チュートリアル-2
泡のようにプカプカと浮かんでいたような、気がする……。
今まで夢を見ていたような……或いは意識喪失しながら他人事のように発言し、肉体を動かす様をどこか傍観者のように眺めていたと云うのに、突如そのキャラクターは、自我を習得した。
名前は、玄武。初期実装キャラ。リアリティはSR、属性は氷。
目をカッと見開き、力強い動作で拳を強く握った瞬間、玄武の脳内に鮮明に溢れ出すのは完走を迎えた、とあるソシャゲの内容だった。分類はRPG、内容はどこにでもあるような世界を救う物語のような……そんなストーリー。
或いは過去へ遡る遡行を行い、歴史の転換点に赴き未来を変えようとするものを妨害阻止する物語だったのか……意識が明瞭としていないがゆえ判然としないが、大まかに玄武がその物語の中でどういう立ち位置で、キャラクターとしての強さは何であったのか呑み込みかけていると、己の手さえ見えない透明人間のような身体だった身辺に変化が起きる。
まるで知識を呑み込めば……詰め込むほど詰め込めば色彩を得ていくような感覚の中、ひとつの人間の輪郭を得たそれは、描き手の制作の熱い想いを受けたように髪の色、肌の色、細やかな装飾が目に見える形でハッキリとしたものになっていくのだ。
……繰り返すがそのキャラクターの名前は、玄武。
氷属性の初期キャラ。
レアリティはSR。
星4のキャラクターであるが、とある事情によりリマセラ必須の不遇キャラとなっている。
「…………」
玄武は試しに声を出すように咽喉を震わせるも、あぶくが出るような反応しかない。まるで色のない深海にいるようだと思いながら、半透明な虚空の中、ふよふよと漂う。今いる場所は全てが無尽蔵と思えるほどただ広い空間で、生物らしき存在のない空間。周囲は眩い白色ばかりに輝く世界の果てである裏舞台。
自我に目覚めた玄武は衝動と云うよりも不安に駆られたように身体を動かすと、無重力の中、前方へと身体を動かした。前方に進むに従って、これまで無の空間であったのにも関わらず、小さな変化が訪れる。
その変化は所謂……没案となった名のなきエネミーやキャラクターの墓場であるのだが、それらを眺めながら音のない雑踏をかき分けるように前へ前へ進んでいくと、ゲームテキスト……云わばキャラクターの台詞や演出、スチルなどといったものがため込まれた情報室に辿り着くことが出来た。
玄武はその情報室の中、操作盤をたどたどしい指の動きで操作し、自身がこの物語の中でどういった展開と結末を迎えるのか、それを認識することになる。透明人間だった時期は華やかな見た目が『装備』されていない無装飾のマネキンのような有様であったのだが、次いで……二度目に情報を会得したのは、物語のはじまりから終わりまで至る内容の蓄積であったのだ。
自分は、玄武……ゲーム上のリアリティはSRで、プレイヤーが成長するに従って置物のようにされる、初期実装キャラ。ゲームと云うものはその物語が進み、発展して、新キャラクター(人権キャラと云うものだ)を迎えるにつれインフレなるものが起きる。
この事象は迎え撃つべき敵が強力なものへとなるのが自然、プレイ難易度が上昇するのでどうしても避けられない致し方ない現象である。しかし他のキャラクターはそのインフレについていくべく必殺技やスキルの強化の恩恵を受けていたのにも関わらず、玄武は明らかな欠点があるというのに一切強化イベントを受けることなく、物語は幕を閉じた。
あまりにも性能とスキルのかみ合わせが良好であるがために、運営側が強化に悩んで何も新しい恩恵を受けなかったのではなく、客観的にどう見ても事実上、放置され半ば忘れられたキャラクターであったのである。
放置……忘れ去られた部分はそれだけではなく、まだリリースしてから間もない時期、登場人物やイベントが乏しいその時節、玄武の口からほのめかされていた……リアルな人間からすれば実装が予想されるキャラも忘れ去られ、玄武は初期に必ずプレイヤーと出会うチュートリアルのキャラクターであったのにも関わらず、寂しい扱いを受けていたようだ。
余りにも淋しい扱いぶりの実例を挙げるなら、エンドエピローグ内でもプレイヤーの分身である主人公に二、三言別れの言葉を告げた後、放浪の旅に出ると云う簡単な別れだけだった。それがゆえに、その結末を目の当たりにした二次創作者は一人旅の果てに、初期の頃は散々存在をチラチラとほのめかしていたキャラクターと再会するIFの物語が多く描かれているのが実情だ。
非道な現実と述べるべきか……どうやら玄武は、公式から扱い難いがゆえの出番のなさ等ではなく、新しいキャラクターが次々と実装されるにつれて、置物と同じ扱いを受けていたと表現した方が正しそうだ。
だが……それでも……玄武は初期キャラクターである唯一のアイデンティティがある為に、一定数熱狂的なファンを獲得していたようだ。その数はこのゲーム内の人気キャラクターと比較するとその総数は非常に少ないものであるが、それでも活躍の場が少なかった自分を愛してくれた、生きた人間が今もなお存在しているのである。そのゲームがサービス終了してもなお……!
玄武は物語の始点からエンド終点すべての情報を情報室で呑み込んで、どうすべきかと悩んだ。
どうして『自分』が目覚めたのか……。
なにゆえ『自我』を会得したのか……。
そのことが判然としないまま操作盤を操っていると、とある表示を目撃することになる。それはその物語のタイトルなのだが、キャッチコピーと共に描かれたソシャゲのスタート場面を目撃して、動揺した。
この場面は如何な……第四の壁を突破する、プレイヤーや読者に語り掛けてくるキャラクターとは云えども、決して到達することのできない場。生身の人間にのみ許された、ゲームのスタート開始時点であったのだ。
戸惑いがあった。困惑した。混乱しそうだった。
だけど……もしも、もしもというIFがあるのであれば……遍く二次創作に溢れた主役のような展開を迎えることが、再走することで目覚ましい活躍を手に入れることが可能だと云うのであれば……やり直しが効くと云うのであるならば、これはもう二度とない千載一遇のチャンスではあるまいか……?
この物語は、世界を救う英雄譚であった。
改変される過去に遡行して問題を解決するRPGでもあった。
だが、それはこれまで戦ってきた敵と同じことをすることになる……。
現実の改変ではなく、簒奪じみた乱暴狼藉。
もしも自分が人権キャラクターという攻略には欠かせない存在になると云うのであれば、これは物語そのものに対する反逆ではないか。人気キャラクターへ変貌を遂げると云うのであれば、これまで倒してきた敵と同じ悪役になり、下手をすれば存在そのものが抹消されるのではないか……。
玄武はそう思いを抱きながらも、甘い蜜にひかれたようにその魅惑から逃れることは出来ない。
活躍が欲しい。
熱狂的に己を推してくれる人たちだけではなく、様々な……沢山の人間から愛されたい。好意的な存在だと思われたい。忘却された置物ではなく、注目を浴びる存在へとなりたい。役目を、果たしたかった。
自己顕示欲……なのか不明だが、その想いが時間と共に顕著になり強くなるにつれて、玄武は恐る恐るタイトルのスタート場面に指を伸ばしていた。どこか遠くから、出番と名前さえもらうことのできなかった名無しのエネミーが睨み付けている針の筵になりながらも、どうしてもその誘惑に抵抗することが出来ないのだ。
『〝反逆の螺旋 ~絆と共に歩む道~〟の物語をはじめます』
女性的な合成音声を耳にした瞬間、玄武はランプの中に吸い込まれる魔人のように、強烈な引力を感じた。台風で吹き飛ばされる脆い家屋の屋根瓦のように、抵抗も反応することもなく、その世界の中へ、寂しい扱いを受け続けた不遇の初期キャラは引き摺りこまれるのであった。




