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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第五章:hope union

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百七十六:親友からの誕生日祝い

 学校に登校して教室の前に立った途端、清はいつもとは違う感覚を覚えた。

 灯が職員室に寄ってから来るため、今は一人で居るから、という訳でもないだろう。

 このおさまらないような気持ちは、誕生日を迎えた新しい自分と向き合い始め、二人が受け入れてくれるかという心配があるせいなのかもしれない。

 二人が受け入れないのは無いに等しいと理解していても、気持ちは一歩を踏み出すのが怖いのだろう。


(……大丈夫。今はもう、一人じゃないから)


 灯に貰った腕時計を包むように胸元へ寄せてから、清はゆっくりと教室のドアを開ける。

 教室のドアを開けた瞬間、笑顔で出迎えてくれる二人に、思わず安堵の息をこぼした。


「お、清、おはよう。後、昨日言えなかったけど、誕生日おめでとさん」

「あー、とっきー先駆けはズルだよー? まことー、おはよー! それと、お誕生日おめでとー!」


 清が教室に足を踏み入れた時、心寧はサプライズといわんばかりに、満面の笑みで両手を目一杯広げ、教室中に綺麗な花を大量に咲かせてみせる。

 咲いた花はどこからともなく吹く柔らかな風に揺れ、儚くも花びらを散らし、空間を色鮮やかに彩っていた。


「常和、心寧、おはよう。……ありがとう」


 感動するような美しい光景に見惚れつつも、気づけば口から感謝の言葉を口にしていた。

 二人は清が黙っていたことに困惑していたのか、安心したように息をこぼしている。


 清自身、昨日灯から魔法のような世界を見せてもらったばかりだが、心寧の魔法は創成を物質化しているようで、花びらが手に舞い降りては生きていることを錯覚させてきた。

 単純な創成魔法であれば、魔法に触れただけで粒となり宙に舞っていくのが普通だ。


 それでも心寧の魔法は、実際にこの場に今、命が芽生えた花のように笑みを咲かせているのだから。

 気づけば常和がこちらに近づいてきており、肩にそっと腕を置いてくる。


「清、どうだ? 心寧の自然魔法は?」

「すごく綺麗だ。……まるで今存在しているみたいだな」

「え? 実際は本物だよ、これ?」

「そうなのか!?」

「あー、心寧だけが使える魔法だから、創成魔法とはまた違うから真に受けるな?」

「とっきー何気に酷くない!?」

「はは、後でパフェ奢ってやるから」

「……昨日灯が見せてくれたのとは違うのか」


 灯が見せてくれた魔法の詳細は聞いていなかったため、思わず疑問気に言葉を口にしてしまった。

 心寧はそんな清の様子を気にも留めず、左腕に付けた腕時計に視線を移している。


 心寧は腕時計を見て、ニヤリとした視線をばれないようにするためか、ビーズの髪飾りを揺らしながら口許を隠していた。

 心寧の変化した視線はとっくに見抜いているため、不思議と心を覗かれているようでむず痒さがある。


「その様子だと、あかりーのサプライズは成功したみたいだね!」


 心寧が嬉しそうに言っているのを見るに、灯に裏で協力していたのだろう。

 常和と心寧が灯に協力してくれたことに感謝だな、と心の中で思いつつ、後で直接感謝を伝える気でいる。

 清がそんな自分を鼻で笑えば、心寧と常和から不思議そうな視線が飛んできていた。


「灯の使った魔法、何か知っているのか?」

「知っているも何も……うちがあかりーに指導したんだよー」

「だからあんなにもきれいな魔法を使えたのか」

「まあ、あかりー滅茶苦茶頑張ってたし、努力は報われて当然だよ!」


 心寧は灯の事ばかり話しているが、魔法の庭に生えていた花々や木々は、心寧が全て管理した上で咲かせていたのだろう。

 心寧は床に落ちた花びらを拾い上げ、手の上で花として復活させてみせる。


「この花までは流石に短期間で出来ないから、あかりーには魔法のようで繊細な魔法を教えたんだけどねー」

「いや、それでも俺は灯のきれいな魔法が見られただけで満足だし……心寧、ありがとう。この花も見せてくれて」

「へへん。まことーを祝いたい気持ちは、うちらも同じだからね」

「はは、教室にリアル花びらを散らすようなもんだから、ツクヨ先生は嫌がってたけどな」


 常和曰く、自分たちで片づけをきちんとするのと同時に、他クラスにはばれないようにする、という条件で手を打てたらしい。

 魔法は校内で使用禁止であるため、隠し通しているツクヨも苦労が絶えないのだろう。それでも、誕生日祝いであるのを理由に通したのを思えば、清は感謝しかなかった。


 ふと気づけば、常和はちゃっかり風の魔法を使い、教室の一点に散らばった花びらを集めている。そこの下に転送魔法陣が創られているのをみるに、そのまま魔法の庭に送るつもりなのだろう。

 二人の抜け目ない阿吽の呼吸といえる連携を見て入れば、粗方片づけを終えてから、二人はゆっくりこちらへと近づいてきていた。


「まことー、これ誕生日プレゼント!」

「俺と心寧が選んだ、誕生日の清に送るささやかながらのプレゼントだ」

「……何から何まで灯に協力までして貰って、そのうえ誕生日プレゼントまでくれて、本当にありがとう」


 ワクワクしたような言い方の心寧は、紙袋を何処からともなく取りだして差し出してくる。

 迷うことなく受け取れば、心寧は笑みを宿しており、常和は心寧の様子に苦笑しているようだ。

 二人の温度の違いに不思議な感じはあるが、一番仲のいい二人から誕生日プレゼントをもらえるのは嬉しいものだろう。

 清としては灯にもらえるだけと思っていたため、不意打ちのサプライズを受けた気持ちも存在している。


「そうそう、中にはアロマキャンドルが入ってるから、良かったら二人で使ってね。あかりーが魔法の庭で気に入った香りだから、まことーもきっと気に入ると思うよ」

「開ける前に言うんだな」

「一緒の部屋で使ったら良い感じの雰囲気になりそうだしぃ」


 今日の朝は確かに勝手に灯が部屋に入って来ていたが、心寧が何か言いたそうな表情で言ってくるため、清は少し違和感があった。

 灯と心寧は同性であるため、裏では清の知らない話をしているだろう。だが、灯が心寧に色々と良からぬことを吹き込まれていたりもするので、疑いたくないが恐怖心は湧き出てしまう。


「心寧は何を言いたいんだ?」

「清、自ら白状して飛び込むんだな」


 静観して聞いていた常和が呆れ気味に言ってくるので、清は首をかしげるしかなかった。


「まことー、分かってなさそうだから教えてあげるねー。とっきーは、まことーがあかりーと一緒に寝ている、って言いたいんだよ?」

「俺はそこまでは思っていないからな!」

「そこまでは、か……それ以外は思ったんだな?」

「ほら、彼女と一緒の部屋に居るのは彼氏心的にはあってもいいよな、って言いたいだけだ」


 清が灯と一緒の部屋に多くいるのは共に過ごしている関係上事実であるため、どこからどこまでが常和の本音かわからず、清は不思議に思えてしまう。


 常和は特に意味なく言葉を言わないため、明らかに発言の意図はあるのだろう。

 常和と心寧が二人揃ってニヤリとした視線を向けてくるので、清はそっぽを向くように窓辺の方を見るのだった。



「……囲まれている。清くん、相変わらずお二人と仲いいですね」


 数分後、職員室での用が済んだらしい灯は教室に戻ってくると、清が常和と心寧に祝われているのを見てか、感動深そうにぽかんとしている。

 清は結局のところ、灯との関係を常和から心寧と一緒に聞かれていたのもあり、どこにも逃げ道が無かったのだ。


 灯は二人が清に寄り添って、どちらかと言えばじりじりと迫っているのを見て、仲が良いと思ったのだろう。

 常和と心寧と仲が良いのは事実であるが、今はそれどころの話では無い、と清は灯に助けを求めたかった。

 助けを求めたいとはいえ、灯にまで被害を及ぶような話にまで広めたくはないため、清は口を慎むしかないのだが。


 心寧は灯が教室に入ってきたのを見てか、嬉しそうに挨拶を交わし、いつものようにぎゅっと抱きついている。

 くすぐったそうな灯を見ていれば、常和がニヤついたような視線でこちらを見てきていることに気が付いた。


「あの発言、もはや星名さんが清の本当の母親みた――っ、ま、清、す、俺が迂闊だった! すまないから」

「じゃあ、前言撤回してくれよ」


 常和が良からぬことを口走ったため、清はすかさず肘を常和の横腹にぐりぐりしておく。

 常和がこれで懲りないというのを理解していても、少しくらいはお灸をすえるのもいいだろう。

 灯にもはや母親らしさを感じているのは事実であるため、清自身が否定しきれない面も多々ある方だ。


「清くん、あまり古村さんをイジメちゃ駄目ですよ?」

「あかりー、今回はとっきーが悪いと思うし、気にしなくてもいいよー」

「今回は確かに俺が清の機嫌を損ねたのは事実だ。だけどさ、ここまでしなくてもいいだろ……」


 わざと残念そうな言い方を常和がしていると理解していても「すまない」と清が焦って謝れば、常和は「本気じゃないからな」と笑みを宿していた。

 喧嘩をしても、ちょっとした小突き合いをしても、互いに笑みを浮かべられる環境。清はそれを、心の何処かで望んでいたのだろう。

 弟と唯一出来ていた何気ない環境が無くなってから、ほんのりと心は寂しかったのかもしれない。


 魔法世界で常和や心寧に出会え、今を紡いで生きているからこそ、今ある恵みを実感できるのだろう。


(今の俺は……鳥籠に居た頃とは違うな)


 温かな風がカーテンを揺らして教室に吹き込んだ時、清は思わず窓の方へと歩み寄っていた。

 そしてゆっくりと窓から外を覗き、差し込む光の柱を目指すように手を伸ばし、自分に手繰り寄せる。


 後ろを振り向けば、清の急な行動に動揺してか、心配そうに灯と常和と心寧の三人は見てきていた。


「あのさ、灯、常和、心寧。……俺は三人に出会えて、誰よりも、本当に恵まれているんだな」

「まことー……うちらはね、清が生まれてきてくれて、この世界に来てくれたことを心から感謝してるんだよ」

「ああ、清や星名さんのおかげで、俺と心寧は過去から抜け出す希望にもなったからな」

「清くん、生まれてきてくれてありがとう、と感謝しているのは……ここに居る誰もが、お互いに思っていることですよ」


 常和と心寧は、灯の言葉に静かにうなずいてみせる。

 ここでは助け合って、手を取り合って生きているのだ。今更であるのに、思わず口にしていた自分にむず痒さを覚えそうだ。

 誕生日を祝ってもらえた嬉しさのあまり、そんなことも記憶は忘れさせてきていたのだろうか。


「ありがとう」


 この場ではごくありふれた感謝の言葉を口にすれば、柔らかな光が包み込むように窓辺から差し込んでくるのだった。

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