第五十八話:現実世界、別れの音鳴る時
清が満星と共に家から出た瞬間、灯は早足で駆けよってくる。
駆けよってきたことにより、透き通る水色の髪は宙になびき、灯の背中に天使のような羽を彷彿とさせた。
「清くん、帰る準備は出来ていますよ」
「うん。ありがとう、灯」
小さくうなずきながら返事をすれば、灯はこちらの手を取り、空間の入口へと少しだけ近寄る。
清は慌てて後ろを振り向き、灯の母親である満星に無言で一礼をした。
清が一礼を終えると、灯は言葉を口にする。
「お母さん、今日はありがとう。また会えるのがいつになるかわからないけど……元気でね」
灯の泣きそうな声を聞き、ふと灯の方を見れば、頬には雫が辿り、輝きながら地へと落ちていく。
表情はいつもより柔らかいのに、雫の辿った頬に手を当てながら告げた、別れの言葉。それは、この世界に二度と来られないかも、という意味も込められている。
「灯、別れ際に泣かないの。生きていれば、またいつかぜーったいに会えるんだから。だから今は未来に向かって――二人で力を合わせて頑張るのよ!」
清は満星に今日初めて会い、話したのは数時間程度だが、実親よりも温かい愛情をこの短時間でたくさん与えられていた。
灯が別れるのを惜しんでいる理由を、過去と決別した今の自分だからこそ、分かってあげられるのかもしれない。
別れを惜しんでいれば、満星は二人との距離を詰め、二人の肩に優しく手を置いた。
「清くん、もしまた現実世界に帰省することがあれば、うちを実家と思って灯と帰ってくればいいわ。そして、灯……分かっていると思うけど、清くんには家族以上の愛情をちゃんと教えてあげるのよ。これは私から二人に送る、未来への約束の言葉よ」
「お母さん、ありがとう。約束は守るから……帰省できるかはわからないけど、できる時は連絡するね」
灯の言葉を聞くに、また現実世界に戻ることがあるかもしれない、と思っておいてもいいのだろう。
また、うちを実家と思っていいという言葉は、自分にも帰れる場所がある、と帰省すべきところを与えてくれている。
「灯のお母様……帰る場所をありがとうございます」
「清くん、別に謙遜しなくてもいいの。もう可愛い息子当然なんだから、満星って名前で呼んでくれてもいいんだからね!」
「お母さん、私と清くんは付き合ってないから」
灯の言葉に小さな温かい笑いをこぼした後、満星は二人を強く抱きしめた。そして……そっと手を放し、ゆっくりと後ろへ下がった。
この行動が、今は本当にお別れ、と意味しているのは分かる。
清は灯の手を強く温かく握りつつ、二人でしっかりと満星を見た。
「満星さん、お世話になりました」
「じゃあね、お母さん。今度は良い報告を持って、絶対に戻ってくるから」
「ふふ、期待しているわよ、灯。二人とも、またいつでも帰ってきなさい」
満星の言葉を聞き、二人でしっかりうなずいた後、歪んだ空間の入口へと足を踏み入れた。
空間内に入ってから少し歩いていれば、灯が優しく声をかけてくる。
「……現実世界に、悔いは残っていませんか」
「灯、今は逆にスッキリしているよ」
灯が意外ですね、と言わんばかりの表情を見せてくるので、清は言葉を続けた。
「それに、今はあの時みたいに一人じゃないから……」
「ええ、あなたの隣には私がずっと居て、ずーっと支えてあげますから……絶対に一人にはさせませんよ」
「嬉しいよ、灯。ありがとう」
灯は少し笑いつつも、恥ずかしそうに頬を赤らめている。
告白みたいなことを言われ、恥ずかしいのはどっちだ、と言いたかったが、今はこの優しさだけを静かに受けとっておく。
その時、清はふと思い出したことを口にした。
「そう言えばさ、灯が忘れたものって、結局なんだったんだ?」
「ああ、これですよ。私の大事な宝物」
そう言って灯は、空いている手でローブのポケットから、小さな白い箱を取り出した。
灯が器用にも片手で、箱のふたをそっと開ける。
そして中に入っていたのは、小さな白い羽がモチーフで付いたヘアピンだ。
(……あれ? このヘアピン、どこかで見た覚えが)
清が不思議に思っていれば、灯は感づいたように言葉を口にした。
「これは過去に、清くんが私にくれた――唯一無二のプレゼント」
「……ああ、思い出したよ」
過去に唯一灯にあげたプレゼントを、なぜ今まで忘れてしまっていたのだろうか。
灯を慰めるために、あの鳥籠をこっそりと抜け出し、街中をめぐって探したプレゼントを。
「灯のお父さんが行方不明になった時、どうしても灯の笑顔を取り戻したくて、必死に選んで買ったプレゼントだったな」
「あの時の私は、このヘアピンを清くんから貰ってなかったら……ずっと泣いていたのかもしれませんね」
「灯が泣いていたら……俺がいつだって手を貸してやるよ。あのさ……そのヘアピン、大事にしてくれてありがとうな」
灯から笑顔で「どういたしまして」と返され、心臓の鼓動は早さを増し、頬を熱くしてくる。
清が誤魔化すように空いた手をポケットに入れた時、ある感触が手に触れてくる。それは、弟の紡から返された、あの箱だ。
「そう言えばさ、俺も一つだけ持ってきたものがある」
「え、なんですか?」
「記憶のカケラに関するものかもしれないやつなんだけど」
「……わかりました。えっと、今は見せなくてもいいですよ。後で見せてもらえればいいので」
灯の言葉に静かにうなずき、清は箱をポケットに隠したまましまいこんだ。
それから無言で歩き続ける中、現実世界で覚悟したことを伝えるために、灯の方に顔を向けた。
「清くん、どうしました?」
「灯、あのさ……俺は俺らしく、自分らしく生きるために――灯の隣でも胸を張って立っていられるように、今後はもっと頑張る気なんだ」
灯は清の発言に驚いた顔を見せた後、小さく微笑みながら言葉を口にした。
「なら、私も負けていられませんね。私はもっと先に歩き続けますから、清くん――ずっと手を差し伸べ続けてあげますので」
灯の負けず嫌いに、告白まがいのこの発言、清はどこか嬉しく思えてしまう。
最初に再会した頃の自分たちは、ここまで近づいて過去を乗り越えているなんて、思いもしないだろう。
過去にどれだけ他人行儀だったとしても、灯は灯、清は清という生きた証を刻んで今に至るのだ。
それから数十分歩き、空間の終着点に着いて外に出れば、魔法世界と現実世界の空間の狭間にある清の家前だ。
周囲は日が落ちきっており、空では星と月が輝いている。
清は灯の手を取ったまま玄関に向かい、ドアを優しく開けた。
「ただいま」
灯は清よりも先に帰宅の言葉を口にした。
「……ただいま」
「清くん、おかえりなさい」
清が本当に帰るべき場所と愛のある人は、一番身近に居たようだ。
清は照れくささを隠しながらも、静かにゆっくりとドアを閉めた。
この度は、数多ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございます!
一テン八章の現実世界はこれでラストといういうことで、本当は第一章の最終話の予定でしたが……帰った後の二人の幸せな日常を書いちゃいましたので、明日投稿する予定の五十九話で第一章は最終話とさせていただきたいと思います!
もう一話お付き合いを頂ければ幸いです! その後は無事に変更なく、第二章となります。




