第20話「最強の金槌」
カン!ガキンッ!
…バキッ。
嫌な音がして、ビアージョの手元でハンマーの柄がへし折れた。
「…あー、クソッ!またかよ!」
ビアージョが折れた柄を床に叩きつける。
床にはすでに、ひしゃげた鉄のハンマーヘッドや、砕けた木の柄が散乱していた。
「ダメだ。お前の作った『純鉄』は硬すぎる。こいつを叩いて加工しようとすると、叩く方のハンマーが先に負けて壊れちまう」
ビアージョは油まみれの手で顔を覆った。
彼らが直面していたのは、「矛盾」だった。
最強の素材を加工するには、それより強い道具が必要だ。だが、その強い道具を作るための素材を加工する道具がない。
「まさに『鶏が先か、卵が先か』だね…」
ルカも腕組みをして唸った。
今のビアージョのハンマーは、炭素鋼で作られた一般的なものだ。対して、ルカの純鉄は結晶構造が緻密すぎて、反発力が桁違いなのだ。
「ヘッドの硬さだけなら、僕が作ったタガネと同じ『炭化タングステン』で作ればいい。でも、それじゃ重すぎるし、衝撃を逃がせなくて柄が折れるよね」
「ああ。必要なのは、タガネの『硬さ』と、純鉄の『粘り』を併せ持ったハンマーだ。…だが、そんなもんどうやって作る?叩けねぇのに」
二人は沈黙した。
工房の空気が淀む。
その時、ルカの視線が、床に転がる「失敗作の山」に止まった。
硬いタングステンの欠片と、粘り強い純鉄の棒。
「…待てよ。混ぜればいいのか?」
「ああん?」
「違う、溶かして混ぜるんじゃない。…『複合装甲』だ!」
ルカはガバッと顔を上げた。
前世の知識。戦車の装甲や、最新の工具に使われている技術。
「マエストロ!芯に『純鉄』を使って、その周りを『炭化タングステン』でコーティングするんです!」
「…詳しく言え」
「つまり、ハンマーの中心部分は衝撃を吸収する『粘り強い鉄』にする。そして、打撃面だけを、ダイヤモンド並みに硬い『超硬合金』で覆う。…これなら、折れずに、かつ絶対に凹まないハンマーになる!」
ビアージョが口元を歪めた。
「理屈はわかった。だが小僧、どうやってくっつける?異素材同士の接合だぞ?溶接じゃ剥がれるし、鋳造もできねぇ」
「僕のスキルならできる。…『傾斜機能材料』を作るんだ!」
「けいしゃ…きのう…なんだそりゃ?」
ルカは作業台に純鉄の棒と、黒いタングステン粉末を用意した。
「見ててください。まず、純鉄の芯を作る」
ルカは右手をかざし、純鉄をハンマーヘッドの形状に成形した。
問題はここから。
「次に、この表面にタングステン粉末をまぶす。でも、いきなり100%の層にはしない。…内側は鉄90・タングステン10。その外側は鉄50・タングステン50。そして一番外側はタングステン100」
ルカは粉末の配合を微妙に変えながら、層を重ねていく。
成分をグラデーション状に変化させることで、明確な「境目」をなくすのだ。これなら衝撃が加わっても剥離しない。
「…うおおおおッ!圧縮!」
ルカが絶叫し、渾身の力を込める。
レベルアップした今のスキル制御力が、ミクロン単位の成分変化を可能にする。
青白い光が漏れ、空間が歪む。
バシィィン!
完成したハンマーヘッドが、ゴトリと作業台に落ちた。
見た目は黒いが、光の加減で内側の銀色が透けて見えるような、不思議な色合い。
ビアージョが恐る恐るそれを持ち上げた。
「…ずっしりきやがる。だが、バランスは最高だ」
「あとは柄です!普通の木じゃ耐えられないから、例の『透明な木材(CNF)』を積層して使いましょう!」
二人は休むことなく作業を続けた。
CNFで作った強靭な柄を、ヘッドに差し込み、ルカが『圧縮』で分子接合して完全固定する。
そして数時間後。
ビアージョの手には、世にも恐ろしい武骨なハンマーが握られていた。
黒銀に輝くヘッド。
透明なクリスタルのような柄。
名付けて『マルテッロ・ディ・ディオ(神の金槌)』。
「…試してみるか」
ビアージョは鉄床の上に、加工途中の純鉄インゴットを置いた。
そして、深呼吸と共にハンマーを振りかぶる。
ドゴォォォォン!!
爆発のような音が響いた。
だが、ハンマーは折れなかった。
それどころか、タングステンの圧倒的な『質量』と『硬度』が、打撃力をロスすることなく鉄へと叩き込み、硬い純鉄が大きく変形していた。
「…すげぇ」
ビアージョが自分の手を見た。
痺れがほとんどない。
衝撃が吸収されている証拠だ。
「これなら…いける!どんな硬い鉄でも、俺の意のままに操れるぞ!」
ビアージョは狂喜の笑みを浮かべ、再びハンマーを振り下ろした。
ガン!ガン!ガン!
その音は、もはや金属加工の音ではない。
雷鳴だ。
ルカは耳を塞ぎながらも、満足げに笑った。
ついに「道具」は揃った。
最強の素材と、最強の加工技術。
ここから、マルチェッロ商会の本当の「製品開発」が始まるのだ。
(第20話「最強の金槌」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「最強のハンマーを手に入れたビアージョさんが、ついに本気を出した!『純鉄』を叩いて伸ばして、薄さ数ミリの板にする。それを何枚も重ね合わせて作るのが…『板金鎧』!?でもただの鎧じゃない。軽くて、強くて、しかも関節が自由に動く『可動式』だ!えっ、これをアディに着せるの!?」
「次回、『鉄のドレス』。戦場に咲く、銀の華!」




