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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第四章

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百四十二:家族としての食事の仕方

 お昼は灯が予想した通り、満星特製のお蕎麦が作られていた。

 清は提供されるのを待つだけ、というのはしないようにと、出来る範囲で配膳を行っている。


 満星は清の気持ちを酌んでか、テーブルの配置位置を教え、家族としての役割を与えてくれたのだ。


 清本来の家族でならあり得ない光景の、家族で食卓を囲む、という前提でのやり方を。


 手伝うではなく、家族として屋根の下で過ごす際の接し方とも言えるだろう。

 カーテンの開いた窓は、庭の様子を映しながら、現実世界さながらの光を差し込んでいる。


 光の先には、テーブルの上にある、一凛のピンク色の花が光合成をし、静かな輝きを醸し出していた。


 灯は食事類の家事が不器用な清をフォローするかのように、隣でそっと手を出したりして、温かな視線で見守ってきている。


 灯とまだ夫婦で無いにしろ、二人で同じことをやる、という作業に清の気持ちは軽く刺激されるようだ。


 そんなうぶな二人を、満星はキッチンの方から微笑ましそうに見守っている。



 お昼の準備が終わり、ダイニングテーブルを囲うようにし、三人は席に着いていた。灯は清の隣に座り、対面に満星が座る形となっている。


 下手すれば灯と手が当たりそうな距離なのにも関わらず、心はどこか嬉しいのか、好奇心の欠片を露わにしそうだ。

 清はそんな好奇心を、そっとうわの空へと流す。


 三人で食への感謝の言葉を口にした後、箸を進めてお蕎麦を口にした。


(家族って……本当はこんなにも、笑って、話して、美味しく食べても……いいんだな)


 灯と満星と食卓を囲み、いつも通り食べているはずだ。

 それなのに、ここには会話という名の花が咲き、笑みを携えて食べる現実を心に教えてきている。


 灯と一緒に食べていても、過去のことがあり話して食べるのは違う、と思って静かな空間がずっと続いていたのだから。

 そっと横を見れば、楽しそうに話しながら箸を進める灯の姿が目に映る。


 多分、自分と一緒に居るだけでは見られなかった、本当の灯の心としての姿を写しているのだろう。


 今後灯とは明るい食卓にしよう、と清が心の中で静かに決めている時だった。


「そう言えば、二人は付き合ったのよね?」

「え、あ……うっ」

「ま、清くん、お水を! お母さん、食べ終わったら言おうと思っていたの!」


 急な満星の発言に思わずむせかけそうになったが、灯がさっとコップを取ってくれたおかげで致命傷にならずに済んでいる。


 水を飲みつつ満星を見れば、嬉しそうな笑みを宿してこちらを見てきていた。


 清は軽く考えた末、灯と顔を見合わせる。

 揺れの無い透き通る水色の瞳から感じ取れる、静かに燃える信念を察し、灯に後は任せるようにうなずいておく。


「お母さん、あのね……私、清くんとお付き合いできたよ。約束通り、ちゃんと愛情も教えているの」

「その……言うのが遅れましたが、数週間ほど前から娘さんとお付き合いさせていただいています」

「……二人の口から聞けてよかったわ。付き合っているのは、帰って来た時から分かっていたわよ。灯、魔法世界前からの夢、叶って良かったじゃない! 清くんとは、また二人で今後のお話しをしたいわね」

「清くん、お母さんは以前も言った通り、超絶ポジティブなので……何かあったら言ってくださいね」

「そうか? 別に心配ないと思うけどな?」


 灯は今までの緊張がほぐれたのか、小さく息を吐いている。


 清と付き合うのが灯の夢だった、という衝撃の事実に、清はどこか胸が温かくなっていた。

 灯が息を吐いているのを見てか、懐かしそうな視線を満星は向けている。


「灯の息を吐く癖、ほんとお父さんそっくりね」


 灯は『お父さん』と言葉を聞いた瞬間、体をこわばらせた様にぴくりと震わせ、悩んだ様子を見せていた。


 急に不安の雲が灯の表情に宿りそうになり、清は食べていた手を止め、灯の方を見る。


 清は、ツクヨが灯のお父さんである、月夜だという事は知っていた。それでも、灯が知っているのかは知らないのだから。


 灯はうつむいた顔を上げ、真剣に満星の顔を見ている。


「お母さん……私ね、お父さんの名前と顔が思い出せないの……記憶にもやがかかったようで、触れることが出来ないの」

「……灯が幼い頃に会っただけだから、忘れちゃうのは仕方ないわよ」

「それは違うの!」


 灯は勢いよく椅子から立ち上がり、テーブルに手をつき、体を前に出していた。


「本当は、記憶に魔法が関連しているの……」


 そう言って、じっと満星の目を見つめる灯に、清は驚くしかなかった。


 あの日の現実世界以降、ツクヨが月夜である、というのは鈍感な清ですら気づけていたのだから。

 一つ気にかかるとすれば、魔法の庭で月夜と一対一で話した時に、月夜はどうして教えてくれなかったのか、という事だ。


 月夜が、灯が父親を忘れているのを知らない、というのは考えにくい話だろう。二人は、清が魔法世界で灯と会う前から面識がある状態だったのだから。


(記憶にもやがかかる魔法……もしかして、fragment of memoryなんじゃ)


 同じ魔法をかけられていたとすれば、灯がツクヨを父親ではなく他人のように見ていたのは、今の灯の話から道理が通るだろう。

 あの魔法は、どれだけ記憶の存在に近くとも、記憶のカケラ無しでは思い出せない記憶になってしまうのだから。


 清は自分が通ってきた道だからこそ、灯の忘れている記憶の気持ちが痛いほど分かっている。

 大切な存在から手を差し伸べられていても、大切な存在なのに思い出せないのは、死ぬよりも辛いのだから。

 忘れていれば関係ない、という話で括るのはお門違いも甚だしいだろう。


 気づけば、満星はそっと箸を置き、姿勢を正して真剣に灯の目を見ていた。


「灯、まずはちゃんと座りなさい。食事中にお行儀が悪いわ」

「ご、ごめんなさい」

「……魔法が関連していたら、出来る事も出来ない事も、今の二人には見えているはずよ。それにね、清くんが記憶を思い出せたように、灯もいずれは思い出せるわよ。あの人のことは……私が誰よりも分かっているわよ」


 未来を見据えた言葉を口にした満星は、再度お蕎麦をゆっくりと食べ進めていた。


 灯を見れば、胸元で小さな拳をつくっている。


 清は静かに、椅子の下にある灯の小さな手を握り、振り向かれた透き通る水色の瞳を真剣に見つめた。


 迷った様な透き通る水色の瞳は、行き場を無くしたように、深い青に染まっているように思わせてくる。

 それでも、揺らめきながら反射して清の姿を映すその瞳は、輝きを失ってなどいない。


(……そういうことか)


 多分灯は、自分に本当の家族を知ってほしいと思ったからこそ、父親の話をここで出したのだろう。

 清は親の愛情を知らなければ、家族は支配を基礎として出来上がるものだと認識している。


 しかし、灯が居てくれたからこそ、家族それぞれの形を知り、今を受け止めているのだ。


 灯の記憶を探す、という新たな目標が見つかったよりも先に、清は言葉を探している。

 今の迷った灯にかけられる、救いのある優しい言葉を。

 今までの自分であれば、他者を気にする余裕すらなかっただろう。


「……灯」

「清、くん」

「今は、満星さんと会えて一緒に居られる時間を、食べられる時間を一緒に堪能しよう。家族として」

「うん」

「二人で支え合う……成長したわね」


 灯は清の言葉にうなずいた後、満星に軽く謝っていた。

 灯に悪気が無かったとはいえ、柔らかな雰囲気を壊しかけた自分を許すことが出来なかったのだろう。


 満星と灯の親子関係は、他人の自分からすれば微笑ましく思えてしまう。


 その後、食べ進めていく中で、満星から魔法世界での生活の様子を楽しそうに聞かれるのだった。

 灯との小さな何気ない日常でも、満星からすれば、輝く星のような世界なのだろう。

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