第1話 大繁盛のハンバーガー店
山と海に囲まれ、豊かな自然の恵みを受けるこの翠星市は、私が暮らす大切な街だ。
近年は幹線道路沿いに大型商業施設が立ち並び、全国展開する大手飲食チェーン店が次々と幅を利かせるようになった。巨大な資本力と効率化されたシステムが街の景色を均一化していく中、一本裏通りに入った場所にある私たちのハンバーガーショップ『|SunSunDiner』は、創業八年を迎える地元密着型の人気店としてひときわ活気を放っている。
アメリカンレトロな外観と、入り口の横で揺れる手書きのポップが、うちのお店の目印だ。
「お待たせいたしました! ダブルチーズバーガーのセットです!」
カウベルの軽やかな音が響く店内は、平日のお昼時にもかかわらずほぼ満席状態だ。今日も厨房の中で目まぐるしく動き回っている私は、店長である波瀬海紗枝(三十二歳)。実質的な切り盛りは、ほとんど私一人が担っている。
機能性を重視した清潔なエプロンを身につけ、鉄板の上でジュージューと音を立てる肉厚なパティを絶妙なタイミングで裏返していく。同時に、隣のフライヤーから黄金色に揚がったポテトを素早くすくい上げる。長年の経験から、一連の動作は一切の無駄を排除して、お客様の喜ぶ顔だけを求めた結果、高効率な立ち回りを導き出した。
「いらっしゃい、田中さん。今日もいつもの《《で》》イイ?」
カウンター席に腰を下ろした初老の常連客、田中さんに向かって、私は額の汗を手の甲でぬぐいながら満面の笑みを向けた。
「おう、いつもの《《が》》、いい!」
田中さんが嬉しそうに目尻を下げるのを見て、私たちの阿吽の呼吸に周囲のお客さんたちもつられて頬を緩ませてくれた。
田中さんが注文した「いつもの」は、うちの看板メニューである「サンサン・フレッシュバーガー」だ。
こんがりと焼き上げられた特注のバンズに、粗挽き肉の旨味が凝縮されたジューシーなパティ、そしてとろける濃厚なチェダーチーズ。それらの強い味を完璧なバランスでまとめ上げているのが、あふれんばかりの果汁を内包した分厚いスライストマトだ。
肉、チーズ、バンズという胃にもたれがちな三つの素材を、瑞々しいトマトの酸味と私の計算し尽くしたオリジナルソースが見事な調和へと導いている。マニュアル化された大手チェーン店には決して真似できない、料理人としての私の魂を込めた自信作だ。
私は接客から調理、細々とした店舗運営に至るまで、そのほとんどを一人で背負っている。
社長である夫の潤は「他店の研究視察」と称して地方を飛び回ってばかりで、店に立つことは滅多にない。
さらに、夫が面接で雇った女性パート従業員三人の働きぶりは決して褒められたものではなかった。
それでも、私の作るハンバーガーを美味しそうに頬張るお客さんの笑顔を見るだけで、すべての苦労が報われるような気がしていた。
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午後三時。
怒涛のようなランチタイムのピークが過ぎ、店内にようやくゆったりとした時間が流れ始めた頃、厨房の奥にある勝手口の重い鉄扉が控えめにノックされた。
「紗枝さん、こんにちは。朝採れトマト、ここ置いときますね」
野太くも誠実な声とともに顔を出したのは、翠星市で農家を営む大地誠也君(三十歳)だ。日焼けした肌にがっしりとした体格の彼は、着古してはいるが清潔に保たれた作業着姿で、手にしたコンテナを床にそっと下ろした。中には、まるで宝石のように赤々と輝く、張り詰めた皮の極上トマトがぎっしりと並んでいる。
「誠也君、いつもありがとね。今日のお野菜も本当に美味しそう」
私は手を洗い、清潔なタオルで拭きながら彼の元へ駆け寄った。
「自分が大好きなサンダイさんの味のためです。今日もうちの一番いいやつを卸させてもらいましたよ」
誠也君は照れくさそうに首の後ろを掻いた。口数は少ないけれど、自分の仕事に対して並々ならぬ誇りを持っている実直な人だ。私たち二人の間には、単なる業者と店主という枠を超えた、職人同士の確かな信頼関係がある。
「ねえ誠也君、少しだけ時間ある? 実は今度、新しいメニューを考えててね」
私はそう言って、保温庫から小ぶりの包みを取り出した。
「まだ試作段階なんだけど、誠也君の意見が聞きたくて。よかったら食べてみてくれない?」
誠也君が包みを開けると、中からふわりとスパイシーな香りが立ち上った。誠也君は両手で大切にバーガーを持ち上げると、大きく口を開けてかぶりついてくれた。サクッとしたバンズの食感の後に、溢れ出す肉汁と新しい特製ソースの複雑な旨味が口いっぱいに広がっていくのが、彼の表情から伝わってくる。
「……美味い」
誠也君は目を丸くして、もぐもぐと咀嚼しながら感嘆の声を漏らした。
「本当に美味いです、紗枝さん。前のソースも絶品でしたけど、こっちはもっとパンチが効いてて、肉の旨味が極限まで引き立ってる。これ、お店で出したら絶対に売れますよ。自分、毎日買いに来るかもしれないっす」
「ふふ、毎日だなんて大げさね。でも、誠也君にそう言ってもらえるとすごく自信になるわ。ありがとう」
私の笑みを見て、誠也君もつられて微笑んでくれた。
私は、自分が作るハンバーガーを食べて、笑顔になってくれる人々のために働いていると言っても過言ではない。たゆまぬ努力と料理人としての才能が報われるこの瞬間を絶対に忘れてはいけないと、改めて心に誓った。




