0. 青春の舞台へ
「クロエちゃん、学校行ってみない?」
神様が師匠の身体を借りて言う。
脈絡がないのはいつものことなので流すとして、師匠に神降ろししてまで言うということは何か大きな意味が有るんだろうか。
「私は読み書き出来ないですよ?」
意思疎通の魔法が有れば、手記は読める。写本もギリギリ行ける。
でも自分で書く文字に意思疎通の魔法を込めても、すぐに魔法が切れて読めなくなってしまう。
そもそも私は母国語も書けない。
それともそこから学ぶのだろうか。
「そう言えばそうだったな……」
師匠がううむ、と唸る。
師匠たちの故郷は教育水準が高く、識字率が隣界トップクラスらしいので、文字の読み書きが出来ないことが割と意識から抜けるらしい。
「そこは『意思疎通の神秘』でどうにかしよう」
と、宣う神様。
ちょっと待って?
一瞬聞き間違いかと思って流しそうになったけど、『神秘』って言った?
「なんですかその神秘! 初めて聞きましたよ!?」
「俺もだ。いつの間にそんなものを授けられるようになった?」
知恵の神としての権能も無いのに、どうしてそんな神秘が? と、師匠で二人で神様を詰める。
神様は「まあまあ」と手で私を制しながら続けた。
「もともと俺は『意思疎通の魔法』だけ覚えてただろ? で、それをクロエちゃんに教えたりもした。
俺の数少ない昇神前から持ってるスキルってことで、この魔法も神化によってちゃんと強化されてたっぽいんだよ」
「ぽいって……」
適当だなぁ。
神様っぽいけど。
「ほら、クロエちゃんは常に意思疎通の魔法を使ってるだろ?
俺も前はそうだったけど、神に成ってからは使ってない。せいぜい使ったのはガルナガーデンを暴き殺した時くらいだ」
ガルナガーデン……真実の神だ。
じゃあ神様は旅を始めてからは意思疎通の魔法を使ってなかったということ?
私が使ってるし、師匠は神様と同郷で同言語だし、問題はなかったと思うけど……。
「相棒に降りてる最中も別に魔法は使ってなかったんだけどさ、相棒は俺を通して周囲の言葉とかが分かってたみたいで。
どうも今の俺は常に『意思疎通の魔法』が掛かってるような状態みたいだ」
「それって、『権能』ってことですか?」
「たぶんねー」
権能。
神が概念であることから、権能とは神そのものであり神の力であるとされる。
火の神ならば火を操れる。この力を権能と呼ぶ。
そしてその力を人に分け与えたものが『神秘』と呼ばれる。
つまり神様は『意思疎通の概念』だということ。
旅の中でも聞いたことのない『以心伝心の神』だと言える。
「すごーい!」
思えば神様の神様らしい部分って、「師匠と意思疎通できる」とか「遠くに居ても拝んで祈れば通じる」とか、意思疎通に関わるものばかりだ。
師匠と意思疎通できるのは魔法や権能とは関係ないけど、神は信仰によって強化されるから、「意思疎通を助けてくれる」という信仰が概念化を進めていたとしてもおかしくない。
「だが、意思疎通の『権能』でも『神秘』でも、印刷物から意思は読み取れないだろう」
師匠が腕を組みながら否定する。
すごい、とは言ったけれど、私も同意見だ。
『意思疎通の魔法』は『意思を声に乗せて伝える魔法』と『声から意思を聞き取る魔法』のセット。主に喉(声帯というらしい)と鼓膜にそれぞれの魔法を掛ける。
当然、この方法では文字は読めないので、私はアレンジを加えて『文字から意思を読み取る魔法』を開発し、眼にその魔法を掛け続けている。
実は魔獣の中には『感情を嗅ぎ取る魔法』を使う者がいると知って、そこから着想を得たのである。……魔獣の真似(嗅覚使用)は出来なかったけど。
まあ、そんな感じで色々アレンジしつつ鍛えてきた私だ。今では美術品から作者の意思を感じ取ることも少しだけ出来るけれど、『印刷物』という意思も何も込められてない物からは、当然、意思は読み取れない。
だから人の手で写し取られた『写本』がギリギリで、印刷・製本された本は読めないのだった。
「ところがどっこい。読めるんだなぁ、これが」
「どっこい……?」
どっこい、とは。
……謎が増えたけど、今は横に置いておこう。
「どうやって読むんですか?
意思疎通で読む、ということは、作者の意思まで遡るということですか?」
それが出来るのであればまさに『権能』だ。
物理的な関与を持たなくても概念的な繋がりを辿れるとなれば、それは神秘や権能でしかあり得ないだろう。
……いや、嘘です。
もしかしたら私の鍛え方が足りないだけで出来るかも知れないです。
私にそれが出来ないのは、魔法じゃ無理だから。って言い訳したくなりました、ごめんなさい……。
「いや、さすがに作者の意思までは遡れない。
ところがどっこい」
「またどっこい」
なんなのそれ。
また横に置いておくけど、二個になっちゃった。
「作者の意思は遡れなくても、もっと根源的な『作者たちの意思』なら読み取れるんだよ」
「作者たち……?」
複数形、じゃなくて、たぶん大事なのは『根源的』の方かな?
文字の根源、となると、文字を生み出した作者たちということ?
どう考えてもそっちの意思を読み取る方が難しいと思うけど……。
「なるほど。文字という概念を紐解き、そこに含まれる意思を読み取るのか」
と、師匠が組んだ腕を解いて手を打った。
えっ。今ので分かったの!?
「そう。文字や言葉はもともと『意思を伝えるツール』だからな。
言わば、『意思』ではなく『意味』を読み取るって感じだな」
そこに意が有るなら汲み取れる。
『以心伝心の権能』だな、と言って、神様が笑った。
「そ、それは、『文字』、『単語』、『文章』、全部理解できるんですか……?」
「うん。試した感じ、『文脈』も読み取れるぞー」
ひえーっ!
本当に『以心伝心の神』だ!
どんな言葉も読み取れるって、暗号も!?
「凄すぎますね……!」
ま、ね。なんてどや顔で胸を張る神様イン師匠。
言語学も解読学も『知恵』の一種と言えばそうなんだろうけど、もしかして神様って「あまりに広範囲かつ曖昧だから『知恵の権能』が発現しない」だけで、こんな感じの『知恵系の権能』をいくつも使えるようになったりするの……?
「はじめて……」
……神様が、すごい神様なんだって、実感した。
とは、言わないでおこう。
「クロエちゃん?」
あっまずい。
先読みで心読まれたっぽい。
「初めて親友が神らしい働きをしたな」
「おい相棒!?」
控えた私の目の前で師匠が悪びれもせずに言い切っていた。
さすが師匠。0か100しかない男。今は男じゃないけど。
「もう少し早く権能に気付いていれば、俺はいちいち言語習得しながら本を読む必要はなかったわけだが」
「ああ、薬学書とかな。買い物ん時は俺降ろしてたろ。そん時は文字読めてなかったのか?」
「読めなかったな。店員呼んで見繕ってもらっていただろう。辞書と一緒に」
「そういやそうだな。やっぱ意識して使わないと効果発揮し切れないんだなあ」
「もしかして『以心伝心の加護』が『意思疎通の魔法』レベルなんじゃないですか?」
「それだ」
師匠の籠手越しの掌が私の頭を撫でる。
やったー!って思ったけど、たぶんこれは神様かな。師匠はあんまり褒めてくれないし撫でてくれない。
もちろん神様に撫でられるのも嬉しいけど。
「とにかくこれで読むのは問題ない。で、読めるようになれば書くのもどうにかなるだろ?」
あ、そうだ。そういう話だった。
学校に行くとかどうとかって話だった。
あんまりサラッと重大発表するから話が脱線するんですよ神様。
「ごめんて」
「心読まないでください!」
「ごめんて」
二回同じ謝罪文で謝って、神様は腕を組み直す。
いや、この仕草は師匠かな。
「学校にはクロムウェル氏が話を付けて下さるそうだ。相変わらず恩だ義理だと言っていたが、俺ならばともかく、クロエが世話になるのは良いんじゃないかと思ってな」
やっぱりクロムウェルさん経由かぁ。
クロムウェルさんと師匠はお互いに「大きな借りがある」と思い合っているので、お互いの申し出を断り合う。
なので、そのおこぼれ的に私が恩恵を与ったりする。
「クロエは子供の頃から教育を受けてはいないだろう。今更だと思うかも知れないが、人生経験は多い方が良い。
これを機に魔法の基礎知識を身に付ければ役に立つことも有るだろう」
「それはそうですけど……魔法? 学校って、魔法学校なんですか?」
「口利きできそうなのが、『ザルバトゥーレ共和国』の、世界的にも有名な魔法学校らしい」
へぇー。
聞いた事がない、ということは、遠方なのかな?
魔法学校は、今までの旅路で見かけたところ全部が貴族用だった。
と言うか学校自体がほぼ貴族用で、平民以下が通える学校は軍学校くらいのイメージ。
クロムウェルさん自身がどうかは分からないけど、円卓には貴族も居るのかな?
元々は「騎士=名誉貴族」のはずだから、居てもおかしくないどころか居なきゃおかしいんだけど……でも、円卓は「どこにも属さない」だからなぁ。貴族は国に属するものだから、そう考えると円卓には貴族が居ない気もする。
……あれ?
もしかして円卓って矛盾の塊?
「思考が明後日の方向に飛んでる顔してるぞクロエちゃん」
「……ハッ!」
たしかにほぼ無関係なことばっかり考えてた。
『学校』というものがピンと来ていないせいで集中できていないのかな?
たしかに師匠が言う通り有益だとは思うんだけど……旅を中断してまでの価値が有る、とは、なかなか思えなかった。
「ちなみに俺と相棒はクロエちゃんが学校通ってる間別行動だからな」
「えーっ!!」
やだーッ!
でもそっか、師匠も「クロエが世話になるのは」って言ってた。
ならなおさら学校行きたくない!
「俺と親友は行って欲しいと思っている」
「な、なんでですか……?」
師匠が私に何かを望むのは珍しい。
つい脊髄反射で「それなら行きます!」と応えたくなってしまうけど、せめて理由を知りたい。
「そりゃあ、なぁ?」
「学校は青春の舞台だからな」
「……せい?」
青春。まだ青く、熟すのを待つ春。つまり子供。
子供。童心。つまり初心にかえって学ぶべし、ってこと?
「……なにか伝わっていないな」
師匠が小さく溜息を吐く。
組んだ腕を解いて、腰に手を当てて胸を張る。
これは神様の仕草だ。
「青春ってのはな、勉強と恋愛、友情と喧嘩、人生の諸々がギュッと詰まった大事なひと時のことだ。
どうせクロエちゃんは初恋もまだだろうし、友達もいないでしょ。どっちでも良いから作んなさい」
「どっ、どうせって何ですか! 初恋もしてますし友達もいます!」
「え、誰? お父さん?」
「……」
……たぶん、師匠か、神様。
どっちも元男性、今は女性と無性別だから、恋愛対象としては違うかもだけど。
でも初恋ってそういうものだよね? 私からすると二人ともお父さんかお兄ちゃんみたいなものだし。
「と、友達は、フォスちゃんがいます!」
「女神じゃん」
「良い友神だな」
それで他には?と訊かれて詰まる。
「相棒はクロムウェルさんが友達か? ちょっと硬いけど」
「ああ、クロムウェル氏は、そうだな。友情を感じる。
親友は? ニックか? ナガヒサさんか?」
「ナガヒサさんは良いな、動物好き同士、友達かな。だがニックは敵だ!」
……え。
『意思不通の呪い』を持ってる師匠と、半透明で誰にも感知されない神様が、友達一人いるの?
しかも二人は親友同士。つまり二人とも友達数二人。
私は、フォスちゃんだけ……。
「……学校、行きます」
「お?」
「そして、友達百人作りますッ!」
わっ!と大声で宣言する。
勢いに押され気味の神様イン師匠がパチパチパチと拍手する。
くそぅ! 今に見てろよぉ!
私だって、私だって、二人みたいに素敵な友達作るんだから!
あと魔法もたくさん覚えて二人の役に立ってやる!
内心に悔しさの炎を灯し、私は拳をぎゅっと握った。




