百二十四:近づく魔法現象
それぞれで分かれた後、清はヒントをどうしようか悩み、未だに空白状の白い紙を眺めている。
対面に座っている常和は、迷いなく書き進めており、三枚目のヒントを書こうとしていた。
ヒント、という面で深く考えてしまっているのもあり、手が思うように動こうとしない。そして、黄色いボールペンを眺めても、浮かんでくるのは灯から貰った思い出だけだ。
灯に隠すのは、清という名の自分の気持ちであり、学校内でのヒントにしづらいのだろう。
灯と心寧からは、楽しそうな声と共に、しっかりとペンの当たる音が聞こえてきている。
ふとため息をつきそうになった時、紙からちょうど目を離した常和と目が合う。
「常和は、どうやってヒントの単語を決めている感じだ?」
「ヒント、っていうよりかは、直感に近いなー」
「直感か……それは心寧との相性がよさそうだな」
「だろ? だからさ、清も深く考えすぎず、気楽にやれよ」
灯に想いを伝えたい、というのが本命であり、ヒントイコール自分に導くためのものと考えるべきだったのだろう。
常和の後押しもあり、楽になった清はボールペンで紙をなぞり始める。星の間にある、線と線を結ぶようにしながら。
始まりの一歩となるヒントを書き終われば、常和が「一枚目お疲れ」と労いの言葉をかけてくる。
「まあ、早めにやりたいからな」
「お、気合が入ってるな!」
「諸々含めて楽しみなんだ、当然だろ」
「楽しみ……ああ、思い出した」
「思い出した、ってどうしたんだ?」
「この世界をあまり知らないお二人さんにとって、良い情報があったんだよ!」
常和は手のひらで拳の側面を叩き、響く音を立てた。
また、常和の声が聞こえていたのか、心寧が灯を引き連れて近づいてきている。
常和の言う『お二人さん』とは完全に清と灯を指しているため、心寧が気を効かせてくれたのだろう。
灯が近くに来ようとしているのもあり、清はヒントの書かれた紙を静かに机の中へとしまった。
灯はそんな清に小さく微笑みながらも、隣に持っていた椅子を置き、並ぶように座る。
相変わらずの近い距離ではあるが、目の前の二人は零距離でくっついているため、マシと言えるだろう。
「とっきー、もしかして……あの話をする感じ?」
「ああ、毎年七月の何処か一日だけ見れる、あの日がわかったからな」
「あー、まあ、聞いたもんね」
「一日だけ見られる、ですか?」
灯は不思議そうに首をかしげ、静かに二人の方を見ていた。
「で、その見られる、って言うのはなんだ?」
「それはな、数日後……」
「魔法世界の空を彩る星が降るんだよー!」
「……星、見たいです」
「反応が灯らしいな」
小さく呟くように、それでいて透き通る水色の瞳を輝かせている灯は、今すぐにでも星が見たい、とでも言いだしそうだ。
とはいえこちらも、幼い頃に灯の影響をもろに受け、星を見たいという好奇心は高まっている。
お互いに星が好き、というのを常和と心寧は認知してくれているため、教えてくれたのだろう。
灯を微笑ましいような視線で見ている心寧を横目に、清は常和に一つの疑問を口にした。
「数日後、って言っていたけど、正確な日とかはわかるのか?」
「正確な日までは把握できてないんだよな」
「まあ、気づけば降っているような魔法現象だからね」
灯は楽しみにしていたのか、日付が未定であると知った瞬間、寂しそうに肩を落としていた。
軽くうつむいた顔には、うっすらと雲がかかっている。
うつむいている灯を見続けるわけにもいかないため、そっと手を伸ばし、なめらかでさらさらした髪に触れた。
雲は晴れるように、柔らかな笑みへと変わっていく。それでも、無邪気な子どものような輝きは陰りをみせている。
心寧から「あかりー大丈夫?」と心配そうな声がかかった。
灯は「大丈夫ですよ」と言ってはいたが、痩せ我慢をしているのだろう。
常和が軽く教えてくれたが『世界を繋ぐ流星』という名前が星には付けられているらしい。
世界を繋ぐ流星、というだけあり、魔法世界にいつ近付いているのか計測しづらいようだ。
星を見る日が八方ふさがりの話になりかけた時、近くにいたツクヨがこちらへと歩いてきていた。
『世界を繋ぐ流星……魔法現象であるが、こちら側である程度の日程はついているよ』
「ツクヨ……教えてください」
「ツキ、うちからもお願い!」
ツクヨは悩んだ様子も見せず、静かに苦笑していた。
『教える前に、その星の現象について勉強しようか』
そう言ってツクヨは、フードの内側から大きめの魔法の紙を取り出し、指を鳴らしてみせる。
四人の見える位置に置かれた紙には、魔力を帯びた絵が浮かび上がってきていた。
その絵には、魔法世界と、見慣れたとも言える魔法の庭の絵が描かれている。また、その間には謎の空白があり、ぽつぽつと輝く線が引かれていた。
『この期間になると、魔法世界と魔法の庭を繋ぐ空間から、魔法世界に近づき見えるようになる星があるんだよ』
「……魔法の庭と?」
「あかりー、うちが後で教えてあげるから!」
『どこに流れてくるかは把握できているから、管理者側で空の観測をしている際に、細かい日程まで割り出せる感じだよ』
ツクヨのあっさりとした様な解説と共に、魔法の絵も動いていたため、理解しやすい内容だったのは事実だ。
管理者は表向きで活動を公表していないものの、環境にまで手を伸ばしているとなれば、逆に何をしていないのだろうか。
清はそう思いつつ、灯の方を静かに見る。
「灯と俺は星好きだし、見てみたいよな」
「そうですね」
『なら、こうしようか。日程を定めてもいいのなら、秘密探しに合わせるのはどうかね?』
ツクヨの提案に、清としては賛成でしかなかった。
星が降るのは夜であるため、秘密探しで距離が縮まった後、灯と一緒に見られるのは願ってもいないことだろう。
清の表情には、気づけば満面の笑みが浮かんでいた。また、灯も嬉しそうに笑みを浮かべ、ちゃっかりと手を握ってきている。
賛成の意思を示そうとした瞬間、常和と心寧からは賛成の言葉が出ていた。
灯と顔を見合わせ、賛成です、と同じくツクヨに伝える。
『……全員の合意の上という事で、こちらで日程は調べておくよ。宿題として、ヒントの紙は今日中に書き終わるように』
「ツク、ヒントはうちらの方で集めとくから!」
「距離が縮まった後に見る星かー、賛成以外ないよな!」
「ツクヨさん、ありがとうございます」
「秘密探し、そして星を見る……全て輝かせましょうか」
窓から差し込んでいる光は、盛り上がる四人を見守るように、静かに笑みを輝かせるのだった。




