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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第四章

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百四十四:君の全部を受け止めたい

「どの料理も美味しかったです」

「食べっぷりを見ていればわかるわよ……灯も良い彼氏を持ったわね」

「清くんは誰よりもかっこいいから……」


 夜ご飯を食べ終わり、食事を作ってくれた満星へと感謝を告げた。


 洗い物を終えた後、清は灯と一緒にダイニングテーブル近くの椅子に隣同士で座り、食後の一時を満喫している。


 家族一緒に食べられる、という心から染みる温かさは、以前の自分であれば考えられない光景だっただろう。

 灯も満星と久しぶりに食べられて満足したのか、輝かしい程の笑みを宿している。


 食後、満星がテーブルに置いた三人分の紅茶から、灯がいつも用意してくれるのは満星譲りのやり方であると理解できた。


 灯の家はこぢんまりとした空間であるものの、清からしてみれば広すぎる家に居た時の寂しさより、近くに居られる優しさを知れてありがたいものだ。


 家族であるのに壁がある、という感覚を、この空間では一切感じないのだから。


 それからしばらく灯と椅子に座って話していれば、満星がリビングに顔を覗かせる。


「二人共、お風呂はどうする?」

「ま、清くんからどうぞ……」

「別に二人で入っても構わないのよ?」

「なんでそうなるの!」


 灯は焦ったように椅子から立ち上がり、満星の元へと駆け寄っている。

 清としても、灯と一緒にお風呂に入るという考えをしたことが無かったため、紅茶を飲んでいた手を止めてむせてしまう。


 満星が何を思い、灯と一緒に入らないのか、と尋ねてきたのは謎だが、心臓に悪い発言は控えてほしいものだろう。


「聞いていた感じ仲が良いから、てっきり二人で仲良くお風呂に入っていると思っていたのよ?」

「仲は良いけど……裸を見せ合うような関係じゃ……」


 口ごもりながら、灯は薄っすらと頬を赤くしていた。

 清は椅子から立ち上がり、そっと灯の隣に近寄る。


 そして、透き通る水色の髪に手を伸ばし、優しく灯の頭を撫でて落ちつかせる。

 灯から、困っていたら頭を撫でて落ちつかせてほしい、と本人直々に言われているため、清はそれを行動に移したにすぎない。


 清自身、灯と一緒にお風呂に入りたくないわけじゃないが、個人的な男の性の感情に飲まれかねないことを踏まえても、心の中で押さえておくべきだろう。


 灯を性的な目で見ていないにしろ、灯を大事にしたいという気持ちは、今も昔も変わらないままだ。


 頭を撫でていれば、灯は落ちついたのか、そっと息を吐きだしている。


「清くんはお客様だから、先に入るといいわ」

「遠慮しなくてもいいですからね」

「じゃあ、お言葉に甘えて先に入らせてもらいます」

「ふふ、素直で良い子ね」


 お風呂に入る準備をするため部屋に戻ろうとした時、服の袖を後ろから引っ張る感覚が襲ってくる。

 そっと振り向けば、灯が小さな手で清の服を掴んでおり、頬に薄っすらと赤みを帯びさせていた。


 灯は「清くん、少し待ってください」と言って、リビングに隠してあったらしい袋を取り、こちらへと戻ってくる。


 袋から透けて見える形からして、ボトルらしきものが入っているようだ。


「これを使ってください……浴室に置きっぱなしで大丈夫ですから」

「灯、これは?」

「その、シャンプーです。私と清くんの肌質は似ていますから、共通で使っても大丈夫な物を用意しておきました」

「……ありがとう。使わせてもらうよ」

「灯、清くんの前ではずいぶんと丸くなったわね」

「清くんだけだから……」

「分かっている。いつも助かるよ」


 満星の茶化しがありながらも、清は灯からシャンプーの入った袋を受け取り、一度部屋に戻った。



 お風呂から出れば、灯のシャンプーが効いているのか、普段は感じることのない優しい香りに包まれている。

 肌を叩けばもっと甘くなるのではないか、と思える香りに落ちつかない気持ちはあるものの、灯の選んでくれた物を使えた嬉しさが勝っていた。



 パジャマに着替えてリビングに行けば、灯が椅子に座って待っていた。

 灯は清が来たことに気づいたのか、静かに立ち上がり、こちらへと近寄ってきている。

 清も灯に合わせて歩を進めれば、ふわりとした柔らかさが体をギュッと抱きしめてくる。


 灯は清が近づくなり抱きしめ、胸元で小さく鼻を鳴らしていた。また、その手にはドライヤーを持っており、清が髪を乾かさないのを前提で待っていたのだろう。


「良い匂い」

「灯が選んでくれたのを使ったからな」

「ふふ、後で清くんのパジャマを買い替えたいですね」


 と、灯は言いつつ、椅子に座るように促してくる。

 清が座れば、灯はドライヤーの線をコンセントに差し、清の後ろに立っていた。


 ドライヤーの音が鳴れば「熱かったら言ってくださいね」という言葉と共に、温かな風が髪を撫でる。


 小さな手が髪の合間を縫うように触れ、お風呂上がりで絡まった髪を梳き、地肌に温風を晒していた。


 灯に髪を触れられる心地よさに、清は灯が頭を撫でてほしいと言ってくる理由を分かった気がした。

 好きな人の手で、手放したくないと思えるほど繊細な手は、人を好きにならなければ味わえない心地よさだろう。


「現実世界でもちゃんと髪を乾かしてくださいね。いくら魔力を帯びているからと言って、油断しては駄目ですよ……まったく」


 小さな子を諭すような言い方をする灯に、清は気づけば笑みをこぼしていた。


「灯が髪を乾かしてくれるからな」

「風邪を引いたら困るから言っているのですよ……わからず屋のお口は、このお口ですか?」

「ごめんって、次からは気をつけるから……灯には感謝しているよ」


 灯が呆れて頬を引っ張ってきた為、清は反射的に慌てて灯を宥めた。

 清としては、灯から乾かされるのは嬉しいが、心配させてしまうのは良くないな、と思っている。


 気をつけようにも、この心地よさを覚えていけば、駄目になるところまでまっしぐらだろう。


 その後、灯は清の髪を乾かし終え、上機嫌なままお風呂へと向かっていった。



(……心地よかったな)


 清は灯がお風呂に入っている最中、部屋へと戻り、ベッドに座って天井を眺めていた。閉まっているカーテンの隙間から、薄っすらと月の光が溢れている。


 魔法世界で感じることのない自然の光は、心の隙間を照らしてくるようだ。


 別れる間際に灯から『部屋で待っていて欲しい』と言われ、今に至っている。


 清からしてみれば、灯をリビングで待っていても良かったが、満星と話す可能性を考慮して『部屋で待っていて欲しい』と灯は言ったのだろう。



 灯を静かに待っていれば、灯の部屋と繋がったふすまがそっと開き、笑みを携えた少女が姿を見せる。

 灯は、魔法の庭の合宿で見たネグリジェに身を包んでいる。


 フリルの付いた薄水色のネグリジェに、胸元から伸びた紐についた白色のポンポンが特徴的となっている。


 ネグリジェから薄っすらと透けて見える白い腕は、血色の良さを露わにし、清の目に輝かしく見せていた。


 ほんのり優しく甘い香りが清の鼻を包んだとき、灯はそっと清の横に腰をかける。


 そして灯は、そのまま清の方にもたれかかってきていた。

 灯から香る匂いは自分と同じ香りをしており、同じシャンプーを使った、と間接的に伝えてきている。


 もたれかかるスキンシップであるのに、心は満たされるように、温かな気持ちを咲かせていた。


 清は優しく灯の手を取り、逆の手で頬を撫でる。


「灯……前よりも爪が綺麗になったな」

「え、よくわかりましたね?」

「灯をちゃんと見ているけど、普段言葉に出来ないから……たまにはいいだろ?」

「いつでも褒めてくれていいのですよ。でも、嬉しいです」


 灯は褒められて嬉しかったのか、表情に小さな花を咲かせている。

 清は正直、女性をどうやって褒めればいいのか知らないため、小さな変化から気づいて褒めていくつもりだ。


 灯を誰よりも大事だと、証明していくように。


 清は触れていた頬から手を離し、灯の髪を傷つけないようにしつつ、優しく柔らかく頭を撫でる。夕方の約束を叶えるために。


 灯は落ちつくのか、とろけたような笑みを見せてくる。


「……夜にこうして清くんの隣に居られるの、待ち遠しかった……」

「……あかり」


 言葉をこぼした灯の頬に、小さな星が輝くように流れていた。


 お互いの部屋に入らないようにしているからこそ、夜に部屋で話すことは今まで無かったのだ。

 それは、清が灯を傷つけたくないというエゴを理由に、実際は目を背けていたせいだろう。


 自分達らしく、一歩ずつ歩み寄ればいいと思っていたが、灯の雫を見て答えが揺らぎそうになっている。

 清は撫でていた手を止め、灯を抱き寄せる。


 灯は驚きつつも、静かにその体をこちらへと預け、目をつむって安心しているようだ。

 清は灯の頬にこぼれた涙を指で救うように拭き、呟くように言葉をこぼす。


「灯の全部を受け止めてやるから……大切にさせてくれ」


 これは、今の自分に出来る、頑張ってきてくれた灯への精一杯の労わりだ。


 灯は心を揺さぶられたのか、小さな手はぎゅっと力強く清の服を掴み、ぷるぷると体を震わせている。

 清はそんな灯を受け入れるように、優しく頭と背中を撫でた。


 灯は泣くまでいかないが、乱れた呼吸を静かに整えている。


「今日は疲れただろうし、早めに寝るか」

「……うん」

「また明日、元気な灯の笑みを、俺だけに見せてくれよ」

「約束、ですね」

「ああ、約束だ……おやすみ、灯」

「清くん、おやすみなさい」


 灯は清が腕を離す直前まで、ただ離れたくない幼子のように、小さな手でぎゅっと服を掴んでいるのだった。

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