第二十話 勇者と兵士、それから魔法使いと戦士と神官
二〇一七年五月十二日時刻1000、
魔界、死の森、とある洞窟
X+十日
「着いたぞ。ここが我ら人類の最後の砦、かつては冒険者ギルドと呼ばれていた組織じゃ」
「まるでアフガンムジャヒディンの隠れ家じゃねえか」
野宿を経てブロウズと勇者がやってきたのは住居とは到底呼べないような洞窟の中に作られた仮の住まいだった。
だが、話を聞くところによるともう何か月もこんな場所に百人ほどの人間が暮らしているのだという。
ブロウズは洞窟入り口――草で偽装してある――を抜けると、奈落のように口を開けた、50度ほどの角度で下へ下っていく洞窟を覗く。
切り出した丸太そのままを縛って作り上げた足場で、急な洞窟の斜面にいくつも居住スペースがとってある。
何本も降ろしてある梯子がなければ移動もままならないだろう。
ブロウズは老人と一緒に降りていく。
しかし、あの鎧のバケモノ供を屠った時も彼が思ったことだが、超人的なジジイだ。
不思議な、ファンタジーに出てきそうな鎧とマント、それから大剣を背中に担いでいるのにひょいひょいとハシゴを降りていく。
非人間的な体力だった。
洞窟の内部に目を移すと、明かりは不思議な輝きだった。
ライトでもなく、火でもない。ぼうっと眺めていると、
「なんじゃ、妖精光がそんなに珍しいか? 田舎もんじゃの」
と、勇者と名乗った老人が笑った。
ブロウズは老人のほうを見る。
「あんなぁ、爺さん。勝手言ってるけどよぉ、そもそも俺はこの世界の人間じゃねえんだ。なんたら星人か、さもなければ異次元人か」
老人は真剣な顔つきになった。
「どういうことじゃ? 詳しく説明せい」
集会所で話そう、と言う老人に伴われ、洞窟を下っていくブロウズ。
老人はこの集団の長らしかった。
随分敬意を払われているようで、集会所にたどりつくまでにすれ違った何人もの人間に礼をされる。
しかしそれにしてもじろじろ見られるな、とブロウズは思う。
誰もかれもボロの、歴史ドラマに出てきそうな服を着ている。
戦闘服にボディアーマーの自分はかなり目立つだろう。
随分深いところまで降りた。
「既に集まっているようじゃな」
と、老人。
その横穴には大きなスペースが用意されており、勇者と名乗った老人と同世代と思しき老人たちが集まっていた。
「遅かったな、アルゥール」
アルゥールというのか。ブロウズは一夜をともにしつつも名すら明かしてくれなかったことを思った。
ずっと警戒しつつ過ごした一夜だった。
無駄口もたたかない、寝入るのも交代。
特殊訓練を受けた自分と同様の戦闘センスを感じるスキのなさだった。
自己紹介すら憚る警戒ぶりの中でも、その点では通じ合っていた。
「座りなされ、客人」
杖を抱えて座る、大きなとんがりつば広帽子の老婆が言った。
「詳しく話を聞きたいのじゃ」
促されるまま木製のテーブルに着く。
居並ぶ面々はみな老人だった。
とんがりつば広帽子の老婆、軽装の鎧を着込んだ白ヒゲの老人、白い服の宗教者然とした老婆。
そしてアルゥールと呼ばれた、自分に勇者と名乗った老人。
ブロウズを含め、5人が粗雑なテーブルに着く。
「では、まずこちらの兵士殿を紹介したい。あー……名前を聞いてなかったな?」
ブロウズは一瞬何と言うべきか迷うが、結局ちゃんと官姓名を名乗ることにする。
「第75レンジャー連隊所属、マーティン・ブロウズ米陸軍曹長」
部屋の中はしん、としてしまう。やはり通じないか。
アルゥールの話を思い出す限り、どうやらこの世界では言語は何らかの力によって自動的に翻訳されるらしい。
だが、「米陸軍」だとか「レンジャー連隊」だとかがきちんと翻訳されるかは甚だ疑問だった。
「ふむ」
とんがり帽子の老婆が呻いた。
「よくわからない単語だらけじゃが、まあどっかの国の軍人さんと言うことはわかったね」
ブロウズはホッとする。そういう部分すら伝わらなかったらどうしようかと思っていた。
「いや、それだけではないぞ、フリィシカ」
とんがり帽子はフリィシカ。ブロウズは忘れず心のメモ帳に記す。
「この者、他の世界から来たと言うことだ」
「なんと!? それは本当か!? アルゥール!」
どうやらそれは想定外だったらしく、ヒゲの老人もフリィシカも白服も、ヒソヒソと彼らだけで話し始める。
黙っているのはアルゥールとブロウズだけだ。かなり長いこと二人は蚊帳の外だったので、バツが悪くなったブロウズはアルゥールに話しかける。
「おい、なんかずいぶん大変なことらしいな、俺たちの世界とお前らの世界が繋がったことは……まあ大変なんだけどよ。実際」
アルゥールはうなづく。
「もちろんじゃ。そのことについても詳しく聞きたいのう」
やがてブロウズに発言が求められた。
彼は立ち上がるとスクウェアとそれへの彼の国の対応について簡潔に述べる。
いくらアルゥールが命の恩人とはいえ、この人間たちを信用したわけではないので米国という存在についての情報開示は最小限にとどめた。とんがり帽子の老婆、フリィシカが反応した。
「なるほどねえ、人間だけの世界か。噂に聞く、魔王の魂がやってくる、ゴブリンもドラゴンも魔物もいない世界」
「俺たちの世界に関する情報があるのか!?」
ブロウズは驚く。自分たち、地球側には異世界の情報など全くないというのに。フリィシカはうなづいた。
「左様。私たちのとってあなた方の世界は密接な関係にある存在ですのじゃ。あなた方の世界にとっての我々の世界はそうではないのだろうがね」
その時、ヒゲの老人が立ち上がった。まさに糾弾するように何度もブロウズの方を指差し、
「お前らのせいだ!! お前らの世界が憎しみに満ちているせいで我々の世界は!!」
「まあまあ、シーザー、落ち着け。この者に罪はない」
アルゥールが諭す。
シーザーと呼ばれた老人は不満を抑えつつどっかり椅子に座った。
立ち上がってわかったが、かなりの長身らしい。
フリィシカが再度口を開く。
「そうさねえ、此の期に及んであちらの世界と我らの世界が繋がったこと、どう捉えるべきかねえ……」
シーザーと呼ばれた老人が、
「ふん! どうでもいいわい! あんな世界の者たちなど!」
「わしが思うに」
と、アルゥール。
「向こうの世界の軍隊と手を組むのもありだと思う。いや、もういっそのことあちらに移住するというのも……」
「何をバカな!!」
ドン、という音がした。シーザーがテーブルを拳で叩いたのだ。
「耄碌したか!? 精霊の勇者アルゥールよ! いくらこの世界が魔界に飲まれかけておるとはいえ、そんな、そんな……失礼する!」
と、彼はそのまま出て行ってしまう。残された四人はしん、と静まり返る。ブロウズは何か言わなきゃという思いに駆られる。
「あー、皆さん?」
他の三人からの視線が集中する。
「来たいなら俺らの国に来るといい。インターネットも、映画も、ピザもある。天国だぜ? 俺の家族に会わせてやるよ」
反応はなかった。と、初めて、白服の老婆が言葉を発した。
「兵士さんや」
ブロウズに優しかった祖母を思い起こさせる、暖かな声だった。
「申し出はありがたいのですけれどね、そのことはまだアルゥール一人の考えなのです。我々にとって、この地を捨てる……ここから逃げ出す、つまり、魔王に敗北することを認めることほど、耐え難いことはないのです」
「……なるほど」
勝利を諦めることがどれだけ辛く難しいことかはわかっている。自分は彼らに逃げろと言ってしまったのだ。暴力的な言葉だった。ブロウズは反省する。
「して、ブロウズさんや」
「はい!」
「改めて自己紹介させてください。私はピクシア。白の神官ピクシアです。そこにいるのは勇者アルゥール。そしてそこに座るのが魔法使いフリィシカ。……先ほど出て行ってしまったのが戦士シーザー」
ピクシアと名乗った老婆はそこで一息置く。
「この四人はかつて魔王を倒したパーティなのです」
「それは、どういう……」
ブロウズにはわからないことだらけだった。冒険者ギルド? 魔王? 勇者? 魔法使い? パーティ? まるでイメージが浮かばなかった。
二〇一七年五月十五日時刻0900、
米国、ネヴァダ州、|グルーム・レイク空軍基地《エリア51》から数キロ、スクウェア地球側入口
X+十三日
「メーリル博士! 危険です! またあいつらが出てくるかも!」
「あなたたちは国民を守るのが仕事でしょ!? しっかりなさい! あれだけ沢山の国民が死んだんだから、命くらい張りなさいよ!」
ギャレット大尉の言葉に構わず、メーリルはスクウェアの前に仁王立ちになっている。
すでに工事は進んでいる。
もう二度とスクウェアから何かが飛び出して来ないようにワイヤーネットで覆う工事だ。
しかしどれだけ効果があるか……。
一辺数百メートルのスクウェアを完全に覆えるかもわからなかった。
工事の間、メーリルはホワイトボードの前で必死に計算式と戦っていた。
彼女の計算では、一度開いた次元の門はもう絶対に閉じることがないはずだった。
「必ず、全ての情報を暴いてやるから!」
そう、意気込む。
「それにしても変ね。いくらもう絶対に閉じないにしても、あそこまで綺麗に境界が安定しているなんて……」
そう、不思議なのだ。
スクウェアがスクウェアの形を維持し続けている、つまり、まっすぐな四角形の形を整え続けていることが全くの不思議である。
「なにか、未知の粒子が存在するのかも……?」
もう一歩であった。




