百二十九:約束した、ずっと空いたままの隣
一つ歩を進めるたびに、地を踏みしめる二つの足音が鳴り、時の流れと共に緊迫感を与えてきている。
それは、今までのヒントと照らし合わせても、灯が隠したものを理解できていないからだろうか。
最後のヒント『二人きりのお昼』これが何を意味して指しているのか、見当もつかない状態だ。
校庭に差し込む光は行く先を照らし、透き通るような景色を見せてきている。また、なめらかに吹く風は、心をくすぐるように肌を撫でていた。
清は小さな手を繋いだまま、溜まりだした熱い空気をそっと外に逃がす。
心拍数が上がるような気持ちを抑え、考えを逸らしながら言葉を口にする。
「灯はさ、俺が隠すものを予想出来ているのか?」
尋ねた時に見た灯の表情には、小さな微笑みが咲いていた。
自然的に見せてくれるいつもの笑みであるのに、今だけはどこか違う風に感じてしまう。
「……隠す必要が無ければ、嬉しいのですけどね」
と、小さく呟かれた言葉は、まるでこちらの心の裏を読んだような発言だった。
見ていた透き通る水色の瞳の奥が輝いたように見え、思わず目を逸らしたくなってしまう。
灯に想いを伝えたい、と思っているはずだが、目を逸らしてしまうのは何故なのだろうか。
そう思った自分に、清は軽く頭を横に振る。
目指すべき場所が分かっているからこそ、今はただそこに向かうように、昇降口へと向かった。
校内に入れば、誰も居ないのもあってか、足音だけが静かに響き渡っている。
灯と距離を詰めるのには好都合と言える瞬間に、言葉を上手く交わせていないのはどうなのだろうか。
心寧や常和が気遣ってくれていたとしても、自分自身が切り出せていなければ意味を成していないだろう。
繋いだ手を離さない。この想いだけが、灯との間にあるやり取りみたいなものだ。
窓から差し込む光が二人の影を模し、近い距離であることを実感させてきている。
上の階に進む階段に差しかかった時、灯がゆっくりと口を開く。
「清くんは……私の隠したもの、予想できましたか?」
先ほど灯に聞いたのと同じ質問をされ、清は思わず足を止める。
「……今までのヒントが、俺が見ていない場所で起きた灯の行動だったのは分かった」
一呼吸置き、再度口を開く。
「それでも、予想は出来ていない」
「世界を渡る流星を見る前に、今日が今までで最高の日、って清くんに思ってもらえたら嬉しいです」
「灯から受け取れるものなら、俺は何でも嬉しいけど……いや、灯がそう言うってことは、違う意味だよな」
灯の言葉をそのまま受け取るのなら、隠したものはこちらが一番喜ぶもの、ということだろう。
今までの灯の様子からして、単純なものを隠すような真似はしない、とも受け取れる。
思わず考え込んでいれば「どうでしょうね」と灯に笑みを宿して言われたため、むず痒くなってしまう。
考えもほどほどにし、ヒントの指す場所を目指すため、灯と共に階段を上がっていく。
音を鳴らして上がっていけば、最後のトビラが目の前に立ちふさがる。
開ければ灯の隠したものが分かるかも知れない、と思う反面、どこか引っかかるような思いも生まれてきていた。
困惑したような思いを吹っ切るように、清はドアノブに手をかける。また、灯も同じように、清の手に重ねるように手を置く。
お互いに言葉を交わさず、最後のトビラを一緒に開けた。
トビラの先に映るのは、雲一つない青空と、輝く太陽の光に照らされた屋上だ。
この屋上は、灯と初めて二人きりでお昼を食べた場所でもあり、灯のおにぎりの虜にされた場所でもある。
屋上に設置物はなく、見渡しても、常和や心寧の姿は愚か、箱や空間の歪みすら見当たらない。
隅々まで探そうと、清は屋上に足を踏み出す。
「ここに隠したものが……」
そう言った瞬間、背後から服を引っ張られるような感覚に襲われる。
ふと振り向けば、灯が小さな手で服の袖を引っ張ってきていた。
灯は遜色のない、いつも通りの表情であるものの、どこか違う雰囲気を醸し出している。
その時、屋上なのもあってか、吹き込んだ風が透き通る水色の髪をなびかせた。
灯はいつの間にかヘアゴムを外していたらしく、ストレートヘアーとなった髪に、神秘的な川を生み出している。
「あの、清くん……本当は隠してなんかいません」
「隠して、ない?」
思わず困惑していれば、灯は静かに一枚の紙を差し出してきていた。
透き通る水色の瞳は真剣にこちらを見つめてきている。それは、これが本当の最後の道しるべ、と教えてきているようだ。
清は思わず息を呑み込んだ。
覚悟を決めて、小さな手から差し出された一枚の紙に手を伸ばす。
紙を受け取った後、灯を見れば小さく微笑んでいる。
そっと紙を開けば、清は目を疑いたくなった。というよりも、最後のヒントに答えが書かれていたから、が正しいだろう。
(……『約束した、ずっと空いたままの隣』って)
書かれている言葉は、明らかに灯本人を指している。
あの時に交わした約束を、忘れるはずが無いのだから。
気づけば呼吸をするのを忘れるほど、真剣に灯を見つめていた。
灯は隠した物ではなく、隠した者……ましてや、最初のヒントからずっと見つかっていたのだから。
――隠すこともなく、隣で支えて、ずっと一緒に居た大切な存在。
「灯の隠した者……いや、探させたかった者って……」
「理解しましたか? できれば、清くんの口から言って欲しいです」
そう言う灯に、清はゆっくりと言葉を綴る。
「俺の大切な人で、一番近くて遠いような存在――星名灯」
灯が小さく微笑んだとき、風は優しく吹き、透き通る水色の髪をそっと揺らしていた。
そして、差し込んだ自然の光は、灯の笑みを輝いて見せてくるのだった。




