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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第22話「地図と食卓」

 「マンマ・ミーア!!」


 マルチェッロ家の食堂に、ジョヴァンニの絶叫が響き渡った。


 彼はスプーンを放り出し、目の前に座る少女――銀色の「鉄のドレス」を纏ったアディを拝むように見つめている。


「な、なんという美しさだ!戦の女神か!?いや、我が家の新しい天使か!ルカよ、お前は裁縫の才能まであったのかァァッ!」


「裁縫じゃなくて『鍛造』だよ、お父様。…アディ、似合ってる?」


「お義父さん、どうかな?これ、すごく軽くて動きやすいの!」


 アディが椅子の上でくるりと回ってみせる。


 シャララ…と金属片が擦れ合う涼やかな音が鳴る。


 彼女は「お義父さんに見せる!」と言って工房から着て帰ってきたのだ。


 その甲斐あって、ジョヴァンニのリアクションは最高潮だった。


「素晴らしい!今日はお祝いだな!イザベッラ、特製のシチューを山ほど持ってきてくれ!」


「はいはい」


 ――そして十数分後。


「んぐ、んぐ…ぷはぁっ!お義母様のシチュー、最高においしい!」


 アディは鉄のドレスを着たまま(「汚さないようにね」とイザベッラにエプロンを掛けられつつ)、満面の笑みでパンを頬張っていた。


 昨日の襲撃の恐怖など微塵も感じさせない食欲だ。


 ルカも苦笑いしながらスープを口に運ぶ。


「アディは本当に肝が据わってるね…。昨日の今日で、よくそんなに食べられるなぁ」


「だって、お腹が空いてちゃ戦えないもん!それに、あの人たち弱かったし」


 頼もしい婚約者の姿に、ルカは肩の力を抜いた。


 だが、食後のコーヒーを啜っていたロレンツォの表情は硬かった。


 彼はテーブルの上に、一枚の古びた羊皮紙を広げた。


 それは、この周辺地域の勢力図を描いた地図だった。


「…さて。腹も満たされたところで、少し『大人の話』をしようか」


 ロレンツォが切り出すと、ジョヴァンニもスッと真面目な顔に戻り、腕を組んだ。


「マッテオ兄さんとアレッサンドロ兄さんが帰ってくれば心強いんだが…まだ任務中だからな」


 ルカは頷いた。


 長兄マッテオはセレニア海軍の士官として北方の海賊討伐遠征に、次兄アレッサンドロはマルチェッロ商会の東方交易船団の護衛艦長として、それぞれ長期の任務についている。


 家にいるのは、三兄のロレンツォとルカだけだ。


「今は俺たちでやるしかねぇ。…昨日の襲撃犯が持っていた剣の紋章。あれは隣国『ジェンティーレ共和国』の紋章だ」


 ロレンツォが地図の西側を指差す。


「どうして隣の国が?」


「セレニアとジェンティーレは、何百年も前から海の支配権を奪い合ってるライバルだ。奴らは軍事国家で、隙あらばウチの商船を襲ってくる。…だが今回、問題なのは『手引きした奴』が国内にいるってことだ」


 ロレンツォの指が、セレニア国内の一点を叩いた。


「『コルナーロ商会』だ」


「コルナーロ…。あの、意地悪なお金持ち?」


「ああ。奴らはただの金持ちじゃねぇ。セレニア評議会に席を持つ大商家だ」


 ここで、ルカが補足した。


「アディ、この国には王様はいないんだ。代わりに、力のある貴族や商人たちが集まって国を動かしている。そのトップが『総督ドージェ』だ」


「ドージェ?」


「そう。選挙で選ばれた、商人たちの代表さ。…実はね、我がマルチェッロ家も、かつてはドージェを輩出した名門商家だったんだよ」


 ルカは壁に飾られた、古ぼけた肖像画を見上げた。


 威厳ある帽子を被った老人が描かれている。


「約100年前、ご先祖様がドージェだった頃、マルチェッロ家は東方貿易を独占し、セレニアの黄金時代を築いた。…僕たちが『没落した』と言われるのは、その頃の栄光があまりに大きかったからなんだ」


「へぇー!ルカのお家って、そんなにすごかったんだ!」


「『すごかった』、な」


 ロレンツォが自嘲気味に笑った。


「だが今は違う。現在のドージェは事なかれ主義の老人だが、次の選挙でその椅子を狙っているのが…コルナーロ家の当主、ヴィットーリオだ」


 ロレンツォの声が低くなる。


「マルチェッロもコルナーロも同じ『商家』だ。だが奴らは、金のためなら国さえ売る。裏でジェンティーレと通じて、ライバルになりそうな商会――つまり、技術で再起しようとしているウチを潰して、ドージェの座と利権を独占しようとしているのさ」


「ひどい…。同じ国の商人なのに」


「それが商売の世界だ。綺麗事だけじゃ生き残れねぇ」


 ロレンツォは眼鏡の奥の目を光らせた。


「昨日の襲撃は警告だ。『技術と娘を渡せ』と言ってきたんだろう。奴らはルカの技術と、アディちゃん…つまり『海の民』とのよしみを何より恐れているんだ」


 ジョヴァンニが拳をテーブルに叩きつけた。


「ふざけるなァッ!ワシの可愛い息子と娘を、薄汚い政治の道具になどさせてたまるか!例え全財産を失おうと、家族はワシが守る!」


「お父様…いや、全財産も守ろうよ」


 父の熱い言葉に、ルカの胸が一瞬熱くなったが、冷静な気持ちも忘れていなかった。


(血筋なのかな。こういう気持ちの積み重ねが今の膨大な借金に…気をつけよ)


「…僕たちは対策を打つ必要がある」


 ルカは冷静に言った。


「ジェンティーレがどこまで本気なのかわからないけど、大勢の軍隊を連れてきたらセレニアだって黙っていないよね。ジェンティーレだって、コルナーロの口車にのってそこまではできないはず。今回はアディのおかげでなんとかなったけど…護衛が欲しいかも」


「うむ。アディちゃんを危険な目に合わせるわけにはいかん」


 ジョヴァンニが真剣な顔で頷く。


「ロレンツォ、すぐに護衛を手配しろ!金に糸目はつけるな!」


「ああ、わかってる。…だが、街のゴロツキを用心棒に雇ったところで、正規兵相手じゃ役に立たねぇだろうな」


 ロレンツォは顎をさすり、アディの方を見た。


「…アディちゃん。悪いんだが、お父さんに頼んで、海の民の手練れを何人か、護衛に回してもらえないか?」


「えっ?お父さんに?」


「ああ。海の上じゃ無敵の連中だ。陸でも頼りになるはずだ。もちろん、報酬は弾む」


 アディは少し考えたが、すぐに力強く頷いた。


「わかった!お父さんに頼んでみる。…ルカと家族を守るためだもん、きっと引き受けてくれるよ!」


「ありがとな」


 ロレンツォはアディの頭を撫でた。


「…もう一手欲しいな」


 ロレンツォの言葉に、ルカが眼鏡を光らせた。


「逃げる手段だね?」


「そうだ。護衛をつけてもらえるとしたって、身を守るためには逃げるのが一番だ。今は身軽だという理由で歩きが多いが、これからは馬車で移動することを基本線に考えないとな。…水路も便利だが、身を守るには不向きだ。やはり馬車になるだろうな」


「…でも、今の馬車じゃ…」


 ルカは昨日の光景を思い出した。


 石畳の悪路でガタガタと揺れ、急停車もままならず、追っ手の馬に簡単に追いつかれてしまう馬車。あれが最大の弱点だ。


「兄さん。僕たちの商売の命綱は『輸送』だ。商品や人を安全に運べなきゃ、商会は干上がっちゃう」


「…そりゃそうだが、馬車なんてどこのも似たようなもんだろ?」


「違うよ。…僕が作る」


 ルカはテーブルの上のカトラリー(ナイフとフォーク)を並べ替え、設計図を描くように動かした。


「絶対に壊れない車輪。石畳の衝撃を吸収する『サスペンション』。そして、騎兵よりも速く走れる回転機構ベアリング。…襲撃者が追いつけない『最強の馬車』を作るんだ」


「最強の…馬車だと?」


 ロレンツォが目を丸くした。


 戦うための武器ではなく、誰も追いつけない機動力。


 それこそが、商人が持つべき最強の自衛手段だ。


「面白い!やってみろルカ!その馬車で、奴らの鼻先を風のように駆け抜けてやれ!」


「うん!」


 ルカの脳裏には、すでに新しい機構のアイデアが溢れていた。


 純鉄のベアリング。


 板バネ。


 そしてゴムのタイヤ…はまだ無理でも、それに近い衝撃吸収構造。


 材料工学が、今度は「車輪の歴史」を塗り替える。


 地図の上に置かれた「コルナーロ」という黒い染み。


 それを置き去りにするほどのスピードを手に入れる戦いが、始まろうとしていた。



(第22話「地図と食卓」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「護衛の件はカイさんが快諾してくれた!これで一安心…だけど、物流が止まれば商会は終わりだ。敵は街道で待ち伏せしてくる。だったら、ぶっちぎるしかないでしょ!ガタガタ揺れる木の車輪はおさらばだ。純鉄の球体、そしてバネの力…。僕の知識で、馬車の常識をひっくり返す!」


「次回、『妨害』。その回転は、風よりも速く!」

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