53.休日の締めはコレだね
閑話の続きです。
山の爽やかな風に木々が静かに擦れる音が響き、小鳥達のさえずりがあちこちから聞こえてくる。
この景色と音だけでも癒される気分だな。そして、行く先から渓流のせせらぎが近付いてくる。
「おぉー! いいねぇ。綺麗な川だ」
山あいの風景を流れる川幅約十メートルほどの渓流。透明度の高いその川の水中には既に川魚の姿も見える。
「ハッハッハ……いいもんだろ? ここでのんびりするだけでも心と体が癒されそうだろ?」
「確かにね」
渓流の流れが比較的穏やかで、カーブを描いている川べり。その天然の石畳の上にバザフは折り畳みの椅子を広げ、手際良く川釣りの準備を始めていく。
「じゃあ、ラドウィンさん。私達の目的地はこの川のもう少し上流です」
「分かった」
「おう! じゃあ二人共、気を付けて行けよ」
「うん。またお昼にここに戻って来るね」
俺とナサラはここで一旦バザフと別れ、川沿いを更に歩いて上流を目指す。
爽やかに吹く森の風と差し込む朝日を体に感じながら、俺とナサラは渓流沿いの獣道を上流に向かって進む。
バザフと別れて数十分後、前を歩くナサラが振り返って小声で話しかけてくる。
「ラドウィンさん。この辺りから足音にも注意してくださいね。獣は音に敏感なんで」
「なるほど……了解した」
そう答えて、足元の小枝とかを踏まないように意識しながら歩いて行く。
ナサラが渓流から離れて、森の中へ繋がる獣道の方へ進んでいく。俺は話しかけず、無言でその後に続く。
しばらく進んだ所でナサラが立ち止まり、弓を肩から外した。
「この辺りからポイントになってくるんで、ラドウィンさんもいつでも撃てるように準備しましょう」
「分かった」
ナサラに言われて俺も弓矢の準備をする。親子ほど歳は離れているけど、狩猟に関してはナサラが上級者で、俺は初心者。
ナサラに言われるまま、その指示に従う。
そこからの移動は基本忍び足。耳を澄ませ、己の足音に注意しながら慎重に歩を進めて行く。
しばらく進むとナサラが立ち止まり、手で前を指差しながら屈んだ。ナサラの指差す方に目を向けると、一羽の鶏が二十メートルほど前方で地面に落ちている木の実をついばんでいた。
茶色い体に黒い羽が混じった鶏だ。その鶏は周りを少し警戒しながらも、足元の食べ物に夢中になっている。
「どうします? ラドウィンさん。一度やってみますか?」
「いや、ここは手本を頼むよ。先生」
「先生って……分かりました。やりましょう」
ナサラがおもむろに弓矢を弾いて構える。その動きは物音一つ立てず、一切の迷いがなく淀みがない。
ゆっくりと呼吸を吐き出したナサラが息を止めた。
ヒュンッ!
ナサラが弓を番えて出してから十秒ほどで発射された矢は鶏の首元に突き刺さった。立ち上がったナサラはすぐにその鶏の方に駆け寄る。
喉を撃たれた鶏は声も上げられず、バタバタと地面でのたうつ。ナサラはすかさず足に差していたナイフで鶏にトドメを刺した。完全に動きを止めた鶏。
「一丁上がりです!」
「おお――! 素晴らしい手際だね!」
「いやー、いきなりでしたけど、上手くいきました」
狩ったばかりの鶏を持ち上げるナサラ。いやー本当に逞しい。あんなに大人しそうなナサラがまるで狩人のように、あっという間に鶏を仕留める姿にただただ感心してしまった。
「なかなか大きいですね、これは」
「へえ、ちょっと持ってもいいかい?」
「どうぞどうぞ」
ナサラから渡された鶏は家畜の鶏よりも確かに大きく感じた。
「これが野生化した鶏か」
「はい。これは幸先いいですよ。この調子でばんばんいっちゃいましょう」
獲った鶏を一旦、皮袋に仕舞う。これは後で川で血抜きをしてから持って帰るとのことだった。
そして俺とナサラは更に森の奥へと進んで行った。
◇◇
俺の放った矢は鶏の鼻先をかすめ、地面に突き刺さった。途端に鶏は羽をバタバタさせながら森の奥へと走り去ってしまった。
「くそ~! 惜しかった」
「どんまいです。ラドウィンさん」
「撃った瞬間に動くんだよなぁ、あいつら」
「そうなんですよね。だから矢が手元を離れて到着するまでの数秒間、鶏がどう動くかを予想して矢を撃たないと駄目なんですよ」
「頭では分かってるんだけど……難しいね」
「これはもう経験ですね」
十八歳の女の子に経験を諭される四十七歳のおじさんです。なんか可笑しくなってきた。
その一羽目の鶏を仕留め損なってから、俺は三回鶏を狙う機会があったが、全て外れ。対してナサラも同じく三回狙って二羽を仕留めていた。
なのでナサラは合計三羽で、俺はゼロ。完全に上級者と初心者の腕前の差を見せつけられてしまった。
「それじゃあ、そろそろお昼なんで一度伯父さんの所に戻りましょうか」
「お、もうそんな時間か」
俺達は来た道を戻り、バザフが釣りをしている場所へ向かった。途中の渓流で、獲った鶏の血抜きをして、獣道を戻って行く。
◇◇
椅子に座り、釣り竿を構えたバザフは目を瞑ったまま微動だにしない。釣り竿の先が一瞬揺れたかと思うと、目を開いたバザフが釣り竿をぐんっと引く。
その糸先にはピチピチと跳ねる活きのいい川魚が釣れていた。
「伯父さーん! 戻ったよ」
「おう! どうだった?」
「私はまあまあかな?」
「俺は駄目。見事に坊主だね」
「ハッハッハ……冒険者としてはミスリルでも狩猟の方はブロンズランクだな、ラドウィン」
「全くだね。凄いよナサラは」
「いやいや、初心者でも全然センスありますよ、ラドウィンさんは。伯父さんなんて体も大きいし、ガサツだから獲物に近付く事も出来ないんですから」
「俺は釣りの方が性に合ってるからな」
バザフは俺とナサラの話し相手をしながら釣れたばかりの魚を手際良く針を外して、箱の中へと放り込む。
「伯父さんの釣果の方はどうだったの?」
「俺もまあまあだな」
バザフの隣に置かれた水が入った箱には二十センチほどの川魚が十匹ほど泳いでいた。
「へー、バザフも凄いね」
「まあな。小さいのは逃がしてるから実際は倍ぐらい釣れてるぞ」
「へー、そうなんだ」
「伯父さん、何がまあまあよ。絶好調じゃん。ラドウィンさんがいるからって見栄張っちゃって」
「バラすなよ! ナサラ!」
「ハッハッハ……」
「さあ! お昼ご飯にしましょうよ」
俺達は三人で川べりで、持ってきた昼食を食べて少し休憩した後、午後からまたそれぞれ狩猟と釣りを楽しんだ。
で、少し日が傾き出した頃に再びバザフがいる所に集合し、それぞれの成果を確認する。
結果はバザフの勝利。午前中の勢いそのままで、バザフが持ってきた箱の中は、川魚がひしめくほどの釣果を上げていた。
対してナサラは午後からは鶏を二羽、俺は安定のゼロ。
午後には猪も一回だけ見かけて狙ったけど、駄目だった。もし俺の方に向かって来てくれたら、剣で仕留めたのに……ってそれじゃ狩猟じゃなくなるか。
俺達は片付けを終えて、下山を始める。まだ夕方というには早い時間だけど……。
ここからも今日のお楽しみだ。
バザフが釣り上げた川魚、ナサラが射抜いた鶏。これらを持って、俺達は町にある二人の行きつけの料理屋に向かって行った。
穫れたての食材で出来る料理。実に楽しみです。
◇◇
俺達が持ち込んだ魚と鶏は実に様々な料理になって目の前に並ぶ。魚は焼き魚や天ぷら、更に炙り刺し身。鶏も同じように調理された物が運ばれてくる。
そしておじさん二人の前にはキンキンに冷えた麦酒。完璧です。
料理屋のテーブルに向かい合うおじさん二人と姪っ子。
「どうよ? ラドウィン! 最高だろ?」
「いや、控えめに言っても最高だね」
「やっぱ休みはこれぐらいの楽しみがねえとな」
「本当だね。全然狩猟は上手くいかなかったけど、楽しかったよ」
「まあ、それはこれからってことじゃねえか? 最初から何でも上手くはいかねえよ」
「そうですよ、ラドウィンさん。数をこなせばすぐに私なんて追い越しちゃいますよ」
「ナサラは人を乗せるのが上手だね」
「本当の事ですよ!」
上手い料理と上手い酒。更にはおじさんを乗せるのが上手なナサラ。
最高の気分で、充実した休日を過ごす事が出来た。
最高の料理を口にしながら、次の狩猟では絶対に初めての獲物を獲ってやると、心に誓うおじさん冒険者であった……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次回から新章になりますので、引き続きよろしくお願いします!




