第三十六話 大部隊と大魔法
二〇一七年六月十日時刻1300
魔界、魔王城付近
X+三十九日
F-16から発射されたAGM-65マーヴェリックが唸る。
膨張した巨大な不定形の作る網の目に着弾、虫食いのできたセーターのように穴を開ける。
「開いたか?! 今だ! 爆撃機、侵入せよ!」
早期警戒管制機の指示の下、戦略爆撃機、B-52が穴へと侵入する。
しかし、膨張した巨大な不定形の再生能力の方が早かった。
復活した網目が蜘蛛の巣のように巨大な機体を捉え、優しく絡め取った。
急激な減速による慣性で内部はガタガタになり、操縦士は前方のガラスに頭を打ち付け首の骨を折って死んだ。
「クソッ! だめか!」
F-16のパイロットが悪態を吐く。
しかし……。
「…………まだ……目は……あるさ……」
宙吊りにスライムの網に絡みとられていたB-52の内部、瀕死の副操縦士が爆弾ハッチを開ける。
そして、爆弾投下。
煌めく閃光。
自己犠牲の花火。
膨張した巨大な不定形の作るネットに直径数百メートルの大穴が開いた!
「飛び込めえええええええ!!」
爆装した機体のほとんどがその穴から魔王城の存在する領域に入り込んだ。
しかし迎え撃つは四枚羽根のドラゴン。
結晶化吐息はあらかじめ内部空間に満ち満ちていて、航空機のエンジンを侵した。
「制御不能! 制御不能!」
「墜落する! メーデー! メーデー!」
内部に侵入した機体は、一機も生き残れなかった。
都合、十数機の損失。
「なんってことだ……」
早期警戒管制機の乗員が呻いた。
空軍では手も足も出ない。
地上軍に頼る他なかった。
車両の大群が走る。
目指すは魔王城、それだけだ。
今出せる陸軍の全勢力を魔王城攻略につぎ込む。
それが今回の作戦だった。
それにしても、魔王城を囲むスライムの網。
天空から降りてきている超巨大で広大なそれに囲まれた魔王城の領域まで、なんの障害もなしに着いてしまった。
進行を一旦止める数百台の車両群。
スクウェアから進行する際にいくつもの部隊に分けて多方面から分進合撃する予定だった。
連絡によればどの部隊もスライムの網の前で停止しているらしい。
しかしいつまでもそうしていられない。
罠にも見えた。
斥候を送り込む。
ストライカー装甲車八両にM1戦車二両。
スライムの網は細胞膜のような選択的透過性でも持っているのか、車両が網に触れても何も反応しなかった。
そのまま進む、数キロ。
やがて、斥候部隊は魔王城の外壁まで到達する。
分厚いが、所詮は中世の城、戦車砲で簡単に崩せるように見えた。
斥候部隊指揮官のマクダーナル少佐は派遣部隊本部に連絡する。
撃っていいか? と。
曰く、撃て。
彼の乗るM1戦車が120mm砲を放つ。
マイクでは絶対に正確には拾えないだろう、耳をつんざく轟音。
土煙を上げて一部を崩れさせる魔王城の城壁。
……危険を感じるほど楽に攻撃できてしまった。
マクダーナル少佐は思った。
全く抵抗が見られない、どういうことだ……?、と。
サビナが、
「魔王様、人間共が城壁に……」
と言った。
「そろそろだな」
魔王は玉座の間で軽い地響きの音を聞いていた。
サビナ、ダルマ、デメン、オグン、カダヴェラ、そして、魔王に抱えいだかれたシェリー。
もう一度、振動。
ズズン、と。
魔王城も魔法によって作られたとは言え構造的には特別な点はない。
航空爆弾の一発でも喰らおうものなら全壊する中世技術の石造建築物に過ぎない。
近代軍隊の砲撃を食い止める力などないのだ。
そんな無防備な場所に最強の敵を引き入れてしまってどうするつもりなのか。
魔王は幹部たちとともに、シェリーを抱きかかえたまま石のバルコニーに出る。
「大きな音がするね、魔王様」
「そうだな」
鎧の腕の中、シェリーは眼下に広がる荒野と、スライムのネット、そして地面にへばりつく軍隊を見る。
魔王が言う。
「今からシェリーのお父さんを取り上げた悪い悪い軍隊を懲らしめてやろう」
「ほんとー!? ありがとう! 魔王様!」
シェリーは魔王の冷たく硬い兜に抱きついた。
それを見て微笑ましい顔をするのはサビナとカダヴェラ。
何とも思わないのがオグン、デメン。
ニヤニヤしつつ内心穏やかでないのがダルマ。
魔王はシェリーをかき抱いていない方の手を挙げた。
「さて、ネットに入らなければ安全だと思っている奴らの慌てる顔が見れないのが残念だが……。効果範囲、拡大! 時の大嵐!!」
米軍部隊。
彼らは一歩を踏み出せないでいた。
ただただスライムのネットの外から、城壁へ砲撃を続ける斥候の戦車を見つめていた。
前方に停められたストライカー車内、周りの様子すら見えないその中でブロウズ曹長は息巻いた。
「ったく、軍団司令部はどうしてやがる!? さっさと進軍しねえのか!?」
「罠じゃな」
向かいに座るアルゥールが剣のつかを撫でながら言った。
「なぜそんなことがわかる!?」
と、ブロウズ。
彼からしてみれば、追い詰めた獲物が根拠地に籠って怯えているのに手を出さないでいるのと同じだった。
「黙っていろよ、小僧。冷静さまでなくしては生き残れんぞ」
そう言うシーザーの方をブロウズは睨んだ。
気にも留めないシーザー。
「まあまあ、二人とも。ここは仲良く……これは……」
フリィシカが唐突に言い淀んだ。
ピクシアと顔を見合わせる。
そして叫ぶのだ。
「いけません! みなさん! この鉄の車から降りるのです! 早く!」
理由は言わなかったが、ブロウズと勇者パーティはすぐにそれに従った。
彼女は膨大な量の魔素が魔王城の方へ突風のように凝集していくのを感じたのだった。
五人が降りる、乗っていたストライカー装甲車の車長が「戻れ!」とわめいている。
彼には危機が迫っていることなど一切わからないのだ。
装甲車がひしめく中、空を見上げるフリィシカ。
見ているのはスライムのネットだ。
一部がピキピキと音を立てて乾いていき、一部がドロドロと溶け出した。
「これは……」
一つの可能性に思い至る老大魔法使いだった。
「ピクシア! 魔法鎮静領域を展開して! 私たちとブロウズさんだけ守れる範囲でいい! でないととても守りきれないわ!」
ピクシアは老体に鞭打ってすぐさましゃがみこんで詠唱を始める。
地面にぼうっと光る魔法陣が現れ、ドーム状の空間が五人を包んだ。
「何だ!? 何が起こってる!?」
ブロウズが疑問の声を上げるが、とにかく黙っとれ! とシーザーに言われ、大人しくするしかない。
やがて、魔法陣に守られた範囲の外で、魔王の大魔法の効果が現れ始める……。
最初に気づいたのは装甲車や戦車から上体を出して警戒している車長たちだった。
生まれてからずっと付き合ってきた肌が何となく、いつもと違うような気がしてくる。
思わず手を見る。
顔を触る。
ガサガサ……すべすべ……。
右手と左手で顔面を触った時の感触が違う。
どういうことだ!?
慌てて車内に戻り、他の乗員に訊ねる。
俺の顔、今、どうなってる? と。
「しゃ、車長!? その顔どうしたんです!? 右側がまるで爺さんで、左側が赤ん坊……」
「え?」
そう言う乗員の顔も、老人だったり、子供に戻っていたり……。
次に影響が出たのは車体だ。
自分の手がしわがれたり小さくなったりしてショックを受けている乗員たちの乗る車両、その車体が突然に分解し始める。
タイヤはドロドロに溶け、鋼板は外れ、ボルトは緩み、まるで工場で組み立てられる工程が逆再生されているかのようだった。
あるいは、塗料がボロボロと剥げ落ちて一気に錆びついて崩れる……。
人間も、機械も、時間がめちゃくちゃに戻ったり進められたりしている。
それが、時の大嵐の効果だった。
「ほ、ほが……歯が抜け……ふぁ」
「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」
急激な老化で戦闘不能になる者たち。
生まれたばかりの赤子に戻ってサイズが合わなくなった服の中で喚く者たち。
分解して工場に資材として搬入されてきた直後の状態に戻る車両。
逆に何百年も放置されたように赤錆たボロクズになる機械。
半径十キロは下らない魔法効果の圏内において、そこここでそんな光景が見られた。
自分の本来の時間を維持できるものなどいなかった。
みな、嵐の海で翻弄されるおもちゃの船のように、時間軸状の位置を保つことができなかった。
「ひでえ……」
台風の目のように、ピクシアの魔法陣の内部で安全を確保されているブロウズが呟いた。
「みんな、どうしちまったんだ……」
米軍部隊で時の乱れの効果を受けない者はおらず、大部隊の全てが崩壊しつつあった。
今回もダメなのか……。
ブロウズが絶望にうなだれる中、勇者アルゥール達は目配せをする。
チャンスが来た、と。




