19
(はぁ~~、つまらん)
円卓に肘をつき目の前に広がる光景を冷めた目で見る。
目の前では毎朝恒例、大して実のない会議を繰り広げている。
円卓には10数名の上位階級を持つ魔族が私を中心に座っており、後ろには宰相のカルオスが佇んでいる。
(こんな無駄な時間を過ごすよりも、ルアの元に行きたい…)
もう、ルアは目を覚ましただろうか。朝、顔を見に行った時はまだ気持ちよさそうに眠っていた。
「そう言えば魔界リグゼリオがまた、人間界に進行したらしいですぞ」
「また、ですか。あちらの王もお好きですなぁ。人間の事など放っておけばよろしいものを」
「あちらは人間界とも隣接しておりますしなぁ、なかなかそうも言っておれないのでしょう」
「いやはや、それに比べ我らは…平和ですなぁ~」
「そうですな~、平和が一番ですなぁ~」
「まったくです。しかし近頃、城下で過激派の動きが活発になってきてるとか…」
「ほう…それは不穏ですなぁ~」
「ですなあ~。ところで……」
話はころころと違う所へ向かう。会議は会議でもこれでは井戸端会議だ。
こんな世間話で構成されている会議でも、一応出なければこいつらは勝手な事をする。
以前何度かサボったが、その度にやれ、領地の奪い合いだ、野良魔物討伐だと言って勝手にあたり一面焼け野原にする。まったくもって平和じゃない。
別にこいつらが殺し合おうが何しようか構わないが、事故処理に追われるのはこちらだ。もう二度とあんな面倒はごめんだ。
それにルアの事もあるし、あまり好き勝手されては困る。今は余計な事に時間をとられたくはない。
しかし過激派か…少し様子を見る必要がありそうだ。
一応、他のやつらにも探らせておくか。
「そういえば、魔王様の対のお方がとうとう城にこられたとか…名はそう…ルア様、と」
話はとうとうルアの事になる。まだ、こいつらには詳しい事を話していない。
ルアを話のネタにされるのが不愉快ということもあったが、色々と煩くなるのが嫌だからだ。
(ちっ、面倒だな。だまらせるか…)
普段は押さえている魔力を多少解放する。部屋に得も知れぬ圧力が掛かり壁にいくつかの亀裂が入る。するとそれまで煩かった会議室が一気に静かになり、皆一斉に顔色が青ざめる。
「~~~っと!それでは今日の会議はここらでお開きに致しましょうか!!」
「そ、そうですなっ。いやはや本日も実のある会議でした。それでは魔王様、御前失礼致します!」
「それでは、わ、わたくしも……」
皆、私の機嫌が悪くなったと判断すると、口々にそう言い、ぞろぞろと部屋を退室していく。
ルアの話題もさることながら、会議も終わったのは喜ばしい。
しかし、どこに実のある話題があったのか教えてもらいたいものだ。
「少々、脅しすぎではございませんか?」
全員退出した会議室に一人残ったカルオスは淡々と言った。
「ふん、少し魔力を外に出しただけだ。これ如きで顔色を悪くするなど今の上位階級もたかが知れてるな」
私が魔王になったばかりの頃はもう少し骨のある奴らがいたと思ったが…
「昔と今とでは状況も環境も違います」
私の考えを読んだかのようなタイミングで言ってくる。
「まぁ、それは分かっている。私がそう望んだからな。…さて、今日の予定はあるのか?ないな?ないだろう。ないなら私は行くぞ」
一気に捲し立て席を後にしようとした瞬間、腕を掴まれる。ちっ、素早い奴め。
「安心して下さい。仕事は山のようにありますから」
ニッコリと笑いながら、いい笑顔で言う。しかし目は笑っていない。
「くそっ!お前はルア一緒に居れるというのに…。なぜ…何故っ、魔王たる私が会えんのだ!!」
「それは、魔王様が私にルア様の教育を任されたからです」
そうだ、他の誰でもなく私が命じた。本当は私が教えてやりたいのだが、私の魔力は今のルアには負担が大きい。普段は魔力を押さえている為、害はないが…。
レノール…あいつも一瞬考えたが一瞬だけだった。あいつに無理だ。理論とかぶっとばして実践に及ぶ奴だ。ルア相手に無茶はせんと思うが、それでも恐ろしいことを仕出かしそうな気がする。
なので、必然的にカルオスになった。こいつは頭もいいし、なにより一番の忠誠心を持っている。私の期待を裏切る真似はしないだろう。
「はぁ~、嫌だが仕方ない。言っておくがルアに傷をつけるなよ。お前はそんなヘマはしないだろうが…。期待しているぞ」
「はっ!ありがたきお言葉。魔王様の期待に添えるべく、一日も早くルア様には魔力を制御する方法を覚えていただきます」
カルオスが胸に腕をあて、跪く。その期待に応えようとする忠誠心に若干、引きを覚える。こいつは普段は冷静だがふとした拍子に熱くなり、突っ走る傾向にある。……私の周りはこんな奴らばっかりだ。
「あ、ああ、まあ、あまり厳しくしすぎるなよ。…で、今日の予定は何だ?また謁見か?」
以外と魔王というのも忙しいもので、謁見やら書類の判子押しやら色々とある。謁見に至っては、魔界では生まれた子の名は魔王が付けるという決まりになっているのでかなり大変だ。
魔族は元々産まれにくいが、それでも多い時は一日に100件近く来るがある。悪いとは思うが、最後の方は結構適当だったりする。まあそれでも喜んでくれているのでよしとしよう。
「いえ、本日の謁見は明日に回します。実はリグゼリオ側の魔族が境界近くで暴れまわっているとのこと。何度か討伐はしましたが、一向に収まる気配が無いのでここは魔王様に出向いて頂こうと」
「ほう、ずっと座っているのにも飽きていた所だ。久しぶりの狩りだな。ついでにリグゼリオにも会ってくるか」
「やめて下さい。魔界が滅びます。昔の事をお忘れですか?」
「……冗談だ。夕食までには戻る」
そう言い、魔方陣を展開させ一気にリグゼリオの境界まで跳ぶ。後ろでカルオスの溜息が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
ゴォォオオオオ
乾いた風が頬を掠める。着いた先は境界付近の崖の上。なるほど、確かに暴れまわっているようだ。遠くから見てもわかるくらい砂埃が舞い、至る所で炎があがり、魔法をぶつけ合う音が聞こえる。街があったであろう場所はもう見る影もなく瓦礫の山と化している。
今闘っているのは生き残りか、はたまた魔力の暴走か。
「魔族、魔物、あわせて二、三百といった所か。少ないな」
これなら昼には戻れそうだ。被害もそこまでいかないだろう。
昔リグゼリオとやり合った時にお互いの魔界が半分焦土と化した事があった。それから奴とは会っていない。別に仲が悪いわけではないが手合わせで魔界を破壊しないでくれと双方の魔族から懇願されたからだ。
会うだけなら問題ないのだが、いかんせ向こうが好戦的で必ずと言っていいほど仕掛けてくる。
だから必然的に奴の魔界に住む魔族は好戦的な奴が多い。魔族らしいと言えば魔族らしいが……。
「さて、久しぶりに遊ぶとするか。頼むから俺を退屈させないでくれよ?」
そう言って笑みを浮かべると獲物のいる戦場へと向かっていった――――