1. 皇都へ
「師匠! 神様! 行きますよ!」
小さな声が空に響く。
今日は晴天。雲は高く、鳥も元気に飛び回っている。
声に驚いて飛び立つ鳥が居ないのがなんとも寂しいけど、私に迫力がないのは自覚している。
私の声より木々のざわめきの方がうるさいくらいだった。
「あいよー。ほら相棒、クロエちゃんが怒ってるぞ」
「■■■■■」
半透明な青年がへらへらと笑いながら立ち上がり、その隣の黒い塊は動かない。
半透明は私の神様、黒い塊はたぶん私の師匠だ。
神様が師匠と思しき物体の肩と思われる部位を揺すっている。
基本適当な神様より、厳格な師匠の方が立ち上がりが遅い。
意外だけど、いつものことだ。
くぅ……。
分かっていたけど、全然急いでくれない。
黙っているとこのまま二時間くらい経過しそう。
「師匠は何て言ってるんですか?」
動かない黒い塊を指さして神様に尋ねる。
私からは何言ったのかも何してるのかも分からないからオールウェイズ神頼みである。
「まだ時間に余裕があるからもう少し薬作るって」
「またですか!?」
師匠はすぐにそういうことを言う。
余裕を持って行動することが出来ないのではなく、私が思う余裕よりかなぁーり少ない余裕で十分だと思っているのだ。
「相棒は昔からああだけど、その分きっちりしてる。余分な余裕は極限まで削ぎ落すスタンスなんだよ」
「余分な余裕って何ですか!?」
余裕の概念が崩れる。
これだから隣界人は!
「まあいざとなればマッハで目的地に到着できるし、余裕余裕」
「それ実行したら師匠の『呪い』と相まって未曽有の大混乱が発生しますからね?」
師匠の呪いは、『意思不通の呪い』。
その言葉や動作、その他一切から師匠の意思を読み取れなくなるという呪いだ。
輪郭すら定まらない黒い塊に見えるのも呪いのせいで、サイズ感や距離感が掴めないばかりか、じっと見ていると黒が視界いっぱいに広がって居場所さえ掴めなくなってしまう。
神様曰く『究極のコミュ障』だとか。
なので、普通にしていても人が居る場所では問題が起きてしまう。
そんな正体不明・理解不能の黒い物体が音速超過で飛び回るとなると、……うん、阿鼻叫喚間違いなし。
「クロエちゃんもだいぶ隣界に染まってきたねぇ」
「え?」
なんでだろう。
マッハ移動のことかな?
師匠が規格外なのは知ってるし、それは染まるとは言わないと思うけど。
――いや、そもそも在界には『マッハ』という単位が無いんだっけ?
異世界単位と師匠の逸脱ぶりに慣れ親しんでしまった自分にちょっと驚く。
私も大分この二人に毒されているらしい。
うーん。
『商人さん』の真似して常識人ぶってみたけど、失敗したっぽい。
なんだか無性に恥ずかしい。
「……さぁ、行きますよ神様!
師匠は後で追いついてくださいね!」
「分かり易く逃げたなー」
「逃げてません!」
私はけらけらと笑う神様に背を向けて歩き出した。
いつも通りの道なき道。でこぼこの地面をちゃっちゃか進む。
このまま進めば、じきにフォストレア教皇国の皇都へ着く。
本当は綺麗で大きい街道が敷かれているんだけど、師匠の呪いのせいで私たちは森の中を歩いていた。
人目を気にしなくて良いなら真っすぐ突っ切っていくんだけど、いつも人里近くでは遠回りを強いられる。
難儀だ。
それはそうと、師匠はどうしたんだろう。
ギリギリまで動こうとしないのはいつも通りだけど、今回はいつも通りのままなのがちょっと気になる。
癒しの女神、師匠が一番会いたがってたはずなのになぁ。
会いたいからって急がない、というのも師匠らしいけど。
「会ったところで神秘を授かれるわけでもなし、急ぐ必要も無いさ」
と、急に神様が話し掛けてくる。
背中を向けたまま一言も話していないのに、だ。
「当然のように心を読まないで欲しいんですけど」
「心じゃなくて先を読んだだけだって」
ちらっと後ろを向けば、半透明で涼し気な笑顔。
……くそぅ。この知恵の神、強過ぎる。
ただでさえ人知を超越した『神』なのに、知恵の神、つまり『知恵という概念そのもの』なんだから勝てるわけもない。
それとも私が分かり易いだけなんだろうか?
疑問に思ってもう一度神様の顔を見ると、ニコニコしていた。
さーどうだろうねー、と言われている気がする。
「……師匠が入信すれば神秘を授かれるんじゃないんですか?」
聞くだけ弄られそうなので別の事を訊く。
神秘とは神が人に与えた力。『人では再現不可能な魔法』のようなものだ。
利点は人の魔法よりも強力な事と、授かれば本人の資質関係なく使える事。
つまり師匠が入信して神秘を授かれば、その時点で『癒しの神秘』を使えるようになるということだ。
旅の目的からしても、師匠がフォストレアに会いたがっていたのは『癒しの神秘』が欲しいからだろう。
もちろん入信してすぐに授かれるものじゃないだろうけど。
「それは俺から改宗するってことか?」
「ではなく。隣界は無神教か多神教がベターって言ってませんでしたか?」
「言った言った。日本に限るけどな」
俺達の母国の、と続けて、神様がニヤリと笑う。
神様たちの元居た世界、『隣界』には、魔法も神秘もフィクションでしか存在しないと聞いている。
なのに、意外と宗教はちゃんとあるらしいんだよね。
……何をどうして信じているんだろう。
「まあ相棒に改宗はないだろうよ。あいつは自分が見聞きしたものしか信じない。
俺が神になったのも受け入れてるだけで信じ込んでるとまでは言えないしな」
「えっ、そうなんですか!?」
「信心深さではクロエちゃんの方が上も上よ。
相棒の信仰心は、こう、『お前が神だと言うなら神なんだろうな』くらいのニュアンスだ」
「し、師匠って……」
信じるとか信じないとか、そういう曖昧な事は言わない人だとは思っていたけれど、神様に対してもそうなんだ……。
リアリストって言うんだっけ?
なのに神様の信徒だったりとんでもない呪い背負ってたり。こういうのも、師匠にとってはただの現実なんだろうな。
「やっぱり師匠から学べることは多いですね……」
「あのガチガチ頭は反面教師にしてほしいけどね、俺としては」
珍しくいつものニコニコ顔が苦笑に変わる。本当に嫌だと思ってるらしい。
私も師匠ほど固くなりたくはないけれど、でもあの一直線で揺るがない精神は尊敬している。
正反対にふわふわふらふらしていて捉えどころのない神様の柔軟性も尊敬しているけど、からかわれそうだから言わない。
「言ってくれればいいのに」
「――ッまた! 心を! 読みましたねッ!」
私は真っ赤になって半透明な神様をポカポカ叩く。
もちろんすり抜けてしまうが、神様は「痛い痛い」と笑いながら距離を取った。
先読みとカマかけ。神様の得意技なんだけど、ほんとに心の内を読まれてないかちょっと不安になる。だって恥ずかしいから。
「さて。道中はフォストレア教についておさらいしていくか」
「……よろしくお願いします」
パッと切り替える神様に、小さく頭を下げる。
なんだろう。私の逃げ方とどう違うんだろう。
ズルい感じがする……。
「■■■」
「うわーッ! 師匠!?
いつ追いついたんですか! 急に真後ろに現れないでください!」
突如真後ろに現れる黒い塊。
私は跳び上がって振り返る。
魔獣やらなんやらが跋扈するこの世界で背後を取られるというのは本当に心臓に悪いのだ。
「いや結構ふつーに音立てながら歩いてたぞ、この図体だし」
「気付けないんですって!」
声同様、足跡や衣擦れの音にまで『意思不通の呪い』は及ぶ。
『なんの音かわからない』どころか、『音が鳴っていることさえ理解できない』のがこの『呪い』の怖いところだ。
見た目の『黒い塊』=『無明スポット』と同じで、師匠の周囲は『無音スポット』になっている(と感じる)。
「■■■■■■」
む。師匠が何か言っている気がする。
これだって実際にはなんにも聞こえないのを長年の経験で察しているだけだ。
たぶん「驚かせたか、悪いな」とかかな?
「騒いでないで早く行くぞ、だってさ」
「全然違った……ッ!」
謝るどころか突き放された……!
そもそも最初は師匠の方が遅かったのに!
無駄を削ぎ落した師匠に追いつかれたってことは遅れが出始めてるってことなんだろうけどぉ!
釈然としない気持ちを抱えながら、私たちは道なき道を歩き続ける。
木々の隙間から見える、真っ白な皇都へと向かって。




