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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第五章:hope union

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百七十五:翌日の朝、存在証明

 翌日の朝、清は朦朧とした意識の中、温かな気持ちと共に目が覚めた。

 昨日は灯を部屋にお持ち帰りしたわけではないが、長い時間一緒に寄り添っていたのもあってか、ちょっとした羞恥心が心の中で存在を醸しだしている。


 誕生日の日に大切な人と長く一緒に居られる……男としては、これだけで十分なのだから。求めてしまう欲求関係なく、心から話せる相手、それが愛しきものであれば尚更だ。


 清は普段からの行動もあり、灯に身も心もゆだねるくらい依存しているため、か弱き男であればもっともな理屈だろう。

 そんな自分に鼻で笑い、清はゆっくりと上半身を起こす。

 上半身を起こした時、思わぬ光景が目に映ると同時に、小さく柔らかな声が聞こえてくる。


「清くん、おはようございます」

「え、あ? 灯、おはよう。……どういう状況だ?」


 自分の名を呼ぶ声――灯の方に目をやればネグリジェ姿で、顔を布団に埋める形でこちらを見てきており、柔らかな笑みを宿していたのだ。

 清は確かに昨日、灯を部屋にお持ち帰りしていない。それにもかかわらず、灯は現在清の横で布団の上に顔を乗せ、寝顔を見てきていたのだから。

 脳内には、いつから居たのか、本当は昨日お持ち帰りしてしまったのか、といった疑問が次から次へと浮かんでくるようだ。


「もしかして、忘れたのですか?」

「俺は、灯に手を出したのか?」


 清は、灯が嫌がることをしない、と心の中で決めていたため、焦りから思わず口にしていた。

 自分を疑問気に責め、夜に寝る前までの出来事をもう一度思い出している。

 夜はお風呂上りに少し遅くまで灯の方からじゃれあってきただけであり、清の方から手を出してはいないのだから。

 やったとすれば、灯の機嫌を損ねないよう、灯の首筋を軽く撫でたくらいだろう。


 現に問題なのは、本来部屋に居ない筈の灯が部屋に居る、という事が清の中では問題だ。脳が自分にとって都合の良い記憶に改変し、本当は灯をお持ち帰りした事実を捻じ曲げているのかもしれないのだから。


 清が言葉に出来ないような焦った表情で灯を見ながら考えていれば、灯は慌てて布団から顔を上げ「違いますから!」と両手を横に振っていた。


「ちょっとからかってみただけですから。……部屋には勝手に私が少し前に入ってきただけですし」

「灯、頼むから心臓に悪いことはやめてくれ」

「……本当は一緒に寝たかったのですよ。清くんの場所が落ちつきますし」

「気づいてやれなくてすまないな」


 灯がぷーっと頬を膨らませて言ってくるので、清は灯の頭に手を伸ばして優しく撫でる。

 灯は柔らかな笑みを咲かせ、口角をほんのりとあげていた。


「もう、撫でれば解決、と思っていませんか?」

「嫌だったか?」

「嫌じゃないですけど……そんな鈍感な清くんにはこうですよ」


 灯は落ちついて取っている行動なのか、上半身を起こして見ていた清に更に近づき、ゆっくりと布団の中に入り込んでくる。そして、清を誘うように手を伸ばし、そっと横にしてくるのだから。

 同じ布団の中に思わぬ来客一人に動揺した清をよそに、灯は清と同じ布団に入れて満足したのか、満面な笑みを浮かべている。


 気が付けば、灯は清を抱き枕にすると言わんばかりにぎゅっと抱きしめてきていた。

 ネグリジェの生地の上からでもわかる灯の柔らかさに、清は思わず頬が熱くなってきている。

 手を出していないとはいえ、同じ布団の中で朝から密着状態になる、と誰が予想できたのだろうか。


「もう少しぬくぬくしてからご飯は作りますから」


 とろけたように言ってくる灯に、清は思わず笑みをこぼした。


「あ、あのさ……布団の魔の手で駄目にならないか、それ?」

「え? 私は基本的に多くの睡眠はいらないですし、まだ六時前だから大丈夫だと思いますよ?」

「あー、なるほど。……いや、そうじゃなくてだな。俺が灯に抱きしめられて、温かすぎて眠くなりそうなんだが」

「じゃあ、寝たら私がもう一度起こしてあげますね」

「灯に起こされてないよな?」

「それはそれ、これはこれですよ」


 今の灯には何を言っても、全て前向きに捉えられて手の打ちようが無いのだろう。

 清としては灯に同じ布団で抱きしめられているのもあり、自分の欲が制御できない可能性を考慮して話しているつもりだ。

 灯はそんな清の様子を気にも留めず、ぎゅっと抱きしめては、清から感じる温かさを堪能するように笑みをこぼしている。


 清は灯に気づかれないようそっと息をこぼし、灯を自ずと抱きしめ返し、そっと頬に口を付けた。

 灯はキスをされると思っていなかったのか、驚いたように顔を赤らめ、じっとこちらを見てきている。


「灯が誘惑してくるのが悪いんだからな」

「もう……清くんの意地悪。清くんがそうするなら、私もこうしますからね」


 灯は負けまいとしてか、見えていた清の首筋に口を近づけ、優しくかじったり口を付けたりしてきていた。

 はむはむと吸ったりかじったりを繰り返し、清の首筋がほんのりと赤くなったのが嬉しいのか、灯は口をゆっくりと離す。


 灯は清にささやかなお返し、清からしてみればご褒美を出来て満足したのか、柔らかな笑みを浮かべていた。


「清くんの首に私のである印を付けちゃいましたからね」

「まあ、俺は灯のであれば何でもいいんだけど。灯にいまさら手放されても困るし。……てか、痕になってないよな?」

「キスした印は若干つきましたよ?」

「……制服の襟で隠れる場所であるのが幸いか」

「今日は満足したので、これくらいで我慢してあげます」


 灯はそう言って、布団の中から出て、ネグリジェに付いたシワを軽く伸ばしていた。

 清も灯の様子を見て、ゆっくりと布団の中から這い出る。

 そして灯に吸われた首筋に手を当てれば、ほんのりと温もりが残っており、灯に本当に印をつけられたという実感が湧いてくるようだ。


 清はそんな気持ちもほどほどに、着替えようとパジャマに手をかけた時、ふと灯が居る事を思い出して手を止めた。

 灯の方を見れば、灯は手直しが終わっていたらしく、こちらを見て頬を赤らめているのが目に映る。


「そう言う所は相変わらずですよね」

「すまなかった」


 清が謝れば、灯はもう、といったように頬を膨らませてみせる。


「私は自分の部屋で着替えますが……私が着替えている際、部屋を覗いちゃダメですからね」

「俺は灯の嫌がる事や、そんなことしないから」

「……清くんは、覗きたかったりするのですか?」

「灯に対してなら気持ち的にはあるけど……お互いの事を考えても、俺はしたくないかな。体の構造が気になる、っていうのはあるにあるけど」

「なんというか、観点が違いますよね? まあ、真面目なのが清くんの良いところであって、もどかしいところですよ」


 灯がため息交じりに言ってくるため、清は首をかしげるしかなかった。

 灯はそんな清を見てか、そっと近づいて頬に口を付ける。

 不意に食らった優しい温かさに、清は思わず頬に手を当て、動揺して灯を見るしかなかった。

 お互いに落ちついてから、身支度等を済ませてからリビングで落ち合おうとなり、その場はひと時の解散となった。



 朝ご飯は昨日出されていなかった、魚の煮つけや卵焼きを灯が用意してくれたのもあり、清は染みゆく美味しさを実感したのだ。


 和食料理メインとはいえ、灯のデパートリーの多さに、清は毎日の料理に飽きを知らない状態である。清自身、同じものを毎日食べていられるタイプであるが、灯のおかげで充実した食生活を送れているのも事実だ。


 朝ご飯を食べ終え、歯磨きやら身だしなみを整えた後、リビングのソファで灯と再度ゆっくりしていた。

 お互いに魔法世界の学校とはいえ、無遅刻無欠席なのもあり、傍から見れば優等生みたいなものだ。

 時間は余裕を持って登校できるようにしているため、灯との話す時間を大事にできるのは、鈍感でありながらも真面目だからだろう。


 二人の時間を大事にしている中、清は一つの箱をカバンから取り出し、どうしようかと悩んだ。

 隣で髪をポニーテールにしながらもくつろいでいた灯は、清の悩んだ様子に気づいてか、そっと口を開く。


「清くん、どうしたのですか?」


 灯の言葉に、思わず自分の世界に入り込んでいたのだと理解し、はっと顔を上げる。


「いや、これを付けようと思ったんだけど、物足りないな、って」

「昨日清くんにあげた腕時計ですね」


 清が見て悩んでいたのは、灯から貰った、世界に一つだけの魔法の腕時計だ。


「……足りないですか」

「そう、何かが足りないんだよ」

「私は分かった気がしますよ?」

「え、何だ?」

「私に腕時計を付けてほしい、と心のどこかで思っているのかな、と思いますよ?」

「灯に、腕時計を……」


 灯の言葉に、そっと心の底に落ちゆく雫が波音を立てるようだった。

 自分で付ければあっという間であるが、初めては灯に付けてもらう、という事を物足りない気持ちとして欲していたせいだろう。

 身近にいる人に頼むのは簡単だが、初めてもらったプレゼントだったのもあり、どうやって扱えばいいのか分からない、といった気持ちが迷いを運んできていたのかもしれない。


 散らばった物語(じんせい)の糸を束ねるように、清は灯を真剣な瞳で見る。


「あのさ、灯……腕時計をつけてくれないか」

「清くんのためなら、それくらいお安い御用ですよ」


 灯はそう言って箱に入っていた腕時計を手に取るが、清からしてみれば貴重なわがままである、と理解していないのだろう。

 清が左腕を灯の方に出せば、灯は慣れた手つきで腕時計を手首に付けてくる。

 夫婦でもないのに、どこか新婚の様にすら感じてしまう自分は、灯に依存しきっているのだろう。


 腕時計を付け終えれば、灯は花咲く笑みを宿している。


「清くん、似合っていますよ」

「ありがとう、灯。灯のお眼鏡付きを含めて、自信を持てるよ」

「清くんに似合わない筈はないですよ。清くんは誰よりもかっこよくて、可愛いですから」

「可愛いは余計だろ」

「鈍感な清くん、可愛いですよ?」


 灯が首をかしげて不思議そうに言ってくるため、清はそっと苦笑して置くだけにした。

 灯に可愛い、と言われるくらい、痛くも痒くも無いのだから。それは、自分が灯に愛されている、という自信を含めているからだろう。


「灯……この腕時計、ずっと大事に使わせてもらうよ。運動の時や魔法勝負とかの時は外すけど、休日とか灯と一緒にお出かけする時は絶対に身に着けるから」

「それほど大事にしてもらえるのは嬉しいです……その腕時計は、清くんの歩みと共に成長しますから、時が楽しみですよ」


 灯からさらっと話された驚愕の事実に、清は思わず息を呑み、腕時計を本気で大事にしようと改めて決意を固めた。

 誕生日を迎えて新しい自分と出会った、そんな自分に期待の胸を高鳴らせ、学校に行く前の最終確認を終わらせる。


 その時「一番乗り」と無邪気なように灯が言って抱きしめてきたため、清も灯を抱きしめ返して堪能するのだった。

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