百八:魔法のような進路
『黒井君、君は高校を卒業した後、魔法世界でどうしていく気かね?』
休みが明けた学校の放課後、清はツクヨの個室で面談を受けていた。
ツクヨからは事前に面談があると説明を受けており、最初の一番手として清が選ばれたのだ。
常和と心寧は魔法科目の関係上、時間等を考慮しても最後にされている。
灯は、先でもいいと言っていたが、ツクヨの判断で清が優先されたのだ。
清は軽く息を吸い込み、静かに吐き出す。
ツクヨの質問に、答えは既に決まっているのだから。
「俺は、灯と一緒に決めたいと思っています」
『なるほど……この世界の大学は当てにできないから、その判断でも良いと私は思うよ』
否定する気も、肯定する気もないらしく、ツクヨは小さくうなずいた。
仮面で隠れていて素顔は見えないが、きっと柔らかな笑みをしているのだろう。
ふと気づけば、ツクヨはずっとこちらに真剣そうな視線を向けている。
『それは別として、黒井君自身の思いを……聞いてもいいかね?』
「俺の思い、ですか」
『星名君と一緒に決めるにしても、彼女は君の意見を取り入れようとする、と私なら予言できるけどね』
ツクヨの言っていることは理にかなっているだろう。
娘であるとかではなく、灯自身の思いを読み取って、遠回しで清に伝えてきている。
灯と決めると言っても、灯が清の意見を無視するはずがなく、お互いに意見を交流し合いたいはずだ。前回行った、あの花畑で話したように。
「……魔法世界をもっと詳しく知りたいと思っています」
『管理者は全貌を把握しているだけだから頼もしい意気込みだね』
「俺が見ている世界は狭いし、持っている星の魔石だって正体不明のままです。だからこそ、世界を広く見て、もっと知ってみたいんです」
言い切れば、ツクヨは小さく拍手し、清を褒め称えていた。
ツクヨからすれば、学生のうちにここまで視野を広く持てるとは思っていなかったらしく、称賛に値するらしい。
清としては、灯と一緒に居なければ辿りつけなかった極地であり、灯が居てくれたから視野を変えられたのだ。
一時期は全ての光を失ったが、こうしてまた星のように輝いているのだから。
――どれだけ遠くても、どれだけ近くても、本当の思いが今もここにあるのは変わらず。
それでも、手を伸ばせずにずっと隠している自分は、一歩ずつ進むしかないのだろう。
『時間も余ってしまったし、話を変えようか。星名君と隣町へお出かけしたそうじゃないか。……お出かけした感想はあるかい?』
若干含みのあるような言い方をするツクヨは、管理者であるツクヨというよりは、月夜本人としての興味だろう。
そして、ツクヨが知っているのはおそらく、常和か心寧が漏らしたと考えられる。
清は後で常和を問い詰めようと思いつつ、あの日の光景を思い出した。
「幸せで楽しい時間でした。今まで見たかった花畑を灯と一緒に見られて、お買い物を一緒に出来た時間は。いつもの日常では見られない、灯の一面をたくさん見られましたから」
『なるほど、いい経験になったみたいだね。話をしてくれて助かるよ』
ツクヨも灯の事が気になっていたのか、安心したようにほっとしていた。
それで本来なら話を終わりにしたかったが、清には確認すべきことがある。
今までの雰囲気を変え、真剣にツクヨを見た。
「それとですね――お買い物の最中に『解放者の仲間』と言われて男に襲われました。それだけに限らず、その男は俺が黒井家であることを知っていたようでした」
『それは本当かね。男……つい最近、ショッピングモールで確保された者であっているかね』
驚きつつも冷静に対処するツクヨに、清は静かにうなずいた。
この言動を見るに、管理者内でツクヨにも話は通っているが、詳細までは知らなかったのだろう。
「その男は、まるで誰かを俺のせいで失ったように騒いでいて、正気ではありませんでした。警備員が駆け付けて場は収まりましたが、どうもそこが突っかかって」
『失ったように、か……わかった、こちらでも調査を進めてみよう。一応言っておくが、管理者内でも身内を急に失った者が居るから、黒井君も気を付けた方がいいかも知れないね』
被害が管理者まで及んでいたのは意外だが、警戒するに越したことは無いだろう。
「ありがとうございます」
『礼には及ばんよ。管理者は均衡を保つために動くのが使命だからね。この件はこちらに任せて、君は今、娘との時間を大切にしたらいい』
さらっと月夜の素面が出ていたが、清は感謝して頭を下げた。
面談は終わりとなり、何かつかめたら教えるよ、とツクヨから言葉をいただいた。
その後、清は灯が居るであろう第二グラウンドに向かっている最中だ。
この日の放課後は、心寧が二位防衛線をするらしく、灯は待っている間に観戦に行っているらしい。
魔法科目試験の部としては最後になる為、時間的に始まりに間に合うだろう。
第二グラウンドにたどり着けば、生徒に囲まれた試合会場の中で、見慣れた透き通る水色の髪の少女が目に映った。
そして、清はゆっくりと近づく。
「灯、おまたせ」
「あ、清くん、ちょうど心寧さんの試合が始まるところですよ」
「……常和は?」
「古村さんなら、飲み物を買いに行きました」
なんで彼女の試合が始まる前に常和は席をはずんだ、と清は思いつつも、試合会場の方に目をやった。
そこには心寧が凛として咲いており、挑戦者を待ち構えている。
(心寧『縛り上魔法を使わない』って言っていたけど、どうやって勝つんだ?)
清は灯の隣で、始まりの合図が鳴るのを待った。




