第40話「真珠の涙」
「「うわぁ…」」
その場にいた全員が息を呑んだ。
ルーチェが恐る恐るそれを指先でつつく。
「すごい…!ルカ様、これ、本物より綺麗かも!」
「天然モノより『巻き』が厚くて均一だからね。強度も段違いだ」
ルカは胸を張った。
天然真珠は核が大きく、真珠層は薄いことが多い。
だが、これは「芯まで全て真珠層」の塊だ。
ハンマーで叩いても割れないかもしれない。
「こいつはすげぇや」
ビアージョが太い指で真珠を摘み上げた。
「俺も色んな宝玉を見てきたが、こんな完璧な真珠は見たことがねぇ。…坊主、お前は本当にゴミを宝に変えちまうな」
その時、工房の扉が開いた。
ロレンツォだ。
「よう、約束の夕方だぜ。…どうだ、モノはできたのか?」
ルカは無言で、完成した真珠を手渡した。
ロレンツォはそれを手に取り、窓の夕陽にかざして、じっくりと検分した。
そして、短く息を吐き、満足げに口笛を吹いた。
「…へっ、完璧だ。こいつは天然モノより質がいい」
ロレンツォは真珠を握りしめ、ニヤリと笑った。
「合格だ。すぐに伯爵夫人に使いを出す。『ご夫人の涙を止める秘策がございます』とな。…明日の午後には面会できるだろう。準備しておけ」
「うん!」
◆◇◆◇◆
翌日の午後、コンタリーニ伯爵邸。
通された応接間は、重苦しい空気に包まれていた。
ソファーには、先日見かけた老婦人が力なく座っている。
その手には、白く濁ってしまった真珠のネックレスが握りしめられていた。
「…マルチェッロ商会の方ですね。何か良い修復方法があると伺いましたが…」
夫人の声には期待の色は薄い。
すでに何人もの宝石商に見せ、断られた後なのだろう。
それでも会ってくれたのは、ロレンツォの手紙にあった自信に、最後の望みをかけたからかもしれない。
ルカは前に進み出た。
隣には、正装(といっても少し動きやすい改良服だが)したアディが控えている。
「夫人、そのネックレスを拝見してもよろしいですか?」
「ええ…どうぞ。もう、見る影もありませんが」
渡された真珠は、近くで見ると確かに酷い状態だった。
表面が酸で侵され、微細な凹凸ができているため、光が乱反射して白くボケている。
「…大切なものなのですね」
「ええ。亡き夫が、初めての航海で持ち帰ってくれたものです。…私の不注意で、こんな姿に」
夫人が涙ぐむ。
ルカは真珠を手のひらに載せ、その痛みを確かめるように指で優しくなぞった。
そして、祈るような目で夫人を見つめた。
「…奥様。もしよろしければ、僕に預けていただけませんか?」
「え…?」
「この真珠は、まだ生きています。ただ、表面が荒れて、光をうまく返せなくなっているだけなんです」
ルカは言葉を選びながら、丁寧に続けた。
「僕の技術なら、この曇りを取り除き…もう一度、あの頃の輝きを呼び覚ますことができます」
その言葉は、技術的な説明よりも、夫人の心に響いたようだった。
彼女はルカの目をじっと見つめ、そして小さく頷いた。
「…お願いします。どうか、あの人の思い出を」
許可を得たルカは、両手でネックレスを包み込んだ。
『粉砕』で表面の劣化したミクロの層だけを慎重に剥がし取り、『圧縮』で残った層の表面を平滑にならして再結合させる。
分子レベルの「再構成」だ。
ルカの手の中から、淡い光が漏れる。
夫人が驚いて目を見開く中、ルカはゆっくりと手を開いた。
「――っ!」
夫人が息を呑んだ。
そこには、鏡のような光沢を取り戻した真珠があった。
「あ…ああ…」
夫人は震える手でネックレスを受け取った。
頬に当て、その冷たさと滑らかさを確かめる。
「戻った…あの頃の輝きが…。ありがとうございます、魔法使い様…」
「いいえ、僕はただの職人です」
ルカは微笑んだ。
そして、ロレンツォが合図を送ってきた。
ここからが商談だ、と。
ルカは懐から、小さな小箱を取り出した。
「それと、夫人。これは僕たちからの贈り物です」
箱を開けると、そこには一粒の真珠が入っていた。
先ほどビアージョの工房で作った「真珠」だ。
「これは…?」
「『FUTURO・Perla』です」
ルカは説明した。
これは汗にも強く、傷もつきにくい。
「もしよろしければ、普段使いにはこちらをお使いください。形見のネックレスは、特別な夜のために休ませてあげてほしいのです」
それは提案だった。
大切な思い出を守るために、新しい技術を使う。
夫人はその真珠を手に取り、うっとりと見つめた。
「なんて美しい…。まるで、夫がまた新しい贈り物を届けてくれたようです」
夫人は涙を拭い、今度は満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、どんな宝石よりも輝いて見えた。
◆◇◆◇◆
屋敷からの帰り道。
夕日に染まる運河沿いを歩きながら、ロレンツォが上機嫌で言った。
「へっ、大成功だな。コンタリーニ夫人は社交界の重鎮だ。彼女が宣伝してくれれば、この『フトゥーロ・ペルラ』の価値は跳ね上がるぞ」
「兄さん、また計算してる」
「当たり前だろ。感動も商売も、両立させてこそ一流だ」
ロレンツォは悪びれずに笑った。
ルカはポケットの中の、残りの試作真珠を握りしめた。
「でも、よかった」
隣を歩くアディが、嬉しそうに言った。
「あのご婦人、すごく幸せそうだった。…ルカの魔法は、人を笑顔にする魔法だね」
アディの言葉に、ルカの胸が温かくなる。
技術は力だ。
敵を倒す武器にもなる。
けれど、こうして誰かの涙を止めることもできる。
材料工学。
その可能性は、まだまだ無限大だ。
「…そうだ、アディ」
「ん?」
ルカは立ち止まり、箱に入ったもう一つの真珠――最初に作った、一番綺麗な一粒を取り出した。
「これは、アディに」
「えっ、私に?」
「うん。僕たちが初めて作った真珠だから。…君に持っててほしいんだ」
夕日を浴びて、真珠がピンク色に染まる。
アディは顔を赤くして、それを受け取った。
「ありがとう、ルカ。…大切にするね。一生!」
アディが真珠を胸に抱きしめる。
その笑顔を見て、ルカは確信した。
この輝きこそが、僕がこの世界で作れる最高の発明品なのだと。
『FUTURO』ブランドの新たな武器、「真珠」。
それは、これから先の嵐の中で、彼らを照らす希望の光となるはずだった。
(第40話「真珠の涙」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「アディです!ルカが作った『真珠』、すっごく綺麗!お店には貴族の使いの人が行列を作ってるよ。ロレンツォ兄さんはウハウハかと思いきや、『売り切れです』って追い返しちゃった!ええっ!?せっかく売れるのになんで?兄さん曰く、これこそが『究極の商売』なんだって!」
「次回、『焦らしの美学』。買えないからこそ、欲しい!欲しい!」




