5. 薬師と薬売り
「というわけです。どう思いますか!?」
私は大聖堂を出て、早速神様たちと合流した。
フォストレアの日記片。これだけでも目的を達するには重要な話題だ。
そして、それはそれとして、フォストレア隠遁の真実が気になる私は、ゼノロスさんから聞いたことを二人に共有して考えを聞き出そうとしてみた。
「どう、って。相変わらず出会い運ないよなー、クロエちゃん」
「ええっ!?」
なんかよく分かんないけど憐れまれた。
私は逆に出会い運最強だと思ってるんですけど?
だって、ほら、神様と師匠に出会えていなければたぶん死んでたし。
「クロエちゃんさぁ、ゼノロス宣教師とはどうやって知り合ったの?」
「え?」
全然予想してなかった質問が飛んできた。
出会い方? 誰かが意図的に引き合わせたってこと?
「えっと、大聖堂入場案内のところに行って、受付の女の人に自己紹介したら案内人として出てきたのがゼノロスさんで……」
思い出してみても特別な意図は感じない。
せめてゼノロスさんが出てくるまで待たされた、とかなら企みや目論見を感じるけど……。
受付のお姉さんの態度もゼノロスさんの態度も、ほとんど親切心しか感じなかったしなぁ。
ちなみに全然待たされなかった。たぶんたまたま近くにいたゼノロスさんが呼ばれただけだと思う。
「じゃあ、ほんとに偶々か。それとも石を投げれば何とやらか。
彼みたいのが沢山居るとまずいんだよなぁ」
珍しく笑みを消して唸る神様。
どういうことだろう。
師匠の反応も見たくて黒い塊の方に視線をやっても、駄目だ、全然反応が読めない。
話聞いてるかもわかんないや。
「どうする相棒。いよいよ『癒しの魔法』が二の次になってきたぞ」
神様が黒い塊によりかかる。
黒い塊の反応が気になるけど、相変わらず読み取れない。
「そこまでの事なんですか?
えっと、ゼノロスさん? あの人が問題なんですか?」
なんだか全然話が見えない。
もしかして師匠達が掴んだ情報が重要なのだろうか。
勇んで自分から話す前に二人の話を聞けば良かった。
「ちなみにこっちは空振りだ」
一般人向きに装飾された教典とグッズしか見当たらなかったよハッハッハ、と笑う神様。
……聞かなくて良かった。
そうなるといよいよよく分からない。
ゼノロスさん、みたいな人、たくさんいるとまずい……?
ゼノロスさんの印象は、それこそ『敬虔な信徒』だ。
フォストレアを敬愛し、信仰し、フォストレアと同じように万人を癒したいと願っている。
あの教団には勿体ないくらいの信奉者だと思う。
でも、そんな模範的宗教家が『多いとまずい』?
むしろ自浄作用が働いて腐敗が一掃されそうだけどなぁ。
それが一番健全な問題解決だと思うけど。
「時代も状況も移り変わるもんさ」
いや、ますます分からないです、神様。
私が困惑している間に、神様は黒い塊に向かってふむふむと頷いている。
悔しいけれど、『知恵の神』である神様に助言できるのは師匠だけだ。私の知恵では師匠に及ばない。
隣界人曰く『三人寄れば文殊の知恵』と言うらしいのだけれど、私の知恵が必要とされたことはない。
聞かれるのはいつも、気持ちだけ。
「クロエちゃんはどう思う?」
真っすぐに、神様は私を見る。
きっと師匠も同じだろう。
「私は……」
どうしたいんだろう。
フォストレア教が腐敗しているのは分かった。
ゼノロスさんが苦しんでいるのもよく分かる。
でも、私が首を突っ込む問題なのだろうか。
ゼノロスさんだって頑張っている。
苦しんでいるのも悩んでいるのも頑張っているからだ。
そんな人の努力を横から台無しにして「救ってあげる」なんて烏滸がましい。
デリング枢機卿も、『敬虔な信徒』さんも、それぞれの努力をしている。
傍からは腐敗だ癒着だと言われようと、彼らは自らを救おうとしている。
彼らは別に、誰かを傷付けたくて傷付けているわけじゃないのだ。
そんな彼らの事情に首を突っ込むというのなら、それは純度100%のエゴでしかない。
私が気に食わないからこの国を滅茶苦茶にする。それだけだ。
「……まだ、分からないです」
さすがに「それでもいい」とは言えなかった。
神様も「そりゃそうか」と頷いて、黒い塊もゆっくり揺れる。
「でも! なんかもやもやします!」
と、ついでにぶちまけてみた。
そりゃあテロリストになる気はないけれど、だけどゼノロスさんの苦悩を見てみぬふりをするのもね?
それに一般信徒もしんどいでしょうし、なんとかしたい気持ちはあるんですよ!
でもでも、宗教ビジネスはこの国の経済の根幹。
腐敗にメスを入れるということは、国の経済を揺るがすということ。
誰もが望むハッピーエンドへの道程があまりにも複雑で遠過ぎる。
少なくとも旅人風情がチャチャッと解決できる話じゃない。
でも……。
……でもぉ……ッ!
「■■■■」
「クロエちゃん、相棒が『高価な薬の話を思い出せ』ってさ」
むむむっと悩んでいると、見かねた師匠がヒントをくれた。
師匠は愚直の権化。物事を単純化する達人だ。
私が複雑な気持ちを抱えている時、師匠は不器用なりにヒントをくれる。
これは頭が良すぎて割り切る必要すらない神様にはできない配慮だったり。
「っと、『高価な薬』ですね。待ってください……ッ!」
むむむっと唸って集中する。
高価な薬、高価な薬。
具体名を出さなかったということは、以前神様越しに師匠が語ってくれた幾つかの『為になる昔話』の一つだろうか。
高価な薬が出てくる話となると、あれだ。
「高価な薬は何故高い。
それは薬が人の手に渡るまでの全ての工程が大変大事であり、十分な対価を必要とするからである」
神様が頷く。
よし、この話で合ってた!
この話は高級薬のコストの話だ。
材料採取コスト、調合調剤コスト、販路獲得販売コスト。どこも命懸けだったり時間や技術を費やしたりでコストが高い。
高級薬は買う者からは高く感じるが、調べてみれば適正価格、むしろそれより安いくらいなのが殆ど。
そういう、高価な薬は何故高い、という話。
しかしこの話はここで終わらない。
丁寧に解説し、高級薬が高価なのは当然かつ仕方のない事だと理解させた上で、次の話へ進む。
「薬が高価だと、それを求める人たちはどうするのか」
神様が口を挟まず腕組みをしたまま私を見る。
師匠は、相変わらず黒く固まっている。
でも、ここまで思い出して分かってきた。
二人が言いたいのは、この先だ。
「強盗。高級薬を強奪する。
ただしこれはリスクもコストも高い」
暴力で解決しようと思うなら、薬を奪うよりお金を奪って薬を買う方が早い。
ただし、継続してお金を奪い続けなければならないので、ほぼ確実に足がついて捕まってしまうだろう。
一回きりならまだしも、継続的な投薬とは致命的に相性が悪いのだ。
「他の方法。単純にお金を捻出する」
それで平気な人もいるけど破産する人もいる。
悲劇的だけれど、どうしようもない現実だ。
大切な人の為に自分を犠牲にしてしまう。どこにでもある話。
この場合、薬を必要とする側が自死を選ぶことも多い。負担になりたくない、自由に生きて幸せになって欲しい。そんな願いの末に。
よくある話だけれど。
でも、これで全部じゃない。
寄る辺のない人たちが取る、三番目の選択肢。
「悲劇と破滅を避けるための、更に別の方法。『安い薬』を買う」
最初に話した『高価な薬は何故高いのか』。
この理屈を知らない者は、『安い薬』がいかにあり得ない物かを知らない。
それでも人は縋る。
目に見えた破滅よりも、淡い希望に吸い寄せられる。
効きが弱くても良い、なかなか治らなくても良い、それでも手が届く範囲で、永久に搾取されるとしても『薬』を求める。
「癒しの聖水が売ってたって?」
神様が話を切った。
私が二人と同じ結論に至ったことを察したのだろう。
「はい。ゼノロスさんいわく、癒しの神秘を掛けただけのただの水だそうです」
隣界人曰く、溺れる者は藁をも掴む。
フォストレアの神秘を頼りにしていたのに得られなかった者は、聖水やら護符やら、自分たちの手が出せる範囲で少しでも効きそうな物を買い漁るのだろう。
「どうせ神秘もかけてないだろうな」
「……」
そうだろう、と思っても、頷けなかった。
あまりにもゼノロスさんが不憫だ。
あの人はきっと純粋にフォストレア教を広めているのに、結果として詐欺の片棒を担いでいるようなものだ。
あの人が目指すもの、したい事とは、かけ離れているに違いない。
「■■■」
「ん。そうだな。クロエちゃん、そこで話は終わりじゃない」
「えっ?」
私は虚を突かれ、師匠と神様を交互に見る。
寓話はたしかこれで終わりのはず。
だとすると、フォストレア教の話の方だろうか。
そう考えると、神様は頷いた。
「安価な薬に頼っても、そんな薬は直ぐに効かなくなる。
だから次はもう少し高い薬、その次はもっと高価な薬、と手を伸ばしていく」
「あれ、それじゃあ……」
「そう。結局安価な薬に頼った奴らも身を滅ぼすんだよ」
にべも無く言い放つ。
神様は、意地悪そうな笑みを浮かべ、悲しそうな目で続けた。
「『安物買いの銭失い』と言ってな。
安価な物に手を出したせいで金ばかり失い、本当に欲しかった物は手に入らない、なんてこともあるのさ。
その場合、『安価な薬』を買う金を使わず貯めていれば『高価な薬』を買えたって地獄付きだ」
「――ッ」
悲惨過ぎる。
でも、そうか、そういうこともあり得るよな、と納得してしまった。
代替品で満足できるのは代替できているうちだけ。半端な効能はかえって病を強くしてしまう。
そうなると、安い薬ではいずれ何もかも失って何一つ手に入らない。ただただ騙されて奪われて、助けたかった人と共に朽ちていくだけ。
つまり、フォストレア教は詐欺まがいの商品で、結果的に信者を破滅させていることになる。
初めは聖水。
次は聖印。
そして、宗教画に女神像。
破滅しないために安い薬を選んだはずなのに、気付けば高い買い物を続けている。
意図的ではないかも知れない。
それでも、この事実は、あまりにも惨過ぎる。
そして私は思い出していた。
この話はそもそも、『薬師が知っておくべき患者の心理』の話だと。
だから、『貧乏人は皆破滅する』みたいな話になっているのだ。
貧乏人は薬に手を出すなよ、なんて教訓ではなく、刻むべき訓戒は別にある。
薬師は患者が破滅しないよう、面倒を見てあげなければならない。
薬の師として、患者を教え導かねばならない。
用法・用量を伝え、守らせ、代金を支払うために破滅するなんて本末転倒な惨事を叱りつけてでも止めなければならない。
薬師は薬屋や薬売りとは違う。
売り渡して終わりではない。
時には薬を売らない事で患者を守る責務がある。
それが、薬師必修科目『高級薬の取り扱いに関する例話』。
――通称、『高価な薬は何故高い』だ。
フォストレア教は、これが出来ていない。
医療従事者にあるまじき行為だ。
『癒す者』の風上にも置けないし、断じて許してはならない。
だから、私はフォストレア教を破壊すべきだろうか。
……個人的な感情を、大義に置き換えたところで、何も変わらない。
私は『薬師』で、彼らは『薬売り』だった。それだけの話だ。
結局、私が横から首を突っ込む正当性なんてどこにもない。
「さてクロエちゃん」
「……はい」
陰鬱な想像ばかりで気が滅入る。
自然と俯いた私の前に神様が立った。
「フォストレアが望んで神域に引っ込んだかの話、答えが出るかも知れないぞ」
「……はい?」
重い空気に項垂れていた顔を上げる。
神様はいつものニヤニヤ顔だ。
えーっと?
フォストレアが姿を隠したのが、自分の意思か否かの話?
それが分かれば私が首を突っ込むかどうか決めやすくはなるけれど……。
「今の流れからどう繋がるんですか?」
聞きながら整理する。
まず、師匠は私に『高価な薬は何故高い』の話を思い出すように言って、私はその話とフォストレア教の類似点を見付けた。
癒しの神秘は高価な薬。手が届かない人々は安価で粗悪な薬を買い求める。
それがあの聖水や他のグッズなのだろう、と。
でもそれは彼らのビジネスモデル。
薬売りである彼らに、薬師としてのモラルを押し付けるのはお門違い。
まさしく、崇める神が違うのだ。
で。
……うん。これ以上広がらない。
なんでここから『フォストレアの真意』に繋がるの?
「クロエちゃん」
神様が私の名前を呼ぶ。
いつも通りの、なんかちょっと半笑いっぽい呼び方。
いたずら好きなお兄ちゃんみたいな声で、神様が続けた。
「夢の中で『神降ろしの魔法』を使ってもらえる?」
夢。
神降ろし。
急になんか変なこと言いだした。
文脈的に、夢で神様と何か話すのだろうか。
なにを、なぜ、とかは何一つ分からない。
これは神様名物『文脈ワープ』だ。
長く共に旅をしてきた敬虔な信者である私には分かる。
神様が何らかの核心に至った時、その過程を説明せずに『必要な事』だけを告げるのだ。
この話の前後の一切を無視する発言から私と師匠は『文脈ワープ』と呼んだが、神様は「託宣ってそういうもんじゃない?」とのゆるい反論が返されている。
確かに。
そもそも文脈を意識して会話してくれる神の方が稀有かも。
と納得しかけた私の隣で師匠が「知らん。他の神の託宣など受けた事が無い」とバッサリ切り捨てていた。師匠カッコイイ。
で、そんな文脈ワープをかまして託宣を授けた神様はどや顔だ。
師匠の反応は読めないけど、とりあえず横からどついたりはしてない感じ。
こういう時、どれだけ話が読めなくても神様を信じて元気よく了承するのが私流。
なんだけど……。
「あの、神様?」
「ん?」
おずおずと手を挙げる私。
首を傾げる神様。
もぞりと身じろぎしたっぽい師匠。
ちょっと恥ずかしいけど事実を伝えよう。
きっと神様も師匠も忘れてる、当たり前で当たり前じゃない事実。
「私、もう二年くらい寝てないので、寝方が分かりません……」
言った瞬間、空気が凍った気がした。
いやでもだって、二年ですよ二年。
それだけ不眠不休で動き続けていると、もう横になったくらいじゃ眠れる気がしないのだ。
その辺はきっと師匠も分かってくれるはず。
神様だって神に成ってから寝てないはずだから、今この場には『眠り方忘れし者たち』しかいないのである。
「……マジかよ」
長い沈黙を経て、超絶レアな神様の真顔を目撃した。
その後ろで、黒い塊が顔を覆って天を仰いだ。……気がした。




