64食目、刀削麺
地球から転生又は転移された者は、別に中華料理人である悠真や錬金術師の最上位職『黄昏』のカイトだけではない。
少ないが、それなりにいる。そういう者達が、先ず困るのが食文化だろう。
地球でも国が違えば、食文化は違う。例えば、同じ拉麺でも日本と中国では、かなり味や見た目に開きがある。
「噂に聞いていたが本当にあった」
その転生者の1人が腰に刀1本携えて、着物と袴姿の侍である佐々木虎太郎である。
見た目も侍だが、職業も侍である。剣士系職業の1つで武士の上位職だ。
その特徴として、刀1本のみで戦うスタイル。盾や防具はない。
「看板は日本語だ。中華大衆食堂「悠」か。意気な店構えじゃないか。こっちに来てから地球のものなんざ口にしてないから楽しみだ」
チリーンチリーン
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「おぉ1人だ」
「かしこまりました。席にご案内致します」
女ウェイトレスの服装を見て虎太郎は驚いた。こちらの世界でチャイナ服は有り得ない。
もしや、これは当たりかと頭の中で過ぎった。外の看板にチャイナドレスと地球しかない物が連続で目にしたら、確実にここの店は自分と同じ異世界人だと。
「こちらになります。お冷です。こちらメニューです」
テーブルに置かれた水のグラスは冷たい。それにグラスの硝子の厚さは均一で作られている。
それと先程の女ウェイトレスの言った言葉『お冷』、何処をどう見ても日本か少なくとも地球出身者がいる。
「メニューも日本語」
日本出身者だと断定か。それにしても看板から分かる様に全て中華らしい。
「どれにするか」
可能なら日本食にしたかったが、中華も料理によるが日本で馴染んでるものが多く、日本で発祥の中華もある位だ。
「これは刀削麺?こんなものまで作れるのか」
刀削麺専門の料理人がいる程に技術が必要な麺の1種。専用の包丁から切り出された麺は、飛ぶ様に鍋に入る。
それを客の目の前で披露するのは、正に中華は目でも食うと言われる由縁の1つだと言われても納得する。
「これにしよう」
ピンポーン
「はーい、ただいまぁ」
チャイナドレスの布を揺らしながら女ウェイトレスが駆け寄って来る。
「刀削麺を頼む」
「スープは、麻辣スープと牛肉麺風スープからお選び頂けます」
スパイスの効いた辛いスープか牛肉が入ったコクの効いたスープ、どちらにすべきか?
「麻辣スープで頼む」
「かしこまりました。刀削麺の麻辣スープですね?」
「おぉ」
「では、ごゆっくり」
~厨房~
「刀削麺入りました。スープは麻辣スープです」
「了解した」
麻辣スープは、鶏ガラで出汁を取り、そこに豆板醤や数種の唐辛子をブレンドした粉にラー油や花椒で味を整えて煮る。
具材は豆板醤で炒めた肉味噌とネギにゴマをトッピングする。
「スープの用意は出来た」
サービスワゴンに麺を茹でる鍋と麻辣スープが注がれたドンブリに小麦粉の生地の塊を乗せ、佐々木虎太郎の席へ運ぶ。
「お待たせ致しました」
「おぉ待っとたぜ」
「では、私、店長の悠真自ら作らせて頂きます」
悠真は、小麦粉の塊を器用に頭に乗せ、両手に専用の「く」の字型の包丁を持ち、生地から麺が次から次へと切り取られ空中を舞、鍋に入って行く。
ポチャンポチャン
「ほぉ上手いもんやな。悠真と言ったか?お主、もしや地球………それも日本出身やな」
「えぇ、そちらも?」
「そうや。拙者は佐々木虎太郎と申す」
「はい、出来上がりました。今度、ゆっくりと話を聞きたいです。では、ごゆっくり」
佐々木虎太郎に作られた刀削麺を皮切りに刀削麺の注文が殺到する事になった。
「これは1つの麺で2つの食感がある。厚いところはモチッと、薄いところはツルッとして面白い。スープも辛いだけやと思ったが、そうでない」
赤いスープからは、舌に痺れるような辛さと喉に来る辛さがある。だが、その辛さの奥に美味さが押し寄せて来る。
昔、1回だけ日本で刀削麺を食べた事あったが、それと比べると全然悠真が作った方が断然美味しい。
この辛さが後を引き疲れた身体に活力を与えてくれる。麺を啜る度にお腹が膨れるどころか益々食欲が増進していく。
ゴクゴク
「プハァ、スープまで飲み干してしもうた」
こちらの世界でスープといえば、味の薄い多少塩が効いたスープが一般的。
野菜の具沢山のスープになると贅沢で、肉なんか一般庶民には手に入らず、手に入っても硬いスネ肉だ。
「良い店を知れた」
メニューを見ると、他に日本人に親しまれてる料理がたくさんある。
日本から転移されること、早40年こんなに感動する事は無かった。命からがら魔物を倒した事よりも五臓六腑、身に染みる料理が一番感動するものだ。
「そういや、あの店長さんが同郷の者であったか。つい、目の前で作られる料理に魅入られて聞くの忘れてしまったわい。まぁ次に来た時にでも話すとしよう」
虎太郎は、ご勘定を済ませ、また食べに来ると心に刻み冒険者の生活に戻るのであった。




