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100万DL記念-1

 異物撃退都市エリシオン。

 枝分かれした並行世界から帰還した玄武、シリウス、指揮者、キズナ、そして新しく仲間に加わったティトノスらは本拠地内で休憩をとっていた。脚本の強制力によって死亡し、氷塊に閉ざされたエオスを連れて……。

 エリシオンの玄関口に到着した時、シリウスは極めて厳しい口調……それはもうほとんど非難と云っても差し支えない口調でキズナに対して、ティトノスへの接近禁止令を出した。本人は不服を表現する非常にヒステリックな表情を浮かべたものの、「これはルールじゃ」と云って、シボラが勝手に収集した素材を使ってレベルアップしないのと同様に彼女の周囲に小型のドローン型ゴーレムを配置する。キズナが不用意にティトノスに接近すれば、気絶するほどの電流が流れる設計であった。

 この小型ゴーレムの作成者はシリウスであり、本当は指揮者の身を守るため創造したものであるが、予想外の使われ方をすることになった。シリウスはどこか口惜しそうに「ゴーレムを新たに作らなければならぬ。アレ作るの結構難しかったんじゃよな」と述べながら、研究ラボに入り浸りになったのは云う間でもない。

 玄武は普通のキャラクター以上に仕事の多いシリウスに同情の念を抱きながら、並行世界から連れ帰ったイオスの身の回りの世話をする。定期的に彼女が眠っている氷の棺のメンテナンス……こまめに修繕作業を行うのだが、誰が置いたのか……その正体は明瞭だが、氷棺の上に置かれた献花を目の当たりにするのである。その氷で出来た弔いの花は、ティトノスが置いているのは確認せずともほぼ確定の事実であった。

 新章のはじまり――並行世界からの帰還――エオスの死から数十日経過した頃、今日も玄武は氷の献花を目の当たりにした。横たえた氷の棺の蓋にあたる部分だけではなく、その周囲さえも部屋の外気に冷気が漏れるほど、凍てついた花が手向けられていく。その花群を見る度、ティトノスの悲しみが一層深いものだと知ることになるのであった。

 本来ならばティトノス自身がこの棺の世話をするべきなのだろうが、彼の精神状態はあまりよろしくない。次元の獣を逆吸収した悪影響や暴走の気配こそないが、玄武は未だ強大な力を手放さそうとしない様子い力に溺れたか……もしくは、キズナに復讐を見舞う為に武装していたのだと思っていたのだが、それは違う。彼が異物の遺骸を身に纏う理由は、喪に服した状態でエオスの死をどうにか乗り越えようと本人なりに克服の兆しを見せていたことは、随分後になって知ることになる。

 絶えず献花を収めてやまないティトノスであるが、部屋中が氷の花に覆われた様はもはや凍える園芸室のようである。誰にも使われない……青龍の部屋をその安置所にしているのであるが、息を浅く吐けば白い煙が出て来る。部屋の室温は氷の献花による影響か、氷点下まで下がっているのかもしれなかった。

 玄武は自分の属性がティトノスと同じものであるがゆえに寒さに強く、他の属性の者ならば凍えても仕方のない部屋に長時間居座ることができる。それゆえじっくり時間をかけて棺のチェック、細やかな修繕を行い、部屋を出るのである。玄武の修繕作業は室内の温度が異常に低いことから氷で欠損部分を埋めているのではなく、氷属性のデバフ付与を利用したものであった。より詳しく述べるならば、スキルのチャージタイムやスピードダウンといった遅延効果を齎すそのデバフを利用して、イオスが眠っている氷の棺がタイムリミットを迎えて自壊しないように注意を向けていた。

 玄武はティトノスが置いていった氷の献花を踏まないように気をつけながら、今日一日のチェックを終えて、その室内から出る。外部へ至る室内のドアを開けると、気温の差にちょっとした違和感を覚えるのであった。温度の劇的な差は、まるで真夏に雪が降っていたかのような、ちょっとした違和感である。

 玄武が靴音を立てて廊下を歩んでいると、アルマローズとすれ違った。彼女は指揮者がガチャから排出した限定星5キャラであり、単純な火力だけならば全属性の上澄みどころか最高火力を保持している非常に有能なキャラクターだ。そしてキズナの天敵のような存在であり、実際本編の内容でも唯一踏み台に出来なかったキャラクターなのである。

 アルマローズがキズナの天敵である理由は、そもそも彼女のライバルキャラとして作られた根本的な理由が作用しているのであろうとシリウスは推測していた。

 ちなみに期間限定ガチャから排出したその瞬間、人格判別機によるチェックを行ったところ自我を有していることが判明しており、キズナの天敵ということもあるだけあって指揮者を守る非常に有能な仲間として頼りにされていた。戦力以外でも頼りにされているのであった。

 シリウスの熱烈な助言により可能な限り迅速にレベル上限、スキル限界突破……育成の全てを受けたアルマローズは、現状エリシオン内で最高レベルかつ最強の存在である。

「おっ、玄武ちゃんじゃん。今日も何時ものお仕事? お疲れ様だよね」

 アルマローズは親し気な口調で云いながら、小走りに近寄る。そしてニコニコと笑いながら、「また限定ガチャで星5キャラでたよ。でも人格の方はないみたいなんだよね」と指揮者の成果を告げるのであった。

「そもそもこのゲーム、サービス終了してんのに期間限定ガチャがあるのなんかおかしいよね……どういう理屈で働いてんだろ? 不思議だよね」

「私もどういう理屈で定期的なピックアップがあるのか分からない」

「え~。女史的には……これは自我があるから云えることなんだけど、キャラクター全員がガチャから出るの、指揮者に逢いたいって云う気持ちの表れだと思うんだよね。お人よしで甘ちゃんだけど、だからこそ好きなんだよね。多分みんなもそうなんだよ」

「そこはまあ否定しないが……」

 臆面もなく、好きだと好意を伝える。

 本編では度々奥ゆかしく奥手と他キャラクターに事実とは異なる賞賛を受けていたキズナとは、意図的に正反対の存在として作られた影響かそう云ってのけるのである。恥ずかし気もなく云う様は、この好感は伝えて当然だろうと云わんばかりのアルマローズなりの当たり前であった。実際、本編の描写内容で彼女の人となりを表現する親睦イベントでは実直とも云えるほど素直な態度で指揮者だけに限らず、キャラクター全員に対して平等に好意を口にしていた記憶が玄武にはあった。

「それにしても――」

 別の話題を振ろうとした時……。

 アルマローズが玄武の背後にあるイオスの眠る部屋をチラ見した瞬間、彼女の背後から足音が響いてきた。玄武が廊下の奥を見れば次元の獣の残骸の力を手放さない、一見闇落ちした姿をしたティトノスが無言で現れ、二人の傍を通り過ぎていく。その重苦しい雰囲気に二人は黙り込みながら、ティトノスが氷室の中に入る様を最後まで見守った。

「ねえ、女史的な疑問なんだけど……キャラクターの死ってなんなんだろうね?」

「……何が云いたい、アルマローズ?」

「いや、女史的にはキャラクターって、人間らしさを求められた人間っぽい存在だと思うんだけど、絶対に人間ではない偶像たるアイドルのような存在なんだよね。AIや機械と同じく明確な人権はないけど、イメージ像だけは確かにある。現実世界の人たちはキャラクターの……所謂、解釈違いって奴に物凄い反応を示すんだよね。イメージのギャップならまだいいけど、マイナス要素になると大変なことになる」

 キャラクターはあくまで人間っぽいだけの、非人間。

 大きな括りの中では、AI、ロボットそれらと大差ない存在だと述べるのである。

「ここだけの話、シリウスちゃんが云っていたんだけどエオスちゃんの肉体は時間停止の効果のある氷の棺がなくても、問題ないってさ。人間の死は心臓や脳の破壊が原因で死亡し、放置すれば肉体が腐敗するけど、彼女の状態を正確に口にするならHP0の状態で機能停止しているだけに過ぎない。常温で放置しても腐敗すらしない。回復する手段が見付かれば再起動するってこと」

 人間はいくら体力を消費しても死ぬことはない。

 疲労の蓄積が過度な場合でも、食って眠ればある程度回復はする。

 体力低下は事故や不注意に繋がる結果になる場合があるが、基本的に死にはしないのだ。

「つまり……エオスに何らかの手段でHP回復薬を投与することに成功すれば、生き返る……と云うことなのか?」

「女史と同じこと云っている。シリウスちゃんに同じ感想云ったけど、『それが可能ならとっくにやっておるわい』って返されちゃった。あのね……脚本の強制力って奴の所為でそれが出来ないんだって。エオスは死亡した……正確には機能停止に陥った。復活を遂げないその理由は、本編内で復活が描写されていないから再び動き出すことはないだろう……って。プレイアブル化してないのも影響の一因かも」

「機能停止……」

「人間みたいに適切な処理をして埋葬する必要すらないんだ、女史たちは。キャラクターだから……偶像だから。あくまでストーリーを彩る小道具の一部でしかない。二次創作っていう並行世界のようなIFを体現した創作の中であっても、絶対に人間の脚本から逃れることは不可能。道具、なんだね」

「…………」

「シリウスちゃんはこうも云っていたな。意思や自我を持っていたとしても、キャラクターたちが絶対に逆らうことのできない強制力の権化たる脚本……ムービー映像内などで明確に死亡描写されたキャラクターは、自然の流れに従うならばその肉体を消失させているだろうって。それなのにエオスちゃんは塵に帰ることもなく、氷の棺の中で機能停止しながらも肉体を維持している。死亡とも昏睡とも違う、役目を終えた停滞。だから、思うんだ。キャラクターの死ってなんだろう?」

「アルマローズ……」

「女史的に云わせてもらえるならば、最初に思ったのがプレイヤーたちの願望が反映されていると思ったんだよね。作中では死んでしまったけど、生きて欲しかった……そう云う願い、祈り。ティトノスちゃんはプレイヤー間の中でも性能を抜きにして人気があったキャラクターだったからさ、たくさんいたんじゃない? エオスちゃんとの幸せな生活を送るIFが。二次創作が。その信仰にも似た影響でエオスちゃんの身体が無に帰すことなく、機能停止しながらも存在することが許されているんだと思ったんだよね」

「今では違う意見なのか……」

「うん、そうだね。単純にプレイヤーの願望が反映されているだけでは何だか物足りないな……納得できないなって女史的に思って、珍しく深く考えてみたんだよね。そもそもキズナみたいな寵愛キャラは多くのアンチを抱え、死さえ望まれた。女史的な願望の反映が影響するなら、エオスちゃんの肉体の存続を許す理由足り得るのならば……たくさんの人に死さえ望まれたキズナは死ななくてはならない。だけど、アレは死んでいない。矛盾を感じたんだよ」

 キャラクターの死は、そう単純なものじゃない……と。

 仮にキズナをエオスと同じ死に至らしめたとしても、復活する。回復薬で意識を取り戻す。それは本編に死の描写がなかったがゆえ、一時的な気絶しかもたらさないと述べるのだ。

「存在税って云えば、分かるかな……女史は確かな根拠や思想があってこれから先の言葉が云えてるわけじゃないんだけど、善なる存在でも悪しき存在でも、存在税って云うものがキャラクターにはあると思うんだよね」

「存在税……?」

「ええっと、凄く簡単に云うと善意にしろ悪意にしろ現実世界の人間たちの意識が向けられている状態。善悪に関係なく認知されている状態って表現した方が分かり易いかな? 女史的な造語だから、玄武ちゃんはうまく呑み込めないだろうけど……」

「造語か。通りで聞いたことのない……」

「女史的に存在税って云うのは、キャラクターだけに限らず現実の人間にも影響する作用だと思うんだ。善く思われてチヤホヤされようが、悪し様に扱われてこき下ろされようが、意識を向けられ関心を向けられている。すべての人間から無関心の状態になることで、存在税はゼロになる。その状態を迎えてようやくやっと、キャラクターは死亡するんじゃないかなって思ったんだよね」

「例え、生きている人間でもか」

「人間の場合は少しケースが違うかな。やっぱりキャラクターとは違う存在だから。税がつきても物理的に死ぬことないけど、誰からも関心を向けられない存在税ゼロの状態は精神的な死と同義だと思うんだよね。魂の死だよ。有名人や芸能人って奴が顕著に表れるだろうけど、無名の一般人でも起こりうる身近な問題だと思うんだよね。孤立とはちょっと違うかな。無関心はとても恐ろしい……」

 アルマローズの存在税云々の話は、特殊と云うより独特な思想だと玄武は思った。

「現実世界……リアルプレイヤーはエオスちゃんに対して……もしくはティトノスちゃんに対してどんな願いや祈りを抱いていたのか、少しは想像できる。やっぱり、多くの人は思ったのがエオスちゃんに助かって欲しかったって云う想いが一番強く顕著に出ているのだと思う」

「でも、復活の描写のないキャラクターは……」

 ティトノスに対して、無暗に虚ろな希望を翳し続けるのは残酷を超えた何かだ。

 エオスが復活するかもしれない……愛しい人が舞い戻るかもしれないと可能性を僅かでも提示し続けるのは、何と云う拷問だろう。砂漠で喘ぎ苦しむ人間にオアシスの蜃気楼を見せて、歩き続かせる拷問に等しい。

「希望を吊り餌にぶら下げる様子は、夢を見せているのではなく悪夢を見せているのも同義だ。ティトノスに、復活する『かも』しれないなど決して漏らしてはいけないな」

「うん……それについては同意見だよ。意識がなく、肉体のみが残留する機能停止。ある種、存在税の悪影響……と云っても良いのかな」

 でもさ。

 アルマローズは云う。

「でもさ、それは玄武ちゃんも同じなんじゃないの?」

「……何が?」

「青龍ちゃん」

 彼女は云う。

 玄武は僅かに目を見開いた。

「玄武ちゃんって絶対に今でも青龍ちゃんの実装を諦めてないよね?」

 断言した。

 断言されてしまった。

 玄武はなぜか「いや」だの「あの」、「その……」としどろもどろになりながら、云い訳のような言葉を必死に探している。アルマローズとしては最後までとうとう実装することのなかった存在に、執着にも似た感情を抱いていることを責めているわけではなかった。

「青龍ちゃんは……何だっけ……ネタ的な意味であっても、多くのプレイヤーから認知され続け、存在税を溜めていた存在だと思うんだよね」

「……私は……」

「慌てなくてもいいんだよ。別に非難したいわけじゃないんだからさ」

「…………」

 沈黙。いや、正確には無言か。

 玄武はどこか見透かしたような態度でいるアルマローズに対して押し黙ってしまった。彼女は玄武のその様子に同情しながらも、どこか悲しそうな目で見ながら、次の言葉を云うのであった。

「別に青龍ちゃんの存在を諦めてなくてもいいんだ。もしもの可能性に縋っていても女史的には構わないんだ。だけど――」

 ――だけど。

「ティトノスちゃんは彼なりの方法でエオスちゃんの死を克服しようとしている。だけど……玄武ちゃん。絶対に間違わないでね」

「何を……」

「100万ダウンロード記念……このゲームにはプレイヤーがいないのに、あのイベントがはじまるみたい」

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