表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒檀の魔女  作者: ラテオレ
フォストレアの白い花
12/36

11. 救いようがない者たち

 その日、皇都の神像も全て破壊された。

 残されたのは大聖堂の大神像だけ。

 状況を整えてくれた師匠は、今度は次の備えに向かったと連絡があった。

 次の備え。それが活きるのは、決戦の後だろう。


「どさくさに紛れて『フォストレアの日記片』盗んじゃいます?」


 ここまでの強硬策になるのなら、それだって可能だ。

 手に入らないのは飽くまで無理矢理を避けたから。


「いや、要らん。残しといてやんな」


「良いんですか?」


「どうせ『癒しの魔法』使えないしな。使えるなら信者共が先に使えるようになってるだろ」


「……確かに」


 もちろん才能や修練が必要で易々と習得できず、『神秘』という安価な薬に逃げた可能性も有るわけだけど。

 でもそれならそれで『癒しの奇跡』を習得した『聖人』の伝説が残ってないのは違和感だったり。


「おそらく、信者共はフォストレアを神にすることで自分たちが自由に使える『神秘』を手に入れようとした。

 そのためにわざと人のままではフォストレアの力が足りないと思わせるようにしたんだろう」


「それは、どのくらいの確率で真実ですか?」


「98%」


「きゅっ!?」


 神様の推理は必ず2%の不明を残す。

 自分は『知恵の神』であって『全知の神』ではないとの自戒と、『予想外』に対処するための慢心回避策だ。

 その神様が言う98%は「他に考えようがない」と同義である。


「神々の大戦後の荒れ果てていた時代に、毎日毎日手が足りなくなるだけの患者がどこに居る。

 大戦中ならまだしも、大戦後だぞ? そもそもの人口数がかなり減っていたはずだ」


「う……」


「搔き集めていたんだ、怪我人や病人を。わざと噂を広めて、わざと大きな町や集落へ旅をして、わざと誰かを傷付けて、な」


 内輪もめで傷付け合ったって? どこまで事実だろうな。最初は本当でも、使えると思えば八百長で何度でも再現しただろう。どうせ、傷は癒えるのだから。

 ……神様は耳を塞ぎたくなるような推理を重ねた。


 決戦前だからだろうか。

 神様が今まで黙っていたことをつらつらと述べる。

 神様はずっと前から、この宗教が「歪んだ宗教」ではなく「歪みから生まれた宗教」だと知っていたんだ。


 それでも神様は私に調べさせてくれた。

 神様は何度も、何度でも、私に考える時間をくれた。

 私の知恵を育んでくれていた。


 フォストレアさんを殺すと決めたのは私だ。

 きっと私がフォストレアさんを殺したくないと言えば、神様は「おっけー」とゆるく返して受け入れただろう。

 師匠も同じだ。「自業自得」と最初に言った通り、心にもない正論を並べて、私の味方をしてくれたはず。


 神様には敵わない。

 師匠がそう言ってしまうのも頷ける。

 あと、殴りたくなるのも。


「止まれ!」


 怒号が響いた。

 大聖堂の廊下に神官たちが押し寄せてきた。


 今は大聖堂は閉鎖中。

 神像破壊事件で神官たちも集まっていたのだろう。


「何処から這入った! いや、何の用だ!」


「……」


 答えない。

 普通に入り口から入ってきたし、目的も明かして良い。


 でも、これは決戦。

 変革を起こすんだ。


 神殺し。


 私はそこで、止まる気は無い。


「答えろ! 侵入者ぁガ……ッ!?」


 怒鳴る神官の喉に、真っ黒な槍が突き刺さっていた。

 引き抜かれた槍はスルスルと私の外套の袖口に吸い込まれていく。

 神官たちは何が起きたのか分からないと言う顔で固まっていた。


 ……本当は師匠に倣って『一言も話さない怪物』を演じたかったんだけど、仕方ない。


「その人、早く治さないと死にますよ?」


 私の言葉と同時に、喉に風穴を開けた神官が廊下に倒れた。

 その直後、悲鳴が廊下を埋め尽くし、神官たちが一斉に動き出す。


「うろたえるな、愚か者どもが!」


 甲高い怒声が、神官たちの恐慌を無理やり鎮めた。

 人垣をかき分けるようにして現れたのは、デリング枢機卿だった。

 その顔にはいつかの作り笑いではなく、剥き出しの苛立ちと傲慢さが浮かんでいる。


「たかが小娘一人に何を怯えることがある! 冒涜者め、ただで済むと思うなよ!」


 相手を見下し、上からものを言う、でかすぎる態度。

 それを後ろから見ると「大きな背中」に見え、頼りがいがあると勘違いを生む。

 そしてその勘違いは安心と信頼、そして士気にまで変貌する。


「おのれ……冒涜者め! 捕まえろぉ!」


「手荒で構わん! 四肢は切り落とせ!」


「安心してください、殺しはしません! 『癒しの神秘』で死なせてあげませんよ!」


 デリング枢機卿の登場で息を吹き返したのか、神官たちが口々に罵声を浴びせてきた。

 復元魔法は精神を安定値に戻して動揺や混乱を抑える。けど、記憶は残るし、ショックはショックだ。

 あと「敵さえ癒す慈愛の神秘」を拷問に使わないで欲しい。マジで。


 罵倒もしんどいけど、その何十倍も「人を傷付ける感触」はきつい。

 医療行為とは違う。あの止むを得ない痛みと、今私が与えている痛みは全くの別物。

 誰かを傷付けるのはそれだけでものすごいストレスになる。


 でも、演じ切ると決めた。


 神は概念。

『神降ろし』で殴れるようになっても、命も無い者を殴り殺すことは出来ない。

 せいぜいが弱らせるくらいだろう。


 だから重要なのは、神官たち、信徒の方。

 彼らが「神は死んだ」と信じれば、それが事実になる。

 信仰による神格の歪みを利用した『概念殺し』だ。


「『黒檀の槍衾』」


 低く呟く。

 本来不要な『技名』も、神殺しを演出するツールになる。

 既に喉を貫かれた同僚を目撃した神官たちが、狙い通りにたじろいだ。


 たじろぎは、反射的な防御姿勢。

 そんなもの易々と食い破って、無数の黒い杭が神官たちを穴だらけにした。


 外套の袖から『黒檀』の枝が顔を覗かせる。

 黒檀は魔力を吸って成長する魔法植物。

 表面を『復元魔法』で包んで、魔力をたっぷり注ぎ込めば、文字通りの『爆発的急成長』を見せてくれる。

 師匠みたいに全身丸ごとは無理でも、黒檀だけなら私でも『音速超過』を弾き出せる!


「ぼッ……!?」


「ひぃ! み、見えないツ!? なんだこの速度はぁ!」


 生身で見切れるはずもない。

 向こうからは黒檀の槍が突然出現したように思えるだろう。


「『漆黒迅雷』」


 伸びた黒檀の枝が、無数に分岐する。

 黒檀を覆う復元魔法を部分的に開放し、黒檀の成長ルートを制御する。

 やっていることは槍も雷も全部おんなじ。こんなのただの虚仮威しだ。


 私が『技名』を呟けば、次の瞬間には神官たちが串刺しにされている。

 見せ付けるようにスルスルと戻っていく『黒檀』が、大聖堂の綺麗過ぎる廊下に紅い紅い線を引く。

 幾重にも、何処までも。


「な、なんだあれはぁ!」


「防げ! どうにかしろぉ!」


「無理だッ……盾も壁も薄紙みたいに突破される!」


 逃げ惑う神官たち。

 即死さえ避ければ次々回復してくれるから手加減もほどほどで良い。

 皮肉なことに、『癒しの神秘』の拷問化を、自分たちで体現していた。


「ええい、役立たずどもめ! 総員でかかれ! あやつを殺せ! 女神の御前で塵一つ残さず消し去ってくれるわ!」


 デリング枢機卿が金切り声を上げる。その顔は怒りと屈辱で真っ赤に染まっていた。

 私の『魔女ロール』に、まんまと騙されてくれたみたいだ。

 そうして怒りに任せて人を痛めつけられる性格は、今だけは羨ましく思う。


「貴様らも神を失えば職を失うのだぞ!? 癒しの神秘という黄金の価値が分からんのか!

 女神は金の卵を産む不老不死の家畜だ! あんな小娘一人に奪われてたまるか!」


 怒り狂い怒号を飛ばすデリング枢機卿。

 その醜悪な言葉に奮起する神官たちを見て、私は彼らも枢機卿の同類だと悟った。


 神は人の家畜。


 ――誰かを救いたくて、救えなくて、それどころか破滅させていたと知って、泣きながら殺してくれと頼んできた『女の子』の顔を思い出した。


「ぐ……ぬぅ! ッははは! 効かぬわ、小娘!」


 半身を黒檀の槍衾で吹き飛ばされたデリング枢機卿が、自分と神官たちの神秘で瞬時に再生する。

 興奮しすぎで痛みを感じていないのか、全くひるまない枢機卿の存在が神官たちの心的な支えになってしまっていた。


 それでも、残忍な仕打ちをすればするほど私の心にもダメージが入る。

 それも復元魔法で黙らせる。


 脳裏に復元される、フォストレアさんの涙。

 平和な街並み、幸福な情景。

 全てを天秤にかけて、痛みの中で『神殺し』を引き受けた、私の『覚悟』を取り戻す。

『復元魔法』が何度でも私の心を抉り、覚悟の重みと痛みを思い出させてくれる。


 魔女は泣かない。

 神殺しは謝らない。

 ただ、無機質に容赦なく、障害を排除する。


「くそっ本人を狙え!」


「狙ってる! 効かないんだよ!」


「なんだよ……なんなんだよお前ぇえ!!」


 復元魔法は最強だ。

 私に勝つには、私の魔法強度を上回り、その上で即死させるか、神秘や権能で概念ごと捻じ伏せるかしかない。

 どちらも出来ない物理一辺倒じゃ私を止められないし、私を防げない。


「『家畜泥棒』めが……! その『無敵』が魔法であれ何であれ、無尽蔵には使えまい!

 だが我等は違うぞ! こんな時のために『温存』していたのだからなぁ!!」


「――うるさい」


「ぶぐッ……」


 その『温存』のために、どれだけの人を見捨ててきたんだ。


「ッガハハハ! 効かん! 死なん! この程度ッ!

 我が神秘の足元にも及ばんわッ!!」


 私は、デリング枢機卿ただ一人を見据えた。

 神官たちの精神的支柱、あれを砕かなければ次に進めない。

 足元から生やした黒檀の幹に乗って、神官たちの頭上を飛び越える。


「私も生半可な覚悟でやってきたわけじゃないんです」


 腰から二振りの菜切り包丁を抜く。

 狙うは、喚き散らす枢機卿、ただ一人。


「来るが良い化け物が。貴様如きの暴力では、我らが神の神秘には届かんと知れい!」


 デリング枢機卿が目を見開いて嗤い、豪奢な飾りのついた重そうな杖を振りかぶる。

 借り物の力に胡坐を掻き、貸してくれた神は家畜扱い。

 その醜悪で悍ましい姿に、私は何の感情も抱かない。


 通り抜け様に、振るう刃。

『妖刀・生作り/生殺し』の二振り。

 これに斬られればその傷口は閉じず、痛みも決して治まらない。

 薬草の鮮度を保つために重宝する、私の愛刀だ。


「ッぎゃああああああああああッ!!?」


 デリング枢機卿の絶叫が聖堂に響き渡った。

 手足を斬り飛ばされ、彼は床を転げまわる。

 いくら興奮状態でも、斬り飛ばされた瞬間の激痛が永続するとなれば無視できなかったようだ。


「いいイタイイタイイタイイタイイタイ! 誰か! 誰か早く神秘を……ッ!」


 そう、『妖刀』も『神秘』には敵わない。

 神秘を使えば癒えない傷も癒せるだろう。

 でも、痛いだろう。

 なら、怖いだろう。


 黒檀で貫き、妖刀で斬る。

 吹き出す血、零れる腸、脳を劈く激痛。

 崩れ始めた大聖堂に、悲鳴と破壊音がこだまする。


 怖いだろう。


 怖いでしょう?


 怖いと言え。


「――怖い――」


 震える神官の言葉に、笑みが零れた。


「ッうわあああああ!」


 笑う私と目が合った瞬間、デリング枢機卿が逃げ出した。

 神秘で癒した両手足を懸命に振り回し、尻尾を撒いた獣のように無様な姿で聖堂の奥へと姿を消した。


「魔女だ! 魔女が攻めてきた!」


「助けてくれぇ! 死にたくない!」


「もう痛いのは嫌だぁ! 置いてかないでくれぇ!」


 指導者を失った防衛線は、あっけなく崩壊した。

 廊下を埋めていた神官達が我先にと逃げていく。


「スフィア」


 懐から黒い球体を取りだし、肩に乗せる。

 球体はぷにぷにと弾んで、『黒檀の種』を吐き出した。

 黒檀は回収するから減りはしないけど、もう少し手数が欲しい。


 種を袖の中に収めて、妖刀の血を払う。

 生作りと生殺しも、ここまでかな。と、妖刀を鞘に納める。


「ありがと、スフィア。さて」


 黒い球体がぷるぷると揺れて、自発的に懐の中に戻っていく。

 廊下の終わり。

 大聖堂で最も巨大な扉が有る。


「神秘開帳――『肉体の神秘』」


 大鐘楼を突くような音が響いた。

 なんてことはない。

 私の裏拳が、扉をぶっ飛ばした音だ。


「……うん。筋トレの効果出てるかも」


 人が人のまま獲得できる神秘は幾つかある。

 私の『肉体の神秘』はマイナーだけどその一つ。

 似て非なる『筋肉の神秘』は『筋肉教』が出来るくらいメジャーだ。


 健康の土台は肉体だ。

 一見ふざけてるように見えても、あの師匠が手放しで推奨したほどの神秘。

 弟子として軽んじるわけにいかない。

 なにより、その効果はこうしてまざまざと見せ付けられている。


「っうわああ! バケモノだぁああ!!」


 中に居た神官たちがすごい勢いで逃げ回る。

 その中に神官たちを肉壁にしてるデリング枢機卿もいた。

 さっきよりも怖がられているのを見ると、『肉体の神秘』がいかに脅威かがよく分かる。

 ……私の演技が下手だった可能性もあるけど。


「ま、いいや」


 はぁ、と溜息。

 努めて軽く、適当に。

 人間など眼中に無いという態度を貫く。


 最後に一瞥だけくれて、神官たちに『恐怖』を刻んだことを確認する。

 ごめんね。

 ありがとう。

 そのまま部屋の隅で震えながら、神に助けを乞うていて。

 あなたたちのその願いと信仰が、神殺しを実現するのだから。


「……さて」


 道中はともかく、これで出会えた。

 フォストレアの大神像。

 天井のステンドグラスを通った七色の陽光が、汚れなき純白の女神を鮮やかに彩っていた。


 美しいはずなのに、白を穢す七色が、毒々しくも禍々しくも見えた。


「夢であった時より華奢だけど、これで我慢してね。フォストレアさん」


 大神像に触れて、『神降ろしの魔法』を発動する。

 練習したけど、そこまで強い強制力を持たなかった。でもそれで良い。

 呼ぶ力さえあれば、抵抗はされないはずだ。


 それに舞台は整っている。

 各地の神像は破壊され、神の居場所はここにしかない。

 そして神官が抱いた恐怖が救いを、神を求めてしまう。

 そのためにも神官相手に魔女を演じたんだ。


 本当は、私は私と愛用品以外に魔法を掛けられないんだけど、だからこそこれ以上なく整えられた舞台が仕事をする。

 ここに神が降りなければおかしい、と言うほどの大舞台に、私の『神降ろしの魔法』が強化される。


「さあ、おいで。殺してあげるッ!」


 大神像が、光を纏った。

 女神の伏せていた目が開く。祈りのために組んだ手を解き、折った膝を伸ばして、立ち上がった。


 予想はしてたけど、やっぱり動くかぁ。

 これだから『概念』は侮れない。


「うおぉ! 神だ! 神が降臨なされたぞぉ!」


 後ろで盛り上がる神官たち。

 その神を好き勝手に利用してきた人たちが、何を今更縋ってるんだ。

 でも、そうだよね。あなたはそんな信者でも守ろうとしてしまう。


「ッ!」


 大神像の掌が、私の身体を打ち払った。


 ただの神像なら効くはずがない。のに、私は吹っ飛ばされていた。

 一撃で『クロエ』という概念が揺るがされ、それが内蔵破壊と複雑骨折として肉体に現れる。


「ッ――危なかった」


『復元魔法』を極めつつある私は、即死以外無効。

 でも、神を降ろし、半概念融合体となった大神像は、『クロエ』や『復元魔法』といった『概念そのもの』を破壊する。

 もし、さっきの平手が私の頭を直撃していれば、即死していただろう。


 どれだけ備えても。

 どれだけ鍛えても。

 どれだけ人間離れしていようとも。

 結局私は人間なのだ。


 神官たち相手に無双できたところで神相手にはこの様だ。

 しかも戦いの神でもなければちゃんとした顕現でもないのに、だ。

 神域は遠く、理想はその更に遥か彼方。


「思えば、理想の高さも似てますね、私たち」


 私は大神像に向かって、微笑んだ。


 概念ダメージは復元できない。

 復元魔法自体が概念ごと破壊されてしまうから。

 でもダメージを受けた部分を切り捨てて復元することは出来る。


 簡単だ。

 首から下をわざと『復元』失敗で切り離し、全く新しい肉体を『復元』で作り出せばいい。


 私は私を瞬時に復元し、壁に両足を叩きつけて、吹っ飛ばされて開いた分の距離を詰めた。


「『黒檀の突撃槍』!」


 槍状に押し固めた黒檀の根で神像を貫き、間髪入れずに肉体の神秘を宿した拳で打ち砕く。

 耳が馬鹿になるほどの轟音が大聖堂に響き渡った。

 撒き散らされた大神像の破片が更に大聖堂全体へ破壊の波紋を広げていく。


 それでも、大神像は倒れない。

 穿たれた穴も、砕かれた溝も、歩くたびに入る亀裂も、全てが癒え、塞がっていく。


「向こうも即死以外無効ですか」


 呟きは大神像の平手が掻き消した。

 今度は肉体の神秘で『概念防御』した。のに、受けた左腕が肩ごと潰れて吹き飛んだ。


 それを復元失敗で切り捨てて、復元する。

 慣れ親しんだ激痛も、夢の中でのように癒してはもらえない。

 泣いても、もらえない。


 ああ、嫌だ。

 癒しの権能が、大神像を癒す。

 だけど動くたびに、殴られ貫かれるたびに、悲鳴のような音を立てて崩れる。


 崩れては、癒される。

 癒して、癒して、癒して、癒して。

 その果てが、こんなだなんて、嫌なんだ。


 もういい。

 もう十分だ。


 大神像が動き出した時に復活した神官たちの士気が、激闘を目の当たりにして再び消沈し始めている。


 だからもう、終わりにしよう。


「神様――」


「――ああ、微調整は任せろ」


 髪と瞳が漆黒に染まる。

 同時に、外套の袖口から黒檀の種がばら撒かれた。


 神を殺せる魔法。

 考えたよ。

 フォストレアさん、あなたを殺すために。


「『黒茨』」


 種が弾けた。

 黒い蔓が、根が、大神像に一瞬で絡まりつき、無数の棘が食らい付く。

 それだけじゃない。『神降ろし』と『復元魔法』で物理的にも概念的にも強化された茨は、例え神を宿す大神像でも簡単には振り解けない。


 フォストレアさんは癒すことはできても、自壊はできない。ならこの戒めは解けない。

 それでもいずれ『概念攻撃』で捻じ伏せられてしまうかも知れない。

 だからその前に。


「『神殺し』の、『黒杭』――ッ!!」


 大神像を、下から上へ『黒檀の幹』が貫く。

 地割れのような轟音と地響き。大神像の全身に亀裂が走り回る。

 種数十個分の黒檀の木々が捻じれ、絡まり合って、巨大な黒い柱と化し、大神像を串刺しにした。


 もろともにぶち抜かれた天井から、淡い七色のガラス片が降り注ぐ。

 幻想的とも呼べる光の中で、大神像は真っ黒な茨に囚われ、杭に貫かれていた。

 その衝撃が、女神の首を圧し折り、地に落とす。


 女神の頭は割れ砕け、私の前で額を地に押し付ける。

 残った身体も茨と杭に蝕まれ、ガラガラと崩れていく。

 そして、大神像は、動かなくなった。


「――……嘘だ」


 神官が言う。

 その手が震えていた。


「し、死んだのか? フォストレアが?」


「う、うそだろ? だって、神だぞ?」


 困惑が広がる。

 私はその間に、神像の足元に咲いていたフォスの花に近寄った。

 こんな屋内で咲いているということは、わざわざ神秘で咲かせていたのだろう。

 大部分は戦闘の余波で散ってしまっていたが、その中で、花弁を閉じて項垂れていたものを一輪摘み取る。


「魔女……」


 神官が私を見る。

 よく見れば血まみれのデリング枢機卿だった。

 私も背筋を伸ばし、デリング枢機卿を見る。


「い、癒しの神秘が、使えないのだ……」


 枢機卿はお腹を押さえていた。

 大神像の破片でも浴びたのか、全身ボロボロだ。

 それを癒さないのは、癒せないからだと言う。


「殺したのか? 癒しの女神を? なんで? どうして!」


「俺たちはどうなるんだよ! 俺は! この傷は!?」


「痛いよぉ……! なんでだよぉ……!」


 呻き、苦しむ神官たち。

 もう彼らに手を差し伸べる者は居ない。

 なぜなら、


「神は、私が殺した」


 だからもういない。

 都合よく使われ、物言わず従うだけの神は、死んだ。

 デリング枢機卿は絶望に顔を歪め、神官たちはへたり込み、受け入れられない現実から目を反らす。


「『黒檀の魔女』」


 誰かがそう言ったのを聞いて、私は祈祷室を後にした。


 大聖堂は荒れ果てていた。

 さすがにこれだけの大暴れ、外にも音が聞こえていたらしく、様子を見に来た信徒たちでごった返していた。


「クロエさん!?」


 声がする。

 やっぱり来ていた。ゼノロスさん。


「こ、これはいったい……!? 怪我は? ご無事ですか?」


「ええ、はい。まあ」


 はは、と笑ってしまう。

 本当は魔女ロールを完遂したかったんだけど、ダメだった。


 ゼノロスさんは相変わらずだ。

 立ち入り禁止の大聖堂に私が居ても、疑念より先に心配が口を突いて出る。


 緊張がほぐれた気がする。なんだか涙が出そうになった。

 復元魔法で精神を安定させるの、まだまだ完璧じゃなさそうだな、私。


 それはいいや。練習頑張ろう。

 今は、ゼノロスさん。


「はい、これ」


 私は、心配と混乱でおろおろしているゼノロスさんに花を差し出す。

 神像の足元で摘んだ花だ。


「これは……」


 フォスの花。

 神秘を受け、神の名を頂き、聖印に描かれた、フォストレアの象徴。

 それをゼノロスさんに受け渡す瞬間に、『神降ろし』を発動した。


「ッ!? フォスの花が――!」


 淡く光り、花が咲く。

 それはまだ、フォストレアさんが生きている証。


 良かった。まだ、居てくれた。

 なら、その意味は。


「クロエさん、これはいったい――」


「その女を捕まえろぉ!」


 廊下の奥でボロボロのデリング枢機卿が叫んだ。

 祈祷室から出てきたのか。私を捕まえるために。


「その女が神を殺したぁ! 私の『神秘』を奪ったんだぁ! どうしてくれるんだこの怪我を! 私の命を! 人生をぉぉ!!」


 わめく枢機卿に、周囲の信者たちがどよめく。

 それはそうだろう。

 でも、これで良い。


 私が払う犠牲は、魔女の汚名。

 背負うよ。名乗ったって良い。

 本当に救いたいものが救えるなら、どうなったって構わない。


 でも、覚悟しろ。

 私を魔女と呼ぶ者たち。

 私を『神殺し』と信じた者たちの、その『信仰』が、

 いずれ私に本物の『神殺しの権能』を与える――


「魔女などどうでもいい!!」


「ッ」


 ゼノロスさんが叫んだ。

 デリング枢機卿も怯み、怒号が止む。

 信徒たちまで動きを止める中、ゼノロスさんだけ動き出した。

 枢機卿に向かって。


「デリング枢機卿猊下、魔女なぞよりあなたのお怪我です! すぐに癒しと治療の準備を!」


「い、いや、神秘はもう……」


「神秘ならばここに在ります」


 ゼノロスさんが花を手に、祈る。淡い光が一瞬強く瞬いた。

 それだけで、デリング枢機卿の怪我が殆ど無くなっていた。


「これは、まさしく……! 何故だ? 私にはもう使えないのに!?」


「それはあなたの神が死んだからでしょう」


「――ッ!?」


「私の神はまだ心の中に在り、あなたを癒せと叫んでいる」


「あ、……あぁ、ああぁあぁぁ……」


 デリング枢機卿が崩れ落ちた。

 私はそのやり取りの隙に聖堂を後にする。


 ……魔女に成り損ねたかなぁ。

 でも、


「私の神秘は今しがた宿ったもの、完治までとはいきません。早く来訪中の医者と薬師に連絡を! 急いで!」


 ゼノロスさんはもう、私のことなど眼中にない。

 これで良い。


 外はまだ明るい。

 神は殺したけど、世界はまだ、こんなに明るいんだなぁ。


「さあ、仕上げだ」


 と、感慨に耽っていた私の口が、何事かを呟いた。

 えっ?

 あれ。そう言えば私、神降ろし解除してな


「『黒の世界樹』」


 頬が引きつり、笑顔を作った。


 瞬間、


 皇城が爆散し、山のように巨大な『黒檀の巨大樹』が出現した。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ