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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第4話「実験」

 翌朝。


 マルチェッロ家の屋敷の裏手にある、かつては農具入れだった古い物置小屋。


 ここが、ロレンツォが準備した「マルチェッロ研究所(仮)」だった。


「よし…やるよ、アディ」


 ルカは汚れてもいい作業着の袖をまくり、作業台の上にドンと重い麻袋を置いた。


 昨日、カイから渡された「課題」の袋だ。


「期限は一ヶ月。それまでに、この中身を『金貨百枚以上の価値』に変えなきゃいけない。失敗したら、家は差し押さえだし、君との婚約も白紙だ」


「大丈夫だよルカ!ルカならできるもん!」


 アディは不安な顔一つせず、ニッと笑って袋の紐を解いた。


 ゴロゴロと転がり出たのは、白く風化した死珊瑚や、鉄分を含んで赤錆びた海底の石、そして得体の知れない貝殻たちだった。


 普通の人ならゴミと呼ぶものだが、ルカの「材料工学マテリアルの知識」を通すと、それは宝の山に見えていた。


「ありがとう、アディ。…よし、実験を始める前に、君には僕の『理論』を知っておいてほしい」


 ルカは眼鏡をクイッと上げ、赤い珊瑚の欠片を手に取った。


「アディ。この珊瑚を『宝石』に変えるには、どうすればいいと思う?」


「えっと…魔法でキラキラにする?」


「ブッブー!違うよ。答えは『隙間をなくす』ことだ」


 ルカは早口で解説を始めた。


「物質が濁って見えたり、もろかったりするのは、中に目に見えない『空気の隙間』や『不純物』が混ざっているからなんだ。だから、まずは僕の『粉砕』スキルを使う」


 ルカの手の中で、硬い珊瑚が一瞬にして赤い霧のような粉末に変わった。


 サラサラと皿の上に積もる、小麦粉よりも細かい紅色の粉。


「わあ、粉々!あ、そっか!あたしが捕まった時の鉄格子もこれ!?」


「そうそう!僕の左手で使えるのが、この『粉砕』スキル。粉砕したい物質に左手を添えて、十秒間念じると粉砕することができる。細かさもある程度コントロールできるよ」


「え!すごい!そんなことできるスキルってあるんだ!」


「神託の時も誰も知らなかったから、稀なスキルなんだろうね」


 ルカは少し誇らしげな顔をし、説明を続けた。


「そのスキルを使って、限界まで細かくしたのがこれ。こうすれば、ゴミや不純物を取り除けるし、形も自由にできる。…でも、これじゃただの粉だよね?」


「うん。フッてしたら飛んでっちゃう」


「そこで右手のスキル、『圧縮』の出番だ!」


 ルカは粉の山の上で右手を構えた。


「通常、金属や石を固めるには、炉で何千度という熱を加えてドロドロに溶かさなきゃいけないのさ。でも、僕たちにそんな設備はない。だから、熱の代わりに『圧力』を使うんだ」


「あつりょく?」


「そう!雪をギュッと握ると、固い雪玉になるでしょ?あれと同じことを、原子――すごーく小さな粒のレベルでやるんだ。無理やり押し潰して、粒と粒をくっつけちゃう!これを『常温焼結じょうおんしょうけつ』と言うのね」


「じょうおん…しょうけつ…。うん、よくわかんないけど、ギュッてすればいいのね!」


 アディのシンプルな理解に、ルカは苦笑しつつ頷いた。


「まあ、そういうこと!いくよ…まずは『粉砕』で粒子径を揃えて…次は『圧縮』!」


 ルカは粉の山に両手をかざした。


 イメージするのは、粉の粒子一つ一つの隙間を埋め、原子間引力が働く距離まで押し潰すこと。


(圧力、500メガパスカル…いや、もっとだ!ギガパスカル級の圧力を一点に集中!)


「いけぇぇぇっ!くっつけえぇぇぇ!」


 ルカが気合の叫びを上げた、その瞬間だった。


 バォンッ!!


 凄まじい破裂音と共に、赤い粉が爆散した。


「げほっ!ごほっ!?」


「きゃあ!?」


 小さな物置の中が、赤い煙幕で満たされる。


 窓を開け放ち、煙が晴れた頃には…そこには、全身真っ赤に染まった二人の子供が立っていた。


 顔も、髪も、服も、見事に真っ赤っかだ。


「…あーあ」


「ぷっ…あはははは!」


 アディがルカの顔を指差して爆笑した。


「ルカ、顔すごいよ!茹でたカニみたい!」


「き、君だって真っ赤なタコみたいだよ!…うーん、失敗だ。圧力を急激に加えすぎたせいで、空気が逃げ場を失って断熱圧縮を起こして爆発したんだ…」


 ルカは顔についた粉を拭いながら、真剣な顔でブツブツと反省会を始めた。


「ベクトル制御が甘かった。もっとゆっくり、空気を『抜きながら』均一に加圧しないと…。失敗はデータだ。次はうまくいく!」


「そうこなくっちゃ!もう一回!」


 二人は顔を見合わせてニカっと笑い、再び実験に取り掛かった。


 失敗するたびに粉まみれになりながら、ルカは調整を重ねた。


 前世の大学院での日々を思い出す。


 あの頃も、失敗ばかりだったけれど、少しずつ真理に近づく過程が何より楽しかった。


「よし…今度こそ」


 五回目の挑戦。


 ルカは慎重に、まるで腫れ物に触るようにスキルを発動させた。


 手のひらの間の空間が歪む。


 赤い粉末が、目に見えない巨大なプレス機に押されるように、ギチギチと音を立てて収束していく。


(空気抜けよし。密度上昇よし。ファンデルワールス力、確認…原子拡散、開始…!)


「固まれ…固まれ…!」


 汗が眼鏡のレンズに落ちる。


 そして、パキィン、という澄んだ音が鳴った。


「…できた」


 ルカが恐る恐る手を開く。


 そこには、小指の先ほどの大きさの、小さな赤い「球体」があった。


 だが、それはただの固めた粉ではない。


 宝石のルビーのように透き通り、内側から光を放つような艶めきを持っていた。


「うわぁ…」


 アディが目を丸くして、そっとその球をつまみ上げた。


「すごい…硬い!石よりも、鉄よりも硬い感じがする。それに、すごく綺麗」


「成功だ…!『高密度焼結コラル』。不純物を完全に排除して、結晶構造を整列させたから、強度は鋼鉄並み、美しさは宝石並みだ!」


 ルカはガッツポーズをした。


 これは単なるアクセサリーではない。


「弱い素材でも、加工次第で最強の素材になる」という証明だ。


 この技術があれば、脆い鉄屑から最高級の鋼を作ることもできる。


「やったねルカ!これなら売れるよ!絶対売れる!」


「うん!これを兄さんたちに見せに行こう!」


 二人は顔を見合わせ、真っ赤な顔のまま手を取り合った。


 その時、研究所(仮)の入り口から呆れた声が聞こえた。


「…おいおい!裏でドカンと音がしたと思ったら、なんだそのザマは!」


 入り口に立っていたのは、ロレンツォだった。


 彼は帳簿を小脇に抱え、真っ赤に染まった二人を見て、眼鏡の奥で大げさに溜息をついた。


「アディちゃんまで巻き込みやがって…。母さんに見つかったら大目玉食らうぞ?」


「ロレンツォ兄さん!ちょうどよかった!これを見てよ!」


 ルカは完成したばかりの「赤い玉」を差し出した。


 ロレンツォは「あぁ?」と眉を寄せ、汚れないようにハンカチを取り出して、その玉をつまみ上げた。


「…なんだこりゃ。ただの珊瑚…じゃねぇな」


 ロレンツォの目の色が、一瞬で「商人の目」に変わった。


 彼は玉を陽の光にかざし、指で重さを確かめ、コンコンと爪で弾く。


「…マジかよ。珊瑚の『す(穴)』が完全に消えてやがる。それにこの硬さと輝き…どう見ても宝石ルビーじゃねぇか」


「すごいでしょ!ただのクズ珊瑚を、僕のスキルで再構築したんだ!」


「…クズ珊瑚が、…これになったのか?」


 彼は素早く頭の中で計算を弾いたようだ。


 口元に、ニヤリとした笑みが浮かんだ――が、次の瞬間、その表情が一変した。


 彼は素早く物置の扉をバタンと閉め、外に誰もいないことを確認してから、ルカの胸倉を掴むような勢いで言った。


「おいルカ、アディちゃん!…いいか、今から俺が言うことをよーく聞け!」


「えっ?な、何?」


 兄の急な剣幕に、ルカはたじろいだ。


「お前ら、これが『どうやってできたか』は絶対に誰にも喋るな!父さんや母さんにもだ。もちろん、フェデリコなんかに言ってみろ、あいつは口が軽いから一発でアウトだぞ!」


「ど、どうして?すごい技術なんだから、みんなに自慢…」


「バッキャロウ!」


 ロレンツォの怒号が飛んだ。


「いいか!タダ同然のゴミから宝石が作れるなんてバレてみろ。お前、間違いなくさらわれるぞ!ジェンティーレのスパイか、それともコルナーロ家か…どこかの地下牢にぶち込まれて、死ぬまでこの玉を作らされる羽目になるんだ!」


「ひっ…!」


「アディちゃんもだ。ルカを守りたかったら、この『作り方』については口チャックだ。…わかったな?」


「う、うん…わかった!」


 アディも青ざめて頷いた。


 ロレンツォは二人が事の重大さを理解したのを見て、ふっと表情を緩めた。


「怖がらせて悪かったな。だが、商売ってのはそういうもんさ。食うか食われるかだ。…ま、モノ自体は最高だけどな」


 彼は再び赤い玉を指で弾き、ニカっと笑った。


「こいつの製法は、今日からマルチェッロ商会の『トップシークレット』だ。表向きは『海の民独自の秘伝加工技術』とでも言っときゃあ、波風立たねぇだろ」


「な、なるほど…」


「原価はゼロ。加工時間は…一日もかからねぇ。それを最高級の宝飾品として売り捌く…。おいルカ、こいつはとんでもない錬金術だぜ」


「ううん、違うよ兄さん」


 ルカは少し震える声で、それでも胸を張って答えた。


「これは『材料工学』だ!」


「呼び名なんてどうでもいい。…金になるならな」


 ロレンツォはルカの頭をガシガシと乱暴に、でも優しく撫でた。


「よくやったな、ルカ。これなら借金を返せるどころか、ウチの商会を立て直せるかもしれねぇ。…ただし!命が惜しければ余計なことは喋るなよ?いいな?」


 頼れる兄の言葉に、ルカとアディは顔を見合わせ、引きつった笑顔で頷き合った。



(第4話「実験」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「ついに完成した『高密度焼結コラル』!これなら借金なんて一発で返せるはず!…と思ったのに、ロレンツォ兄さんが『売るな』って言うんだ。えっ、このまま売ったら誘拐される!?だったらどうするの?…なるほど、『お守り』として売るための『加工』が必要なんだね!狙うは偏屈な職人、マエストロ・ビアージョ!」


「次回、『秘策』。アディって、周りよく見えててすごい!」

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