武に優れているわけでも無い。
能力の鱗片だけでも、こんなにも腕が立つ框矢に、僕が敵うわけが無いんだ。
「仕方がありませんね。今日は引き下がりましょう」
こう言うしかないじゃないか。こんな事態になるならば、もっと部下を連れて来るべきだった。悔やんでも既に遅い。僕ともあろう者が、遅れを取るなんて!
暫くして漸く意識が戻った部下を引き連れ、僕らは路地の下請会社を後にした。




