百七十一:新しいを迎える兆し
新学期当日の朝、カーテンの隙間から気持ちをくすぐるように、白い一筋の光が重い瞼を開かせるように差し込んでくる。
清は瞼を擦りながら、ゆっくりと重い体を持ち上げた。
心では居るはずがないと理解しているはずなのに、あの日の忘れることが出来ない温もりを求めてか、隣に手を彷徨わせて探してしまっている。
はっと自分の手を止め、清は自分の近くに寄せてそっと見た。そして、ぎゅっと握り締める。
「俺は、灯に依存しているんだな」
灯を求めてしまっている自分に鞭を打つように頬を両手で軽く叩いた。そして清はベッドから下り、着替えてから一階に下りる。
一階に下りれば、キッチンで灯が朝ご飯の準備をしている姿が目に映りこんでくる。
灯は下りてきた清に気づいてか、準備する手を止めて近づいてきていた。
「清くん、おはようございます」
「灯、おはよう……」
「……何処か浮かない顔をしていますが、大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。少し考えごとを」
「そうですか。朝ご飯はもうすぐできますので、座って待っていてください」
寝起きが悪めの清とは違い、灯は朝からご機嫌が良いようで、ふわふわした様子で料理作りを再開していた。
そんな灯の様子を見て、清は自分事の様に嬉しく思えている。
朝ご飯を食べ終えた後、清は灯から制服の確認をされていた。
今日から新学期なのもあり、制服を着るのが久しぶりなためズレが無いように、という灯らしい確認の仕方だ。
清はシワがあっても着てしまうため、灯はそれをケアしようとでもしているのだろう。
シワに関しては、灯が前日に制服を綺麗にしてくれたのもあり、存在しないと思われる。
灯は清をじっと見ては、制服とのズレが無いかを念入りに確認しているため、むず痒く感じてしまう。
灯とは、まだ夫婦という訳ではないため、余計に心がくすぐられるような気持ちがあるのだろう。
確認してくる灯は、夏用の制服をきっちりと着こなしており、隙の無い真面目さが窺える。また、夏休み中よく見えていた灯の足は、ストッキングでしっかりと覆い隠されているようだ。
以前灯から『過剰かもしれませんが、足元に目をやるお方が多くて』と言った話を聞いたため、学校で素肌を隠している一番の理由だろう。
嬉しそうに清の制服を触っていた灯は、襟をさっと直した時、思い出したようにゆっくりと口を開く。
「そう言えば、この高校は制服にネクタイとかの規制が無い分、リボンを着用している女子とは見栄えが違いますよね」
「俺はネクタイ無い方が、首元楽でいいけどな?」
「……ネクタイを付けている清くんも見たかったです」
灯は制服の確認が済んだのか、持っていた櫛で髪を整えてくる。
灯が手を伸ばして整えているため、清は灯の手が届きやすい位置まで腰を下げ、灯が手直ししやすいようにした。
清と灯は中学生くらいに成長の時が止まっているものの、身長的には清が灯より少し上であるため、腰を下げるに越したことは無いだろう。
灯は清のサラッとした気遣いを理解してか、ほんわり頬を緩めている。
「まあ、将来的に身に着けるかもだから、その時にでも見納めしてくれ」
「……その言葉、忘れないでくださいね」
灯は頬を赤らめて、恥ずかしそうに視線を外している。
灯が髪から櫛を離すのを合図に、清はゆっくりと立ち上がった。
ふと灯の顔を見れば、灯の頬が赤く染まっているため、清は不思議と首をかしげて口を開く。
「灯、どうした? さっき言った、将来を共にしてくれる確約は嬉しいけど?」
「うう、もう、この鈍感!」
灯はそう言って、ぽこぽこと胸を叩いてくる。
清は痛いとまではいかないが、自分が何か余計なことを言ったのだろう、という自覚はあるため、灯の行動を受け入れる他なかった。
灯が落ちついた後、清は灯と一緒に学校へと登校していた。
九月になったとはいえ、未だに夏の暑さが抜けていないのか、蒸しっとした暑さを感じさせてきている。
現実世界よりも暑くないとはいえ、秋や冬と比べれば暑い方だろう。
灯と手を繋いで通学路を辿っていれば、校門が姿を見せてくる。
「……あ、あれは」
「清くん、早く行きましょう」
灯がワクワクした様に手を引いてくるため、清も釣られて校門へ向かう足が早足となる。
清が思わず声を漏らして反応したのは、特徴的なビーズの髪飾りを付ける少女と最高の親友である少年が、校門前で手を振っている姿が見えたからだ。
「お二人さん、おはよう」
「二人共、おはよー!」
「常和に心寧、おはよう」
「心寧さんに古村さん、おはようございます」
自然と灯と手を繋いでいたのもあってか、常和と心寧はニヤニヤしてこちらを見てきている。
清としては、灯と手を繋いで登校している際の視線に慣れてしまっているため、二人からニヤニヤされる理由に心当たりがなかった。
周囲からは妬ましいような視線が飛んでくるが、この二人に関しては明らかに違う視線だろう。
「今日から新学期だねー!」
「常和、なんで心寧は元気なんだ?」
「元気がないよりはいいだろ?」
常和の言っていることはごもっともなため、清は苦笑するしかなかった。
灯から手を離せば、心寧が待っていましたとばかりに、灯にぎゅっと抱きついている。
灯は心寧に抱きつかれすぎて慣れているのか、くすぐったそうに笑みを浮かべていた。
灯が心寧に抱きつかれている中、常和が不思議そうに近づいてきているのが目に映る。
「清、今まで以上に星名さんと距離が近くないか?」
「そうか?」
灯との距離感が変わりすぎたのもあってか、首をかしげるしかなかった。
心寧が「あかりーはどう思う?」と聞けば、灯は理解しているらしく、頬を薄っすらと赤らめている。
灯が何も言っていないとはいえ、わかりやすい表情をしたのもあり、二人から微笑ましいような視線が飛んでくるのだった。
新学期当日だったのもあり、ホームルームと連絡事項が終わり次第解散となっていた。
ツクヨからは、三学期の行事日程と、どこかで再度面談をするかもしれない、という連絡を受けていた。
「今日はこの後どうするか……」
清がポツリと呟けば、常和も同じように悩んだ様子を見せている。
常和と心寧、灯が清の机の方に集まってきていたため、ここに居る四人は少なくとも同じ目的だろう。
体を鍛えることも視野に入れたが、昨日常和から『明日は完全休みな』と言われているため案としては無しになるだろう。
「あ、まことーはうちらが借りるからね?」
「いや、俺許可してない。てか、初耳なんだが?」
「まあ、あかりーに許可取って、まことーには話してないからねー」
「清、星名さんはとっくに了承済みだから、な?」
「清くん、勝手にごめんなさい」
清は「灯が謝る事じゃないから」と言って、二人と遊ぶことを承諾した。
清は心の中では、灯を独りぼっちにしたくない、と思っている。
気にして灯の方を見れば「私は気にしないで大丈夫ですから」と言ってくるため、清は受け入れるしか道が無かった。
「じゃあ、着替えた後に集合ね!」
「灯、すまないな」
「ふふ、めいっぱい楽しんできてくださいね」
「清、星名さんがそう言ってるんだ、存分に楽しもうぜ!」
いつも通りの賑やかな学校生活が戻ってきた、と清は思うことにして、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
そして、四人で教室を後にした。




