フラクタルダウン
三十一話
階段を降り、先を歩く二人の背中を追う。
魔法で灯した光球が自分たちの周囲を浮かびながらほのかに照らしていた。響く足音は4つ。壁に映った影はリズムよく、上下に揺れている。
「――化咼物」
小さく呟いて立ち止まった二人にならって俺たちも足をとめる。
視線の先、不自然に点滅する蛍光灯が照らし出す、頭を震わせながら黒く垂れた手足を引きずるおよそ人とは思えない蠢くカタマリ。
「……準備はいい?」
先頭にいる同じ一組の笹谷さん――笹谷 透子が呼びかけた。
頷いて魔道具に力を込める。指先が冷たい。鼓動の音がはっきり聞こえる。みんなの様子を伺うと同じように緊張した面持ちだった。踏み出した一歩、その音に反応して化咼物がこちらを向く。
……与える一撃が致命傷であればいい。そう願えば願うほど、刀が震える、気がした。
∇∇∇
「――戦闘訓練?」
聞き返した言葉に羽知瑠は不安そうに身体を揺らす。
「そう、今度は実践形式だって」
「今度はって……この間のも実践じゃなかったか?」
前回、記憶の泡沫を探していくつかの試練を乗り越え、八爪先生に一撃を与えるという訓練をクリアした。その後も何度か同じようにそれぞれお題は違えど先生に課された試練を乗り越える、という訓練は行われている。
「今までは先生や他の組の人とか、人が対象の訓練だったでしょ?今度は違うみたい」
人ではないものとの戦闘訓練……?俺の中で人じゃないとなると神様が思いつくけど、と自分の中にいる神様に問いかける。……しかし神様は何も答えない。
時々、神様は俺の質問に答えないことがある。曰く、「なんでも答えてしまったら君の実力が伸びない」らしい。まあ確かに、全て答えを貰ってしまったら自分で正解を見つける力がつかないのかもしれない。目的に必要な大事なことは教える、とは言ってくれているためそこは安心だけど。
「人じゃないならなんだよ?お化けとか?」
「うーん……それも含まれる?かも」
ふ、含まれるのか!?
羽知瑠の返事にビビり、両腕をさすりながら後ずさりをする。
「わ、っ……」
その拍子に背後にいた誰かにぶつかってしまった。
俺は急いで振り返り、頭を下げる。
「ごめんなさい!周りを見てなくて――」
「ああ、大丈夫だよ」
頭上から、からりとした声で笑うように許す答え。ラント・ルゼイン君だ。見上げた明るい髪色が窓から入ってきた太陽の光を反射して輪を作る。
ま、眩しい!まるで光そのもの!思わず手で光を遮る。
同じクラスに所属する彼にぶつかってしまったようだ。平謝りをする俺を手のひらで制してとめるラント君は相変わらず笑っている。
「君たち、早くしないと授業が始まる」
ラント君の後ろから手が伸びてきた。白くしなやかな手がラント君の首の襟元を摘んで引っ張る。どうやらテナ・ルベリクス君もいるらしい……ラント君の身体に隠れてほぼ見えないけど。引っ張られたことをものともせず、ラント君は振り向いてテナ君の手を絡め取る。
「ごめんね、君を放っておくつもりはなかったんだ」
鮮やかすぎて驚く暇もない。テナ君はというと、いつものことなのか特に表情を動かすこともなく受け入れている。……外国の人ってすごい。
∆∆∆
ふわふわと浮かぶ大小様々な光の球。色も人によって違うし、形も少し違う気がする。
魔力で自分の動きに追尾するように操ろうとしていると
、そのうち一つがあらぬ方向に飛んでいった。まるで流れ星のように飛んで消えていった光を見つめていると、真野先生が話しかけてきた。
「なんだ、阿賀君は放出系は得意なのに保有系は苦手か?」
からかうようにかける声色とは裏腹に、肩を撫でる手は優しい。力を抜け、と言わんばかりに。
「んー……なんか上手くいきません……」
「お、質問チャンスだな!ガンガン聞いてきていいぞ」
真野先生が指先を振るとお手本として出していた光の球がふわりと乗った。白く淡い光。そのなかに竜胆の強い光がある。先生が息を吹きかけるとまるでロウソクの火のように揺らめいて消えていく。
「光は内側からではなく、外側からの力で形を変える」
先生が指を折り、丸めた手の中から再び光が現れる。
「外側の力が強すぎて潰れてしまったら?」
俺の言葉を再現するかのように手の平の光の球はサンドされて平らになっていく。
「内側からも力をかければいい、光に届く前に」
光の外側に魔力が流れが生まれ、球を守るように優しく包む。先生の言葉に従って光を作る。魔力を外側に流し込んだ球は形を美しく保った。
「……先生、お化けと戦うって本当ですか」
「……君、もしかしてそれに怯えていたのか?」




