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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
フォストレアの白い花
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0. ル・メイエン大聖堂


 淡く七色に染まった日光が大神像へ降りかかる。

 純白の女神は陽光に彩られ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。

 零れ落ちた陽だまりの中では、小さな花がさわさわと揺れていた。


「癒しの女神、フォストレアに祈りを」


 厳かに告げる神官に従い、血塗れの信徒たちが泣きながら跪く。

 彼らの前には到底助かる見込みのない、ズタズタに引き裂かれた戦士たちが横たわっている。

 行商隊の護衛や、魔獣狩猟業を生業とする者たちだ。


 淡い虹色の陽溜まりが赤黒く染まっていく中で、啜り泣きの声と、縋るような祈りが繰り返される。

 血溜まりが広がるにつれ命も漏れ出していく。呻き声が枯れてゆき、縋る声は大きくなる。

 そうして切なる祈りが場に満ちた時、神官が大神像を見上げた。

 胸にかけた聖印を掲げると、目を閉じて、強く祈り始める。


「慈悲深き我らが女神よ、忌むべき傷と忌まわしき痛みを癒し給え」


 神官の言葉に合わせて信徒たちの祈りも増していく。

 死の間際にある者も、一縷の望みを女神に捧げて目を閉じる。

 信仰の高まりに呼応して差し込む日差しも強くなり、聖堂が光に包まれた。


 視界を白く染め上げるほどの光が過ぎ去ると、血溜まりは陽溜まりに戻り、苦悶の声は消えていた。

 致命的な傷も、失われたはずの手足も、全てが癒され、陽の光を浴びている。


 聖堂内は、苦悶や啜り泣きに代わって、感嘆の声でざわついていた。

 目を閉じた者は、陽の温かさを感じ、目を覚ます。死の冷たさに凍え、震えていた身体は、とうに癒えていた。

 癒しの奇跡よりも長い時間を掛けて、ようやく信徒たちは死を免れた実感と喜びに顔を綻ばせ始める。


「神への感謝と、その証を、お忘れなきよう」


 神官がそう言い残し、背を向けた。

 奇跡を目の当たりにしても動じることもなく去っていく。

 その背中に受ける言葉の中には涙ながらの感謝と、僅かに複雑そうな声が混じっていた。


「デリング枢機卿猊下」


 その神官に、横から別の神官が話しかけた。

 デリングと呼ばれた神官に比べるとかなり若い青年が、苦々しい顔で立っている。


「ゼノロス君か……」


 デリングは青年神官ゼノロスを一瞥すると、再び歩き始める。

 ゼノロスは一礼してからあとに続いた。


「君はまた、『献金』が高いなんて話をしに来たのかね?」


「……はい。あれでは一命を取り留めてもまた危険な仕事を続けなくてはなりません」


 命にかかわる怪我を負った戦士は、普通、引退を考える。

 実力不足の痛感、精神的障害など、原因は様々だが、多くは危険を避けるようになる。

 しかし『献金』が足枷となった場合、問題を抱えたまま危険な仕事に戻らざるを得なくなる、と、ゼノロスは説いた。


「それに、神秘の回数も、もっと――」


「くどいぞ」


 ゼノロスの言葉を遮り、デリングが大きく溜息を吐いた。


「何度も言っているだろう。神の力は無尽蔵ではない。際限無く全てを癒す事など出来んのだ。

『献金』もそう。高額だからこそ、その資金をもって国の平和が保たれているのだよ」


 幾度も繰り返してきた話を、もう一度繰り返す。

 デリングももはやゼノロスを説き伏せられるとは考えていない。

 それでも突き放すことはせず、同じ説教を続けている。


「ですが……!」


 なおも食い下がろうとするゼノロスを、デリングは手で制した。

 これ以上の話は平行線。それは互いに分かっている。


「良いかゼノロス君。君も宣教師ならば神の御心を正しく理解したまえ。

 フォストレア様は生前、『健康に努めよ』と言い残された。信徒たちが神秘に縋り自己管理を怠っていたからだ。

 癒しの神秘の安売りは人々を堕落させる。献金も国家運営資金として、つまりは国そのものの健康のために使われている。わかるだろう?」


「……はい」


 いつもの通り、最後には女神の言葉を持ち出した。

 敬虔な信徒であるゼノロスには、この言葉にだけは噛み付けない。


 しかし肯定したものの、ゼノロスの顔は暗い。

 やはり納得はしていないのだろうと察したデリングが、今度は呆れから溜息を吐く。


「君が神秘を授かれないのもそのせいだろう。

 どれだけ信仰心が強くとも、神秘を乱用しかねない者に、神も教皇聖下も癒しの力を授けたりはしない」


 ゼノロスがバッと顔を上げ、しかし何も言えずに項垂れる。

 足を止めた青年をもう一度見やって、デリングは長く息を吐いた。


「かつてのフォストレア神のように、受け入れたまえ。

 万人を癒したいという想いは神とて同じだろう。

 だが、神でさえ成し遂げられなかった奇跡を君に成せるのか?」


 ゼノロスは小さく首を振る。

 青年は分かってはいるのだ。

 この国が栄えたのも、神の力が強まったのも、全ては今の体制あってこそ。

 制限し無駄遣いをしないからこそ、先程の『手遅れな患者』をも救うことが出来たのだと。


「今すぐとは言わん。だがいずれは受け入れるべきだ。

 結局は、それこそが『より多くを救う道』なのだから」


 去り際にデリングが残した言葉に、俯いたままのゼノロスは応えないままでいた。


 やがて顔を上げたゼノロスは、聖堂を振り返る。

 大神像前にはまだ先程癒された人々が居る。

 本来ならすでに死んでいたであろう彼らは、しかし、喜びに涙を流す暇も無い。


「これじゃあ助かっても生きていけねぇよ……」


 静謐な聖堂の中で、そんなぼやきがゼノロスの耳に届いたのだった。







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