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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第5話「秘策」

 ルカたちが「マルチェッロ研究所(仮)」と呼ぶ物置小屋に、重苦しい沈黙が流れていた。


 机の上には、ルカが作り出した奇跡の結晶――「高密度焼結コラル」の赤い玉が、朝の光を受けて妖しく輝いている。


 それを食い入るように見つめていたロレンツォが、眼鏡を外して眉間を揉んだ。


「…ダメだ」


「えっ?ダメなの兄さん!?」


 ルカが身を乗り出す。


 ロレンツォは眼鏡をかけ直し、渋い顔で首を横に振った。


「モノは最高だ。硬度、透明度、輝き、どれをとっても一級品のルビーに匹敵する。…だがな、ルカ。商売ってのは『良いモノなら売れる』ほど甘くねぇんだよ」


「どういうこと?」


「『信用』の話さ」


 ロレンツォは赤い玉を指で弾いた。


「もし俺がこれを宝石商に持ち込んで、『これはルビーです』って言ったらどうなる?『どこの鉱山で採れた?』『鑑定書は?』って聞かれるに決まってる。答えられなきゃ『盗品』か『偽物』扱いされて、衛兵を呼ばれて終わりだ」


「う…」


「かと言って、『これは珊瑚を圧縮した新素材です』なんて正直に言ってみろ。お前は即座に拉致されて、一生地下牢でこの玉を作らされるハメになる」


 兄の指摘は的確だった。


 この素材は、あまりにも常識外れすぎる。


 既存の市場ルートに乗せるにはリスクが高すぎた。


「じゃあ、どうすれば…。期限まであと一ヶ月しかないのに」


 ルカが肩を落とす。借金返済の期日は待ってくれない。


 その時、横で話を聞いていたアディが、不思議そうに口を挟んだ。


「ねえ、なんで『宝石』として売らなきゃいけないの?」


「ああん?宝石じゃなきゃ、この輝きを活かせねぇだろ」


「私たちの村じゃ、赤い珊瑚は『お守り』だよ」


 アディは自分の首元を指差した。


 そこには小さな貝殻のネックレスがある。


「海の色が変わるような深い場所にある珊瑚はね、荒れる海を鎮める力があるって言われてるの。だから船乗りはみんな、航海の無事を祈って珊瑚の欠片を持つの」


「…お守り、か」


 ロレンツォの目の色が、ふっと変わった。


 彼は赤い玉を手に取り、今度は「商品」ではなく「物語」を見るように眺め回した。


「アディちゃん。その話、おかの船乗りたちの間でも有名か?」


「うん!港のおじさんたちも欲しがってたもん。『海の民の珊瑚は特別だ』って」


 その言葉を聞いた瞬間、ロレンツォがニヤリと笑った。


 それは獲物を見つけた肉食獣の笑みだった。


「…へっ、なるほどな。そういう『付加価値』なら、出所を誤魔化せる」


「兄さん?」


「いいかルカ。こいつはもう『ルビー』じゃねぇ。ましてや『新素材』でもねぇ」


 ロレンツォはビシッと指を立てた。


「こいつは、『海の民が秘術で磨き上げた、航海安全の究極のお守り』だ!」


 ロレンツォの「秘策」はこうだ。


 素材としての価値ではなく、「海の民ブランド」というストーリーを売る。


 「海の民との独占契約」を謳い文句にすれば、製法が秘密であることも不自然ではないし、むしろ神秘性が増して価格を吊り上げられる。


 ターゲットは宝石商ではなく、縁起を担ぐ船主や、海運業を営む貴族たちだ。


「す、すごい…!兄さん、天才だ!」


「へへっ、よせやい。…だが、そのためには『加工』が必要だ。ただの玉ころじゃあ、お守りには見えねぇ」


 ロレンツォはルカの作業台を見た。


「ルカ、この玉に穴を開けて紐を通せるか?あるいは、銀枠で囲ってペンダントにするとか」


「あ…それは…」


 ルカは言葉に詰まった。


 彼のスキルは「粉砕」と「圧縮」だ。


 素材そのものを作ることはできるが、それを繊細な形状に加工したり、金属の枠を取り付けたりする技術はない。「今はまだ」なのか、これから先もできないのかすらもわかっていない。


「僕のスキルで作れるのは、単純な形だけなんだ」


「チッ、やっぱりそうなるか。…となると、職人が要るな」


 ロレンツォは腕組みをして天井を仰いだ。


「だが、普通の職人に頼めば、この素材の異常さに気づかれる。『なんだこの硬さは!』ってな」


「そうだね…。口が堅くて、腕が良くて、新しい素材を見ても騒ぎ立てずに面白がってくれるような、そんな変人な職人さんじゃないと…」


 そんな都合の良い人間がいるわけがない。


 三人が溜息をつきかけた、その時だった。


「…いるかも」


 アディがぽつりと呟いた。


「え?」


「私、昨日市場を歩いてた時に見たの。路地の奥にある、すごくすすけた工房で、おっかない顔したお爺さんが、鉄屑に向かって怒鳴り散らしてるのを」


「怒鳴り散らしてる?」


「うん。『違う!そうじゃねぇ!鉄の声が聞こえねぇのか!』って。…周りの人は『偏屈じじい』って呼んでたけど、あの人の目、ルカが実験してる時の目と似てたよ」


 ルカとロレンツォは顔を見合わせた。


 偏屈で、鉄と会話して、周りから浮いている職人。


「…マエストロ・ビアージョか」


 ロレンツォが嫌そうに名前を呟いた。


「知ってるの、兄さん?」


「ああ。セレニアで一番腕が立つが、一番性格が悪いって有名な鍛冶師だ。気に入らない客は貴族だろうがドージェだろうが追い返すし、納得いかない仕事は絶対に引き受けねぇ。…まさに『変人』だ」


 ロレンツォは少し考え込み、やがて覚悟を決めたように膝を叩いた。


「だか、背に腹は代えられねぇ。その爺さんなら、この素材を見ても『悪魔の仕業だ』なんて騒がずに、『面白い素材だ』って食いつくかもしれん」


「うん!僕も会ってみたい!その人がどんな技術を持ってるのか!」


 ルカの目はすでに輝いていた。技術者としての好奇心が疼いているのだ。


「よし、決まりだ。…まずはこの『焼結コラル』のサンプルを増やせ。色々な形を試すんだ。それを手土産に、その偏屈じじいの工房に『殴り込み』といくぞ!」


「おーっ!」


 ルカとアディが拳を突き上げる。


 借金返済のための「秘策」は決まった。


 次は、それを実現するための「仲間(職人)」を手に入れる戦いだ。



(第5話「秘策」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「ロレンツォ兄さんの『お守り作戦』で希望が見えてきた!…でも、どうしても気になるんだ。麻袋の底に残った、この『黒い石』が!ただの石ころに見えるけど、比重がおかしいんだよ。みんなが寝た後に、こっそり分析だ!…あれ?…うわわっ!?こ、これってまさか、この時代にあるはずのない『戦略物資』!?」


「次回、『解析』。知らなくていいことって、あるよね…」

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