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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第五章:hope union

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百七十三:君に振舞われる最高級のごちそう

「……豪華だな」

「ふふ、でしょう。張りきって頑張りましたから。栄養等は後日調整すれば問題ないですしね」


 テーブルに向かってから改めて並べられた料理を見れば、和食料理を中心に、清の好きな食べ物が色鮮やかに世界へと誘ってきているようだ。


 そっと息を呑めば、灯が清の座る椅子を引いているのが目に映る。


 灯を見れば「どうぞ」と優しく言って、椅子に座るように促しているようだ。

 子どもじゃないのに、といった恥ずかしさが清にはあるが、灯に誘われるまま椅子に腰をかける。


 座る直前に灯が椅子をテーブルの方に引いてくれたのもあり、清が自ずと手を動かす必要は無かった。

 灯が対面に座れば、いつもの日常ある形に、並べられた数々の料理の世界が花開いている。


 横に広いダイニングテーブルは、直線状の灯との距離は人二人分ほどあるにも関わらず、今だけは近いように感じさせてきていた。


「……灯、本当にありがとう」

「感謝は食べている時にでもたくさん聞きますから、今は食べましょう」


 灯の言葉を聞き、お互いに手を合わせ、食への感謝を口にする。


 いただきます、という人と人が繋がるような魔法の言葉は、どこか胸に響いてくるようだ。


「あ、ご飯は見てわかる通り、清くんの好きなおにぎりにして、屋上で食べた時の味付けにしてありますからね」

「よく俺が好きな味を分かるな」

「これでも半月以上は清くん専門で作っていますから、わかりますよ。……作りすぎちゃいましたが、大丈夫でしょうか?」

「これくらい、食べきってみせるよ」


 並べられた料理は普段より多くあるのは事実だ。逆に考えれば、それだけ灯の料理を堪能できるという証明でもあり、心から嬉しかった。


「何から食べるかな……これだな」

「おにぎり、本当に好きですね」

「灯が作ってくれたおにぎりだからな」


 そう言っておにぎりを口に含めば、塩の塩梅は安定した至高の味そのものだ。

 灯は手が汚れないようにと海苔を付けてくれたらしく、本来時間が経てばふんにゃりするはずの海苔はパリッとしており、海苔にも薄っすらと付いた塩の味が更に食欲を増してくる。

 米は一粒一粒が塩に負けずと存在を主張しており、米の甘みと塩のしょっぱさがゴールデンの交わりを見せ、自然の味わいを込み上げてくるようだ。


「美味しい」

「美味しい、って言ってもらえて嬉しいです」


 清は箸を手に持ち、卵焼きを口に運ぶ。

 卵焼きは、ふんわりとした甘みに柔らかさ、ちゃっかりと姿を見せるだしの味わいが手と手を結ぶ世界を体感させてくるようだ。


 普通の卵焼きだと思って食べたため、思わぬだしの味に、清は気づけば頬が落ちそうになっていた。というよりも、既に落ちきっているが正しいのだろう。


 灯の料理に対して、理性が抗うことは不可能に近いのだから。

 灯は清の表情を見てか、小さな笑みを幸せそうに浮かべている。


「だし巻き卵は口に合いましたか?」

「ああ、すごく美味しい。なんというか、俺は本当に灯の料理の虜に落ちきっているんだな、って実感させられるよ」

「もっと落ちてもいいのですよ?」


 これ以上どうやって落ちればいいんだ、と清は言いたくなったが、そっと笑みに変える。

 灯の料理は他にも、魚焼きや肉じゃが、ほうれん草のお浸し、天ぷらや唐揚げ等が並んでいた。

 和食料理が主だから色取りにも気をつけているのか、明るい食材から暗い食材の色をバランスよく使っており、小さな気遣いが目に見て理解できる。


「……灯、どれも美味しいよ、本当にありがとう」

「今日は遠慮なく食べてくださいね」


 清は感謝を忘れぬ気持ちで、灯の言葉にしみじみうなずきつつも、次々と料理を口にしていく。

 そんな清の様子を灯は笑みを宿したまま、自分事のように嬉しそうにしてそっと見ていた。


 灯は清が食べられる量を理解していたのか、気づけばあっさりと平らげていた。

 料理の種類が豊富だったとはいえ、一つ一つの量を少なめに灯が調整していたおかげだろう。また、清が努力をし始めたのもあり、体が栄養を欲していたのかもしれない。


 出されたお茶を飲んで体を休めていれば、柔らかな言葉が耳に聞こえてくる。


「清くん、食後のデザートもありますよ」

「今日は大盤振る舞いだな」

「清くんの誕生日ですからね」


 灯はそう言って、冷蔵庫からお皿を取り出していた。

 嬉しそうに透き通る水色の髪を揺らしながら、清の目の前にお皿を差し出す。


 お皿の上には、ショートケーキが載っている。

 ショートケーキは白いクリームに包まれ、スポンジに挟まれたクリームの断面からは黄色と白色のフルーツが姿を見せているようだ。


 そしてケーキの上に『清くん、お誕生日おめでとう』と文字が書かれているチョコレートの立て板が刺さっていた。


 他人に生まれた日を祝ってもらえる、というのはこんなにも嬉しい気持ちが湧き出るものなのだろうか。

 清は、心から自分が生まれたことを祝福できたことは無かった。それにも関わらず、今灯に祝ってもらっているこの時間だけは、ずっと止まってほしいと思ってしまう。


(……幸せって、温かいな)


 そんなことを思っていれば「清くん?」と自分の名を呼ぶ優しい声に、清はふと我に返る。


 目の前を見れば、灯はこちらにフォークを差し出してきており、不思議そうにじっと見てきていた。

 清はそんな自分の世界に浸っていた自分に苦笑し、灯からフォークを受け取る。


「これ、何のケーキかわかりますか? あ、私の手作りですから、毒は入っていませんよ」

「灯、そこは心配してないから。……この色味、俺と灯の共通の好きであっているか?」

「どう思います? 清くんなら、食べれば分かると思いますよ」


 灯に言われるまま、清はフォークでケーキを一口大に切り取り、ゆっくりと口に運ぶ。

 口に含んだ瞬間、明らかに共通の好きである、とカット状の柔らかなフルーツを通して脳に伝えてきていた。


「これって……もしかして、白桃や黄桃か?」

「そうです。その二つを使った、桃のケーキを作ってみました」

「とても美味しいよ」

「良かったです。作るのが難しかった分、清くんに匂いで感づかれた時は焦りましたよ」


 灯が小さく微笑みながら言うため、清は相槌をして思い出したようにうなずく。

 あの日灯から『花に触れていたから』と誤魔化された甘い匂いがあったが、正体は桃の匂いだったのだ。


 前々から試行錯誤をして準備をしてくれていた灯は、何処までも先の道を進んでいるのだろう。


「まあ、俺が感づくことはなかったけどな」

「終わりよければ全てよしですから。私は、清くんの笑みが見られて満足ですよ」


 笑みを宿して言い切る灯に、清は思わず恥ずかしさが込み上げてきそうだった。


 今の状況下で、俺なんかの為にと思ってしまえば、間違いなく灯は怒るだろう。

 清は灯から誕生日を祝ってもらえて嬉しく、何よりも最高のプレゼントとなっているのも事実だ。


 自分を卑下する言葉を使わないで、今はただ、この優越感に浸っても良いだろう。


(……そういえば)


 灯がこちらを見てきているのをきっかけに、灯の分が無いのを思い出し、清はフォークで一口切り取る。


 ケーキが載ったフォークを灯の前に差し出せば、灯は驚いたように目を丸くしていた。


「ふふ、もう、本当に優しい人なんですから」


 灯は驚いていた表情をそっと和らげ、清の手からフォークを取る。

 そして灯は取ったフォークをこちらに向けてきていた。

 揺れの無い透き通る水色の瞳は、清の姿を反射して輝かせながら映している。

 清は息を呑み込み、灯を静かに見た。


「私は試食で何回も食べていますから、今は清くんが食べてくれればいいですから」


 灯は逆の手でお皿を作り、笑みでケーキをこちらに向けてきている。

 灯の手にフォークが渡った瞬間、この運命は偶然から必然に変わったのだろう。


 清が自ずと口を開けば、灯はケーキを口の中に運んでくる。

 クリームと桃の甘みが絶妙に調和し合い、優しいスポンジ生地の感触が口の中を包み込んでくるが、明らかに別の甘みを感じてしまう。


 それは、灯の笑みを見て食べているせいだろうか。


「清くん、美味しいですか?」

「馬鹿……泣きたいほど美味いよ。ズルいくらいにな」

「しょうがない人ですね。ほら、私が食べさせてあげますから」

「え、いや」

「遠慮しなくてもいいのですよ」


 灯からあーんをさせてもらう、という事態に気づいたころには、もう手遅れだったのだろう。

 灯が嬉しそうに食べさせてくるため、桃ケーキの甘みよりも、違う甘みがどうしても勝ってしまう。

 そんな羞恥心がありつつも、灯から食べさせてもらえる喜びに心はどうしても否定できず、清は幸せに浸るように堪能するのだった。

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