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(未完)大魔界大戦 米軍VS魔王軍  作者: 北條カズマレ
第三章 米国の受難
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第十九話 魔王のきまぐれ、9歳の幸運

二〇一七年五月二十二日時刻2100、

魔界、魔王城城内

X+二十日


 ダルマは魔王に謁見していた。ぶよぶよの体を必死に折り曲げてなんとか礼をしたのち、話し始める。


「よろしかったのですかな?第一回攻撃からだいぶ日がたちますが何もアクションを起こさなくて……」


「ああ、これで良いのだ。今は十分だ」


 5000体のワイバーンベイビー生成で魔界の魔素はある程度消費されてしまっている。

 

 さらなる消費は敵軍の魔界侵攻時、対応不良となる可能性があった。


 まだまだ余裕があったが、これ以上虐殺を繰り返してもこちらの資源が尽きる前に敵人類を全滅させられるわけではない。


 今はこの虐殺を単に呼び水とする。


 魔王はそう判断したのだった。


「左様でございますか。では、ワイバーンベイビーが生け捕った人間どもに関してですが……。大部分は既に『消費』させていただきました」


「というと?」


 ダルマはニヤリと笑った。


「我々魔族が人間を『消費』すると言ったら一つしかありますまい?魔王様はご存じなかったですかな?ああ、あなた様が転生なされてから一度も人間は生きたまま捕まっておりませんでしたなあ」


 魔王は黙っている。


 どうせロクデモナイことなのはわかった。


 魔族としての、魔王としての生を受け入れた、魔王こと田中祐一であるが、魔族流の嗜好まで手に入れたわけではない。


 少し吐き気がした。


「ああ、いかがですかな?魔王様。捕まえた者の中にとびきり天使のような子供がおりましてな……。どうでしょう?『消費』の前にご照覧なさっては?」


「子供……」


「ええ。かわいらしい生き物でございますよ?」


 ダルマのにやけ顔を見ても、魔王はさして興味も抱かなかった。


 人間の子供。


 人間は嫌いだ。


 だが子供ならそこまででもない。


 いや、泣きわめかれたら嫌だが。


 それだけは絶対に不快だ。


 まったくなぜガキというものはあんなに泣きわめくのだろう……


「こちらでございます」


 連れてこられたのは年齢一桁であろう小さな女の子だった。


 確かにかわいらしい。


 なんとなく、魔王は大昔に読んだ、女の子が不思議の国に迷い込む童話を思い出した。


 ダルマがにやにやしながら見てくる。


 何を期待しているのだ? 


 魔王には疑問だった。


「お嬢ちゃ……」


 気を使う必要などないのについ丁寧な言葉を使うところであった。


 この体で人間の子供を相手にしたことなどなかったからつい魔王としての威厳が削がれる。


 女の子はきょとんとした目でこちらを見つめてくる。


 まったく、怖くないのだろうか。


 ここにいるのは着ぐるみを着た優しいマスコットではない。


 体重300キロ近いデブと金色の鎧に身を包んだ大男である。


 怖いはずだ。


「娘よ」


 ほかに適切な呼び方を思いつけずそう呼ぶ。


「怖くはないのか?」


 無言で頭を横に振る女の子。


 やはり、少しは怖いらしい。


 魔王はダルマのほうを見た。


 余にどうしろと?


 ダルマは相変わらずにやにやと不気味に笑うだけだ。


「ふむ」


 魔王は兜越しに顎を撫でる。


「娘よ。おまえはこれから死ぬのだ」


 無反応。


 こんな小さな子にそんな想像ができるはずもない。


 なら、別の方向から攻めてみようと魔王は考える。


「お前の国の軍隊は助けになど来ないぞ? 余の軍隊が粉砕するからだ」


「ほんと!?」


 幼女の意外な反応に驚く魔王だったが、ダルマの前だ。


 動揺は見せられない。


 ダルマは相変わらずにやにやしている。


「ほんとに軍隊をやっつけてくれるの!?」


「そうだ」


 魔王の返事に女の子は満面の笑みになって、


「やった! ついにこの時が来た!! やっほー!」


 飛び跳ねるのであった。


 訳が分からないという風にそれを見る魔王。


 女の子は触れ合わんばかりの距離に近づいてくる。


「あのね、私ね、ずっとずっとこういう日が来ないかって思ってたの。私の国の軍隊ってすごく強いじゃん? だからそれをやっつけてくれる相手なんかいないって思ってたの、それが、それが……」


「なぜやっつけられるのがうれしいのだ?」


 魔王は足元で跳ね回る小さな子を見下ろしながら言う。


 純粋な疑問だった。


 満面の笑みとともに答えが返ってきた。


 不思議な子だった。


「あのね! あのね! だってだって、軍隊ってひどいんだよ!?」


「ひどい? 対テロ戦争での拷問行為や、ベトナムでの虐殺行為や、原爆による人体実験か?」


「そーじゃなくてー!」


 難しいことはわからなかったらしい。


「だって、だって、お父さんを返してくれないじゃない! ひどいんだよ!? お誕生日にだって帰ってきてくれないんだから! お父さんを返してくれない軍隊、嫌い!」


 魔王は兜の中の顔を崩した。


「クハハハハハハハ! そうかそうか、軍隊が憎いか! そうかそうか……」


 魔王はダルマをちらりと見る。


 魔王にはダルマの本来の意図が分からなかったが、おそらくこれからしようとしていることはダルマの意図にはそぐわないだろう。


 ダルマはもうにやにや顔をしていなかった。


「娘よ、名は何という?」


「シェリー! シェリー・ブロウズ! 9歳!」


「ほうほう。ではシェリーよ。お前の面白さに免じて『消費』はよしてやる」


「なッ!?」


 ダルマが驚きの声を上げた。


 まさかこんなことを言い出すとは思っていなかったのだ。


「聞いたな、ダルマ。この子に快適な環境を用意してやれ。すぐにだ……カダヴェラ!」


 呼びかけでカダヴェラがすぐに魔王の前に姿を現す。


 民家の屋根ほどの高さにある顔にきょとんとした表情を浮かべている。


「カダヴェラ、この子と遊んであげなさい。ただしお人形遊びはやめなさい。それからいつも以上に気を付けてしゃべらないようにするのだ」


「え……あた…………らしい、お人形……さん……来たの……に」


「喋るなというに……『時間逆行レディ・テンポーレ』」


 カダヴェラの口から漏れ出た黒い瘴気(ミアズマ)が口の中に戻っていった。慌ててカダヴェラは両手で口をふさいだ。


「んむぅ〜……」


 魔王はため息をつきつつ、


「いいな? 飽きさせるんじゃないぞ」


 とだけ言って、カダヴェラとシェリーを適当な部屋に下がらせた。


「ばいばーい、鎧のおじちゃん……」


 カダヴェラの長い手につながれて魔王城の奥へ歩き去るシェリーに、思わず手を振り返しそうになる魔王だった。


 魔王はダルマに目配せする。


 黙って謁見の間から下がるダルマ。


 魔王はドカッと玉座に身を預ける。


 いったいどうしたというのだろう? 「俺」は……。あんなガキに情を移しただと? まさか……。




 脂肪肉が揺れる。


 ドスドスという音が響く。


 醜いブヨブヨが魔王城の回廊を行く。


「くっ! 魔王様め、いったい何を考えている!?」


「イライラタイムか? ダルマ」


 声をかけてきたのが誰かすぐわかった。


 鎖のジャラジャラ音。


 デメンだ。


 ダルマはそちらを振り返ることもなく答える。


「まったく、あの魔王様は歴代と比べても軟弱なのだ! 織田信長様も、ハンニバル様も、董卓様も、ロドヴィコ・イル・モロ様も、何のためらいもなかった! 『消費』をすることになんの躊躇もなかったというのに!」


「ほう、じゃあ魔王様は『消費』をためらったのか?」


 ダルマは射殺しそうな目でデメンのほうを振り返る。


「なお悪いわ! あろうことか慈悲をかけたのだ! あのメスガキを生かして飼うおつもりだ! まったく理解しがたい……」


「ほーほー。じゃ、魔王様は魔王たる最重要条件、『人間を憎んでいること』という性質を失っちまった魔王失格の存在だと?」


「そこまでは言っていないが……」


 その時、回廊の温度が数十度は上昇した。


「お前たち、何の話をしている?」


 オグンだった。


 ダルマもデメンも黙ってしまう。


 この愚直な忠義の獣にとって今話していたようなことは全くのタブーだったからだ。


「謀反の相談か? 堂々としているな」


 と、オグン。


「ま、まさかそんなことは……」


 ダルマは慌てて答える。


「そうだぜ」


 デメンは悪びれもせずに言った。オグンのライオンの眼が鎖の化け物を見据える。


 デメンはデメンで鎖の塊の中から光る赤い目で見返す。


 そのまま流れる緊迫の時間。


 オグンのほうが顔をそらした。


「まあ、馬鹿なことは口にせぬことだ。もし、魔王様の素質を疑うようなことあらば……」


 もう一度ダルマとデメンを一睨みすると、オグンは回廊の向こうに姿を消した。


 残されたデメンとダルマは特に言葉を交わすでもなくじっと立っていたが、デメンが、


「おー怖っ。馬鹿は怒らせねえほうがいいか」


 と言った。


 ふと、ダルマが何か思いついたように、


「デメン殿、良い考えがあります」


 と言うと、にやにや顔を浮かべるのだった。

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