九十九:穏やかな時間の中で
その日のお昼休憩、清は灯と心寧の三人で、食堂に来ていた。
常和は心寧の含め、魔法科目試験の最終受付をしているらしく遅れてくるようだ。
常和の分の席も確保しつつ、三人は席に着いた。
清は食に感謝してから、灯から受け取ったお弁当を食べ進めた。
灯の味付けは清好みが多く、あまり味が濃くないのは嬉しいものだ。
その時、灯の隣でお弁当を食べていた心寧が箸を止めていた。
「そう言えばさ、今月の終わりぐらいにテストあるよね」
「確かにありますね」
「また皆でテスト勉強をしたいよね!」
「魔法科目の試験が忙しくならないかそれ?」
清と灯は魔法科目の試験に参加しないため、放課後を使うとか合わせる時間はいくらでもある。
常和と心寧の場合は、魔法科目の試験が放課後に行われるのも考えれば、集まるのが難しくなるだろう。
一年生時も参加していないが、全学年が躊躇なく混雑するお祭りだと認識している。
そう思っていれば、灯が水を飲んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「清くん、休みの日に皆で勉強会をする時間を取れば良いと思いますよ? 噂によれば、今回のテスト……一筋縄じゃいかないらしいですからね」
「ああ、それもそうか」
「今回のテスト、特別枠になってない学年共通の期末だもんねー」
「心寧さん、妙に不服そうですね」
心寧が、別にそんなことないよ、と不思議そうに言っていた。
以前の中間テストは、魔法合宿の期間も含めて早めにされただけで、今回は特別枠でのテストといかなかったのだろう
何気に勉強会をすると決まったが、清の家集合になると思われる。
清は今回も頑張ると決めている為、断然やる気だ。
そんな清を灯は見ていたようで、小さな笑みを浮かべており、清は頬を赤らめるしかなかった。
心寧が頬を赤めた清をからかっていれば、声が聞こえてくる。
「心寧、何があったかわからないけど、からかいすぎるのはやめてやれよ。清が普通に可哀そうだから」
「分かっているなら哀れむなよ。というか、ツクヨさんも一緒だったのか?」
常和に気を取られて気が付かなかったが、常和の隣にはツクヨが立っていたのだ。
存在に気づいた灯と心寧が鋭い視線を向けているが、ツクヨは気にした様子を見せていない。
教室以外で最近は見かけていないため、食堂で見るのは珍しさがある。
いずれにしても、理由があって来たのには変わりないだろう。
「なぜツクヨも?」
『後ほど面談がある、というのを伝えに来ただけだよ。古村君とは偶然出会っただけだからね』
「ツキが言ってる事が本当かわかんないんだけど?」
「俺がツクヨ先生と偶然出会ったのは本当だ」
「面談、ですか?」
清が首をかしげつつ聞けば、ツクヨはこくりとうなずいた。
『細かいことはまた後で話すとしようか。今は休憩を存分にしたらいい』
ツクヨはそう言って、食堂を後にした。
灯の「何をしたかったのでしょうか」という言葉に、悩むしかなかった。
常和が注文した品物を持ってきたところで、改めて各自箸を進める。
心寧がツクヨをなぜ『ツキ』と呼んでいるのか、という話をしていれば、常和が目の前に紙を差し出してきた。
「常和、これは?」
「魔法科目試験の日程表」
「なぜ?」
「あー、星名さんが心寧の試合を見る予定があるって言ってたから、全員分貰って来ただけだ。心寧と星名さん、これ二人の分」
「とっきー助かる」
「古村さん、ありがとうございます」
灯が感謝して常和から受け取ったのを見た後、清は紙に目を通した。
日程表というのもあり、放課後に試合をする人数、対戦相手は既に決まっているらしい。
全学年が参加する魔法勝負祭りの感じもあってか、学年全体でのランキングになっているようだ。簡潔に言ってしまえば、何年生であろうと、一位になった者が『参加していない者を除いて』学校内最強と言えるらしい。
常和の試合の日程を探せば、本日の放課後の枠にすでに入っていた。
「常和は今日からあるんだな」
「ペア試験の際に、魔法がちゃんとした『創成魔法』になったからな」
「とっきー、前回一位からだったのに、下からやり直しだもんねー」
「清や星名さんくらいの怪物が潜んでない限り、俺の一位は決まってるけどな」
常和が自身満々に言ったせいか、周りから殺意とブーイングの嵐が飛んできている。
常和は現に一位推奨格ではあるが、不服な者が多いのだろう。ましてや、一位だったものが下から開始なのが、更なる燃料を生み出しているのかも知れない。
周りが妥当常和連合を組もうとしている中、笑顔の絶えない常和の空気感は流石としか言いようがないだろう。
清は常和を最後まで応援する気だ。それは、勝つとわかっている試合だろうと対象になる。
「常和、今日は見に行けないけど、頑張れよ」
「ああ! というかさ、清も参加しようぜ」
「来年あったら考える」
「まことー、言質取ったからね! あ、とっきーの試合はうちが見てるから、二人は安心しても大丈夫だよ!」
「考える……あー、行事を破壊した張本人二人の会話は説得力が違いますね」
「え、灯??」
何気に灯が笑顔で晒してくれたが、清は苦笑いするしかなかった。
体育祭を滅ぼした炎と風の魔法使いは、間違いなく清と常和の二人なのだから。
その後、心寧がなぜ防衛戦のみなのか、という話をしてお昼休憩は終わりを迎えた。
放課後の帰り道、清はいつものように、灯と手を繋ぎながら一緒に帰路を辿っている。
ワイシャツなのもあってか、肌を撫でる風が更に身近に感じていた。
そして隣には、ローブを着用していない、夏服姿の灯が居てまぶしく見える。
二人の足音が響き渡る中、灯が口を開く。
「清くん」
「灯、どうした?」
「今度の休日、一緒にお買い物しに行きませんか?」
笑顔で言う灯に、清は動揺を隠せなかった。
灯と買い物に行きたくない、というわけではないが、なぜ急に言ってきたのだろうと疑問に思える。
灯が一緒に行きたいと言えば、いくらでもついていくし、離れるつもりは一切ない。以前の買い物の反省を含めてだ。
「別に構わないけど……急だな」
「……清くんとの日々を、記憶に残していきたいから」
灯から小さく呟かれた言葉は、清の耳にしっかりと届いている。
「わかった。どこに行きたいか、一緒に考えるか」
「ありがとうございます」
「俺の方こそ、ありがとう」
灯は小さな笑みを浮かべ、嬉しそうにうなずいていた。
そして、お洋服も見に行きたいですねや、帰りに寄り道もしてみたいなど、灯は楽しそうに考えてくれている。
「どこに行くか楽しみですね」
「うん、そうだな」
優しくも離さないと言わんばかりに握られた手は、二人の間に差し込んだ温かな光に、優しく包まれている。




