観察19:反則娘
「俊行。今日は私に付き合いなさい」
ある日の休日。朝食をとってるところでこころがそう話しかけてくる。
「付き合うって何にだよ?」
「バイトの面接受かったんだけどね」
「へぇ……良かったじゃないか」
「ありがと。……それで今日からシフト入ってるんだけどさ」
「うん。それで?」
「だから今日は私に付き合いなさい」
「……ごめん。話が繋がらない」
こころのシフトが入ってるのと、オレが付き合うのが全く繋がりがない。
「何て言うのかアレよ……つべこべ言わずついてこい」
「……こういうのを横暴って言うんだろうな」
「とにかくさっさと食べ終えなさい。雪奈の事は瑞菜さんに頼んであるから心配しなくてもいいわよ」
「用意周到だな……嫌な予感しかしないんだが」
「はいはい。食べ終わったわね。それじゃ行くわよ」
「はぁ……」
オレはため息を吐きながらこころに連れていかれるのだった。……ちなみに首根っこ掴まれて。
「……何だ?この店」
こんな店この辺りにあったのか?
「見て分からない?」
「残念ながら」
「じゃあとりあえず看板に書いてある店の名前読みなさい」
「読むのも嫌なんだけど……まぁいいか。『メイド中華永野亭』」
………えーと。
「……何だ?この店」
「読んだ通りでしょ」
………つまり?
「メイドで中華な永野の店ってこと?」
「そうよ」
「……何だ?この店?」
「メイドで中華な永野の店」
「質問していいか?」
「三つまでなら」
「……質問数を限定する辺りにそこはかとなく悪意を感じるんだが」
「あんたの為よ」
嘘をつけ。
「じゃあ質問一。制服は何だ?」
「メイドチャイナ」
「……質問二。この店のジャンルは?」
「料理店」
「…………質問三。永野亭ってもしかしなくても?」
「あんたの想像通りじゃない?」
「……………………」
質問を終えたオレの心境。
「帰る」
こんな店に関わりなんて一つも持ちたくない。というか一度持ったらなんか取り返しつきそうにない気がする。
「まぁそう言うなよ海原」
いきなり現れるな悪友A。
「とにかく中に入っていけ」
「そうそう。話だけでも聞いて行きなさいよ俊行」
「……助けてくれ瑞菜」
オレは瑞菜にテレパシーで助けを求めながら連行されていくのだった。
「……それで? ちゃんと説明してくれるんだろうな? 永野」
「うん? ここの制服であるメイドチャイナのことか?」
「ちげーよ」
むしろ知りたくないよ。
「うんうん。俺も説明したかったんだよ。なんてたってこの店の目玉だからな」
………こいつ相変わらず話を聞かないな。
「という訳で山野さん。少し着てきてくれ」
「了解」
それだけ言ってこころは店の奥へと入って行った。
「さて、じゃあ今のうちにほかの質問を受けるぞ」
相変わらず人の話を聞かないやつだ。
「じゃあ質問一。こんな店、どうやって作った?」
まぁ、永野の家は別に金持ちじゃないし、こんな事をする方法はほぼ一つなんだけど。
「お前のご想像通り、紘輔さんの援助だよ」
紘輔さんというのはこの辺りに地盤を持つ会社の代表取締役の人だ。趣味なのか何なのか知らないが、学生にバイトで店を任せたりする。時には学生の意見を聞いてそれを基に新しい店を作ったりもする。この店がいい例だな。
「でもだったら納得だよな。こころがここにいるの」
オレが紹介したのが紘輔さんの店の一つだったからな。ある程度繋がりがあるみたいだし。面接の時点でこの店に回されたんだろう。
「面接に来たのが山野さんだった時は驚いたよ」
「そのセリフはオレのセリフだと思うが……まぁいいや」
そんなことよりも聞かないといけない事がある。
「何でオレはここに連れてこられた?」
「何て言うのか、単刀直入で言うとだな」
「うん」
「海原、この店で働いてくれ」
「却下」
「……気持ちいいくらいに即答だな」
「だって別にオレ金に困ってないし」
一応不定期でバイトもしてるし。
「ふっ……だがこの店の制服を見ても同じセリフが言えるかな?」
「あー……メイドチャイナだっけ?何なんだ?その言葉だけは魅力的なのは」
「ふっ……男のロマンさ」
……ロマンねぇ。少なくともオレは実物が想像出来ないんだが。
「お待たせ」
何だか辟易してるところへ、こころが着替え終わってきた。その格好は……。
「確かにメイドチャイナと言えなくもないが……センスはどうなんだ?」
なんてことはない。チャイナ服の上に白のエプロンドレスを着けてるだけだ。
「最高だろ」
「微妙すぎる」
一緒にすれば良いってものじゃないだろ。
「というかこころの意見は?」
「微妙というか悪いんじゃない?」
はっきりと言うなぁ相変わらず。
「という訳で永野。お前が発案のメイドチャイナは不評だ」
「な、何故だ……メイド服もチャイナ服も男のロマン……最強二つが合わされば無敵じゃないのか?」
何だかこいつってセンス以前に人として終わってる気がする。
「まぁ何て言うかアレだ……メイド服もチャイナ服もそれぞれ個性があるんだよ。だから個性を殺すような組み合わせをしたらいけないんだ」
たぶん。
「ふっ……素人に諭されるとはな……。海原、確かにお前の言う通りだ」
……お前は何の玄人なんだよ? 永野。
「でも俊行。エプロンドレスと、チャイナ服自体は可愛いと思わない?」
そう言ってこころはエプロンドレスを脱いでチャイナ服だけになる。
「……ごめん。ちょっとトイレ」
やばい、少し鼻血が……。
結論としてオレはメイド中華永野亭で働く事にした。別にこころのチャイナ服に釣られてじゃない。時給がいいからだ。女子店員の半分ずつメイド服とチャイナ服に分かれて着る事になったのも関係ない。
……ていうかこころのチャイナ服姿は反則。