22. 永焔のフィオロオウラ
シューデイルの悍ましき計画は、事実として認定された。
本人を含め、あらゆる物的証拠を焼き尽くしてしまったので、どうなるかとハラハラしていたのだが、一安心だ。
ここでもクロエさんの信頼、ひいては円卓の信頼が物を言ったわけだが、それが一国会議員の信頼度より高いのはちょっと納得がいかない。
いや、私はもう、死人ですけれども。
ちなみに、私は神域に上がらなかった。
『神降ろし』解除後は再び物質化し、肉体を維持している。
これは意地でもあり、考えた末の選択でもある。
意思共有と一心同体を経て、クロエさんから得た『知れば地獄行きの秘密』は、誇張無しに地獄行きのチケットだった。
サギリさんが提唱した『裏魔法仮説』は特に酷い。
授業が禁忌に指定されたクロエさんは、一般的な禁忌をオープンにべらべら喋る人なわけだが、そのクロエさんでさえ禁忌として隠していた理由がよく分かる。
これを知り、地獄に落ちるのは、「地上に地獄が溢れ出さないようにするため」だとも。
私たちは自らが地獄の門にして地獄の釜の蓋にならなければならない。
その身の半分を地獄に晒し続けることになったとしても。それが一番、マシだから。
でもまあ、そんな世界規模の地獄の前に、私は私個人の地獄を体験する羽目になった。
恩師との決別、そしてその手での処刑。自殺と、友人にそれを手伝わせたこと。
そんな地獄の先に、あの快活で大らかなディズィジーア翁にしこたま怒られるという地獄が待っていたのだ。
「まだ凹みますわ……」
それはもうギャンギャンと怒鳴られた。
ゲンコツも生まれて初めて貰ってしまった。
翁は、私がその身を犠牲にしたのがどうしても許せないようだった。
いつも明るく私を褒めてくれるディズィジーア翁。
あの方が私を孫娘のように想ってくれているのは知っていたし、嬉しかった。
そんな孫娘同然の私が、もう、人として生き、人として死ぬことが出来ないと知って、本気で怒ってくれたのだった。
「正直、怒られたことより、最後に泣かれてしまったのがキッツいですわ……」
泣いてる年寄りというだけで心に来るのに、自分を想って泣くなんて。
あーっ! 泣かせてしまいましたわ! 心苦しい! 辛い! ごめんなさい!
あの時の決断に後悔はありませんが、せめてディズィジーア翁への伝え方と、会って話した時の態度とかを改めたいッ!
ううぅぅう―……っ!
ロゥベンシア様含め、議員の皆様方もみんな苦しそうな顔で私を迎えた。
騎士団でさえ、私の自己犠牲を称えつつも喜びはしなかった。
そんな優しさに、私は謝りながら微笑むくらいしか出来なかった。
この事件がどれだけの大惨事を防いだかは、皆分かっている。
それでも素直に喜べないほど、皆、私を想ってくれていたのだ。
嬉しい、反面、申し訳ない。
一人で突っ走って好き勝手やるのが私のスタンス。
だからクロエさんと出会うまで友達すらいなかった。
だけど、それでも、私は独りではなかったのだと、実感した。
ああ、こんなところも、まだまだ子供ですわね、私。
事後処理はまだまだ山積みで、何度か国会を開いた後に、事のあらましを世間に公表することになるだろう。
それまでは、シューデイル先生は『失踪』として扱われ、その研究室で起きた未曽有の大爆発は『儀式魔法陣』を中心にした魔道具や各種素材の暴走と連鎖反応として説明された。
いずれも詳細は調査中、という名目である。
「うう……フィアンマさぁん……」
「また泣いてますわね……」
そうして一先ずの事後処理が終わり、いよいよ国を去る日、クロエさんは泣いていた。
私がディズィジーア翁の泣き顔を思い出しては凹んでいるように、クロエさんも私を殺した時のことを思い出しているのだろう。
『覚悟の復元』と銘打った、心の傷の復元は、見ていて心配になる。
「クロエさーん」
そんな泣いているクロエさんに手を振って、私は飛行船ターミナルへと踏み入れた。
クロエさんのお見送りは、お出迎えと違って、私が志願した。
本当は「事件の事情聴取が終わるまで出立は認められない」との声もあったのだが、それで彼女の旅を止めてはいけない。
あの子はもう、一か月もこの国に居て、数えきれないほど多くのものを遺してくれたのだ。
聴取なんて、事件後の聞き取りだけで十分だろう。と、騎士団と私でごり押したのだった。
「あっ、フィアンマさーん!」
泣きながら走ってくるクロエさん。
母親見つけた迷子みたいですわね。
「聞いてくださいフィアンマさん! 私、友達百人作れなかったんですよ!」
「あ、思ったよりもしょーもない理由で泣いてましたわ」
わんわん泣くクロエさんに、呆れる私。
あと新しい魔法も結局覚えられませんでした!とも。
そっちは、まあ、泣きたくなりますわね。スランプを思い出しますわ。
「ああ、もう、泣かないで下さいませ。
友達なんて私一人で百人分だと言い張りなさい。
魔法も、ほら。今後は私を『神降ろし』で呼べば、実質炎魔法習得ですわよ?」
「そんな気軽に呼べませんー!
友達百人分以上なのはその通りですけどぉー!」
ぐずるクロエさん。
こうしてみると、初めて会った時の「小動物みたい」という感想が一番正しかった気がしますわ。
なでなで。
「それよりクロエさん。私、この身体にまた『魂』が宿り始めたんですのよ」
と、泣いてるクロエさんに言うと、クロエさんはキラキラした目でばっと顔を上げた。
分かりやすくて扱いやすい。まんま子供ですわ。
「炎とはいえ、『物質化』している以上、『物質の特性』を持つ。
魂が生まれる条件はそろっていたということですわね。
思えば、『物質化した炎の魔法』の時点で『魔法維持魔法』とは相性が良かったですし」
「すごい……!
ということは、フィアンマさんは炎以外の魔法もちゃんと使えるってことですか!?」
「ええ、そうです。
魔法使いも継続ですわ!」
「わーっ!」
泣いていたのも忘れ、拍手を送ってくれるクロエさん。
そう。私はこれを狙って、神域に上がるのを辞めたのだ。
神は信仰で歪む。
そして、自らの概念に逆らえない。
まだまだ成長して、いずれはクロエさんと肩を並べたい私にとって、神域と言う名のゴールは都合が悪かった。
だから、私は神ではなく、ちゃんと鍛えて、竜になる。
いや、神であり竜でもある、そんな二面性の獲得を目指したって良い。
なにせ神とか竜程度では、クロエさんを助けられないんだから。
「ああ、そうだ。クロエさん、旅立つ前に、髪の毛を下さらない?」
ふと思い出して、提案する。
隣界人文化の一つ、「旅の安全祈願」というものだ。
「髪ですか?」
「そうです。なんでも、袋状の『お守り』に髪の毛を――」
バツンッ
「ッあー!? なにバッサリ切ってますの!?」
「はいどうぞ!」
「房ごと!? 一本で良いんですのよ!」
こんな大量にはお守りに入らない。
説明する前に切らないで欲しい。いや、先に用件だけ伝えた私の落ち度か。
いいや、話も聞かずにバッサリ行ったクロエさんも悪い。
「こんな量だと遺髪みたいで逆に縁起悪いですわぁ……」
そう言いながら、大事に大事にしまい込む。
そして私も、髪をバッサリ一房、斬り落とした。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
もうお守りも隣界文化も関係ないが、クロエさんは嬉しそうに髪を受け取る。
「クロエさん、もし私を呼ぶのを申し訳ないなんて思うのなら、せめてその髪の毛分だけは好きに使ってください。
それも私という概念の一部。必ず、クロエさんの力になりますわ」
「……っ! ありがとうございます! 心強いです!」
クロエさんの突飛な行動で、当初の予定とは違ってしまったが、お守りよりよっぽど強力な加護を与えられた。
結果良ければ全て良し。
それからは、飛行船の出発時刻まで、他愛のない話をして過ごした。
色々あって驚きそこなっていた数々の重大事実。
あの黒檀の騎士がクロエさんの師匠だとか。
クロエさんの使える三つ目の魔法が『意思疎通の魔法』で、実は出会った時からずっと使い続けていたとか。
それ使い続けてたら口の動きと聞こえる言葉が違うってバレて、最終的に『無尽蔵の魔力』のことも気付かれるんじゃないかとか。
途轍もない秘密を隠しているクロエさん。
でも隠し事がへたくそなポンコツさん。
でもでも、秘密があまりにも大きくて信じがたい内容だからバレずに済んでいるラッキーさん。
この子の行く道は、険しいなんてものじゃない。
それでもこの子の傍には神様が居て、師匠が居る。
「それじゃあ、行ってらっしゃい、クロエさん。
フォストレア様も、この子のことをお願いしますわ」
別れの時、私はクロエさんの髪と、そこに光るヘアピンを撫でて言う。
私の死の苦痛を和らげ、そして泣いて悼んでくれた神。
いずれ直接お礼を言いに行かなくては、と思いながら。
「フィアンマさんも!
また逢う日まで、お元気で!」
ぶんぶんと、大きく手を振って、少女が笑う。
まるで太陽のような魔女。
私と彼女は、これから別々の道を行く。
それでも、私たちはいつだって同じ地獄に居る。
そんな「ろくでもない絆」に笑いながら、私も『私の太陽』に向かって、手を振った。
そうして。
激動の一カ月が終わった。
特別講師期間という、とても短い夏の思い出。
私が文字通り生まれ変わった、ひと夏の大事件。
私はそれを、永劫に忘れないだろう。
「先生。きっと、あなたのことも」
シューデイルの数十年に渡る陰謀を見抜けず、見逃してしまったこと。
その結果、『新鋭の賢者』に自己犠牲を強いたこと。
それらを理由に、『老師の賢者』ディズィジーア・パケロロススは、賢者の座を退いた。
代わりに擁立した新たな賢者の後見人として、その者を教え、支えることとなる。
新たなる賢者の名は、フィアンマ・フィオロオウラ・フェルマ。
後に『老師』の枠を『永焔』と改め、永世賢者として君臨する者である。
――第二章・完




