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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第三章:record with you

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九十七:今の迷いと思い

 翌日、灯との関係が特に大きく変わることなく、放課後を迎えていた。

 常和や心寧が近くに居たのを踏まえて、灯は意識させないように配慮してくれたのだろう。


 そして今、第二グラウンドでなぜか、魔法科目直前である常和の体慣らしに清は付き合わされていた。


 期末試験は六月の終盤だが、魔法科目のランキングは中旬から始まる。

 一年の時とルールが変わっていなければ、魔法科目のランキングは期末試験の始まりと共に終わるのが鉄則だ。

 参加しない清からしてみれば関係ない話だが、約一週間のうちは警戒を強めるためにも有効的になる。


「清は魔法しばらく使わないんだよな……ほい、これ」


 常和はそう言って、木刀を清の方へふわりと投げてきた。


「あ、すまない」

「ちゃんと【託す思い】を使ってあるから安心しろ」

「別にそこは心配してない」

「じゃ、問題はないな! 創成風魔法――静風剣【せいふうけん】――」


 常和は不思議なことに、風剣の中では一番火力の低い剣を出した。

 こちらとの手合わせであれば、常和は遠慮なく普通の風剣を出してくるはずだ。しかし、常和が静風剣を出してきたのには違和感がある


「常和、風剣や暴風剣はどうしたんだ?」

「あー……俺が魔法科目で使えるのはこの魔法だけだ」

「それはまた……どうしてだ?」

「ツクヨ先生の作業が増えることになるけど、いいか?」

「察した。それは仕方ないな」


 察しているのがおかしいのか、常和は笑いながらこちらを見ている。

 常和が『ツクヨ』という言葉を出したのは、風剣とかの火力の高い剣で戦った後の事後処理が全てツクヨに行くからだろう。

 ツクヨは放課後に姿を見せなくなったが、魔法合宿中に起きた、魔法世界での事後処理を全て担わされているらしい。


 魔法合宿の際に聞いた話で、上層部に喧嘩を売るような形になっているのが原因だろう。


(大変そうだし、後で菓子折りでも持っていくか……)


 そう思っていれば、常和は既に体勢を構えていた。

 常和の目を見れば真剣であるため、そろそろ体慣らしに付き合う覚悟が必要だろう。

 落ちていた葉が渦を巻いた時、互いに動き出す。


 少し打ち合っていれば、徐々に体が温まってきている。

 常和は清が魔力を使わないように手加減をしつつ、振りかぶる瞬間だけ本気を出す。人はこれを『才能』というのだろう。


「そう言えばさ、星名さんへのプレゼントの反応どうだったんだよ?」

「い、いきなりなに聞いてくるんだよ!」


 不意に聞かれたのもあり、清は手に持っていた木刀を落としかけた。

 常和は「気になっただけだ」と言って、ニヤニヤしながらこちらを温かいような目で見ている。

 木刀をしっかりと握りなおしつつ、清は周囲を見渡した。


 灯は心寧に誘われて別行動をしているが、聞かれるような事態があれば良くないだろう。

 ふと思いだせば、昨日灯が喜んだ顔は……鮮明に脳裏から蘇ってくるほどだ。

 好きな人であり、大切な存在である彼女の表情を忘れるのは、出来るはずがない。


 気づけば、ひんやりとした風が肌を撫でてきていた。


「喜んで、もらえたよ」

「……それだけか?」

「おもいっきり叩いてやろうか?」


 常和は、冗談だって冗談、と言って苦笑いをしていた。

 今の状況から考えても、心臓に悪い冗談はやめてほしいものだろう。

 灯に喜んでもらえた、今はその一歩だけで、清としては充分な進歩なのだから。


「清、星名さんとの距離……本当に近くなっていってるな」

「ふん、余計なお世話だ」


 不意に聞いたお返し程度に、清は笑みをこぼしながらも、常和に木刀を振るった。



 常和の付き合いが終わり帰宅する頃には、すっかりと日が暮れていた。


「ただいま」


 ドアを開ければ『ただいま』と言うのが、今では日常になっている。

 灯と一緒に暮らしていなければ、絶対に言う事が無かった、魔法の言葉だ。

 自分の帰るべき場所であると自覚できる、幸せな言葉だろう。


 そう思っていれば、リビングの方から小さな足音が聞こえてきた。

 そして、薄手のカーディガンを羽織った灯の姿が目に映る。


「清くん、おかえりなさい」

「……灯、ただいま」

「部屋で荷物は片づけてきてくださいね。そしたら、ご飯の準備をしますから」

「相変わらず手際が良い様で」

「ふふ、お褒めに頂き光栄です」


 灯が小さく笑みをこぼして心臓が刺激されたところで、見なきゃよかった、と清は思いながらも二階の自室へと向かった。


 部屋で整理をしていれば、ドアをノックする音が空間に響く。

 無言でドアを開ければ、灯が部屋の前に立っていた。


「……清くん」

「どうした?」

「学校の夏服は持っていますか?」

「ああ、持っているけど……」

「綺麗にしておきますので、貸してください」


 灯はそう言って、透き通る水色の瞳で見つめてくる。

 どうゆう関係だ、という考えと、付き合っていないよな、という考えが清の脳内を走り回っていた。

 灯が自身の準備をするのはわかるが、清の物まで手を回すとは思わないだろう。


「あー、私の夏服を準備するついでですよ?」

「よく俺の考えが分かるな」


 灯が「清くんのことですから」というので、余計に意味が分からなくなりそうだった。


「……灯、今取り出すからちょっと待っていてくれ」

「ええ、わかりました」


 清は静かにドアを一回閉めた。

 気づけば体が脱力しきったように、ドアを背にしてもたれかかり、床にしゃがみ込んだ。

 そして、内から込み上げてくる気持ちに、負けている。


「本当に……どうすればいいんだよ……」


 込み上げてくる涙をこぼし、小さく声を漏らしていた。


「落ちつくまで、傍で待っていますね」


 ドア越しから小さく呟かれた灯の声は、清の耳には届かず、気持ちには静かに届いていた。

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