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第三十七話 一撃

 シーザーが魔法陣の中から手を出そうとする。


 恐る恐る、熱い湯に触れようとするかのように。


 指先が出る。


 その瞬間、枯れ木のように乾いてボロッと崩れ去る。


 左手中指の第一関節から先がなくなっていた。


「おいおい爺さんバカやってるんじゃねえぜ!?」


 ブロウズはシーザーの頭がおかしくなったのかと思った。


 わざわざ自分から危険に手を出して指先の一部を失うなんて……。


 シーザーは信じられないような目で自分を見るブロウズには構わず、魔法陣の反対側まで歩いて行って、また指を出す。


 今度は小指だ。


 その指先は一瞬で艶を取り戻した。


 見つけた、とばかりに髭面を歓喜に歪ませるシーザー。


 呆気にとられるブロウズを尻目にアルゥールに話しかける。


「ここだぞ、アルゥール。ここに飛び込めば……」


 フリィシカが、


「お願いよ、シーザー……」


 と言った。


 ブロウズは嫌な予感に打ちひしがれる。


「……さらばだ、アルゥール、フリィシカ、ピクシア、そしてついでに、ブロウズ小僧」


「な、何する気だ!? おい、爺さん!」


 ブロウズの呼びかけも虚しく、シーザーは兼ねてから勇者パーティの中で取り決めていたことをした。


 すなわち、時間魔法を操る魔王の力を逆に利用すること。


 老いさばらえた枯れ木のような肉体では到底立ち向かえる相手ではないということなのだ……。


 シーザーはあっという間に魔法陣から出て魔王の時の大嵐テンプス・マグナ・テンペスタスの効果の中に身を晒した。


 急激に若返っていく彼。


 白髪は黒髪に変わり、白髭は抜け落ち、体はみずみずしさを取り戻した。


 しかしそこまでで都合よく時間逆行が止まるはずもなく……。


 シーザーの背が急激に縮んでいく。


 そして、どうにかしようと思う間も無く、シーザーは受精卵にまで退化し、この世から消え去ってしまった。


「なっ!?」


 ブロウズは絶句した。


 しかし残された他の勇者パーティ三人は冷静なものだった。


「時間逆行において消費される魔素カルマプラズム量は大体把握できたわね」


「うむ。これでわしも……」


「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ! おい!」


 淡々と会話する勇者とフリィシカに驚いたブロウズが声を上げる。


 目の前で仲間が死んだというのに!


 アルゥールはふっと笑って、


「言いたいことはわかるぞ、ブロウズ君」


 と言った。


「確かにシーザーの死は無念だ。しかしあらかじめ決めていたことだったのだよ。全てはわしを……対魔王の切り札、君たち流で言えば銀の銃弾(シルバーバレット)であるわしを活かすために……」


「そんな、そんなことって……」


 ブロウズには理解できなかった。


 いや、理解はできたが納得がいかなかった。


「自己犠牲だよ、ブロウズ君。それがなければ奴には勝てない……っ!」


「爺さん……」


「さあ、やってくれ、フリィシカ」


 フリィシカは決意の表情でうなづいた。


 魔法陣を維持することに意識を集中させているピクシアの方を見る。


 二人で静かに目線を合わせると、アルゥールの方に目を戻して、言った。


自己犠牲魔法スイ・サクリフィシウム確率最適化ドント・プレイ・ダイス




「すっごーい! あんなにたくさんいた軍隊の車がみーんなダメになっちゃった!」


 シェリーは魔王の腕に抱えられながら興奮していた。


 手を一杯に伸ばして子供らしく大げさなまでに喜びを表現している。


 魔王は落とさないように気をつけねばならないほどだった。


「フハハハハハハハハハハ! どうだ! すごいだろう!」


 魔王もまた興奮していた。


 なぜだろうか?


 幹部たちは皆不思議に思っていた。


 この魔王の魂とは付き合いが長いが、このような興奮を見せることなど本当になかった。


 シェリー、この娘の影響か。


 この人間の子の存在こそ、よくも悪くも我らが魔王様の性質を変えてしまう存在に違いない、そう誰もが思った。

 

 深刻度に差こそあれ……。


 ふと、サビナが額に手を当てた。


 不可思議な魂の波動を検知したのである。


「魔王様、何か……」


「どうした? サビナ? もはや戦闘は決着した。さあ、次の一手を考えよう。今度米国が経験する受難は何がいいかな? 疫病か? ゴブリンの軍勢か? ふっふっふ……」


 突然、サビナが魔王と幹部たちのいる城のバルコニー全体を覆う形でシールドを展開した。


 鉄の塊が引きちぎれるような音を立ててそれに何かがぶつかった。


 魔王には分からなかったが、それが何であるか幹部たちはすぐさま気づいた。


 なぜなら、それは彼らが唯一恐れる……。


「ゆう……っ!!」


「しゃ!?」


「久しぶりだなあ、魔王! いや、初めましてと言うべきか……」


 砲弾のように数キロの距離を飛んできたのは勇者アルゥールだった。


 バルコニーの縁に足を掛け、聖剣を担いでいる。


 ピクシアの自己犠牲魔法スイ・サクリフィシウム極限加速アクセレラトゥール・ウルトラによる超跳躍……。


 アルゥールの見た目はもはや白髪の老人ではなかった。


 若々しい、前代魔王を倒した全盛期の姿だった。


 さかだつ黒髪、隆々たる筋骨、若い眼差し、全てがかつての病を抱えながら戦う彼の姿とは程遠い。


 魔王の時間魔法を己が物とした結果だった。


(シーザー、フリィシカ、ピクシア……)


 この姿で魔王の眼前に立つまでに三人の仲間の命を使ってしまった。


 絶対に、ここで奴を討つ!


 勇者アルゥールは聖剣フィニエンドゥムを握りしめつつ、強くそう思うのだ。


「シェリいいいいいいいいい!?」


 もう一つ別の声がする。


 これは、ブロウズたっての希望だった。


 極限加速アクセレラトゥール・ウルトラでアルゥールが一気に魔王のいるところまで距離を詰めると言った時、彼もまた同行すると宣言したのだ。


 若返って気力を取り戻したアルゥールは、肉体年齢的には自分より年上となったブロウズの決意を見てとると、共に来ることを許可した。


 全ては妻と娘の復讐のために。


 死と引き換えに発動した魔法をフリィシカはブロウズにもかけ、アルゥールが彼を背負った。


 しかし、ここに予想外の事態が起きたのだ。


 刺し違えるつもりだったブロウズの意思は砕かれた。


「ダ、ダディ?」


「シェリー……何でお前がそいつの腕に……そいつが魔王なのか? どうして……」


「何者だ?」


 この場で魔王だけが状況を把握できていなかった。


 現れた剣と鎧の男が勇者であることも、付いてきた米軍兵士がシェリーの父親であることも、何一つ……。


 反応が早かったのは幹部たちだった。


 ダルマが幻惑魔法を唱える!


精神隷属スボーディナティオネス!」


 それに対抗する勇者。


 幻影の触手に絡みとられる前に、


最上位対抗魔法ウルティマ・レジェクティオ!」


 ダルマは驚愕の表情と共に自身の魔法が打ち消されるのを見た。


 デメンが肥満体を押しのけて前に出る。


速攻召喚サモン・インスタントリ!! アーマード・エルダーデーモン!!」


 デメンの体から伸びる鎖が地面へとうねり、四体の巨体を引きずり出した。


 吠える勇者。


「うおおおおおお!!」


 聖剣一閃。


 四体が一気に真っ二つ。


 その斬撃はデメンの体をも傷つけ、砕けた鎖の輪が散った。


「いかん!」


 魔王はやっと勇者の脅威を認識した。


 サビナの方を見る。


 無言で腕の中のシェリーを差し出す。


 サビナは困惑した様子だ。


「サビナ、シェリーを頼む」


「なっ!? 私がお側を離れるわけには……」


 その間も戦いは続く。


 アルゥールの剣戟がオグンの吐いた炎を断つ。


「二度言わすなサビナ!!」


 魔王は激昂した。


 しかしサビナも頑として譲らない。


 その時、カダヴェラが長い腕でシェリーを抱えた。


「シェリー!」


 愛する娘が化け物に連れ去られそうになり、ブロウズが叫ぶ。


「ダディ!!」


 カダヴェラはシェリーを宝物でも抱くように胸に大事に抱えて魔王城の奥へと消える。


 追うブロウズ。立ちはだかるのは魔王だ。


「お前、あの娘の父親か? 奇特なこともあるものだな」


 ブロウズは血を吐くような勢いで食ってかかる。


「てめえがアンナを!! シェリーを返しやがれ!!」


 M4の銃撃は即座にサビナのシールドで防がれた。


「魔王っ!!」


 その時だった。


 勇者アルゥールの全力の一撃が繰り出されたのは。


 他の幹部を斬り伏せ戦闘不能に陥れて彼は魔王の下まで進んだのだった。


 聖剣フィニエンドゥムの研ぎ澄まされた刀身が魔素カルマプラズムを奔流のようにほとばしらせる!


 サビナの鉄壁のシールドが貫かれた!


「魔王様!?」


「ぐおおおおおおおお!!」


 その一撃は魔王の鎧を引き裂き内部の肉体、いや、魂にまで達する。


 サビナは瞬時に判断する。


 危険だ、と。


 もはや何者にも構えない。


 愛しの主人を守る、それだけを考えた。


爆発的膨張エクスプローシブ・エクスパンション!!」


 シールドで自身と魔王を覆うと、その境界面を極超音速で膨張させた。


 生み出される衝撃波、それは爆弾と変わりがなかった。


 魔王城の半分が、吹き飛んだ。

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