③
「なんや兄ちゃん 金ないんか?」
「ほな、わしが貸したろか?」
さっきまでは、億万長者やと もてはやされて、居酒屋で踊っていたというのに、今度は所変わって 男はホームレスとして公園で暮らしている。トランプの大富豪で、大富豪から一気に大貧民に落ちたようなようだ。
「貸したるっていくらくらいです?」
髪も髭も無造作に伸び、汚ならしいボロボロの服を着ている。鯨1匹くらい殺せそうな体臭を周囲に充満させ、居場所を確保している。醜い醜い姿はドブねずみと並んでも比べがつかないほど。ドブねずみの方がまだ綺麗なくらいだ。
「15万と8000円や。どや、余裕やろ?」
「真面目に3ヶ月くらい働けば返せるやろ?」
関西人っぽい中年男は何も気にせずに男に話しかけてくる。何か嬉しいことがあったのか所々でニヤニヤしている。今にも何があったのか聞いてほしそうだ。
「わしな、馬で当たったんや。すごないか~?120万や120万。そやけ、15万くらいすぐに貸せるっちゅうとんねん!120万や、120万 夢があるやろ~」
「どや?受け取るんか、受け取らんのか?そりゃ~受け取るわな~。断る理由があらへん、人が金貸したる言うとるんやから」
ギャンブルで勝ったことが彼がニヤニヤしている理由であった。1日4万円勝ち、いや、たとえ1000円でも勝つことができればいい方だと言われるほどのギャンブル不景気時代において、120万円勝ちはおおそれたものである。
「そんな調子のいいこといって、後になって高い利子取るんでしょ?それくらい分かってますよ。俺も馬鹿じゃないんで、そんなことで騙されませんよ。親切の親戚には詐欺っていう子がいるんですよ」
公園で暮らしているお金のない男にとっては、夢のような話。まあ夢の中の話ではあるけど……男には中年男のことが闇金業者に見えたのだろう、お金を受け取ろうとはしない。
「アホ~~ 兄ちゃん ほんまアホやな~」
「なんでわしがそんなことすんねん。考えてみ?わしが闇金やったら、兄ちゃんみたいなの金の無さそうなやつ相手せんと~パチンコ屋の前で客捕まえるっちゅーねん」
「そっちの方がずっとか絞れるわ。兄ちゃんみたいなの、絞っても何も出てこんやろ?15万捨てる覚悟やで。こんな所に1人でおるんやけ、親にも見捨てられ どーせ伴侶もおらんやろ?」
「それもそうか……」
妙に納得してしまう。
「そ~や。人の親切 断るべからず って、かの有名な源頼朝も言っとったやろ?」
「いや、それは知りませんけど、源頼朝そんなこと言います? でも何でおっさんが俺なんかにどうして金を貸してくれるんですか?まったく他人の俺なんかに」
「それは、わしはな、兄ちゃんみたいなの見とるとほっとけへんのや、若いときのわし見とるみたいでな他人事とは思えん」
「昔はわしもアホやった。悪いこともたくさんやった。酒に溺れては年下の女房を泣かせよった。大金の入った財布をせっかくひろたのに、そのことを女房に伝えたと思えば、どっかへ無くすし、四捨五入したバイクで走り出したこともあったな~」
中年男はありきたりな中身のない昔話を始める。男って生き物は馬鹿だ。苦労話、悪い男伝説、モテ男講座をいくつになっても語ってしまう。
「…………」
「って、兄ちゃん、何黙って聞いとんねん!」
「ツッコまんかい!ツッコまんかい! わし、バイクを四捨五入しとんねんで?バイクは四捨五入できんやろ?兄ちゃんはバイクを四捨五入できんのかいな?」
「まあ、そのことはええわ……」
「ときどき思うねん、女房がおらんかったらわし、どうなってたんやろ~って」
「ほやけ、兄ちゃんみたいなの見ると、わしもこんなんなっとったんやないかって。兄ちゃんはわし。わしは兄ちゃんや」
男は黙ってお金を受け取った。綺麗だったお金は男が触ったことで泥がついた。泥がついたことでは、このお金の価値は変わらないが、使う人によってはお金の価値観は変わることがある。1万円を安いと感じる人もいれば1万円を高いと感じる人もいる……という話だ。
「…………」
お金を受け取ったと思ったら、また場面が切り替わってしまう。




