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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
フォストレアの白い花
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7. 万能薬のお裾分け

 ――整理しよう!


 私は無言で両手を挙げた。


 ダメ、無理、わかんない!


 ちくしょー知恵の神様ー! もっと育てて私の知恵を!


「落ち着こう……今は魔法も切ってるから情緒が不安定になっちゃってる……」


 はあ。

 そうだった。私ってこんなだったなぁ。

 私、まだ子供だったんだ。


 なんて感傷に耽ってる場合じゃない!


 まず、私と師匠と神様の三人は『健康にする術』を求めて旅をしている。

 魔法や神秘、薬、機械、何でもいい。手段は多い方が対応出来る場面が増える。

 今回『癒しの女神フォストレア』を調べようと思ったのも同じだ。

 神様が言っていた通り、かつてフォストレアが何故か使えた『癒しの魔法』を調べれば、それを神様の知恵で解明し、私と師匠が習得できるかもしれない。

 そうすれば『健康』を得る手段が一つ増える。


 こうして整理してみると、フォストレアの意思とかゼノロスさんの境遇とかがいかに「関係ない」ことかわかる。

 ゼノロスさんはたまたま出会っただけ、たった一度聖堂を案内してもらっただけの赤の他人だ。

 なのに、神様は『目的』の方を二の次と言ったし、師匠もそうだ。


 ……そうだ。


 私達の目的は『健康にする術』を手に入れること。

 そしてそれは、『みんなを健康にする』という夢のため。


 目的を優先して夢を捨てるなんて、出来るわけがない。

 えっと、なんだっけ、「手段と目的の逆転現象」だっけ? それは良くない。


 でもそれは取捨選択が必要になる。


 何を選ぶ?


 救うべきは?


 見捨てるべきは?


 それを決めるためにも、フォストレアに会わなきゃいけない。


 もしフォストレアが健康になった後も同じ道を歩むなら、それは私達が関わる事じゃない。

 でも、もし望んでくれるなら。


 ――私は、どこまで踏み込める?


「おや、クロエさんですか?」


 考え事をしながら歩いていると、前方から声がした。

 顔を上げると、私より考えすぎてくたびれた顔のゼノロスさんが立っていた。

 手を振りながら浮かべる笑顔が力無い。


「こんにちは、ゼノロスさん。さっきぶりです」


「ええ、こんにちはクロエさん。先程はどうも。観光ですか?」


「それもありますけど、調達を」


 右手に持った袋を持ち上げる。中は薬の材料が幾つか入っていた。

 旅の道中でも集めるけど、目的地優先だと足りない材料も出てくる。

 本当はもっと欲しいものがあったけど、癒しの女神のお膝元だからか、医薬品の類はほとんど売っていなかった。

 だから材料ばかり。これは単品だと香草や野花でしかないからか、普通に売っていた。


「あなたはやはり勤勉な薬師なのですね」


「見習いですけどね」


 感心するゼノロスさんにへへへと照れ笑いを返す。

 実は師匠も正式な薬師ではないから、私も薬師もどき見習いという意味不明な立ち位置なのだ。


「……少し、話をしませんか?」


 照れながらなんとなく薬草の説明をしていると、ゼノロスさんがそう切り出した。

 その顔は暗い。何か吐き出したいのだろう。


「良いですよ。そこのベンチで良いですか?」


 私は直ぐ近くの広場の方を指差した。


 皇都は広く、平和だった。

 商売はあくどいものの、そうして稼いだお金がこの皇都には巡っている。

 結果として、ここだけ見れば、ものすごく平和で温かいくらいなのだ。


 走り回る子供、見守る親、綺麗な噴水に、花壇の小さな白い花々。

 大聖堂で見たビジネスのための綺麗さとは少しだけ違う、本物の美しさが確かに存在する。


「私はこの街で生まれました」


 ゼノロスさんが話し始める。

 その隣で、私は薬を調合し始めた。


「あ、お気になさらず。生薬は鮮度が命なもので」


「はあ。それは申し訳ない……?」


 いや本当に大事なんだって、鮮度。

 師匠も大抵会話中は調合してるし。


 んんッ、と咳払いをして、ゼノロスさんは仕切り直す。


「この街は平和で美しいでしょう? ここで育った私は、自然とフォストレア様を敬愛するようになったんです。

 こんなにも素晴らしく美しい国を守ってくださっている神なのだから、きっと素晴らしい神なのだろうと」


「そうですね」


 私の故郷も平和は平和だった。あれは土地柄もあったけど。

『真実の神』の国だから、詐欺とかは無かったんだっけな。

 よく神様に「クロエちゃんは素直だね」と言われるけれど、それはきっと嘘吐く人が居ない国で生まれ育ったからなのかもしれない。

 辺境生まれの私は知らないことも多いけど、この国を見るに、『神の国』って大体平和なのかな。


「そして、確かにフォストレア様は素晴らしかったのです」


「なるほど」


 そこは『真実の神』とは違うかー。

 良いなー。


「だからこそ、私は神官達の腐敗が許せなかった。素晴らしい神を低俗な商売の道具にして、それがまさか人々を苦しめていただなんて……ッ!」


「ああ……」


 そっか、ゼノロスさんは知ってしまったのか。

 私が神様に示された『安価な薬』に縋ってしまった人の末路を。

 それで、たった数時間で無茶苦茶凹んでいるらしい。


 きっと純粋なゼノロスさんは詐欺紛いの商品も「心の支えになるのなら」と思っていたのだろう。

 私もそうだ。気休めも時には必要だと思う。

 でも実際にはそんな『気休め』のために身を滅ぼす人までいた。


 ゼノロスさんは皇都でなく、地方の教会にでも行けば、もっと早くに気付けただろう。

 ここで生まれてここで宣教師をやっていた弊害が出てしまっていた。

 あるいは、ゼノロスさんの両親や関係者が気を遣った結果なのかもしれない。


「……クロエさんは、救うべきを救えなかった時、どうなさいますか……?」


 澱んだ目でゼノロスさんが私を見る。

 だいぶ心がやられている。

 私はあえて調合の手を止めずに、『高価な薬は何故高い』を思い出した。


「切り捨てます」


 バッサリと。

 隣でゼノロスさんが息を吞む音が聞こえた。


「いいですか? ゼノロスさん。私が一日中薬を作れば、100人救えるとします。毎日100人。素晴らしいですね。

 ですが、50人を切り捨てて、空いた時間で薬の研究をすれば、一年後には毎日300人、それも今まで救えなかった人が救えるようになるかも知れません」


「えっ、あっ、はい?」


「ではゼノロスさん。私は100人救うために未来の大勢と新薬を求める人を切り捨てるべきか、それとも今目の前の50人を切り捨てて未来の可能性を選ぶか、どちらが良いと思いますか?」


「は、あ。え?」


 一気にまくしたてる私に、ゼノロスさんが困惑する。

 少し待つと、ゼノロスさんは動きを止め、視線を落として考え始めた。


 今を取るか未来を取るか。

 確実性を取るか可能性を取るか。

 難しい問題だ。特に、ゼノロスさんのように善良な人には。


「……選べ、ま、せん……」


 しばらくして、絞り出すようにゼノロスさんが口にした。

 まあ、それはそうだろう。今まさにその問題で悩んでる人なんだから。

 ただ、別に「現状も間違ってはいない」と認識してくれればそれで良い。


「私は選びましたし、これからも岐路に立つたび選び続けます」


「それは、どうして」


「悩んで立ち止まっていると、今も未来も救えないからですよ」


「――……」


 師匠も神様も答えを出すのが異常に速い。

 でもあの二人は全知全能じゃない。

 普通に間違えるし、失敗もする。

 だけど立ち止まらない。

 間違いも失敗も、全部次に活かして正解するまで進み続ける。

 だからあの二人は私からは完璧に見えてしまうのだ。そんなこと無いって知ってるはずなのに。


「さ、ゼノロスさん。これをどうぞ」


 私は話しながら調合した薬を小袋に詰めて渡した。


「これ、は?」


「睡眠薬です。お茶か水に溶かして飲めば、朝までぐっすり眠れますよ!」


 そう。私も寝なきゃならないし、ゼノロスさんも一回たっぷり寝た方が良い。

 いやー、ちょうど睡眠薬作る薬草買ってて良かった。

 眠くなるのをただ待つより睡眠薬作っちゃおうって思いついて良かった。


「寝て下さい。そして、選んでください。あなたが何を信じどうするのか、決められるのはあなただけです」


 なんてカッコイイことを言って、何のアドバイスもしてないことをごまかしつつ、私は席を立つ。


 ゼノロスさんは動かない。

 きっとゼノロスさんの頭の中は今大混乱だろう。


 私は突き付けたのだ。

 悩んでいるだけで何もしないでいる事こそ一番の『罪』だと。


 ……まあ、さすがに罪は言い過ぎだけど。


「ついでにもう一つ。どうせ信じるなら神様だけじゃなく、ちゃんと自分の決断も信じてあげてくださいね?」


 では、とお辞儀をして、私は広場を後にした。

 ゼノロスさんは何か言いたげな顔をしていたけれど、無視無視。

 ちゃんと寝て、頭スッキリさせてから、それからまた話せばいい。


「なんか、私の方が話聞いてもらった感じだなー」


 取捨選択。

 立ち止まらないこと。

 自分を信じること。

 ……全部自分に言ってるようだ。


 さあ、宿でも取ってぐっすり眠るぞう!







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