6. 黒檀の師弟
『神降ろしの魔法』とは、神様が考案した、人の身に神を降ろす魔法である。
神様は隣界のとある宗教で『巫女がその身に神を降ろし、神託や奇跡を賜る』という事例があるのを知ったそう。
それを魔法で再現してみたのが『神降ろしの魔法』だという。
「便利な物だな」
真っ黒で巨大な全身鎧――師匠が、言いながらすり鉢をトントンと揺らす。
器用なもので、鎧を着たままでも問題なく木の根をすり潰していた。
また何かしらの薬を作っているのだろう。師匠は普段から隙あらば調合か鍛錬をしているらしい。
普段は黒い塊としてしか認識できない師匠と会話が出来る。これも『神降ろしの魔法』の効果だ。
師匠には『意思不通の呪い』が掛かっていて、その言葉はおろか、一挙手一投足からも意思が読み取れない。
そんなヤバ過ぎる呪いのほぼ唯一の対象外が神様である。
だから普段は神様が通訳してくれている。
幸いなのは、『師匠の意思は読み取れない』けれど『師匠は問題なく意思を汲み取れる』ということ。
例え一方的でも、師匠に話しかける意味があるのは良い事だ。
「どうです? 師匠。神様馴染んでます?」
「ああ。気味が悪いくらいだ」
憮然と言い放つ師匠。
二人は親友同士だからか、遠慮が全く無い。
どちらも優しすぎる人だからこそ、こうまで容赦のない言い方が出来るのは信頼の表れなんだろう。
羨ましい。
神様は師匠を「相棒」と呼ぶし、師匠は神様を「親友」と呼ぶ。
私も対抗して『弟子』『神官ちゃん』と呼んで欲しいとお願いしたら断られてしまった。
なんでぇ?
「それにしても、二年ぶりか。お前も随分長く歩いて来たんだな」
師匠がしみじみと語る。
私と師匠は『復元魔法』で『不飲不食』と『不眠不休』を獲得している。
この『復元魔法』は師匠が死に物狂いで研究し極めた魔法で、当然師匠は私よりこの魔法に長けている。『不老不死』で『不朽不滅』だ。
もともと魔法の才能らしきものが無い、ただの村娘に過ぎない私は、この『復元魔法』と『意思疎通の魔法』『神降ろしの魔法』の三つだけを習得し、それらだけを鍛え極めることで怪物二人にギリギリついて行けるようになったのだ。
特に『復元魔法』を『不眠不休』にまで高める以前はどうしても私のせいで旅のペースが落ちてしまい、心苦しかった。
だから必死に『復元魔法』を習得し、鍛え続け、『物理的には無敵』と言えるくらいまで極まった。
でも、私が人間離れしていくたびに辛そうな顔をする師匠は、今も兜の奥で眉根を寄せているのだろう。
「『意思疎通の魔法』は、いまいち極まらないですけどね」
私は頭を搔いて笑った。
『意思疎通の魔法』は、隣界人であり謎の救世主でもある『メサイア』さんが作った魔法。
それが巡り巡って『商人さん』に伝わり、神様が教わり、私も習うに至る。
言語習得に難がある(らしい)隣界人にとって、誰とでも会話できる『意思疎通の魔法』は必須級の魔法らしい。
私はこれを習得して旅がすごく便利になったが、ゆくゆくは師匠とも意思疎通したいと願い研究しているのに未だ芽が出ていなかったりする。
人間離れは順調なのになー。
「俺も使うべきか?」
「一番意味ないやつって神様に言われてたじゃないですか」
冗談なのか気遣いなのか、師匠の言葉に私は笑う。
師匠の呪いは強過ぎる。だから神様の通訳無しに会話したい時は、今のように『神降ろし』で私か師匠に神様を宿すことで対処している。
神様は呪いの対象外。神様を通すことで師匠の意思は確認できる。
もともと『神様に肉体を明け渡す魔法』である『神降ろしの魔法』を使い、神様が師匠の意思を師匠の口を使って代弁する。これを傍から見ると、今の私のように、ごく普通に師匠が喋っているように見えるし聞こえるのだ。
なのにちゃんと『呪い』は神様を通過した時点でキャンセルされている。
こういう迂回路が作れるなら、私の意思疎通の魔法も工夫次第で行けそうなんだけどなあ。
うむむむむ……。
「そうだ、師匠。フォストレアの事、どう思いますか?」
今なら直接聞ける。
実はすごく聞いてみたかったのだ。
師匠は今でこそ薬師のようなことをしているけれど、隣界では医者だったという。
色々あって在界に渡ってきた師匠だけど、今も薬を調合している通り、『医療従事者』なのは変わらない。
私は『薬師』のモラルにフォストレア教が反していると思ったけれど、隣界の『医師』の視点ではどうなのだろう。
師匠が医者を志した理由も、それを全部投げ出して在界へやってきた理由も、私は知っている。
フォストレアとは重なる部分が有るんじゃないか、思うところが有るんじゃないかって。
「どうとも思わんが……」
「あれぇ!?」
なんでそんなこと聞くんだ?みたいな顔をされてしまった。
兜越しでもわかるキョトン顔だ。
なんか恥ずかしい。
「フォストレアに限らず、神々は基本的に人を救う事を辞めた連中だ。苦しもうが歪もうが、それは全て神自身の問題だ」
ならば勝手に苦しみ、藻掻けばいいと、師匠は言う。
神様はもちろん、師匠も過去に『助けられる者』=『患者』を見捨てている。
勝手に苦しめ、とは、たぶん自分自身にも言っているのだろう。
神々は人を見捨てた。
なぜなら神々は、全人類を神域に引き上げることをしないからだ。
神域に上がれば少なくとも老いや病、死の問題は解消される。人間の大半の悲劇が回避できるのに。
でも神は人を引き上げない。
理由は色々あるだろうが、どんな理由であろうと、最終的に救わないと決めたから引き上げないのだ。
神様も、それを選んだように。
「神様が人を救わないのは、命を奪いたくないから、でしたっけ」
「ああ、そうだ」
私にはまだ完全に理解できていない理屈だけれど、師匠はそれに同調している。
人は、死が有って生が有る。
苦しみが有って喜びが有る。
不幸が有って幸いが有る。
そのどちらかを取り上げることは、もう片方も失わせること。
私には、特に『苦しみ』を肯定することができず、納得が出来ていない。
でも神様は言う。「フィクションだと特に分かりやすいぞー?」と。
苦難無くして救済のカタルシスは無い。
もしただ平和なだけの創作が受け入れられるとすれば、それはその創作を手にした者の中に苦難がある、と。
……わかるような、わからないような?
そもそも在界には娯楽が少ないんですよ! 例えのチョイスが間違ってます神様!
まあ、苦難必要論はともかく。
少なくとも神様は、人類を愛玩動物のように保護し、神域と言う名の鳥籠で飼い殺しにしようとは思わない、と言っていた。
悲喜交々こそ人生、即ち命。
神々はそれを愛し尊び慈しむ。
故に神は人を救わず、心を痛めながらも何もしない。
もし救うとしても、教義や権能に沿って、『部分的』に留める。
「……それなら、人間だった頃のフォストレアに思うことはないんですか」
神としての線引きはわかった。
いやわかってないけど。
とにかく師匠はフォストレアが『自分の引いた線引きのせいで歪み、苦しんでいる』と見ているらしい。
ここまで集めた情報的には正しいかもしれない。
同時に別の可能性もあるけれど、師匠はそれをわざわざ口にしない。
前置きしていないだけで、師匠の論説は常に『現状の最有力候補に対して』の説となる。
ただ、それならそれで、神の線引きを持たない人間だった頃のフォストレアなら。
あの、必死で人を救おうと戦っていたフォストレアに対してなら。
何か、思うところが――
「無い」
師匠は断言する。
すり鉢から目を離さないまま、真黒な全身鎧の巨躯が揺れる。
「人を救おうと学び戦った。それは良い。
だが最後に『神に成れば』なんて根拠の無い希望に縋った。『安価な薬』を選んだのだ。
それは自分や周囲の全てを見込み無しとして切り捨てる行為だ。
隣界を捨て在界へと渡った俺と同じ、浅ましく、自分本位で、反吐が出る」
「――ッ」
いつも平坦な師匠の声に、圧が籠る。
『意思疎通の魔法』が読み取った、強烈な憎悪。
医者だった師匠は、患者を見捨ててこちらの世界に来たことを、未だに許せないでいるのだ。
フォストレアこそが、『安価な薬』を選んだ。
私はその解釈に至れなかったけれど、言われてみればその通りだ。
神に成った真意が『縋ったから』なのであれば、神域に昇り引き籠ったのもまた『縋ったから』と言えるのかもしれない。
つまり、フォストレアは自分の意思で神域に逃げ込んだ。
そう、解釈できてしまう。
「そうまでしておいて結局は人を救うのを辞めてしまった。
神域に引き籠り、全ての責任を人間へと放り投げて、だ。
そんな所まで俺のようでな。掛ける言葉などない。呆れてものも言えん」
師匠には『医者としての師匠』が居た。
だからその人が居れば大丈夫だと言い訳し、師匠は隣界から旅立った。
その事さえも責任転嫁だとして嫌悪しているらしい。
言葉の一つ一つが刃となり師匠自身に突き立てられていく。
師匠は愚直の権化だ。自分を許せないし、折り合いも付けられないでいる。
そうか。『高価な薬は何故高い』の話は、師匠の自戒も含んでいたんだ。
だからこんなにも、「何も思わない」と断言して、突き放そうとしている。
フォストレアに手を差し伸べる行為は、自分を許し救おうとする行為にもなってしまうから。
「……私は師匠の事大好きですよ?」
だって師匠は優しい。
それに、神様と師匠は『神域への召し上げ』が救いではないと判断したから、それを実行しないだけだ。
別の形で、今もずっと、『救い』を求め続けている。
「私たちの夢であり目標は、『健康』です。
それが有れば、人は己の意思で生き、己の意思で幸せを目指せます!」
押し付けられた救いとは違う。飽くまで人が人のまま救われる方法。
自分で自分を救うために、他人が出来るお節介。
それが健康を与えること。薬師と医師のお仕事だ。
「――そうだったな」
師匠は息を長く吐く。
同時に少しずつ怒気が薄れていくのを感じた。
普段は機械的なほど冷静な師匠も、真面目で一直線だからこそ古傷が痛み続けてしまう。
自分の罪を責めてしまうからこそ、似たような人生を歩む他人さえ許せない。
本当は、救ってあげたいくせに。
「クロエ。お前はフォストレアを救いたいのか」
「はい!」
即答した。
具体的な救いがどうかはさておいて、フォストレアに寄り添いたいと思っているのは事実だ。
もし救いを必要としていなくても、拒絶されても、私は手を差し伸べたい。
師匠と神様に願っているのと同じように。
「分かった」
「……え、良いんですか!?」
「ああ。根負けだ。クロエ、お前は救いたきを救いなさい」
師匠が言いながら立ち上がる。
いつの間にかすり鉢の中身は小袋に詰められており、すり鉢そのものは土に還っていた。
「俺と親友は、今後も変わらず、差し伸べられた手に見向きもしないだろう」
「――……はい!」
――自らを救おうとしない者は、神であっても救えない。
――それでも私は、救いようがない人でも、救いたい。
そんな押し問答をずっとしていたけれど、師匠が「諦めろ」ではなく「好きにしろ」と言ったのは初めてだ。
「しかし、フォストレアは違うかも知れん」
「え?」
「お前が言ったんだろう。隠れたのは本当に自分の意思だったのか、と」
そう言えばそうだ。
でも師匠の話を聞くに、フォストレアは自分の意思で人を見捨てたとも取れる。
なら救うに値しない、という話だったんじゃなかったっけ?
「フォストレアは旅の中で生まれ、過酷な環境の中で育った。教育らしい教育は受けていないだろう。子供の足で大人たちについていくのはさぞ苦しかったはずだ」
「はい。それにフォストレアは小さなころに『癒しの奇跡』が使えるようになったと言います」
そこからの話も苦しいものばかり。
フォストレアの人生は平和や平穏と呼べる時代が無い。
「つまり、フォストレアは今に至るまで、一度も『健康』になれたことがない、と?」
師匠は頷く。
先ほどとは違って、優しい怒気を帯びていた。
隣界人はやたらと子供の幸せを大事にする。フォストレアの周囲に居た大人たちに対して、怒りが込み上げて来ているのかも知れない。
健康になれたことがない。
つまり、正常に物事を判断できなかった。
健康を損なった状態の判断は、明らかに正常時とは異なる。
よく考えて出したはずの結論さえ、何かや何処かが致命的におかしくなっているものだ。
ならば、『昇神』も、『神域隠遁』も、フォストレアの本心から出た正常な判断とは呼べなくなる。
望んで人を辞め、人に任せて逃げたとは、言えなくなるはずだ。
「ただの予想だがな。直接フォストレアと話を聞かねば分かるまい」
師匠はそう言うけれど、私には「きっとそうだ」という謎の確信があった。
人にとって都合が良すぎるフォストレアという存在は、子供の頃から周囲の大人たちによって操られ造り上げられた存在だったんじゃないか、と。
不健康と不健全の極み、だったはずだ、と。
「直接……。それなら、次は大聖堂の祈祷室に行きますか?
展示スペースばかりで肝心の祈祷室には行けてないんですよ!」
俄然やる気が出てきた。
もしフォストレア本人にこの事の確認が取れれば、私の立ち位置もきっと定まる。
一般通過旅人として通り過ぎるか、通りすがりのヒーローもといヒーラーとしてフォストレアを健康にしちゃうか。
それが決まれば私は、『覚悟』を決められる。
「いや、違うだろ」
「?」
ノリ始めた私に、師匠が待ったをかけた。
なにがだろう。
顕現しない神だから教会に行っても意味が無い?
それはありそうだけど、でもほかに手段が……。
「神降ろしだ」
「え?」
「神降ろし。お前の夢に、フォストレアを」
「……ぇえ!?」
それって、神様が言ってた「夢の中に『神降ろし』」って話!?
降ろすのは神様じゃなくてフォストレア。なるほど、それなら話せるし、神域隠遁の真意も聞けるねっ。
なんて察せるわけないよね!?
あの神様本当に文脈がワープしすぎてる……!
「よっ、呼べるんですか!? 私信徒でも何でもないですよ!?」
「なら信じてやれ。少しで良い」
信仰心。それは神の力。
詳しい事は神様が研究中だけど、多くの信仰を集めた神は、その信仰の内容に沿って強くなる。
だからこそ信仰が歪むと神の在り方まで歪んでいってしまう。
だから、私がフォストレアは夢に出て来てくれると信じ、魔法でその道を創り出せば、本当にやってきてくれるかも知れない。
けどそんなに簡単なものじゃないはずだ。
「教団上層部が意図的にフォストレアを封じているとしても、そいつらだけの信仰心などたかが知れている。
信徒の中には逆に姿を見せて欲しいとの願いだってあるだろう。
お前は信徒の願いを代わりに叶える、その心算で居ろ」
「はい、わかりました!」
なるほど、代行者! 巫女の本懐だ。
私自身が『神降ろしの巫女』と自認していることが、ここでフォストレア教の信仰と結びつく。
私は夢の中でフォストレアの啓示を受け、それを教団に示す。そんな感じかな?
なんだか急に重大イベントになってしまった。
余所の神を降ろすなんてやったことがない。出来るのだろうか。
たしかに『繋がり』があれば『神降ろし』できるかも、とは思ったけど……本当に?
ああ。振り返ってみると、なんで神様が「夢の中で」なんて言って来たかがよくわかる。
夢の中が一番双方にとって安全で、その上で呼びやすいからだ。
神は概念、夢も概念の世界。
物理的接触を試みるより何かと都合が良い。
現実の私に『神降ろし』をして何かあれば、どちらかに、あるいは両方に甚大な被害が出かねない。
あの文脈ワープ神、あれだけべらべら喋るのに話の全容が全然読めないのなんなの……?
ちょっと悔しい。
「でも。もし会えたなら、話せたなら、私が何を選ぶべきか決められるかな……」
もし。
もしも「助けて」と言ってもらえたなら。
その許可さえもらえたら、私は――
「クロエ」
師匠の声と手の平が、私の背中を優しく叩いた。
私は師匠を見上げる。
兜の奥で、師匠が微笑んでいた。
……ああ、そうか。
もう悩まなくて良いんだった。
「師匠はこの後どうするんですか?」
身支度を整えている師匠に声を掛ける。
私は『不眠不休』を解いたけど眠れるのは何時間も先になってしまうだろうし、師匠は未だ『復元魔法』を継続中だ。こんなところで数時間もたつくのは勿体ない。
「俺は『もしも』に備える。何かあれば親友越しに連絡を」
「はい!
……その『もしも』の内容って、私でも推察できます?」
「ああ。知恵を絞って考えろ。知恵の神官、クロエ・エヴォニア」
師匠がふっと笑った気配を感じた。
くぅぅ……! やっぱり、この人達に付いてくの難しいよう!
少しは賢くなったと思うんだけどなぁ……。
ぐぬぬと呻いてる間に師匠が歩き去っていく。
残された私は眠くなるのを待つだけだ。
「どうしようかなぁ……」
筋トレでもするか。
それとももう少しフォストレアについて調べるか。
あるいは、神様が気にしていた『ゼノロスさんのような人』について考えてみるか。
気にしていたけど放置しているということは、どうしようもないのかな。
考えよう。
私は『知恵の神官』にして『黒檀の弟子』なんだから。




