百八十二:人間だから、笑いあって生きる
常和の言った通り、数分もすれば灯と心寧が一緒に森の方から向かっている姿が見え、合流した後に滝を見ながら休憩となっていた。
「清くん、無事に滝の試練を乗り越えられたのですね。偉いです」
「子どもじゃないんだけどな。……でも、灯、ありがとう」
「ふふ、私から見れば清くんはまだまだ子どもですよ」
同い年なんだけどな、と言いたい気持ちは心の中だけで清は留めておく。
灯が笑みを宿して褒めてくれる、清はこれだけでも嬉しいのだから。
灯は清の過去を知っているから褒めているというよりも、純粋に頑張っている姿を褒めてくれているのだろう。
愛しき人からの混ざり気のない褒め言葉ほど、心に染み渡るものは無いと言い切れる。
ふと気づけば、灯がお茶を紙コップに四人分用意しており、全員に配っていた。
清も灯に手渡され、小さな手からゆっくりと受け取る。
「灯、いつもすまないな」
「これくらいは笑みが見られるのなら安いものですよ」
「いや、高いからな? 灯の淹れてくれるお茶を飲める俺は幸せもんだ、っていつも思うくらいに」
灯は清から向けられた笑みが眩しかったのか、白い頬をうっすらと赤らめていた。
周囲を気にも留めなかった清がはっと我に返った時、常和と心寧が顔を見合わせ、静かにうなずき合っているのが目に映る。
灯も清の視線に気づいてか、二人の方に視線を移す。
「お二人さん。清が自然の魔力と触れ合えたから、二人が気になっていた、純人間や魔法使い、魔力をつまみに話すとしますか」
「そうそう、あかりーの淹れてくれたこのお茶すごく美味しいし、話しをしながら嗜んでもいいよねー」
「私は別に構いませんが」
「灯が賛成なら俺も」
常和は何かと含みのあるような言い方をしているが、難しい話ですら面白わかりやすく話すため、前菜としては適しているのだろう。
常和がお茶を啜っていれば、心寧がゆっくりと口を開く。
「最初に、二人も良く知ってる純人間からだね! 純人間って言うのはね、一ミリも魔力を持たざる者、魔法を例外が無い限りは使えない者を指す言葉なんだよ」
「まあ、いわゆる普通の人間……主に現実世界の中だけで生まれた人を指しているんだ」
灯が相槌を打ちながら聞いているのを見るに、灯自身も本当に知らなかったのだろう。
灯が知らないとなれば、清は更に知る由もないため、二人のわかりやすい説明には感心しかなかった。
清は灯と会うまで『魔法』という言葉が現実に存在しているものだと知らなかったため、清自身は紛れもなく純人間であり、二人の言う例外に含まれているのだろう。
証拠に常和が苦笑気味にこちらを見てくるため、確信とすら言い切れる。
「そして純魔法使いだね」
「純魔法使い……古から存在する魔法で形成された肉体を持ち、何もない魔法空間から魔法世界に生まれた特別な存在を指すんだ。管理者から恐れられている存在でもあるけどな」
「……生まれた頃から親の顔すらも知らない、ってことか」
清は思わず、胸が締め付けられるようだった。
清は親という存在を知っているが、純魔法使いは親を知らなければ、自分がどうやって生まれたか知らない可能性があるのだから。
淡々と言い切っている常和に迷いは感じられず、いずれ話す気であったようにすら思わせてくる。
「はは、清が気にするようなことじゃないさ」
「そうだよ、まことー。生まれたことに後悔している暇があるなら、生まれてきた事に感謝される、そんな存在になっちゃえばいい話なんだからね!」
「清くん、そうですよ。人は生きるために生まれてきて、今を生きているのですから。誰かに愛される、誰かに必要とされる、それだけでもいいじゃないですか」
「ごめん、ありがとう。灯、常和、心寧」
優しくかけられた言葉に、清は涙腺が緩みそうになっていた。泣きそうになる自分を隠すのは、この四人で居られる時間が、何よりも大好きだからだろう。
生まれてきた事に後悔の花を咲かせないために、今に抗い、今を受け止め、今の瞬間で息をして過ごしているのだから。
「話が逸れていたから戻すなー。で、純魔法使いはな……魔力は常時湧き出るように血となって流れ、魔法は底の無い技量まで極められるんだよ」
「言い方は良くないかもしれないんだけど、純魔法使いには純魔法使いのメリットがあるんだな。その、常人ではいけないような高みに上れる、ってことだろ?」
常和がうなずくのを見るに、間違ってはいないのだろう。
ふと気づけば、心寧がお茶を飲み、苦笑したような表情を浮かべていた。
「まあー、魔法世界って言っている割には、魔法世界に居るほとんどの住人が混血に属するけどねぇー」
「心寧さん、混血ってなんですか?」
「うん? えっとね、管理者からもぎもぎした情報だから詳しくは言えないけどー」
「結構喋っているよな?」
「その口は閉じておいた方が良いぞ」
「純人間と純魔法使いの間に生まれた存在を混血って指すの。混血が存在しているから、管理者が現実世界と手を結んだ、って裏付けていいような立場にあるかな」
混血という分類が世界と深く関わりを持っているように聞こえるが、心寧がこれ以上を話そうとしないのを見るに、現時点では触れるべきではないのだろう。
普通に生活していれば、人の見分け方を聞くことが無いため、清は良い勉強の機会だと割り切っている。
灯は心寧の説明に納得してか、感心した様子でお茶を啜っているようだ。
心寧の特徴的なビーズの髪飾りが揺れた時、常和は苦笑混じりに口を開く。
「まあ、心寧は混血生まれだけど、他とは違う家柄なのもあって、一緒に出来ないのが俺としては愛おしいけどな」
「とっきー、愛おしいの意味を辞書で調べてきたら」
「特別な存在、って意味だから間違いじゃないだろ。な、清?」
心寧が校舎の方向を指さしている中、常和がこちらに助け舟を要求してきているが、お茶を啜って誤魔かしておく。
二人のカップル間に挟まれれば、焼け野原の飛び火どころではすまない、というのは十分承知しているのだから。
助け船がこないことに常和が肩を落としていれば、心寧はニヤリとした視線を常和に向けていた。
「それを言ったら、とっきーは純魔法使いだから、うちから見ても特別な存在だからねー」
「常和、そうだったのか?」
思わず食いついた清に、常和は苦笑した笑みを浮かべている。
「まあ、お二人さんには黙ってたけど、そうだな。清と会った当初は不安定な魔法だったんだけど、ペア試験時に起きた出来事で、星の魔石が関与したせいかは知らないけど、魔力が安定したのも事実だからな」
「そうそう。だから言ったでしょ? 生まれたことを感謝される存在になればいい、ってね! うちととっきーはね、二人に出会ったからこそ辿り着いた答えだし、何よりも感謝しているんだよ!」
「俺も、常和と心寧に出会えたことに心から感謝している」
「私もお二人に出会えて、清くんとこうして居られるのも事実ですので、感謝しています」
「やっぱり、俺らはチームであって、家族みたいなもんだよな!」
言い切る常和に、三人はうなずいてみせる。
そう、この四人の間にあるのは血筋や血縁関係では計れない、希望に満ちた世界なのだから。
常和が「前菜で話したつもりだけど、案外盛り上がったな」というのを聞くに、話はまだ続くのだろう。
魔法世界、魔力や人に隠された本の一ページは、音を立てずゆっくりと開かれていく。




