第21話「鉄のドレス」
2026/8/21 改訂
ズドォォォォン!!
ビアージョさんの工房「秘密基地」に轟音が響き、鉄床の上では赤熱した純鉄の塊が、たった一撃で薄い餅のように押し広げられていた。
「ガハハハハ!最高だ!最高だぞ、マルテッロ・ディ・ディオ(神の金槌)!」
黒銀色のハンマーがまた振り下ろされる。タングステンの重さと硬さをまともに受けた純鉄は、以前なら道具の方を弾き返していたのが嘘みたいに、ビアージョさんの狙った方向へ伸びていった。
「すごい…。これならいける!」
僕も右手をかざして鉄の温度を保ちながら、薄板まで叩き出せると確信した。
「マエストロ!次は薄く均一な板にしてください!一枚もムラがあったらダメです!」
「薄くだと?剣で突かれたら穴が開くぞ!」
「開きません!この純鉄の粘りと硬度なら、従来の鉄板の3倍の強度があります。薄くても守れるんです!」
「へっ、面白い!注文通り、革みてぇな薄さの鉄板にしてやるよ!」
僕が熱を保ち、ビアージョさんが叩く。工房いっぱいに熱気と金属音が満ちる中、頭にあるのはただの鎧ではなく、アディの動きを邪魔せずに守れる「最強の服」だった。
きっかけは、アディの一言「ルカを守るためにも防具が欲しい」。
確かに僕は争いごとにからっきしだ。なんの役にも立たない自信がある。だから、アディが僕を守ってくれるらしい。けなげだ…。
アディは革の胸当てがいいと言っていたけど、どうせならもっと防御力が高く、パーツごとに分けても使える純鉄の鎧。それを作ろうと、ビアージョさんと奮闘していた。
数時間後、工房の隅でお茶を飲んでいたアディを作業台の前へ呼んだ。
「アディ、ちょっと立ってて。採寸するから」
「う、うん。…でもルカ、私あんまり重いのは嫌だよ?動きにくいの苦手だもん」
心配そうに自分の腕を抱くのも無理はない。まだ十一歳のアディに重い鎧を着せて動きを鈍らせたら、守るどころか危険を増やしてしまう。
「大丈夫。僕が作るのは鎧じゃない。ドレスだ」
叩き出したばかりの極薄の鉄板を体の線に合わせて細かく分け、ビアージョさんと一緒に重ねていく。可動部には僕が作った純鉄のリベットを打ち込み、板同士が滑る余地を残した。
「構造はロブスターテイル、海老の尻尾と同じだよ。一枚板だと関節が曲がらないけど、こうして小さな板を滑るように重ねれば、防御力を保ったまま体の動きについてこられる」
組み上がった装備は、重い鉄の塊には見えなかった。純鉄特有の青白い光沢を帯びた細い装甲板が連なり、体の線に沿って流れる形は、銀色の鱗で編んだドレスみたいだった。
「さあ、着てみてアディ」
アディが恐る恐る袖を通すと、チャキッ、と軽い金属音が鳴った。胸、肩、腰、脚へ順に装着し終えるや、確かめるように軽く跳び、そのままくるりと回る。
音がほとんどしない。板と板の合いが完璧な証拠だ。
「…軽い!すごいよルカ!これ、革の服より少し重いくらいだ!それに…」
片足を高く上げても、腰の装甲板は滑らかにずれて動きを邪魔しない。
「全然突っ張らない!まるで服みたい!」
「成功だ…!」
思わず息が抜けた。これならアディの身体能力を殺さずに、剣から体を守れる。
そこへ工房の扉が叩かれ、ロレンツォ兄さんが顔を出した。
「よう、そろそろ夕飯の時間だぞ。母さんがシチューを作って待ってる…って、おおっ!」
銀色のドレス姿を上から下まで眺めた兄さんが、感心したように目を細める。
「へぇ、こいつはすげぇ。舞踏会にでも着ていけそうな鎧だな。…似合ってるぜ、アディちゃん」
「えへへ、ありがと義兄さん!」
「よし、それじゃあ脱いで箱にしまえ。帰るぞ」
「えーっ!やだ!このまま着て帰りたい!」
アディは自分の胸当てや腰の板をぺたぺた触りながら、こっちへ助けを求めるような目を向けた。新しい服を買ってもらった子供が、そのまま着て帰りたがっているのとまるで同じだ。
「はあ?何言ってんだ。そんな鉄の塊を着て街中を歩けるか。目立ってしょうがねぇぞ」
「だって、お義父さんに見せたいんだもん!それに、脱ぐの大変だし…」
「ダメだダメだ。変な噂になる」
「あ、あの、兄さん。実はこのスライド構造、まだ金属同士の噛み合わせが硬いんだ。実際に着て動いて、金属を馴染ませる慣らしが必要で…」
「…ああん?歩いて帰るのが調整になるってか?」
「はい!それに、上からマントを羽織れば見えないよ」
僕が目をやると、アディは待ってましたとばかりにフード付きのマントを被った。前を閉じれば銀色はほとんど隠れ、少し厚着をした子供にしか見えない。
「…ったく、しょうがねぇな。甘やかすのは今日だけだぞ」
頭を掻いた兄さんが折れたので、アディは鉄のドレスを着込んだまま、嬉しそうに工房を出た。
◆◇◆◇◆
帰りは兄さんが手配した馬車に三人で乗り込み、薄暗くなり始めた職人街を屋敷へ向かった。車輪が石畳を拾うたびに車内が揺れ、そのたびアディのマントの下から微かな金属音が聞こえる。
「ねえルカ、今度は私の槍も作ってよ!」
「わかったよ。どんなのがいい?」
アディはマントの下で新しい服の感触を楽しむように肩や腕を動かしている。その様子を見ているうち、こんな鎧なら槍を振る時にも邪魔にならないだろうと、僕も次の形を考え始めていた。
その時、馬車が跳ね上がるほどの衝撃が来た。
ガタンッ!!
「…ッ!?」
車輪が悲鳴を上げるように止まり、前方から御者の叫びと何かが倒れる音が重なった。ロレンツォ兄さんはすぐに腰を落とし、僕たちを手で制しながら懐の短剣を抜いた。
「伏せてろ。…ただの事故じゃねぇぞ」
兄さんが窓の隙間から外を窺うのにつられて、僕も身を低くしたまま目を凝らす。馬車の周囲には覆面の男が数人、抜き身の剣を手にして立っていた。ばらばらに寄ってきた強盗とは違い、互いの位置を確かめながら逃げ道を塞いでいる。
「降りてこい、マルチェッロのガキども。聞きたいことがたくさんあってな。素直に言うこと聞けば、命だけは助けてやる」
背中が冷えた。金目当てなら、こんな言い方はしない。狙われているのは僕たち、もっと言えば僕の技術だと思う。ジェンティーレか、あるいはコルナーロの手先か。
「チッ…そろそろ来ると思ってたが、やっぱり来やがったか。ルカ、アディ、俺が隙を作る。お前らは走って逃げろ!」
「で、でも兄さん!」
「いいから行け!お前らを失ったら、俺は父さんに顔向けできねぇんだよ!」
叫ぶのと同時に兄さんが扉を蹴り開け、短剣で一番近い男を牽制した。すぐに三人が兄さんを囲むのが見え、僕も飛び出しかけたところで、反対側の扉が乱暴に開いた。
扉から滑り込んできた別の男が剣先をアディへ向けた時、僕にはその間へ割って入る余裕すらなかった。
「もらったァ!」
横薙ぎの刃が細い胴へ走った。手を伸ばしても届かない。兄さんも三人に囲まれている。アディがマントの下で身を固くした次の瞬間、耳を刺すような金属音が響いた。
ガギィィィン!!
「…あ?」
男の腕が大きく跳ね返され、剣を取り落としかける。裂けたマントの下に現れたのは、傷一つない銀色の鉄のドレスだった。
「な、なんだその服は!?」
僕も息を呑んだ。アディは恐る恐る自分の腹をさすっているのに、血どころか装甲に傷さえなく、痛みをこらえる様子もない。
「…すごい」
純鉄装甲が、大人の剣を真正面から完全に受け止めた。これだけ守られているなら、アディの体術は相手の懐へ飛び込む時にも生かせる。
「ルカ!下がってて!」
アディの声から震えが消えた。斬れたマントを脱ぎ捨てると、まだ驚いている男の懐へ飛び込む。真正面から力をぶつけるのではなく、波が引くように半身になって腕の下へ潜り込んだ。
「せいっ!」
掌が男の顎を下から正確に突き上げた。体格差を力で埋めるのではなく、重心が浮いた瞬間を捉えた一撃に、大男は声も上げられず白目を剥いて崩れ落ちる。
海の民に伝わる護身の体術だ。相手の力を利用するあの技に、斬られても身を守ってくれる鉄のドレスが加われば、アディは恐れず懐へ入れる。
「な、なんだこのガキは!?斬っても弾かれるぞ!化け物か!」
男たちの足が止まった隙に、ロレンツォ兄さんも短剣を構え直して笑った。
「へっ…どうやら慣らしにしては上出来すぎるな」
僕も必死に男たちを見る。武器の造り、立ち方、足の位置。戦える力はなくても、見えるものから弱点を探すことならできる。
「アディ、右の男の剣は安物だ!側面から叩けば折れる!左の男は重心が高い、足元を狙って!」
「了解!」
斬っても倒れないアディが前へ出て、その後ろから弱点を叫ぶ僕、そして短剣を振るうガラの悪い兄さん。初めての実戦がこんな形になるなんて、工房で鉄板を叩いていた時には想像もしていなかった。
(第21話「鉄のドレス」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「なんとか撃退できたけど、あの襲撃者たち、ただのゴロツキじゃない! 剣の紋章……あれは『ジェンティーレ共和国』!? なんで隣の国が僕たちを狙うの? それに『コルナーロ』って? アディはまだ、この国の複雑な事情を知らないんだ。戦う前に、まずは敵を知らなくちゃ!」
「次回、『地図と食卓』。美味しいシチューと、苦い世界の真実。」




