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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第四章

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百四十:家族の愛情溢れる世界

 暫くの時が流れ、八月一日となり、灯と共に現実世界に行く日となっていた。


 早朝から荷物の最終確認をしたり、転送魔法陣の完備をしたり、といった行動を行っていれば、現実世界に行く時間は刻一刻と迫っている。


 清が灯の荷物をさらっと持てば、灯は驚いたような表情をしつつも、嬉しそうな笑みで手を取ってきていた。


「清くん、重くないですか?」

「大丈夫だ。これくらい余裕だからな」


 灯は、荷物を現実世界にほとんど置いてきているらしく、必要な衣類や化粧品くらいなら軽いものだろう。


 忘れ物の確認をした後、清は自分のリュックを背負い、灯と一緒に家の外へ出た。


 夏とはいえ、早朝なのもあってか、庭は白い靄のある霧に覆われ、薄っすらとした光しか通していない。


 玄関から転送魔法陣までの道筋が見えないほど濃い霧は、静かに心に波を打つようだ。

 現実世界に行くという事は、懸念すべき解放者に会うかもしれない、といった不安を扇いでくるかのように。


 気づけば、清は灯と繋いでいた手を強くしていたらしく、灯から「大丈夫ですか」と声がかかる。


「あ、すまない。大丈夫だ」

「……二人一緒なら、どんなことでも受け止めて、前に進めますから。清くんの背中は私に安心して預けてくださいね」

「ありがとう、灯。無理しないで、俺を頼ってくれよ」

「私の方こそ……清くん、ありがとうございます」


 灯も何かと不安があったのだろう。それでも、清と一緒に居られるから大丈夫、という希望を糧に笑みを携えているのかもしれない。


 小さな手をしっかりと握り、清は足を一歩踏み出す。


 その時、濃く染まった霧の奥から、ある人影が姿を現した。

 黒いローブに身を包んだ人物、ツクヨだ。


 灯はツクヨを認識してか、さっと警戒するような仕草を見せている。


 灯の警戒をよそに、ツクヨは落ちつくように手で合図を出しながら、ゆっくりと言葉を口にした。


『二人共、おはよう。念のため、見送りに来ただけだよ』

「ツクヨさん、おはようございます……見送り、ですか?」

『ああ、古村君と美咲君は魔法の庭に帰って不在だからね』


 ツクヨの言葉に、清は思わず納得して息をこぼした。

 ツクヨは解放者の存在もそうだが、こちらの無事を保障してくれている人物だからこそ、心配して見に来てくれたのだろう。


 現実世界で無いとはいえ、魔法世界で襲われない、という保証が無いのだから。


『現実世界、気をつけて行ってくるように』

「ツクヨ……ありがとう」


 ツクヨは灯に感謝の言葉を言われると思っていなかったのか、珍しく動揺した様子を見せている。


 灯はそんなツクヨを気にもせず、清から手を離し、軽く庭の中央へと移動していた。


『君と付き合ってから、あの子も随分素直に変わったものだね……親として、子の成長は嬉しいものだよ』

「そうなのですか?」

『君も親になれば、意味が分かる日は来るさ』


 ツクヨ……月夜の本心から告げられた言葉に、清は思わず息を呑んだ。

 親になる、ということは子の生命を授かる行為だ。自分と同じ境遇に会わせたくない、と思っている清からしてみれば尚更だった。


 気づけば『そろそろだね』というツクヨの言葉と共に、灯の方から魔力を感じとれた。

 そして、灯の足元には魔法陣が展開されている。


「星と星は虚空で光の道を創りて、現実と魔法の世界を繋ぐ線となる」


 灯が詠唱を終えれば、灯の目の前の空間は歪み出し、以前にも見た歪んだ空間が露わになっている。


 灯は空間を創り終えるや否や、こちらに駆け寄ってきて、静かに手を繋ぐ。


「ツクヨさん、行ってきます」

「……行ってきます」

『うん、気をつけて』


 清は見送るツクヨに手を振り、灯に導かれるまま、歪んだ空間へと足を踏み入れる。



 空間の中は、黒い世界に白い道筋の光が先へと続いていた。

 以前であればぼやけたように見えていた星ですら、清の目には鮮明に映っている。


 なぜこの魔法の空間内が以前と違うように感じるのか、清は不思議でしょうがなかった。


「灯……この空間、前とは違うように見えるんだが?」

「それは、清くんが星夜の魔法の魔力に目覚めて、空間内を瞬時に移動できるようになった証拠ですね」


 灯曰く、この空間は神秘の力で生まれた構成に近いらしく、同じ魔力を持つ清なら灯と同じ目線で見えるらしい。


「今なら、私の手を繋がなくとも、清くんなら現実世界の出入り口は愚か……魔法世界に帰ることも出来ますよ」

「……それでも、この手は繋いでいたいかな」

「ふふ、嬉しいです。急ぎますから、手を絶対に離さないでくださいね」


 灯はそう言うと、一気に魔力を放出し、高速で星の光のように移動していく。


 間違えてでも手を離せば、灯との距離が一瞬で遠く離れてしまう、と思わせてくるほどだ。


 また、灯がどうやって現実世界から魔法世界を時差無しで移動していたのか、決定的な裏付けとなっているだろう。


 灯は高速移動中に、黒いローブを魔法で生み出し、自身の髪を隠すように纏っていた。


 透き通る水色の髪は、魔法使いであるという証明になってしまうからこそ、現実世界では隠しておかないといけないのだろう。


 気づけば、灯は魔力を解除し、こちらの手を握ったまま光の道へと舞い降りる。


「清くん、着きましたよ」

「……早いな」

「星の魔法で移動しましたからね。この空間を出れば、以前と同じ場所に出ますから」

「分かった」


 出入口、という名の光の差し込む歪みに足を踏み込めば、清と灯は白い光に姿を包まれていく。



 空間から出て、視界の光が収まれば、清の目に馴染みのある草原が姿を見せる。

 今では懐かしさすら思わせる、灯と一緒に星の魔石を拾った場所だからだろう。


 気づけば、灯は清の手を握ったまま、何やら周りをきょろきょろと見回していた。

 どうしたのか、と灯に尋ねようとした時、温かな声が耳に響き渡る。


「灯、清くん、迎えに来たわよ!」


 声のする方を向けば、透き通るような金髪のショートヘアーを揺らしながら近づいてくる、満星の姿が目に映る。

 灯も満星の姿を視認してか、嬉しそうに笑みを宿しながら近づいていく。


 近付いた灯がギュっと満星に抱きしめられているのを見つつ、清もゆっくりと歩を進ませる。


 親子の愛、というものを間近で感じさせられている清からしてみれば、考え深い光景だった。


「お母さん、ただいま」

「満星さん、お久しぶりです」

「清くん、そんなにかしこまらなくてもいいのよ? それより二人共、元気そうで何よりよ」


 清は満星に頭を撫でられ、優しい母のような温もりを感じさせられた。

 灯がその様子を見ていて不服そうにしていた為、満星は不満げながら程々にしている。


 車を止めてある、とのことで、話もほどほどにして三人で満星の車へと歩を進めた。



 数分ほど車を走らせ、清は灯の実家に到着した。


 満星は聞きたい事があったかもしれないが、車の中で詮索せず、にこやかと車を走らせていた方だ。

 灯と手を繋いでいたのもあり、清は若干の気まずさに押しつぶされそうになっていた。


 車から降り、清は灯と一緒に満星の背を付けるように歩く。


 自分の家で無いのもあってか、本当にお邪魔して大丈夫だろうか、といった不安が今更ながら込み上げてきている。


 清の顔色が曇りかけていれば、満星は柔らかな笑みを携えて後ろを振り向く。


「二人共、おかえりなさい。清くん、何もない場所だけど、自分の家のようにくつろいでいいからね」

「清くん、心配いらなかったでしょ?」

「……ありがとう、ございます。俺、嬉しいです」

「灯、ちゃんと愛情を教えてあげたのね……偉いわ」


 清は灯に手を引かれ、家の中へと足を踏み込んだ。

 背中を後押しして迎え入れてくれる満星に、清は思わず涙が溢れそうになるのだった。

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