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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第四章

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百六十六:今を受け止めて進む覚悟を

 水遊びを終え、灯と常和と心寧と一緒に、清は校庭近くに創れられた小さな休憩スペースで休憩していた。

 おやつ時だったのもあり、灯と心寧が一緒に用意したクッキーと紅茶を嗜んでいる。


 心に残り続けている紡の存在は気がかりであるが、この魔法の庭で灯や常和、心寧に支えられて立ち上がれたのも事実だ。

 清は自分の中で決めている、この先何があろうとも、起きる物事全て受け止めて前に進み続けようと。


 隣で支えてくれる灯が居て、困ったら手を貸して貸しあう常和や心寧という大切な親友が出来たおかげだろう。


 愛しい存在である彼女は、自分の隣でくつろぐように寄り添い、ゆったりと紅茶を飲んで過ごしている。

 寄り添われているのもあってか、見ていた心寧はじれったくなったのか、真似をするように常和に張り付いているようだ。


「こうしてまた皆で遊びたいね!」

「はは、この四人が離れ離れにならない限り、必ず遊べるだろ?」

「心寧、常和の言う通りじゃないか? 俺もこの四人で居られる時間や遊べる時間、好きだしな」

「清くん、心寧さんや古村さんの前でも感情が素直になりつつありますよね」

「こいつ、星名さんが来る前は照れ隠しが大きかったのにな」


 常和が余計な発言をしたため、清は軽く睨んでおく。

 常和は分かっているかのようにヘラりと躱して見せるため、見ていた灯と心寧から小さな笑いが聞こえてくる。


 小さな笑いであれ、この四人の中では、最高の笑みへと変わっていくのだ。


(……あれは)


 心寧が話題を変えて話している時、校庭の端から近づいてくる黒いローブの人物、ツクヨの姿が目に映ったのだ。


 清が一点を止まってみていたのもあってか、三人も気づいたように、ツクヨの方に視線を向ける。


 ツクヨは休憩スペースに焦った様子で来るなり、手に持っていた一通の手紙を清に差し出してきた。


「……ツクヨさん、これは?」

解放者(リベレーター)の創設者から管理者の場所に、黒井君宛ての手紙が来たから渡しに来たのだよ』

「紡が手紙を?」


 紡は清の現住所を魔法世界としか知らないため、一番目立ちやすい管理者に手紙を送ったのだろう。

 清からしてみれば、紡がどうやって管理者に送ったのか、というのが気持ち的に突っかかるようだった。


 違和感があるにしろ、清はツクヨから差し出された、小さな星が焼き印された封筒を受け取る。

 封筒を開き、一通の紙を取り出せば、明らかに紡の文字であると認識できる文章が綴られていた。


 清は四人と顔を見合わせ、小さくうなずくのを承諾の合図に、ゆっくりと読み上げる。


「えっと『兄さん――黒井清へ。魔法空間に存在する名もなき荒れた大地、東雲色に染まる空の下にて兄さんを待つ。伝えたい事がある、一人で来い』って書いてある」

「それって……清くんを指名して弟が呼んでいるってことですよね」


 灯がしんみりとした声で呟いた時、常和と心寧が驚いたように顔を見合わせていた。


「その名もなき大地って、特徴は荒れた大地に東雲色の空、だったよね?」

「え……ああ、分かるのか?」

「心寧、あそこで間違いなさそうだな」


 常和と心寧は、大地の特徴を聞いて思い当たる節があるのだろう。

 清としては、指定された場所があるにしても、場所が魔法空間としか記載されていなかったため、理解している者が居るのはありがたい限りだった。


 心寧は常和と覚悟を固めたのか、そっと息を吸い、真剣な目で雰囲気を変える。


「魔法空間で唯一、東雲色の空で止まりし荒れた名もなき大地――美咲家に伝わる伝承では『創成の地』って呼ばれてる場所があるの」

「伝承に……創成の地、ですか?」

「まあ、星名さん、伝承の話はまた今度だ……だろ、清?」

「ああ、そうだな」


 伝承の話は時間さえあれば、二人からいつでも聞けるだろう。だが、場所を指定してきた本人である紡は、いつまでその場で待っているのか分からないのだ。

 下手すれば、紡の事だからすぐにでも帰ってしまう可能性があるだろう。


 解放者を創設した張本人である紡から情報を聞けるとなれば、清には行く理由しかないのだから。


 騙されているかもしれない、というのは、騙されてから考えればいい話だろう。

 あれほどの仕打ちを受けておきながらも、清は紡を信じ切れる気持ちが存在しているのだ。


「常和、そこに行けるのか?」

「……無論行けるけど、先に星名さんを説得させるべきじゃないか?」


 常和はそう言って、隣で真剣な瞳でこちらを見てきていた灯の方を指さした。

 透き通る水色の瞳は、ぶれることなく清の姿を反射して映してきている。

 迷いや不安、それらを差し置いて映し出されるような、純粋無垢な心配そうな瞳。


「……灯、俺は紡に会って、もう一度話をしたいんだ」

「清くんを疑いたくないですが、騙されているかもしれないのですよ……それに、清くん一人で来い、って書いてあるのが不安で……」


 心配そうに小さくうつむく灯の頭を、清は優しく撫でる。


「俺は無事に帰ってくる。だから、その時に俺が落ち込んでいたら、笑顔で慰めてくれないか? それと――大切な灯を、今度は俺の手で守らせてくれ」

「分かりました。でも、約束してください。無事に帰ってくるって」

「……ああ、約束だ」

「約束ですよ」


 そう言って、灯と小指を交え、約束を交わす。

 指きりげんまんという、魔法のようなおまじないだ。

 言葉に怖さがあるものの、行動すれば心が温まる、不思議な言葉と言えるだろう。


「清、決まったようだな。心寧、清の準備が終わり次第行くから、座標の最終確認を頼めるか?」

「うん、任せてよ! あかりーは、まことーととっきーを見送った後、うちとお茶して待ってよー」

『黒井君、美咲君は感づいたようだが、古村君を案内役として連れて行くといい』

「ツクヨさん、分かりました」


 その後、紡の条件を呑む為、常和は創成の地までついて行くが、手を出さないで帰りを待つという条件が決まった。



 数十分後、魔法の庭から転送魔法陣で直接移動することになり、清は常和の案内で転送魔法陣を通っていく。

 魔法陣を通ろうとした寸前で「頑張れ」という勇気の音鳴る言葉を、灯が優しく振り絞ったように言ったのが背後から聞こえてくる。


 清は灯の言葉を胸に受け止め、常和の後に続く。



 数多に重なる転送魔法陣の空間を通り抜ければ、東雲色に染まりし空が照らしゆく、廃れたような大地へと辿り着いた。


「……清、ここだ」

「ここが『創成の地』なのか……」

「ああ。後、ここは魔法空間に浮いた大地だから、絶対に場外に踏み外すなよ」

「分かった、気をつける」


 空間内で常和から、本当に何もない岩肌の大地、とは聞いていたが、清はここまでの光景が目に入り込むとは思っていなかった。


 空は聞いていた通り、時が止まったように東雲色に染まっている。そして、大地には草花や木々、枯れた木々や草花一つすら生えていない、本当に荒れた大地そのものだ。


 金色(こんじき)にオレンジ色の混ざった光だけが、この場を照らし、場所の存在を認識するように感じさせてきている。


 光景に圧巻されていれば、後ろから柔らかに後押しされる感触が清の身体を伝う。


「清、俺はここで待ってるから……話を付けて来いよ」

「……常和」

「風の噂によれば、清の弟はこの先の開けた場所に居るみたいだぜ。……後は清、おまえにとって悔いのない選択をしろよ」

「ありがとう、行ってくる」


 常和は場所を指さすなり、ゆっくりと背中を後押ししてくる。


 清は今、胸がいつにもなく温かかった。それは、自分の背を押して、紡の元へと導いてくれた、最高の仲間が居たからだろう。

 一人だと辿りつけなかった、特別な今がここのあるのだから。


 温かな希望を胸に乗せ、着実に一歩ずつ、紡の居ると思われる場所へと清は歩を進めた。



 転送魔法陣の到着地点から数分程歩けば、開けた場所に出た。

 周囲はでこぼこした岩に囲まれており、過去の物事を記しているようだ。


(……あいつは)


 周囲を見渡せば、清からまっすぐの場所に存在する岩の上に、白いローブに身を隠した人物が目に映った。


 今日見たばかりの白いローブのため、彼で間違いないだろう。

 清は白いローブの人物の元に近づき、迷いなく言葉を口にする。


「紡」


 弟の名、紡と呼べば、彼は座っていた岩から立ち上がり、こちらへと飛び降りてくる。


「ふーん、約束通り、一人で会いに来たんだ」


 そう言って紡は地から視線を外し、こちらに視線を向ける。

 紡はこちらに視線を向けるなり、顔を隠していたフードを脱ぎ、あの時とは少し変わった顔つきを露わにした。


 若いながらも凛々しい顔つきに、鋭い目つき。そして、現実世界で見慣れていたスポーツ刈りの髪型は、彼が紡であると心に確信させてくる。


 左目の瞳だけ、光も反射しない程の深い黒色に染まっているのは、常和たちが言っていた命の魔法のせいだろう。


 お互いに正面で向かいあえば、風が吹いていないこの空間に、空気が渦巻いて肌をぴりっと撫でてくるようだ。


「紡、なんで俺だけを呼んだ?」

「兄さん、一対一の方が都合よく話せるからだよ。そんなのもわからない?」

「その減らず口、今も昔も変わらないままだな」


 紡は呆れたように言ってくるが、こちらの感情を揺さぶろうとでもしているのだろうか。

 その時、紡は開けた場所の宙に映る、東雲色に染まる空や、宙に浮かんでいる岩の破片を見ながら言葉を口にした。


「何でここに呼んだか分かるか?」

「知っているわけないだろ」

「はあ……星の魔石を持っているにも関わらず、兄さんは知らないんだ」


 清が警戒を見せたのが原因か「別にいいや」と紡は話に折をつけた。


 清としては、今は紡と話をしに来たため、どんな態度を取られようが手を出す気はない。

 相手が弟だから、という理由ではなく、しっかりと向き合って言葉を伝えるためだ。


「兄さんをここに呼んだのは、もう一つ理由があるんだ」

「もう一つの理由?」

「ああ、そうさ。――あの日、清が家に帰ってきた時、もう一度一緒に居られると思ったのに、あっさりと踏みにじられた者の気持ちが……お前にわかるか?」


 ひりつくような圧をかけてきた紡に、清は思わず息を呑み、足を一歩後ろへと下げる。


 今でも怒りを露わにしそうな鋭い目つきは、揺るがぬ覚悟が決まっているようだ。


(……踏みにじられた気持ち……そういうことか)


 ふと思い出せば、紡というこの世でたった一人の弟は、清に会いたがっていた存在の一人だったのだ。

 灯と現実世界に帰った際、清の母が言っていた『紡に会ってほしい』は、この出来事を予兆していたのだろう。


 気づけば、清は拳をぎゅっと握り締めていた。


「その次の日から、俺は解放者を立ち上げ、魔法に恨みを持つ者を己の力だけで集め、命の魔法までも手に入れたんだ!」


 自己中心、もはや独りよがりの言葉がここまで似合う紡に、清は呆れそうになった。


 確かに現実世界で別れを告げた際、紡に接触してしまったのは、紛れもなく清自身だ。それでも、他者を巻き込み、反乱まで起こすとは思わないだろう。


 紡は清と同じく、独裁主義思考の親に育てられた者同士だ。だからこそ、全てを自分の権力で収めれば解決できる、そんな思考に辿り着いてしまったのだろう。


 紡が解放者を創設するきっかけになったのは、間違いなくこちらの落ち度だ。

 家族と縁を切った後、紡に会わずに魔法世界に帰る手段だってあったのだから。


(灯や常和、心寧に会ってなかったら、今頃俺もあんな風になっていたのか……)


 今でも自分勝手な思いを伝えてくる紡に、清は心底呆れかけていた。

 清は紡が独りよがりを全て話し終えたであろう頃、ため息一つこぼし、冷静に冷たい視線を向ける。


「そっか、大変だったな」

「兄さん、立場をいまだ理解してないの?」

「お前の話を聞いたんだ……俺の問いに答えてもらうぞ。お前の立ち上げた解放者は、何を目的として動いている?」


 創成の地に来る前、四人で聞きたい事を明確かつ二つに絞り込み、まとめておいた質問だ。


 こちらの質問をおかしく思ったのか、紡は顔を抑え、笑いをこぼしていた。まるで人を見下し、あざ笑うような視線を交えて。


「はは、冥土の土産に教えてやるよ。解放者の表向きの目的、魔法を無くすことだ」

「……魔法を、無くす?」

「ああ、そしてその先にある真の目的――魔法を根本から無に帰して、一から全てをやり直すことだ! 解放者の一人一人が、それほど強靭な覚悟を背負って持っているんだからな」


 解放者の目的は、清と灯の夢だったものである、魔法を望まない世界や、魔法の存在しない世界に通ずるものがあるだろう。だが、魔法を無くすという時点では、明らかな別物である。


 清と灯は魔法のある世界があってもいいと思っているが、解放者はそれすらも許さない思考だろう。

 手を広げるように演説する紡は、間違いなく上に立つ者を真似ているようだ。


 聞いといて申し訳ない気持ちもあるが、清は言葉を失いそうになっている。

 周囲が見えない者ほど、相手の心、ましてや読んだり聞いたりする者の気持ちすら考えないタイプだろう。


「そうか、最後の質問だ……紡はどうして魔法が使えるようになった?」


 これは、清が何よりも知りたかった、命の魔法に辿り着くまでの道のりに過ぎない。

 清の持つ星の魔石のおかげで使える魔力探知は、微かな魔力を持つ物体、魔石にすら反応を示す。だが、紡から感じられる魔力や魔石はなく、勝負していた際に揺れた空気程度だったのだから。


 紡はこの問いが不服だったのか、力強く後ろにあった岩に拳を入れた。

 紡の拳を受けた岩はすぐさまひびが入り、瞬く間に音もたてず、木っ端みじんの砂へと変わっていく。


 清は警戒を一段階強くし、いつでも魔法を出せるよう、右手をそっと後ろに引いた。


「ああ、魔法か。皮肉だよな、魔法世界の裏切り者がちょうどいい逸材だったから、無理やり使えるようにしただけさ――禁じられた(いにしえ)の魔法、命の魔法をな!」

「無理やりだと?」


 圧をかけてくるような言い方をしているが、清からすれば、無理やり使えるようにするまでの理由を知りたかった。

 気づけば、清は左手を胸に当て、拳をつくっていた。


「魔法に対して魔法が無ければ、いくら抗っても無意味だからだよ! だから、苦肉の策だけど、わざわざ魔法を使える者の手を借りたんだ。まあ、おかげでこんな素晴らしい力を手に入れ……今では、魔石を破壊して回るにはうってつけだよ」


 自分のしていることに自覚があるのか無いのか分からないが、高らかに言い切る紡に、清は怒りが込みあげそうだった。


(落ちつけ俺……ここで怒れば、感情任せの争いを起こす火種に過ぎないんだ)


 それでも清は、自分に言い聞かせるようにして、ゆっくりと息を吐く。

 真剣に紡を見て、ただ受け止める、今はそれだけでいいのだから。


 その時、紡はニヤリと口角を上げる。


「兄さん、こっちからも最後の質問だ。何でここに解放者の仲間を引き連れず、単身で来たか理解できるか?」

「……知らん」


 清からしてみれば、紡が言葉を破るとは到底思えなかった為、そこまで考えていなかった。

 気づけば、紡は腹を抑えて高らかに笑い、瞬時に圧をかけるような視線でこちらを見てくる。


「それはな! 兄さんとその連れてきた人物を通して、魔法世界に対する宣戦布告の為さ!」


 紡は、清が管理者との繋がりがあるのを前提で言っているのだろう。

 問題としては、常和が一緒にここに来たことがばれている、という方が清は驚くしかなかった。


 清が困惑していれば、紡は大地全体に響くような重い声で言葉を口にする。


「――解放者は世界の年が変わる日、一月一日をもって、現実世界及びに魔法世界を制圧する」

「紡……何を考えているんだ!」

「怒るなよー。もし止めたければ……人類が生まれたと仮定される日、十二月三十一日にここで俺と戦い、勝利しろ。そうすれば、解放者に配給した俺の命の魔法の魔力は切れ、解放者の解散を暗黙の了解としたからな」


 解放者の目的通りに遂行されるとなれば、世界をかけた勝負になるだろう。

 清は怒りを鎮めているはずが、思わず拳に力を入れ、血がにじむような痛みを感じていた。

 人は命を持って生を謳歌している、という言葉の意味が理解できるように。


 この話は管理者に回ったとしても、公表することは無いだろう。それは管理者自体が、魔法世界を脅かす存在を速やかに排除する思考なのだから。

 もし公に広まるとなれば、騒ぎどころの反乱では済まないだろう。

 清は覚悟を決め、紡の方に拳を突き出し、自分の方に拳を引き寄せる。


「十二月三十一、ここに来てお前と勝負してやる。そして、紡、お前を助ける!」

「兄さん、これは勝負なんかじゃない、世界をかけた戦いなんだよ。……それに、俺にはもう時間が残ってないんだ」


 紡は辛らつながらも、どこか寂しそうな声を口にしていた。


(……時間がない?)


 紡は物事を伝え終わるなり、あざ笑うような笑みをみせている。


「あ、兄さん、気が変わったら、解放者に入ってもいいから」


 紡はそう言って後ろを振り向き、そっと手を振っていた。


 清は紡が奥に向かって去っていこうとする中、引き留めるように思った言葉を口にする。


「紡、お前はどうやってここに来た!」

「なーに、こうやってだよ!」


 いきなり変わった紡の気迫に、清はすかさず防御の姿勢を取る。

 紡は言い終わるなり、後ろの虚無に向かって腕を力強く振るう。

 発生した風圧は防御の姿勢を取った清を押し、空間は鳴き声を上げるように震えはじめた。


(うっ……え、あれは)


 振動が収まれば、紡の後ろには先ほどまで無かった、禍々しい空間が引き裂かれたように広がっている。

 紡の命の魔法は環境を含めても規格外なのか、無理やり空間を引き裂いて露わにしてしまうようだ。


 気づけば、紡は禍々しい空間に足を踏み入れていた。そして、ゆっくりとこちらに振り向く。


「兄さん……じゃあね。また会おう。次会う時は、本当の敵として」

「紡……俺は絶対、解放者の思い通りにはさせないからな」

「その寝言、いつまでもつかな?」


 紡の姿が禍々し空間の裂け目に消えた瞬間、その空間は風を渦巻くように吸い込み、何事も無かった虚無へと姿を変えた。


 紡及び解放者が魔法世界の住人をさらえたのは、先ほどの空間を魔法世界に繋げたからだろう。

 魔力が弱いものであれば、抵抗する間もなく、空間に引き込まれるほどの風を発していたのだから。


「……紡」


 清がぽつりと呟いた時、後ろから「大丈夫か」という言葉と共に、常和がこちらに向かって走ってきている姿が目に映る。


 先ほどの風圧を常和も感じ、こちらの心配をして来てくれたのだろう。


 常和は清に近づくなり、息を切らしたように呼吸をしていた。


「はあ、清、あいつは?」


 常和の問いに対して、清は首を振るしかなかった。


「帰ったのか……さっきの聞こえていた話――世界が生まれた歴史を、兄を巻き込んで再現する気か、あいつは」


 常和が思い当たる節があるようで、拳を力強く握りしめていた。

 清は珍しく感情任せの常和を刺激しないよう、視線を逸らさずに見るしかなかった。

 魔法世界の歴史について、未だに明かされていない事実の方が多いため、常和の言葉を聞くしかできないのだから。


「……常和、それはどういうことだ?」

「そうだな……とりあえず今はここから帰って、さっきの話を二人や月夜さんに伝えようぜ」

「分かった。あのさ、常和……」

「清、どうした?」

「俺、絶対に紡を止めてみせる」


 常和は真剣にぶれない瞳で清を見つめ「その意気だ」と言って静かにうなずいていた。


 この事件をきっかけにして、命の魔法や世界の歴史、といった知らない様々な単語が飛び交っている。

 先の見えない暗闇を清は突き進む感じではあるが、辿り着く終着点は光であると信じてやまなかった。


 蛹から蝶が羽化するように、爆発した星がチリとなって降り注ぐように、終わりの始まりを向かえているようなものなのだから。


 この時に清は、ツクヨが以前言っていた『この世界の黄昏をどう思う』という意味を理解できた気がした。


(……どんなことがあろうと、俺は絶対に負けない。灯の為にも、四人でまた笑って過ごせる日常を取り戻すためにも)


 もしかしたら、灯と星の魔石を拾った幼い日から、この運命を背負わされていたのだろう。

 ありとあらゆる事象が起きても、清はそれらを全て受け止めて前に進み続けると決めている。それは、隣で支えてくれる灯が笑みで居られる世界になると信じているから。


 気づけば、常和は転送魔法陣のある場所に戻ろうとしており、清はその背を追うのだった。




 悲しみや苦しみがあれば、それ相応の幸せや楽しさの形を知るだろう。

 孤独に迷っても、手を差し伸べ、助けてくれる人は見えていないだけできっと傍に居るのだから。

 当たり前だと思っている、忘れた優しさは、花びらのようにいつか本当に舞ってしまう日が来てしまうのだろう。


 転送魔法陣で待つべき人が居る場所に帰っている時、清はふとそんなことを思ったのだった。

数多ある小説の中から、探してお読みいただき、誠にありがとうございます。


今話で、第四章は終幕となります。

次回からは第五章となります! 第五章はまったりの日常多めや、夢に向かって進む準備枠ですので、今後ともよろしくお願いします!

投稿日等は作者の活動報告で記載してることが多いので、気になった方は是非そちらを確認していただけると幸いです。


最後に、ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。『君と過ごせる魔法のような日常』の、清くんと灯の今後の行く末を温かく見守っていただけると嬉しき限りです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 弟紡との邂逅が解放者を生むことになったのは悲劇ですね。 紡も苦しんでいたのでしょうけれど。掛け違えたボタンの行末がどうなるのか。兄弟であることが清にどう作用していくのか。 気になります…
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